瓶の装丁に惹かれた。
ただそれだけ。
始め、手に取った時は単なる黒い瓶だと思っていた。
中型のネコくらいのその瓶の首を掴んで持ち上げてみると、手首に何かぶら下がったような重みを感じる。
重さに逆らって、天邪鬼な私は其れを逆さにしてみた。
その時に、わかったんだ。

瓶が黒いんじゃない、中のスピリッツが黒いのだ、と。

…まるでアルベルトだね。

自然に、口元がほころんだ。

そう、黒いコートに身を包んだ彼。
この液体のように流動する、でも其れは私と言う瓶の中で回転するスピリッツのごとく
…なんちて。カッコイー。


珍しく買い物をした私は、手に残る小銭の感触をポケットに突っ込んで。
さっきみたいに失礼はしない。
ちゃんと、瓶のボディーを掴んで、曇りがちな夕方の薄明かりに翳して見た。

微かに、緑色。

黒の原色は緑だと言うのは、本当なのだろうか。





今現在、その瓶は自室のテーブルの上に我が物顔で鎮座している。
まるで、ここが元からの居場所であったかのように。
どうって事はない、単なるお酒だよ。
そう、自分に言い聞かせた。
手を伸ばして、何か考えなきゃいけない気になって、其れをやめる。

防音の行き届いたこの部屋では、私の耳を刺激する不協和音…グリークの「アニトラの踊り」が心地よく鳴り響いている。

さて…とりあえず、君のボディーラインでも楽しませてもらおうかな。

テーブル脇に、椅子を引いてきて。
座って、肘を付いた。
目の前に、黒い液体。
向こう側が何も見えないね。

引きずり込まれそうな黒。

…私は、この色が好きだ。

アルベルトには黒が似合う。
うらやま、しいね。

溶け込んでしまいたくなるよ。


「…っはっ…」


知らずに、指が、服の上から下腹部の輪郭をなぞってた。
手の腹で握りこむようにして、感触を確かめる。
…気持ちよさそうだね、ココ。
もう、一寸だけ…

人指し指で、そっとなぞる。

「ん、っぅあん」

…一人だと、声出るよね…

だめだめ、やめとこ。



「っは」

どうしよ。止められない…違う。…分かってる、止めたくないんだ。


もっと、深く…もっと、深い所まで…。
何時も思う。
なんで自分でしてるときみたいに、人に抱かれることが出来ないんだろう。
目を閉じて、感覚に身体を完全に委ねて。
二人でしてると、目線が気になって、あ、今変な顔してないかな?、とか
自分ばっかり感じて相手が気分悪くなってないかな、とか。
アルベルトはいつも苦しそうにしてるけど、アレはやっぱ我慢してるのかな、”全部を委ねてしまう”ことを。

柔らかな素材の布の上から、掌で自分自身を包み込んで。
下に向けた中指で、欲の根元をぐ、と押し上げた。
「…っ」
声なんか殺す必要ないのに。

激しくなる、不協和音。
耳の奥を掻き立てるみたいに、奥まで、奥までガリガリって引っかかれる。
まるでリズムみたいな私の呼吸。
自分の片足がスーツからするりと抜き取られるのを自分で確認して。

膝、腿、ふくらはぎ。みんな、空気に触れて熱を捜し求めてる。
だから。

片足を椅子に上げて、身体を大きく開いた。

「あ、あっ…」

すごい格好だよ。
こんなの
窓に向かって股思い切り開いちゃってさ、私って、結構変態…ふふ、ふふふふ

「んんんっ、」

片手で摩擦を繰り返し、それだけじゃ飽き足らない。
薄目で、瓶を見た。
不動のごとくそこにそそり立つ物体。
中で、じっと私を見つめる液状の生命体が一つ。

黒い生命体の前で踊り狂うアニトラは、
…ちょっと椅子が倒れないかとか気にしながら体重の配置を変えて。

もっと、もっと集中しないと、イケない

「っは、ッァ、アル…」

思い浮かべて。
彼の指、目、体、あの時の動き
腸内を突き上げる時のあの感触
思い出して。
指入れても、違う、太さが違う。当たり前、でも違う、
でも、気持ちイイから、指の根元まで深く深く差し込んで。

「はぁ、はっ、」

イキたい
イキたくない。
早くイッちゃおうよ、
あ、でももうちょっと楽しみたい、かな

…引き金を引けないのは、つまらない罪悪感

ダメ、自分を壊さないと一人でなんてイケない

「あ、っ」

ためしに、声を出してみた。
快感がないわけじゃないんだ。
証拠に、膨張した肉隗を掴んだ指先は、迸る露に濡れてやけに滑りがイイし
戻っちゃダメ。
戻ったら、イケなくなる。

なんで、私はイキたいのだろう。

なぜ快楽を求めてしまうのだろう。

自分の足の間、腿から中心部に沿って目を這わせる。

…欲望の塊。

「う」

自分がこんなに汚らわしい生き物だなんて


いや、忘れよう、どうせ快楽は誰にだってある物
誰だって求めてしまう物
…もしかしたら、自分は人より淫乱なのかもとか
自虐?違う。ぬぐいきれない罪悪感は、どうして?

黒い瓶がふいに無気質なものに変わる。
…わかってる、アレだって単なるウオッカの瓶。アルベルトじゃない。

わかってるよ。

アニトラの踊りは終幕を迎え、妖艶に音楽を響かせてる。
エドヴァルド・グリーグ作曲ペールギュント第16曲『アニトラの踊り』
くだらない。
浸れない。
ああ、そう、わかる。
こうやっていくら自分に浸ってみても違う。欲しいものは違う。

違うんだよ…

快楽を追従させるために、無理に指を3本ねじ込んだ。

「っぅ」

まるで、自分への拷問

「うぁ」

微かな快楽を見つけて、そこばかりをゆっくりと突き上げて…

「…んんんーーーーッ!!!」

もう、少し、無理やり、浸れそ…


ルルルルルル




びっくぅん!!!!



「ひゃ!」


突然の音に、慌てて前を隠して指を隠して、って、私何やってんの、電話だよ。
で、電話。電話ってのは鳴ったら出るものだよね。
と、受話器を取ってから、自分が何の最中だったのかを思い出す。

無視、すればよかったぁ。

「…セルバンテスだ」

BF団の自室にいるときは、なるべくコードネームで電話に出るようにしてる。
以前なんて、ずっと話してから、あ、別の人だったなんてコトがあったからね。
忘れないよあのことは。うらむからね残月。
濡れた指のやり場に困って、股の間にはさんでみた。う、キモチワルイ。挟まなきゃよかった。

「もしもし?」
『アルベルトだ』

ドキン。

「…な、なんだい?」

そうそう、気づかれないようにしないと
…ばれないかな

『ああ、今頃気づいたのだが、そっちに儂のケースが行っているだろう』
「ケース?」
『葉巻用の保湿ケースだ』

「さぁ?」

もぞ、と指を動かして。

…ん

なんとなく自粛して、足を閉じて指の動きを止めた。

『行っていないか?昨日そちらに置き忘れたものだとばかり…』
「ん、わかった探しとく。すぐ必要?」

足元、スースーするね。
ちょっと自分の格好に照れる。
でも、意外と電話なんてものは簡単で、見えなきゃ別にどうってことない。
まさかアルベルトも、私がこんな格好だなんて想像もしてないだろうけど。

『いや、そうだな、出来れば早めに欲しい』
「わかった、探してみるから、待ってて」
『ああ、すまんな。』
「じゃ」
『頼んだ』

カチャン。

電話を置いて。

「…」

葉巻、ケースね。

手、股の間から取り出して。
拭こうかな。
続けちゃった方が良くない?どうせなら。

急ぎだって言ってたかな。葉巻ケース。


…しょうがないなぁーー…


しょうがないから、葉巻ケース、優先してあげるよ。
服を整えて、手を洗って。
…ぬるぬるするね。
洗面所の鏡を見たら、上気したままの私の顔。
…もうすぐ、満たしてあげるからね。
自分では見ることが出来ない、快楽に完全に負けた顔。
君を、それに、もうすぐしてあげるから。


葉巻ケースは、私のジャケットのポッケの中。
スッたのは私。



疼きを抱えたまま、アルベルトの部屋へ向かう。
今日なら、本気で吹っ飛べるかもしれない。
この感じなら、私はもう記憶が飛ぶほど乱れられるかもしれない。
君にそれを見せたい。
もっと私が乱れる所を見て。
アルベルト、君がどれだけ気持ちいいのか
私がどれだけ気持ちいいのか

見て、

私でもっと君を満たして。快楽に身をゆだねて。私が先に、委ねて見せるから…。



コン、コン



「今開ける」



…もう、止まらないからね…私…




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コメント

こういうのって、アリですか?