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…寒い。

「寒い。」
「分かっている」
「…寒い!なんなんだこの寒さは!私に喧嘩を売っているとしか思えないぞ!」
「…落ち着け、寒いのは良く分かるが叫んでも詮無いことだ」

中国的な文字と、やけに可愛い丸々とした文字が入り乱れて羅列している、
そう、ここは日本。

途中から降り始めた雪が、(アルベルトは降らないだろうって言ってたのに)かすかに積もり始めた頃から、やけに寒くなって。
日本のゲートをくぐる頃には、真っ白。あたり一面真っ白。どれがなにで、なにがどこさ?ってくらい真っ白。
ニューヨーク支部にいた時に、確かに、雪は見たよ。本当にクリスマスに雪が降るなんて、なんて童話的な町だろうと思って眺めていたしね。
それは無論、屋根があり壁がある内部から見ていたわけなんだけど。
だけど、今回の雪はそのまんま目の前でさえぎることもなく鼻の頭に張り付いてくる。

ふと見ると、”で、どうするんだ?”と言う顔のアルベルト。

「大丈夫、秘書にホテルを取らせてあるから」

ふむ、と、うなずいて。
まぁ、日本のホテルだし、どんなものか想像付かないけどね。
ゲートを通って直ぐに入れる様に、近くに取らせておいて本当に良かったよ。
ゲートの近くには、観光客やビジネスマンを迎えるべく、どの国でも宿泊施設が立ち並んでいるからね。
どうぞお金をばら撒いていってください的なカンジで。

ゲートの人間にホテルの名を告げると、死人みたいな笑顔でアチラデス、と手を伸ばした。







「ひゃー、あったかい!」


ホテルの中は空調が効いていて、凍っていた身体が溶けていくようなじんわりとした感覚。
秘書が気を利かせたのかな、ホテルの作りは昔の日本風。
恐らく、外国人向け用に作ってあるだろうから、何処かチャランポランなんだろうけどね。

赤い絨毯が、セメントに黒い石を敷き詰めた感じの床に道を作って乗っかっていて。
ジャパニーズ着物、の女が、揃って私たちに頭を下げる。
それを素通りして、ちょっとだけ頭を下げてる胸の辺りを確認して、…やっぱ見えないか。

名前を告げて(偽名だけど)
部屋の鍵を受け取った(当然一室)
秘書のヤツ、何でツインルーム取るかなぁ…
気が利かないね。

和風を狙った積りらしいエレベーターの扉を横目に、重力に逆らって7階へ。

荷物も持ってないし、フロントは変な顔してたね。
どうせ後で届くだろうから、構わないのにさ。
狭い箱の中、エレベーター特有の浮遊感を感じながら、アルベルトを見る。
一つ、一つ。明滅していくランプ。それを、じっと見てる。

てらー。

「セルバンテス!」
「善いじゃないお尻くらい?」
「…それはお前、痴漢と言うんだぞ、痴漢!」

アルベルトは、私といるとき、よく怒鳴るね。
いつも結構クールな感じで決めてるくせに、だから、つい面白くて構っちゃうってのはしょうがないだろう?
ポオン、と間抜けな音がして、扉が開く。

廊下に出てみると、格子状の壁が、恐らくこれは、日本文化の障子を模した物なんだろうけれど、それがずらーっと奥まで続いていた。

所々に、ホログラフの花が浮かんでいる。

通り過ぎながら、その花に手をかざすと、光の粒みたいに拡散してまとわり付いてくる。
握り潰せたら気持ちいいだろうに。

部屋の前までたどり着いて、キーをかざすと扉がむにゅっと開いた。

「駆け落ちみたいだねェ」
「誰も止めん駆け落ちじゃ面白くもないだろう、お前は」

それもそうだね。
こう、どうせなら、駆け落ちなら、もっとワクワクするような。
命がけで奪うような。

命、か。



いつ、尽きるんだろうね、この命は。

それまで、誰よりも、この世の誰よりも、ドキドキして生きていたいもんだね。

だから、私は君を欲する。

この手に抱えた、爆弾。



「鍵、かけたよ」



アルベルトが私の言葉に反応して顔を上げる。
部屋の内部を探っていたようだ。抜け目がないね。
何か仕掛けてあったら、それはそれで面白いじゃない…死ぬかも、しれないんだよ、それで。ねぇ…ドキドキしないかい?