さてと。
誘拐された儂は、誘拐犯と政治や精神医学、果ては映画の評論まで談笑して。
その間にも、セルバンテスの操る車はどこかへ向かって走り続けている。
どこへ?
もう、聞く気も起きなかった。

『世界征服が重大な任務?』

こんなことを平気で言ってのける、それが何故か酷く羨ましく思えて。
セルバンテスを見ていると思い出す。
人間は本来自由な生き物であったことを。
誰に認めてもらいたくて、仕事に精を出すのか?
何に満足したくて、戦い傷つくのか。
自分自身に何度問うても、その答えは出なかった。
…いや、出したくなかった。
いい、このままで。それが自分自身だ。
そう、自分自身はこのままで。
しかし今はこの気まぐれに誘拐されているわけだから、その常識は通じない。
…そういう事にして見ると、やけに気分が軽くなった。

ある意味空恐ろしい影響力であるとは思うが、それに抵抗する気はなくて。

…どこか、行きたかったのかも知れんな

そう一人ごちて、手にした葉巻の先端をプツリと削ぎ落とす。
クセのある強い香り。
セルバンテスは、この葉巻を「動物じみた」葉巻だと言う。
香りからイメージを作り上げるタイプのセルバンテスには、そう言ったイメージになるのか、と、ひどく感心した物だった。

『世界征服が、重大な…』

…もう、言うな、セルバンテス。
それを許せるのは、儂が誘拐されている間だけだろうから。
そんなコトを、普段口にしてみろ。
その場で
…その場で?

儂は、セルバンテスを殺すだろうか。

「幹線からゲートを通るからね、葉巻に火をつけるなら今のうちだよ」
「…あ、ああ」

ゲートを抜けると、制限速度のほぼ解除された区域に出る。
そこで、どれくらい飛ばす気でいるのかは知らんが、
儂の持つ火の元(ライター)では火が灯らない速度になるのは間違いがなさそうだ。

危うく考えに没頭しそうになったトコロを、救われた様な気分で。
感謝の言葉を述べる代わりに、火をつけた葉巻を一本その唇に提供してやろう。

「ん?オリファント?こりゃどうも、誘拐されてるのにお気遣いアリガトウ」

唇に直接差し込んで。
深く吸い込んで、眼を細めるのを見ると、何だかこっちまで気分がよくなるから。
もう少し、当分の間は、遠くを見ていることにした。

近くを見ていると。
現実に囚われた自分しか見えなくなるだろうから…


誘拐犯に解放されて。壁もないのに脱獄も出来なかった、死刑囚は。
はじめて、空を広いと感じられるのだろうか。
それとも、その大きさに押しつぶされるのだろうか。