セルバンテスの行き先は、日本だということで、少々面食らった。
そもそも、車の走っている方向を考えればすぐにでもわかったはずのことなのに、
考えもしなかったとは、何だか情けないものだな。

「日本か、それではもう少し時間がかかりそうだな…」

諦めた儂等は、SAに車をつけて、熱いコーヒーと韓国料理トンジョン、ホトックを手にいれて、車に戻った。

「はい、ゴハンだよ」
「何だ、これは」

コロッケのようなものを手渡されて、セルバンテスに問う。
「それはトンジョン。豆腐が入ってるコロッケだよ、こっちはホトック、子供の食べ物」
「…」
子供の食べ物だと言いながら、其れをパクリと口に入れるそのお前の感覚が分からん…。
「お腹すいてたからね、何でも美味しいねェ」
「酷い物言いだな」
んー、と、どこか機嫌のよさそうな鼻歌を歌って。
車まで戻って、助手席にどっかりと座り込み、ダッシュボードに両足を組み上げて…


「運転して良いよ」
「してくれ、の間違いだろう?」
「そうとも言う」

に、と笑って。
トンジョンを人差し指で口の中に押し込む。
もぐもぐと口を動かす姿を見て、図らずも軽く笑い吹いた。
さて、こちらもずっと手で持っていては仕方ない。
立ち食いというのは少々気が退けたから、せめて運転席に座って。
其れを口に運びながら、エンジンを始動させながら、横目に映るセルバンテスを見て、妙に納得する。

このオトコは、齷齪(あくせく)しているよりも、こうして図々しくしている方が、似合うな。







日本に向けて走り始めて。2時間くらいが経過したろうか。
お互いにあまり言葉も交わさなくなり、時にラジオの内容に耳を馳せる。
まっすぐに続く道路は、酷く退屈で。
普段なら美しいと感じるだろう夜空も、大して気にもならなくなる。
追い抜いていく車、かすかに先に見えるテールランプ、
着いて来るように見える後方のヘッドランプ。
「…気のせいだな」
「さぁ」
「組織が勘繰ったかもしれんぞ」
「…其れはないよ」

セルバンテスははっきりと否定した。

「何故、そう思う」
「……なんとなく」

又、何か隠しているな。直感的にそう思った。一体どれほどの付き合いがあると思っているのだ。
セルバンテスは儂のことをどうも鈍感だと思っているようだがな。
そりゃぁ、多少はお前から比べたら鈍感かもしれんが。というよりは、お前が鋭すぎるのだ。
そして、時に、セルバンテスお前はとても分かりやすい。
普段難解な男がほろっと見せる単純さは、やけに目立つんだ。

儂が思うに、セルバンテスの弱点は謂わば、ソコなのだろう。

以前にセルバンテスと話したことがある。
「心を開かない人間はどこかで開かされるのを期待して、相手にキーを渡そうとしている」
と、セルバンテスの言葉は難解だったが、
要するに、

”気づいてもらいたい、と、サインを出している”

と言うことだろうな。
其れをお前が言うか?とそのときは思ったがな。

わざと儂に其れを云ったのかも知れない。
恐らくは其れはセルバンテス曰く「キー」の一つとして、儂に投げられていたのかもしれない。
其れを、儂はちゃんと受け止めたのだろうか。
と、そう考えると言うことは、受け止めようとする気が自分自身にあるということだな。



ぐに。





「な…」



ぐにぐに。額の一転にしつこい圧力。



「何をするか、押すな!」
「だって眉間に皺が。老けるよ?」


セルバンテスが近づいて。
その動きに、直感してアクセルを緩めてスピードを落とす。

カリ。

「…セルバンテス。いい加減にしないか」


首を反らして、耳朶を軽く噛む。どうやらその行動が気に入っているらしく、満足そうに助手席に戻った。
暗い道の向こうに。
…セルバンテスが遠くを見て、何かを見つけたように眼を細めて…笑う。



儂には、その目の見ているものがなんなのか、まだ分からない。