モノクロームの赤

その日の夕焼けはいつもより赤かった。
地面に届く光のプリズムの角度が通常とは異なるように思え、私は身体を斜めにして太陽を覗きあげてみたりした。
しかし、どんな試みをしようとも『夕焼けがいつもより赤いこと』に変わりはないのだ。
太陽は沈みかけたまま、
真紅ともいえる赤々とした光に、私の影は黒く長く引きずるのみでそれ以外まったく私の目に入るものなどなかったのである。

ここの所と言うもの、連昼痴呆的な若者を連想させるような青空が広がっていた。
おそらくきっと、この夕焼けはそのせいなのだろう。
振り返ると、異様なまでに長く伸びた私の黒。
一体この影は地球の裏側にまで続いているのではなかろうかと思える程、細く、長く其れは私の身長を遙かに超えて其処に存在していた。

私が踊ると影も踊る
細長く地を這う影はまるで異形の道化師のようにふらりふらりと地をのたくる

ふらりふらり

伸ばした腕はまるで枯れ木のよう

ふらりふらりと

伸ばした指は赤に混じて消え行くよう

ああいったいこの夕焼けはいつまで続くのだろうか。




セルバンテスは、不意に思いついたように動きを止めると、夕焼けを斜めから覗きあげた。
体を斜め横に倒して、猫でもあやすかのように。
そのままじっと其処を動かなかったが、其れに飽きたのか、身体を元に戻すと深く大きく息を吐く。






その夕焼けは、5時間以上も続いていたのである。








やらなければならないことが沢山ある。
じっと夕日を見ながら、軽く一人ごちてみる。
アレもやらなきゃァ、
コレもやらなきゃァ、
あの問題は解決していなかった
この問題はどうせ私の一言で全部決まる
ああ、みえみえの人生、ああ、いわゆる先見の明とは自己操作と他人操作の成れの果てなり。
明日の朝になれば、やることは山積みなのだ。
やることがあまりにありすぎて、多忙を極めることは容易に想像出来た。
息を吸って、吐く。
今私がすることはそれだけ
しかし明日になれば
しかし明日になれば、
明日になれば
明日に


夕焼けはじっと全てをその色に染み渡らせたままじっと、じっと、じっと。

「…まだここにいたのか」

赤いカーテンの向こうから、セルバンテスと一対をなすように現れたのはアルベルトその人だった。
まるで其処が所定の位置であるかのように、セルバンテスの横に立つと、同じように夕日を眺め、そして手に持った葉巻をゆらりとくゆらせる。

「まだここにいたのか」
「ああ、うん、まあ、別に…」
「そうか」
「ああ」

彼は自分の吐く煙に顔をしかめ、振り払うように首を横に振ると、そのまま私に顔を向けた。

「アルベルト。眩しそうだねェ」
「そういう顔をしているか?儂は」
「しているよ、君はあまりにも眩しそうだ」
「そうか、ならば儂は眩しいのだろう。」
「だろうねぇ」
「だろうな」

行儀宜しく無くその場に葉巻を投げ捨てて、足で軽く踏みにじる。

「赤いな」
「赤いねェ」
「この夕焼けは一体いつまで続くんだ?」
「私に聞かれても答えようがないよ。だってコレは夕焼けなんだから」
「しかしこれはまるで…」
「まるで?」
「夕焼けの写真を空に貼り付けたようではないか」

ネガの中で夕焼けは赤々と燃え

「夕焼けはね」
「…む?」
「もう随分前から多分ここにずっとあったんだ。私たちがソレを見落としていただけのことなのだよ、恐らくはね、
断言は出来ない、出来ないけれど、ココになかったとしてもどこかにずっと夕焼けは存在し続けて、
恐らくはこの地上でこの赤は絶えることなく続いていくものなんだろうよ」

「…憶測か」

「いいや、断言する」

「断言できないと言ったではないか」

「いいや、絶えることがないということにおいては断言しよう」

「お前がそういうならそうなのだろう」

「君はいつもソレだね」

「しかし…お前がそういうのだから、真実なのだろう。儂の認識の中ではお前とは果たしてそういう存在なのだ」

太陽は沈む気配を見せず
目も眩まんばかりの光を我々に投げかけ続ける

「ねぇ」「おい」

同時に発した声に、はっとしたように顔を見合わせて、お互いにお互いを促しあうと、
私はアルベルトの性格を読み取るや否や、先陣を切った。

「明日、あの地平線の向こうへ行ってみたいな」
「ふむ」
「何?」
「同じ事を言おうと思っていたところだった」
「んじゃぁ」
「しかしお前には仕事があろう」
「面倒だから午前中には終わらせるよ」
「はっ、好んでやっていることだろうに、面倒とは面妖な」

そう思われても仕方ないことなのだろうね。
確かに私は好き好んで仕事をしていて、好き好んでこの世に生きている。
そうして、私はいろいろなものを侵食していかねばならない、
なぜならば、それが私に課せられた運命だからね。
運命、運命、私の能力、私の能力、私の生き方、私のこの体、私のこの声、全てが…
そう、いつも私は地平線を超えることなく、ココで赤々と燃え続ける微動だにせずに
そして夜はいつまで経っても私には訪れないのさ、そう、おとずれやしないのさ。

「セルバンテス」
「なんだい?」
「時々お前はそういう顔をするな」
「え?どんな顔?」

「なんというか…うむ……『目的も無く勝ち誇った』とでも言おうか…そんなような…」

嫌だね。
眉が歪むよ。
顔が勝手に笑うよ。
面白くも無いのにね。

ねぇ

影と影を重ねようよ。

道化を絡ませてみようよ、今私はとてもそんな気分なんだ

そんな気分なんだ

「…また儂は後手に回ったな…お前にかかるといつもこうだ、やり切れん」

そういって君が笑うから、私は心底から喜びの色を満面にたたえた
そういって君が笑うから
私もまた笑って

下品な音のするキスを君と貪りあうことに相成るんだ

深く、絡ませあった内臓の味のするキスを、柔らかく湿ったキスを

いやキスと言うより、もうこれは内部の啜り合い…


ずるずると…ああ…


覆いかぶさる影がだんだんと縮み、其れは太陽の動きを告げ始めていた。
夕焼けはしっとりと汗ばんだ肌を境界線に滲ませながら、溶けていく、溶けて、混じって、

それは

ヨカン


明日の来る予感 を その肌に滲ませて









セルバンテスに明日が来る
アルベルトに明日が来る



影と影は重なり、いつしか影に混じて消え
この世にまた、…「あの時間」…が…訪れる…。








FIN


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抽象的です。
どういう風に解釈していただいてもかまいません、人それぞれ、千差万別、
もしや、と思うことがあればそれがこの物語の意味になります。
当然私の中でも意味があります。
私の現在を深く知るものは、この物語を私の意のままに読み取ることが出来るでしょう
しかし、私は其れを望みません
あなたの中にある夕焼けと夕日、セルバンテスとアルベルト、キスと時間を作り出してください。
何かの心の起点になれればそれだけで良いと、私はいつも少なからずそう思うのです。