アンテナ

湖畔は落ち葉にうずもれ、そろそろその腐食するにおいが立ち込めてくる季節。
夏。

木陰の涼しい場所を選んで、その木の枝に飛び乗った。
ギシリ、と鈍い音を立てて、俺の体重を枝が支える。
昔から身体に叩き込まれてきた、自然を認識する力。
木、落ち葉、土。風。水。
全てのものから、その場所がどういった状態にあるのか、認識する。
俺ら忍術使いには、当然の知識なんだけどな。
よくあんだろ。雨が降った次の日は、晴れていても山は危険だ。
雪解けが始まる頃の、切り立った崖の下になんて、当たり前のように行かない。
木の根のちぎれる音が聞こえる。
かすかに。小さく。

それが何の兆候なのか、そして、それはいつ始まるのか。
そんなコトくらい、当然のように感じることが出来る。

そう、なるように。修行してきたんだ。

湖面は静かだ。

でも、湖面には、鴨一匹見当たらない。

こんな晴れた日に。
昨日は雨でもなんでもなかった。
ただ、晴天が続いた。
なぜ、今ココに。
この湖に、静寂があるのかが理解できない自分。その自分が理解できない。

何故だ?

…何か、起きる。

だから、ここに異変がある。
それを感じ取って、認識するまでは、ココを離れられない。
それがキケンだとしても。

無意識的に、この木を選んで枝に腰を下ろしている。
それは、何故だ?
何故この木を選んだのか、俺は。
それを理解するまでは…


「やーぁ」


「?!」



考えに集中しすぎていたのか?!
木の下から、見上げる白い影に気付いたのは、声を掛けられてからのことだった。



「何をしているんだい?」



「…あ、あんたこそ、何でこんな所にいるんだ」



「何故だと思う?」



「…俺がここにいることは筒抜けなのか」



「いいや、別に今のBF団の状態では、君一人をわざわざ監視するような無駄なことはしないと思うけどねェ」



じゃあ、なんで、セルバンテスがココに



セルバンテス、このヒトは、どうも、いつもつかめない部分が多い。
十傑集ってのは、分かりやすい人間が多いんだ。
ヒィッツしかり、樊瑞然り。
過去がどうあるかはしらねぇけど、どういった人間であるか、それを見抜くのはたやすかった。
しかし、このヒトだけは違う。

自分の所在を常に明らかにして、
自分の表の仕事の話まで、当たり前のように普通に話したり、
昨日何をしていたか、なんて、そんなコトを話しているのも別段平気な顔でしやがる。
見える部分が多すぎて、
隠れている部分があるのかどうかさえ分からない。

一番自分の情報を明らかにしているくせに、
一番理解しにくい人物。

それが、俺にとってのセルバンテスと言う人間。


そんな人間に、自分の居場所を簡単に見つけられるなんて。
…俺も、鈍ったのか?
いや、そんなコトはない。
絶対の自信がある。


ココに来ていることを誰に知られようとかまわなかった。
恐らくは、ある程度の自分の動きは、トレースされているだろうから。
しかし、セルバンテスはBF団から何か言われてココに来ている風でもない。
然しだ。
もしかしたら、それを隠して、たまたま俺を見つけたフリをしているのかもしれない。


このヒトは。


BF団一の嘘つきだ。



「湖鑑賞?いいねぇ、優雅で」
「…」
「何故私がここにいるのかが不思議でならないんだろう」
「当たり前だ」
「君ならココに来ると思ったのだよ」
「何?!」



動きを読まれてはいけないはずの俺が、こんな嘘つきに居場所を見破られるなんて!

…自己嫌悪と、言いようのない圧迫感が俺を襲う。

「君は忍術使いだ。だろう」
「…」
「いいよ、返答はしなくても。無言とは肯定也。私はこのまま話を続けさせてもらうが、
聞きたくなければ、そこから離れて私からはなれて耳をふさげばいい。君はそうしないと思うけどね〜」
「…」

言い返す、理由もなかった。
今。
木の下はセルバンテスの陣地となり。
俺はココから動けない、包囲されたような
…いや、
俺は自由だ。
そうだ、この湖で何かが起きる。
それを見るためにここにいるのだから

「ああ、変わり身の術とか言うの見せてくれるのかい?」
「そんなもん簡単におもちゃみたいに見せるもんじゃねェンだよ」
「だろうね。だから君はそこから動かずに何かを見ているのだものね。」

セルバンテスは、湖面をじっと見ながら、俺を見上げたりはしなかった。

俺もまた、一旦下ろした目線を、湖面に移していた。

「私がここにいるのが不思議でならないだろう」
「…ああ、なんねぇ」
「それは質問かい?」

目の端に映っていた布の影が、かすかに動いたのに気付いて、
それを確認すべく、セルバンテスを見下ろした。

ゆっくりと動く布の塊は。
頭をそらして。
俺の目を、目で捉えて


笑った。



「教えてあげようか。」



胸が、高鳴る。
何かが明らかにされるような気がして。
何が?
そうだ、一番知りたかったこと。
湖の変化を見ることよりも

そう。


「…何故アンタがここにいいるのか」
「知りたいんだろう?」
「…聞きたい」

聞きたい。
ものすごく聞きたい。
何でこんなに知りたいのか分からないけれど、
知っておかなければ、このまま一生知ることが出来ないような

「人間とはね」
「え?」
「人間とはね」

下から、俺を見下ろすセルバンテスの眼が。
優しげに細まる。

「人間とは、微弱な電波の集合体なのだよ」
「びじゃ…」
「その集合体であるのは、どんな人間でもあっても同じ。そう、アルベルトであれ、君であれ、BF様であれ」

セルバンテスの手の平が、俺の目線に飛び込む。
いつも、手袋をつけたまま、脱がない、その手の平。
布に隠された真実。
アルベルトが、セルバンテスと「そういう関係」だと言うのは、これまた当たり前のように
セルバンテスから聞かされたことがある。
隣にいたアルベルトの表情がおかしかったのを覚えている。
あん時は、やたら笑いながら聞いていたけれど

あのアルベルトは。
このセルバンテスの布の下を知っている。

俺には見えない。
見たくはない。

見たら、恐らく…

「あ、そうそう、付け加えておくとね、アルベルトは私の信者だからね」

「何?!」

「信者。それでね、人間の身体から発せられる微弱な電流。これは、細胞同士を繋ぎとめておくためのものであって──」

「ちょ、ちょっと信者、ッて」

「それを制御したり発することをやめること、イコールすなわち、死体だ」


ちょ、ちょっとまって、
頭ン中、俺、今パニック
どう、今、何言った?
信者?
電流?
死体?

ちょっと、待

「当然、その電流は君の体内にもある、生きている限りね。そして、その電流のナガレはかすかな電波として私に伝わる、
すなわち私はアンテナの様なものであるわけなのだよ」
「アンテナ?」
「そう。アンテナ。私はアンテナ。君を、アルベルトを、世界を感じる一つの大きな高く聳え立つアンテナ」
「そ、ん」
「でなければ今君を見つけてココに来たりはしていないだろう。私は君の電波をキャッチした。だから、ちょっとオモシロ半分に君の元に来てみた。
そしたら君は何かを見ていた。だから、私はその君が見ている何かが何なのかを知りたくてここにいる」

布越しの手の平が。
強く握り締められる。
セルバンテスの眼はゆっくりと瞬きを続け



「…まさか」
「なんだい?」
「まさか、アンタ」
「さぁ、なんだい?聞きたいことがあるなら、素直に言ってくれれば私には答える準備がいつでもある」
「…能力」
「…ふふ」
「能力、か、まさか。それがアンタの」
「さぁてねぇ」

なんだよ!素直に言ってくれれば答える準備があるって言ったのあんたじゃねぇか。
もしかしたら、
…なんで?
興味を持つこと自体、おかしい。
セルバンテスは確かにいつも何かヴェールに包まれたような人間ではあるけど、
それに俺が興味を持って、
そのヴェールの下を見たいと思うこと自体が

木の枝の上に立ち上がる。
湖を見晴らして、
その景色を目の中に焼き付けて。

木の上から、飛び降りた。

目の前に、セルバンテスの顔。
俺の動きを追うように、顔を俺に向けている。

ただ、そこに立っているだけの威圧感。
それは当然俺にもある。でも、今のこのヒトのそれはそんな次元のレベルじゃねェ。

こんな人間と、いつもアルベルトは対峙してるってことだよな。

セルバンテスの眼を見ながら、そのまま、後ずさりをする。

「…湖に落ちるよ?」
「俺は落ちない」
「落ちる」
「落ちないッ」
「落ちる、って言ってるのに。あ、ほら、危ないよ。もう一歩踏み出したら、湖だ」
「…もう一歩?」
「そう。後一歩、それを踏み出しちゃいけないよ」

いや、俺の勘では、後2歩はいけるはず。
信じるか?
己を。
自分を。
俺を信じるか。

いつから、俺は自分に疑問なんか持つようになった?


くそ。


「セルバンテス!」
「なんだぁい?」
「アンタは…」
「言って御覧」
「…あんたは、うそつきだ!」


そうだ、後一歩、二歩!

後ろに…



下がろうとして、目を上げると。
セルバンテスが目を閉じていた。
なぜ、目を閉じているんだろう、このヒトぁ?

何故?

そもそも俺は、何で、「何故」なんて思ってるんだ。

踏み出せ。
もし落ちたとして、だからどうだって言うんだ!
いや、チガウ。自信があるかどうか。
自分はもう二歩下がれる。
下がることは何故なのか、そんなコトはどうでもいい。
ただ、俺は下がれるんだってことをコイツに見せ付けてやりたいのに。

目、開けろよ。開けやがれ。

そんで、自分は嘘ついた、って認めろよ。

ほら、後一歩、一歩、ほら、下がれた

じゃ…ないか。

そうだ、後一歩下がれる。

俺は、もう一歩下がれる。









ほら!どうだ!下がれたじゃないか。嘘つきめ、嘘つきだ、アンタは。







「へん、アンタやっぱ嘘つきじゃねぇか」
「…振り向いて御覧」
「…」
「湖を見て御覧よ」
「…」




言われるまま。
そうだ、俺はこの湖を見たかったんだ。
水鳥がいない湖が何故ここにある





振り向いた俺の目に。














優雅に泳ぐ白鳥と鴨の群れ










「!?」











な、なんで…












「君の微弱な電波を感じ取れるアンテナはそこかしこに存在する」












…それは、俺の中にも












「そぅ、あの鳥たちにもね」













水鳥が優雅に湖を滑る。

俺が感じた何かは。

おそらく、セルバンテスの微弱な電波とか言うヤツで



「なぁ、アンタ…」

水鳥を確認して、安心した俺は。
何気なく。
本当に何気なく、振り返っただけだったんだ。

だけど。


そこには、老木が力強く聳え立っているだけで。

セルバンテスの姿なんか。

どこにも。


なかった。
























「どこに行っていた?探しはせんかったが探したぞ」
「まぁたぁ、そういうわかんない事を言うんだから君は」
新緑の青葉の群れの前に止めた車から、アルベルトが顔を出してた。
その頬に軽くキスをして、運転席に乗り込む。

「間違いない。この湖の下に、国際警察の基地があるよ」
「トレースする装置でも持っていたのか?」
「まぁね、それに代わる物がここにいたのさ」
「いた?」
「そう。いたの。」
「どういうことだ?」
「…ふふ」
「?」
アルベルトが変な顔してる。
そうだよね、説明されなければ、理解できないタイプだもんね。君は。
アルベルトは私を平気で直視する。
「お前は変なヤツだ」
なんてことまで、平気で言うよね、本当にまったくもう。

君だけだよ。

私に抗おうとも、なんにもせずに。
自分の力を過信するでもなく。
ただ、
ただ、私に疑問を持って悩みあぐねることもなく。
本当のことしか言わない君は。

私に一番強い電流を流す。

「…ねぇ、深いヤツ、しよぅよ〜」
「…こんな真昼間に、誰かに見られでも、いや、そもそもだな、お前は無防備すぎるのだ」
「…しよ」
「…詮無いことではあるがな」

私を無防備だなんて。
何で君にはそう見えるのか知らないけれど。
そう言われると、無防備になりたくなるよね。
馬鹿だよね。このヒト。
馬鹿だよね。レッドも。

全て繋がっている。
私と、世界と。BF様に。

それを無視して、君と深いキスをする。
内臓を絡めあって、濡れた口内にひしめき合う君の薫り。
葉巻の、甘い香り。

手袋を外して。
アルベルトの頬に触れ、もっと深くと。






そう、私はアンテナ。







一番いい音で受信出来る君と絡み合い、浸透しあう…ああ、君の電波は、強すぎて

そればかり欲しくなってしまいそうになるよ…








そう。







私は、銀色に光る身体を君に撫でられて伸び続ける、湾曲したアンテナ…












〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

コメント

すんません、ワケの分からないものになってるかもしれませんが。
ちゃんと、コンセプトがあるのですよ〜
セルバンテスの能力。これって、話術とカリスマ性だ、とのことなのですが、
そういうカリスマ性を持つ人ッて、ものすごい電波を発している人だと思うのですよ。
だからこそ、ものすごく強いアンテナにもなれる。
他を排除したら、他に影響を与えることは出来ない。
眩惑するほどの力を持つのならば、それだけ受信能力も強いわけで。
そして、レッドの持っている電波ってのは、
ニンジャと言う部分からするに、普通の人間が持っているものよりも、強いのですよね。
まず、状況把握、何がどう使えるのか、
手元にあるものを即座に武器に出来、そして、罠をもしかけることの出来る能力。
マジシャンのような能力とでも言いましょうか。
レッドが、「ココが舞台だ」と思えば、そこは、彼のフィールドになる。
そのフィールドにレッドのフィールドだと分かっていて入り込めるのは、電波を自由自在に操ることの出来るセルバンテスと、幽鬼くらいじゃないかなと思うのです。
アルベルトあたりは、分かっていなくても分かっていても、どちらにせよ踏み込んでいくタイプだと思うのですが。
だから、ハズレを引くことも多いわけで(笑)<アルベルト
アルベルトは、こういった情報ネットワークのアンテナを持つ人間がついていればこそ、
その能力を最大限に無駄なく発揮することが出来る。

そんな感じのことを、小説と言うか、文章にちょっとまとめてみた感じの作品でした。

セルバンテスに、何の疑問も持たずに、平気で接することの出来る単純さ、誠実さ、
ある意味バカのように燃える直球ストレート球、それがアルベルト。
そんなものを受けたことのないセルバンテスだからこそ、
それを受けた時に、ビリビリッと来てしまった様な。
そんな感じの関係も、ちょっと表してみました。

あとがき長くなりましたね〜失礼致しました。