部屋に一人でいた

なにもする気がしない

床に座り込んで

ただ下を見ていた

呆然としているだけの目が

もう何も見ていないのは事実で

どうせなら





無理だ





無理だ無理だ無理だ無理だ!!!





怒りに任せて立ち上がり
手に取った酒瓶を振り上げる
そして力尽き
…ソレを取り落とす





こんなんじゃない






チガウコンナンジャナイ







やっとのことで目を上げても壁
見渡しても単なる部屋
其処に私を刺激するものは何もない



退屈だ、退屈だ、退屈で死にそうだ。


この手に鼓動が無い、あの壁には鼓動がない
この空気にも鼓動が無い
何処にも鼓動など無い
掴める物は何処にある!?
この手に掴めるものは何処にある!
死か、命か、魂は何処にある!

…この部屋に血飛沫を飛ばしたい。


生臭く光る肉をこの指に感じたい


まだ暖かな魂をこの口に咥えて



ヒキチギリタイ




にらみつけても何もない




空気さえもが他人の顔をする
頬にまとわりつく他人への嫌悪感
たまらない
振り払えない





コン




振り払う手段さえ知らない





コンコン






「…」
扉をノックする音

向けた目線はやはりにらみつけたまま
邪魔だ

「セルバンテス」

…アルベルト

「お前に渡したいものがある、ここを開けろ」

…私はいないよ

「いるのは分かっている、儂を甘く見るな」

…ウルサイ

「…どうした?セルバンテス?」
「ふざけるな」

口元から言葉が漏れる

「セルバンテス?」

「うるさい消えろ!今の私には何もいらない!!!」





…扉の向こうの音が消えた。

しかし、気配は消えない。
向こう側に立っているのだね。
やめてくれないか。
今の私に触れないでくれないか。
どうせ「生きるという現実」を君はぶら下げているのだろうから
人間なんて皆そうさ、執着執着執着執着

…悪いことを言ったかもしれない、八つ当たりなんて最低だ

一瞬だけ過ぎるそんな考えも、もう自分には効力のかけらさえも見せない。

何故、こんなにも無力感がある?
何故、私は今こんな感覚にとらわれている?
なぜ?
何故?

何故自分が一番分からない?



コンコン


「まだ居やがったのか、消えろ!」


ノックの音が再度やむ。


もう、叩かないのか


叩かないのか



それで終わりか



それで終わりか!!!







床が冷たい。
このまま、この床に侵食していけたら
頭の中は空っぽになるだろうか。
この感情も空っぽになるだろうか。
何も感じられなくなれるだろうか。



なににも興味が無い




こんな自分は死んでしまえばいい




「弱いな」

「うるさい!」

「弱いぞセルバンテス」

「黙れ!」

「死にたいか」

「…!」

「儂が殺してやろうか」




やめて、よぅ

やめてよぅ

そんなこと いわないでよぅ

息が出来ない、喉の奥が痙攣を繰り返して
歯を食いしばって何も音が漏れないように
苦しくなって息をしたら、ひどく荒れていて

吐いた息が震えながら他人に混じる


ドン


「!」


目を上げると、扉が一瞬ゆれたトコロで
扉の向こうから凄まじい殺気が私の元まで届く
なんだよ。
なんなんだよ、
ばか。
ばか。
ばか。ばか、ばかばかばかばかばかばかばかばかばか

其処に君がいたら逃げられないじゃないか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


扉のコチラと向こう側、混ざり合いうねり合う殺気が見えて
それが酷く艶かしく絡んで
君の殺気が私を犯す
私は殺気で君を犯す
その身体の中、この身体の中
君に纏わりつかれて首が酷く緊張する
縛られて締め上げられるような感覚

「あ、あああああ」

苦しい

「う、っ、ん、  うぁ」

腹筋が震える、体中がそそり立つ、身体を包み締め上げる、弓なりに反り上がり天井に喉をさらした

喉も
肩も
背中も
胸も
腹も
陰茎から大腿足首にいたるまでキミに締め上げられる


「は、はっ、あ、」


私もまた、君を絞め殺す…



動かない身体を無理に引きずって
扉に、手をかけた。


…ふいに、身体が解放される


「…は、はぁ、はぁ……、…。…?」


扉の向こうから消えた気配

もう、いない


…フフフふふふふふ、アハハハハハハは、はははハハハハ!!!!

私は一人だ

私は

置いて行きやがったなぁあ!
裏切り者!
君なんか信じるんじゃなかった!
君なんか好きになるんじゃなかった!
私は馬鹿だ
馬鹿だ
馬鹿だ
そうだ、誰かを殺しにいこう
そうだ
街に出て暗がりに身を寄せれば死にたがりなんて大量にいる

それを殺して喰らおう

いやそれとも大国の大統領でも犯すか
犯しながら縊り殺すか

自分に意味があると思っている馬鹿に死を、死を、死を、死を与えてやろうか!

ああ

ああ。







             私こそ無意味なのに









クフィーヤの裾がちらちらと目に映る
頭というのはこんなにも重かったのか
空気が通り抜ける口の中が冷たい












「!?」






目の中に飛び込んできたのは閃光と飛び散り舞い上がる無機物の数々







鼓膜に音の塊が飛び込んで







目の奥が収縮するような視界









「はぁ、はぁ、はぁ…」





崩れ落ちる窓ガラスの向こうに



私が犯した男が一人




立って




息を切らしていた




「箱の中は退屈だろう!」



私に手をかざして
その掌が紅く収束して光る



「!」




どおおおおおおおおん




「ん、のぉ、」




くるりと振り向いてその先にあった酒瓶を掴みざま
投げつける

「こざかしいわ!」

衝撃波がそれを飲み込み

瓶が破裂する

瞬間、私は笑っていた。

引っかかったな、私に牙を剥こうというのがそもそもの大間違いなのだよ!

「!!!」

ばふ、と飛び散った中身が衝撃波を受けて誘爆を繰り返す!!

「あっはっはっは!ニトロだ!自分で喰らってれば世話は無いなぁ!」

「…ぐ、セルバンテス、卑怯な」
「卑怯?馬鹿を言ってはいけないな、戦いとは自分の持てる力を相手に全部ぶつけるもの、
私は自分の持てる力を最大限に使っているだけだよ」

乱れた髪。
爆発に焼けた肌がゆっくりと再生していく。
乱れた服を、直して。
…それだけ破れてても、襟は正すんだね君は。

こつこつ、と、隆起と陥没を見せている床を歩いて。
私の部屋に彼は入ってきた。

「たまにはいいものだな」
「え?」
「たまには、わけの分からん気持ちをぶつけ合うのも面白い」
「…」





ふん、


やって、くれるよね、この人。


なんだ、まんまと引っかかったのは、私のほうってわけ?

ちぇ、と本当に勝手に舌打ちが出た。

「ほう?悔しいか?」
「…悔しいね」

馬鹿。
ほんっと、馬鹿だね。この男は。
私に勝手に火を燈しに来る。
「なかなか面白かったぞ、久しぶりにワクワクした。猛る気持ちが抑えられん」

すー、と大きく息を吸って。
深く息を吐く。
胸を張ったまま、えらそうに、笑って、私の前で。

私は相変わらず斜に構えて、別にどうってことないフリ。


あ。


「そういや、届けものって?」
「…」

ひょい、と肩をすくめて。

「さっきのニトロで吹き飛んだ」

「あら」

「お前の所為だ」

「おやおや、自分は棚上げかい」

「…当然だ」


あっはっはっは。


あはは、私笑ってるよ。
馬鹿だな、君は。

本当に、


馬鹿だな。



さぁ、どうしようか、届け物はもういいからさ。
これから、ちょっと出かけないかい?
欲しい車があるんだよ。
どうせだから、買って乗り回して遊ぼうよ。


「買って?」
「即金で」
「成金が」
「相違なし」


まったくね、やられた。


クセになったら責任取ってよね。…わかってる?