「愛してるよ。君が思うよりずっと強く、そしておそらくはこの世の誰よりも君を」

キングをかざしながら、セルバンテスはそう言って笑った。
儂よりも先に十傑集となっていたセルバンテスは、いわば先輩であり、よき教育者でもあった。
そして、身分を違えた友人でも。

そう思っていたのは、儂のほうだけだったのかもしれない。

「チェスでも、やろうよ。私が黒。君が白。」

そう言った後、セルバンテスは目を細めた。
「私は君を黒く染めてしまうから。」
「?なにを言っているんだセルバンテス?」
「…君は無粋だなー、いいのいいの、感覚で理解するものなんだよ、芸術というものはねン」
「今の言葉のどこが芸術なんだか儂にはさっぱり分からん」

盤を目の前に会い向かいに座って。
セルバンテスが差し出す葉巻を受け取った。

「久しぶりだね…キミとチェスなんてあの時以来だ」
「?一局持ったことがあったか?」
「あの時だよ、私が君にはじめて能力をはっきりと見せた時。」
「…ああ」
セルバンテスの能力を始めてみたのは、もうずいぶん前のことになる。
出し惜しみしていたのか、それともただ単に儂が気がついていないだけだったのか、
その時まではまず能力を使うところを見ることはなかった。







はっきりと覚えている。
砕けたクイーンと、部屋の中央に立つセルバンテスの姿。
破壊された明かりが光を失って、ガラスと共に降り注ぎ、月明かりに青白く燃えていた。
銃を頭に突きつけられ、身動きしないセルバンテスと、それをどうすることも出来ない木偶の坊と化した自分。
その、空間が、セルバンテスの楽しげな声一つで瞬く間に地獄と化そうとは…
「キミたち…自殺しちゃいなさい」
命令でもなく、叱咤でもなく、ただ、子供に言い聞かせる親のように。ただ、やさしく。
その声の直後。
儂の頭の中に何度も何度もこだまする、「自殺」
自殺、自殺、自殺、ジサツ、…
セルバンテスの口元が、悪魔のような笑みを浮かべている。
悪魔。
殺される
自分に
セルバンテス
 ジ サ ツ …シ ニ タ イ
「…ぐぅ!」
なんだ、なんだこれは…
頭を押さえて、ゆっくりと首を振る。
セルバンテスの声に、頭を支配される…こ、これが、彼(か)の、能力…
「…くッ」
苦し紛れに、情けなくも儂は膝を付き…
眩暈が酷くなり、額を強く抑えたその瞬間。
銃声が何度も響き、我に返った。
「セルバンテス!!!!」
まさか…!

「ん?なんだい?」
「…え?」

儂の目に映ったのは、屍と化した男たちと

返り血を浴びて真っ赤に染まり、月に影と化すセルバンテスの姿だった。







「ちぇーっくめいっ」
コン、と手にしたキングを置きながら、子供みたいに笑う。
「…ち」
「はっはっは、この私に頭脳戦で勝とうなんざ片腹痛いわ」
そういってふんぞり返る姿を見ていると、本当にこれがあのときの人物と同一人物だとは思えなくなってくるもんだな。
そういえば、こんな顔をはじめて見せたのも、あの時だったな…
「ん?なにを見とれているんだい?さては、私に惚れちゃったカナ」
「…バカを言うなセルバンテス」
「…バカとは、失礼だな!私は本当にキミを愛しているんだぞ、それに向かってバカとはなんだバカとは」
ふんぞり返っていた身体を起こしなおして、今度は逆に儂の方に乗り出して。
盤の上に立っていた駒が、セルバンテスの胸に圧迫され、倒れて転がる。
分かっている、何度も聞いた。
「ん、そう?ンじゃ理解してるのかな、私の気持ちは」
「まぁ、理解はしているな」
「んじゃ」

んじゃ、なんなんだ、と声を出そうとしたのに、口が突然圧迫されて動かなくなって。
…なんだ?
せ、
セル、
セルバンテス!
どうしたものか一瞬で判断できず、唇をふさがれたまま儂は硬直して。
自分の喉が鳴ったのが聞こえて、ふと我に返った。
ったく、何をしているんだ、貴様は!
「キス。」
ウインクをして、人差し指で儂の唇を、ポン、と
……キス。じゃないッ!
「だって、あん時もしたじゃない?そんで…」
「こ、言葉にせんでいい!」
「血まみれの私のスーツを強引に脱がしてさぁ、抵抗するのに、あ、イヤ、駄目よアルベルト…ああン、って」

ボコ。

「痛いよう」
「痛くて当たり前だ!誰がそんなコトをしたかっ!」

実際に強引に脱がされたのは、儂の方だろうが。
今までそんなそぶりも見せなかったのに、、突然儂を強く求めて、
…いわば、「たまらない」状態にさせたのはセルバンテスの方で。
だから、儂は…

…血まみれの彼を見て、ズキン、と筋肉が収縮し鬱血しかけたのは…認めがたいが真実ではある。
「でもね」
「ん?」
「あの時、本当は君も死ぬと思った」
…え?
あの時?
セルバンテスの声と共に、儂が眩暈を感じたあの時。
「ひと暴れしてもよかった、どうせその程度の客人だったからね。でも私はあえて君の間近で能力を使った。無差別にね」
テーブルの上の駒を手で払い、ひょい、とそこに腰掛けて、儂を見下ろすように覗き込んで。
セルバンテスは、こうやってよく人の気持ちをうかがう。
それが何故なのか、儂には理解できなかったが。
「儂もろとも、殺そうと思ったわけか」
「そう。でも君は生き残ったんだよね、オメデトウ。」

ぱちぱちぱち。

「…戯れるなセルバンテス」
「そう!」

膝を組んだまま、両手を上に高く広げて、セルバンテスが笑う。

「ふざけたのさ、まぁいいや、面倒だし、面白いから殺しちゃおう、」
「貴様!そんな理由で儂を手にかけようと…」

衝動に任せて立ち上がり、胸元に掴みかかる。
「うわ…!」
途端、バランスを崩してもろとも倒れこみかけ、慌ててセルバンテスの身体を抱き寄せた。
「あら情熱的」
「…戯言はいい」

抱いた体を突き放して。
睨み付けた。

「…面倒だし。殺しちゃおう、そう。」
「見損なったぞ」
「…突然ね、制御できなくなる」

セルバンテス?

「わかんなくなるんだ、自分が。眩惑?あはは。思い通り?面倒だ、何もかもが、私が怒れば皆消える!そんな中で誰が信用できる!」
「…お前」
「ああそうさ、分かってるよ甘えだよ、あーね、そうだよね、私の能力は私にしか分からない、
 だーれにもわからない、それは事実、さぁこの事実を捻じ曲げられるのかいアルベルト?」

いままで、
そんな気持ちを隠したまま、生きてきたのか?
何をそんなに苦しんで。
誰も信用せずに、
誰にも頼らずに?

…セルバンテス

お前は…


「なーんてね、驚いた?」
「は?」
「ちょっとやってみたかっただけ。」
「なにを…」
「ねぇアルベルト。そんな中で生き残った君と肌を合わせたいんだが」



セルバンテスが、笑った。



あのときの悪魔の笑みで。




…愛してるよ。君が思うよりずっと強く、そしておそらくはこの世の誰よりも君を




仮面をかぶった紳士(ダラー)が笑う。

それを外せるたった一つの方法、「快楽」を求めて、ひどく妖艶に…。




FIN





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コメント++
ブチキレ眩惑が書きたかったのです★
書けてれば幸い!書けてなかったら自爆!
なんだか、
死体に囲まれてひょろっと立ってる姿が月明かりに浮かんでる…
そんな姿が、眩惑には似合うのですよー…
セルバンテスは、突然饒舌になり、突然黙って目で相手をかまうタイプですね★
そいで相手を翻弄しちゃう、と。
そんな眩惑が書ける様になりたいですねぇ。