テレビの残骸、まだ使えそうな自転車、鉄くず、開きっぱなしの冷蔵庫
こちらを見ている車、その助手席にはダンボールの山。
クズ置き場なのだろうか。
いや、よく見ると新品も混ざっているように見える。
ちょっとした空き地に忽然とつみ上がる、コレはいわば、不法投棄とか言うヤツなのだろうかね。
そう、私は今その丁度中心部辺りにいる。
見渡す限り物、物、物。
物に囲まれて、その音一つ立てずに私を無視する様をじっと見守る。

話をしに来たんだ。

話をしに。

「本当に話をするのか?」
「君がしてみろといったんじゃないか」
「…無理をするなよ」

今更よく言うよ。

「ねぇ、ゴメン、悪いんだけどちょっと向こうに行っていてくれるかな。私は話をするところを君に見られたくは無いと思っているらしい」

彼は仕方ないといった風に肩をすくめると、私から離れていった。
どうせ、できないだろうと思っているんだろう、君は。
私は、話をすることができないだろうか。
無駄なのだろうか。
ここに来るのは、もう何度目なのか知れない。
何度も来た。
来なければならなかった。
行きたくないと思っても、自然に足が向いた。

…私の中で、それは義務なのだ。

「ここには来たくなかったんだ」

…ソウ、当然誰も答えない。

アルベルトは、もう、向こうに行ってしまったようだね。
私のコトを気にかけているだろうか。
心配しているだろうか。
それとも、お前なら出来る、と、信じてくれているのだろうか。

…君の目は、お前にはできないと高を括っていたよ。

君にも話した。

そうするとアルベルトもまた、私をここに導くのだった。

そう、義務なのだと言って。
お前の努力が足りないのだ、と彼は言う。
私はこんなつまらないことに努力するくらいなら、他のことにその力を投じて見たいと思うのだが
どうもそれは誰にも許されないらしい。
許したがっているのは私だけのようなのだ。


こんな、無駄で面倒くさいこと。


…無駄だと思ってしまったらもう何もできなくなるのは目に見えているのに。


車が私を凝視している。何も言わずに。


冷蔵庫に触れようと手を伸ばしたら、風に煽られて扉がバタンと閉じた。
危うく、それに手を挟まれそうになる。
手を挟まれたら一大事だ。
怪我をしてしまう。
冗談じゃない、私はこんな所で怪我などしたくない。

「…どうも」

その冷蔵庫は堅く口を閉ざして。
下を向いている。

「どうしてここにいるんだい?」

カサリ、と音がしてそっちを見ると、通りすがりの落ち葉だった。
私に気がつかないのか、そのままそれは風に飛ばされて過ぎ去っていく。

冷蔵庫は緑色の体を堅くこわばらせ、じっとそのままそこに座っている。

早く、向こうに行けといわんばかりに。

…ここに立っている私も落ち着かない。

他のものに気がついたフリをして、その場を離れた。
どうせ、私がフリをしたところで、見てはいないのは分かってはいるけれど。
どうしても、何かに気づいたフリをしなければそこを離れられなかったのだ。

車がじっと私を監視している。

そうだ、もっと話をしろ。
もっと努力をしろ。
そう、努力をしろ、我輩のために、努力をするのだ

…努力って、ナニ

目を閉じたままのブラウン管に向かって、軽くお辞儀をした。

無論、私を見てもいない。
その目は開きもしないのだから。

「…目を開けてはくれませんか」

面倒くさそうに、それはそのまま顔をしかめるだけで。

…私を見ない。

体を起して、周囲を見渡す。

みな、私と目が合う前に目をそらす。

車だけが私を見詰め続ける。

仕方ない。あれと少し話をしよう。


ヘッドライトの前に私が立つと、それは私を睨み付けた。
何の用だと言わんばかりに。
「…努力とは一体いかなるものか」
 そんなこともわからないのか
「…わかりません。どうしたらいいのかまったく私には理解できません。」
 そもそも理解する努力というものをだな


「…うるせぇフザケルなテメェは黙ってろ」


と、言いたい所だがそれはグッとこらえた。
言ってしまえばいいのにね。私も。何故言わなかったのだろう。あんなヤツに義理も無いのに。
義理は無い。
然し、義務がある。

だから私は何も言わない。


仕方なく、私はもう一度、その「努力」とやらを始めてみる。
コレがその「努力」に値するのかどうかさえももうわからない。
アルベルトの言う「努力」って、なんだったんだろう。
あいつの言う「努力」ってどういう意味なんだろう。
そもそも、「努力」ってなんだか判ってて言ってるのか?

然し私はその曖昧な理由を確かめもせずに、勝手な努力を試みる。

何の残骸なのか、まったく見当もつかない鉄くず。

「…あなたは相当古いですね」

ガタン!

「!」

途端、鉄くずはその場で崩れ、私の足元へと落ちてきた。

もう、少しで、私の脛を切らんばかりに。

ゆっくりと、そこを離れる。

…もう、話しかけたくない。

話なんかしたくないよ。

何故私はここにきているのだろう。努力って何故必要なんだ?実際彼らは何故話さないのだろう。

小さな歯車が落ちているのを見つけて。
そっと拾い上げようと体をかがめた。
「痛っ」
…指先から、ぷっくりとした血が浮き上がる。
それでも、私はその歯車を拾い上げた。
指先にブツブツと沢山の穴が開き、そこからまた浮き上がる、血。

悔しくなって。

その歯車をギュウと握り締めた。

「…ーーーーーーッ!!!」

手の平の中でぐるぐると回りだしたそれは、私の手の平から腕を通り
ああ、ああ、私の手の先がガラクタに変っていく
腕が、鉄くずに変る
イヤだ
イヤだ
イヤダ!!!!!
…私の悲鳴を聞いて冷蔵庫が口を開いた

「あらどうも、おひさしぶりね」

首元まで這い上がる歯車に目を見開くとブラウン管に灯が灯る

「ははは、眠ってなんかいないよ、ちょっと疲れただけ」

嗚呼、這い上がる、指先のネジが飛ぶ
螺旋を描いた自分の腕が無機質に言葉を失って




「…き」




そうだ。





努力ッて





これ





「…私、はァ…」





ほらもっと努力しなさい、そうして安心させてくれよ
お前はその責任があるのだ
責任があるのだ
もうここから抜け出ることはできない
出来ないのだよセルバンテス
君はもうここから抜け出ることは
許されないのだよ







「…私はお前たちが大嫌いだ!!!!!!!!」









手にした歯車を、力いっぱい握り締めた。
中で、グニャリとへし曲がる歯車をもっと強く握り締めて。







「嫌いだ。大嫌いだ!私が努力だ!ふざけるのもいい加減にしたまえ、努力すべきは君たちだ、
 そこにいつまでそうやってじっとしているつもりだ!」








握り締めた歯車を、地面に叩きつけた。



情けない軽い音を立てて、それは土の上に転がる。









「帰る。」


車が、私に何か言おうとして口を開


「私が君に言うことは一つも無い。また私はここにくるだろう。だけれども、私はもう君たちに話しかけたりはしない。
 私はそれを努力と思わない。私はこの足で歩いていく。残骸と化すくらいならば、口をつぐんで針の筵を歩いて見せよう」


車は。
もう、何も言わなかった。

ただ、羨ましそうに私を見ているだけだった。













空き地を出たところの曲がり角にもたれて、アルベルトは葉巻をふかしていた。
私を認めて、に、と笑う。
彼の足もまた。歩くための足であることを私はそこで初めて知った。

肩を並べて歩く。

意外に、針の筵なんて。君がいればどうッてことは…無い。








雨が降り出して、空き地はずぶぬれになった。
私たちは傘を差して歩く。









真っ青な空の下。傘を差して歩く。












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