ねぇ…



キミは、私を受け入れられるだろうか。








「今日は、飲ませてもらうよ」
「そうするといい」

薄暗がりのカウンター席。
止まり木に腰掛けて、横にいるアルベルトと顔だけ向かい合わせになる。
バーボングラスに、ワインを満たしたキミと、軽くグラスを合わせて。
今日は、飲もうかな。何故かそう思ったから、強めのジンを頼んだ。

時々、いろんなことを言いたくなる。
もともと私はお喋りな方だからね、思ったことを全部喋っているんだろうと思われてるんだろうなぁ。
私はまだまだ言い足りないのに。
もっと、本当のことを言いたい。
…あはは、言える訳がない。
それを殺して感じなくなってこそ、セルバンテスなのだから。

「美味しいかい?」
「ちとフルボディすぎるかも知れんな、儂には」
「へぇ、君に過ぎるなんて言葉があるとはね?」

そう言いつつ、口に運んだジンは、私にはちょっと強すぎた。


バーの中は薄オレンジのボンヤリとした明かりで、すべての物が輪郭となって暗がりへと溶け込むような。
静か過ぎない音楽と、邪魔にならないバーテンダー。
磨き上げられたグラスが天井から鈴生りで、それに切り裂かれてしまいそうな危ういギリギリ感も又好い。

でもねぇ。


「ったぁ考えろよ、そりゃ俺がさァー」
「ンなワケねぇだろぉ、オメーがよぉ」


…ちょっと、後ろのテーブル席の組がうるさいね。
さっきから、マスターが宥めに行ってはいるようなのだがね。
少し収まったかと思うと、又すぐに声を荒げる。
会話の内容は全て筒抜けで、どうやら、一方がもう一方の女と寝たとか寝ないとか。
要するに、俺の女と寝ただろうテメェ、って所らしいが。
こんな店にこんな低俗な客がいること自体が、そもそも、ここに来ようと言うその図々しい精神自体が理解しかねるね。

「今日は、日が悪かったか…」
「…私たちがアレを避けて日を決める必要はないよ」
「まぁ、そうだが」

アルベルトも気にはなっているようだね。
彼は喧騒的な場所を好むタイプではないからね。聴く音楽の趣味だってピアノから交響楽、しかも至ってシンプルで、然し重厚なもの。
私の好み?そんなものはどうだっていいじゃないか。
あまり、聞かせるものでもないよ。
…又、こうやって私は話をはぐらかして。自分のことを多く語りはしないんだね。

「っめー、認めてんだろ?!」

…何?


「っけんじゃねぇ!あの程度の女善がらせた所で大した金にもなりゃしねえんだよ!!」


…サイアク


「けんじゃネェ!」
「テメェだ!」

目の前のバーテンダーがはらはらした顔で辺りを見回してる。
…アルコールがやけに不味い。

ガシャァン!!!
「らぁあ!」
「やろぉ!」

汚い声。

穢れそう。

「我慢できん」
グラスの端に歯を立てた私の横で、彼は立ち上がった。
私の頭の中は、それよりももっと後ろの喧騒、汚い声、不味いアルコール、揺れるライトがやけに邪魔くさく感じることばかり

「貴様等いい加減に…」



グラスにヒビが入って、唇を切った。
痛い。
痛いな。
痛いじゃないか。


靴底が地面を蹴る。
アルベルトの身体を押しのけて、残ったジンを奴等にぶちまけた。

「…っ、に、しやがる!?」

目に入ったのは、髪の長いスーツの男と、中国人風の、然し貴婦人のような帽子をかぶった男。
私に向かって、ピーチクパーチク。
ほんっとうに

「五月蝿ェ」

「…セルバンテス?」

…アルベルトの前で、こんなことするなんてね。
あまり、見せたくなかったんだけど、悪いね、キレたよ。
だって。
この男。

「死にたいかテメェー!」
低俗な言葉で私を罵り
私の目の前で、ナイフなんか出しやがった。

鋭い、登山用のナイフ。

切りつけるための物じゃない、刺し殺すタイプのナイフ。

それが光に赤く反射したから。

苛立ちに、手を伸ばした。
わかっているのか、この男。
…お前は

「んだ、テメェ…」
「出したからにはもう戻れネェぞ貴様ァ…」
「ああン??」

目の前に突き出すように、それを私に向けて。

顔が、笑ってるよこの男。

そんなに、私を殺したいか。

そんなに

「そんなに私を殺したいか」
「テメェ、余計な口を叩いてんじゃネェよ!」
「…殺すがいい」
「ああ?テメェイッちまってんじゃネェの?」

「ナイフを向けるという意味が分かっているのなら、殺してみろ」

腹立たしい。
なんで、こんなやつが生きてるんだ。
こんな、殺すということも死ぬということも生きるということも一欠けらも理解していないようなヤツが、生きているんだ!?
一閃、ナイフを掴んで、男ごと引き寄せた。
ナイフの先を胸に当てて。
ほら、どうだ。
お前の、好きな心臓だ。
なんなんだ一体。
どうしたというんだ、何故こうも理解できない事が多すぎる。何故気に入らない輩が目の前にいる?
「…!?」
刺せ。
その手で。
死を感じてみればいい!
「何、だァ、テメ、離せ、離しやがれ!!」
「……刺ぁせよぉ。」
「なんだとぉ!」
「刺せ、刺せんのかァア!?」
真っ白に見開いた男の目はヒドク濁っていて、それだけで気分が悪くなる。
ナイフの先が、スーツの胸元に食い込んだ。
「さ、刺すぞ!」
わからないのか。
そうか。
わからないのか。
そうか、
そうだよなぁ…
「そうだ、そうだなァ…どうせなら心臓を刺せ、そうすれば血が噴出し、お前ごと向こうの壁まで真っ赤に染まる」
掴んだ手が震えている。
男の手?いや、私の手が。
怖い。いつでも。麻痺しはしない。麻痺できない。麻痺しているはずなのに、鮮明に死を感じるのは、何故なんだ?
貴様に。貴様等に、わかるのか、
わかるのか。
わかるのか?!
全ての血が身体から足元に流れ、そのまま地の底へ引きずりこまれるようなあの恐怖感。
体温が一瞬にして冷えるあの瞬間の持続。
其れを常に感じてきた私やアルベルトの身体、その影にも触れられないようなお前達に!
わかるのか。
「…し、死ね、こ、この」
「さァ刺せ。ここを、刺せ。ゆぅぅっくりと、その手に肉の感触、骨を砕く感触が伝わるようになぁああ!!!!」

「ひ、ぃぃぃぃっ!!!」

男の目。
顔。
目。
唇。
身体。
どうだ。
それが、恐怖だ。

君が私に与えた、恐怖の片鱗だ、それは片鱗に過ぎない。

私のこの感覚を、全て貴様に注ぎ込んでやろうか。
やろうか。
そうすれば、わかるか。
常に背に銃を突きつけられる恐怖、
その指ヒトツに命が掛かっている恐怖、
その指には死に対する知識がヒトツもないという恐怖。

それが。
わかるか。

アルベルトの声が途切れ途切れに耳に入るような気がした。

ゴメンよ。

私は、死の意味を知らないやつが嫌いだ。
嫌いだ。
……生きる意味を知らぬ人間が、のうのうと生きている事が!!!こんなにもこんなにも悔しい事だなんて!!!!!
掌を押し付けて、ほら、これが、これが肉を裂く感触だ。これが。この感触は絶対にお前の指から消えることは無い
これだ。
コレが、肉の感触だ。
コレが骨の感触だ。
コレが、死の感触だ。
コレはお前の身体を貫いたときの感触と同じ
「あああああああああ!!!」
「知れ。恐怖と殺意は同じものではない!貴様の中にあるのは単なる恐怖だ!
知れ!これが、お前のナイフがした、お前自身の恐怖の傷跡だ!」

重苦しいだろう?重たいだろう、意外に肉って言うのは、温かいだろう、
意外に、血っていうのは、命を鮮明に感じるだろう!
莫迦野郎。
…莫迦、野郎。

覚えろ。

まだ、遅くは無い、から…

まだ…

「…。セルバンテス」

ふいに、肩が暖かくなる。
軽い力が私を引いて。
余りに優しいその力に、そのまま…身体を後ろに預けた。

「もう、いい」
声に、目を閉じた。
「…」

悔しいんだよ。


でも。


キミはこんな私を受け入れることが出来るだろうか。




死にこだわることは、時として「単なる臆病者」と見られることを私は良く知っている。
キミは、私を臆病者と罵るのだろうか。

もしかしたら、私は本当に臆病者なんだろうか。

「もう、いい、セルバンテス。やりすぎだ。」
「…そぉ?」

無理に声を出して、無理に目を開けて奴等をまず確認する。
それは身体に染み付いた行動。
長髪スーツは、何故か口から泡を吹き出して昏倒していて、もう一人は床に座り込んで居て。

…ナイフ…

「いいから、もう離せ」
「…え?」

手の先を見ると、赤黒く光るナイフ。
そう言えば、痛いや。
アルベルトの言葉がどう続くのかが、気になる。
どうする?どう言葉を私にかける?どんな言葉を私に望む?何を、望む?
預けた身体を起こして、ナイフを引き抜いた。
手袋、真っ赤だ。…ヒドイね…痛いよ。
…これが私が生きている僅かな証の一つであるだなんて、…悔しいね。

「セルバンテス、こっちを向け」
「…」

言われるがままに、身体を振り向かせる。
真っ赤な掌を壊れ物でも触るみたいに掴んで。…それ、キミのネクタイ。
「セルバンテス」
「…汚れるよ」
「聞け」
「…」
「はっきり言って少々驚いた。」

…やっぱり

「だが、なかなか悪くない」

私の掌を結び終えると、その手をそのまま私の頭に移動して。

ぽん。

「余り儂に気に入らせるな」

微かに、唇が笑う。
目を見たら、やけに楽しそうだった。


「垣間見るものがそれなら、ゆうに美的だ」
「…イカレてるね、キミも」
「貴様に言われたくは無い」

バーテンダーが後片付けをしている。
客は金も払わずに店を出された。多分、石畳の上でまだ腰を抜かしてるだろう。

止まり木についた私を確認して、アルベルトの腰が隣に落ち着く。
水の音、そして硝子の共鳴、其れを邪魔せず足元をそっと流れるだけの音楽。
其れが一つにまとまり、私の耳元から唇を通って身体の奥へ染み込んで来る。
気持ち、いい…
やけに熱く感じる掌が、この静けさの中で、ここに命ありきと叫んでいるから。
クフィーヤを外して、見えないように隠した。
命をね、感じないで。その重みを感じることよりも、今はこの空間に酔っていたい。


「グリューネヴァルト・バタヴィア・アラックをロックで隣人に」
「かしこまりました」

…アラック?
隣人というのは、私かな?

「他に誰がいる?」
「…私にアラックをおごるという意味が分かっているのかな?」
「久しぶりに魅力的な舞台を見せてもらった、其れへの礼だ」
「知らないよ…酔うと凄いんだからね」
「其れもまた美味なり」

指先で、顎鬚を軽く撫でて。
透明感のある笑みが、私を見た。



今夜、私はアラックを飲み干して。いいだろう、君に少しばかりの礼と、私の全てを一瞬だけ、託そう。



それが、私の今夜ならば…


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こめんと

命削って書きました。

セルバンテスに生きた表情をしてもらいたくて、描きました。
いつもより何だか残虐性より自虐的なのは、お酒の所為と言うことで。
残虐なだけじゃ、アルベルトは友とは認めてはくれないんじゃないかな、と。
…また、私の考えすぎの虫がワサワサと動いてるみたいです…はぅぅん。

あ、ちなみにアラックって、アラブの方の高級酒ですー。
40度くらいだっけな。>グリューネヴァルト
甘くて、飲みやすいんですが、酔いは凄まじい物がありますね…私はシングル一発でグラーンときましたv
ココナッツ系ですが、ものすごくクセがあります。
アルベルトはちなみにそのお酒がくさくて飲めません(笑)ココナッツ!