何かの間違いかと思った。
見間違う、そういったことはよくあることだ。
だから儂は、一度だけチラッと見たものというのは信用しない。
この目にしっかりと焼き付けるまでは、いかなる現実であろうと、信用しない。
この世で、信じられるものは自分自身だけだ。

人通り多い街中。
儂等がこんな所を歩くのも、珍しいかと思う。
セルバンテスはいつものクフィーヤを脱ぎ、ゴーグルをはずしてしまっているから十傑集のそれとは一目で分かりにくいが、
儂に至っては、常に服装を変える事は無いからな。
まぁ、国警が儂を見たら、マークされる可能性があるということだ。
儂もセルバンテスのように、仕事とプライベートで、服装やナリを変えるべきなのだろうか。
…どうも、沽券に関わる。

車道は路上駐車で埋め尽くされ、その間を縫うように車が何処かへ向かう。
異音を撒き散らしているもの、邪魔な所で平気で停車するもの、
車体がへこんだまま走らされているもの、ただの運搬用にしか使われていない車。
文句は言わんが、軽いため息が出た。

「どうしたんだい、ため息なんかついて。トシ?おじいちゃん疲れちゃった?」

茶々を入れるセルバンテスに、顔を逸らしながら一つ肘で小突きをいれてやる。

「あはは」

よろけながら笑って、目に付いたのだろう、自転車屋の横を歩き過ぎ去りながら、
体をそらして中を覗き込む。
特に面白くもなかったのか、そのまま前に向き直り、今度は上を見上げる。

「忙しいなお前は」
「ん?そう?刺激ってのは楽しいものだよ。常に新しいものを見る。その中で自分がすんごい気に入ったものとか見つけられたら、気持ちいいじゃないか」
「気に入るようなものなら、探さずとも向こうから儂の目に飛び込んでくるわ」
「あっらー。こりゃ強気」

少々からかわれてもいるのだろうが、勝ったような気分が先行して、
ちょっとだけ満足などしてはみる。

興味を失ったのか、セルバンテスはおとなしく前を向いて歩き始めた。
さて、これからどうするか。
どうせまたこいつはあまり食べていないのだろうから、どこかで食事をすることにはなると思うが、
このまま少し散歩と言うのも悪くは無い。
無意味なことが面白いと思えるようになったのは、いつからだったか…

一人でどこかを散策、なんてことは、仕事以外ではしたことがなかったな。
と言うことは、セルバンテスがいるからなのだろうか。
確かに、コイツと歩いていると、なかなかに面白いものがある。
儂が見ていない所を、平気で見て、ニヤニヤしている。
儂は、セルバンテスが見ていない部分を見ていたりするのだろうか。

お、ハト

「あ、ハト」



ハトと言うのは、眼鏡をかけているように見えるな。

「メガネバト」



まあ、見ている部分がかぶることもあるのだろう。と言うことにして置く。
どうせなら、もう少し崇高な部分でかち合いたいものであったが。

ざわめく人の波。
足元を縫って、上手く歩くハト。
通り過ぎる人々の群れの向こう側をじっと凝視する目。

「…セルバンテス?」

明らかに、今までと違う。

人の流れの中だと言うのに、突然のその足はそこで凝固し、
微動だにせずに。
背筋をピンと伸ばし、何かに狙いを定めているかのように
そして、その目は



儂が、初めて見る、敵を狙い叫(たけ)ぶ瞳でもなく、ただ無表情に突き刺すような瞳。



セルバンテスの見ているものを探ろうとすべく、その目線の先に自分の目線を合わせる。
どれだ。
どいつだ?
人か。物か。
なにを見ている?

…あの男か!


「セル…」

声を掛けつつ向き返
息が詰まって
何も、言えなくなる自分が居る。

この男の楽しそうな目、挑戦的な目、色々な目を見てきたつもりだった。
この男に関しては一番自分が把握しているものだと思っていた。

…この眼は

        ナンダ?


セルバンテスなんだろう。儂の目の前にいるのは。
しかしヤツは今、全世界のほかのもの、その中に儂を含めてそれを…完全に無視し

あの男を凝視している。

「間違いない」

小さいその呟きに、

飲み込まれるようにセルバンテスが戻ってくるのを感じた。

内ポケットから携帯を取り出し、儂に見えないようにボタンを押し(見せたところで勘ぐりはしないと言うのに

アラビア語で、二言ほどそれに告げると、

すぐに携帯をしまいなおす。

今、目の前にはセルバンテスがいる。
だが、さっきのは誰だ?

「あ、ごめん、突然電話なんかして」
「…いや、いい」
「…ゴメンヨ?」
「いい、気にするな。」

…気になって仕方ないのは、儂自身だと言うのに。
お互いのテリトリーに踏み込むつもりは、お互いに無いはずだ。
こいつが儂の知らない所で何をしていようとも、それはこいつの勝手であって



何をしていようとも


そう、こいつの勝手なのだ。


今、現在においても。








「ご飯食べる?」
「…いや」
「どっか行く?」
「……いい」
「…帰る?」
「…」






沈黙は最大の肯定なりとは

何処のどいつがそんな事を言ってしまったのだろうか。














部屋に戻るなり、その腕を掴んだ。
掴んだ腕を引き寄せて、その表情も見ずに口付けをする。

くぐもった音。

喧しい。

性急になる自分の手に、いらつきを感じながら、
その体をまさぐった。
…自分を止める必要はなかった。

セルバンテスもまた、儂を、止めない。

「どう、したの、?アルベルト…どうし…」

うわごとのように呟いて、儂の肩を掴む。

知らん。
分からん。
理解したくも無い。

…気に入らん!

お前が儂を無視するのが気に食わん!
お前を遠く感じた儂が気に食わん!
どこにいる。
何故お前は離れる。

ああ。儂はお前をずっと、何も言わなくてもついてくる犬だとでも思っていたのだろうか?

なぁ。

教えてくれ、セルバンテス

儂には、もう分からない…

はだけた胸に口付けて、その突起を口に含んだ。
上下する胸、そこから押し出される震える声。
唾液で濡らし、いつもの感触を味わう。
これはセルバンテスだ。
間違いない。
この舌先に触れる感触も、
震えて崩れる体も、
勝手に開く足も、
そう、これはセルバンテスに間違いない。

儂を包み込み、上下する体も、

苦しそうな瞳も



「もっと動け」

「…あ、あっ…アルベルト…」

「っ…」

「ねぇ、気持ちイイ?アルベルトは気持ちイイの?…そんな顔、しないでよぅ!」

「儂がどんな顔をしていると言う!」

「私を見てない!」

「…!」

震えた腕が、儂を掻き抱く。
胸元に触れる、くしゃくしゃの髪。
一旦自分の体を深く沈め、せり上がりつつ、儂の顎鬚を食む。
「…ね、私は、ここに、いる、分かる?」
「…」
分からんよ、…だから
「もっと感じてくれないか、私を、私の肌は熱いかい?私の中は気持ちいいかい?」

ねぇ、ねぇ、と、何度も繰り返し。
体をよじっては、儂に濁流を流し込む。
ああ、
分かっている。
お前はここにいる。

裸身の背中に、腕を回した。
汗を、かいて。少し、冷たいな。
腿を掴んで、その体の動きを軽く手伝ってやる。

「あ、ああっ!」

セルバンテスの陰茎が儂の腹に擦れる感触をはっきりと感じ取った。
もっとだ。
もっと、動け、セルバンテス。

…お前を感じられない自分など

…つまらないだけだ…







セルバンテスが囁く







目を反らさせやしないよ…そうだ、いっそ私を嫌いになればいい、ねぇ?








ふん。








儂は…













いや、いい、沽券に関わる。








しつこいだろうが言って置く。
気に入るようなものなら、勝手に向こうからこの目に飛び込んでくるものなのだ。
いいか。

わかったな。



わかったな、セルバンテス。




…セルバンテス。





目を、逸らしたりするものか。
負けはせん。儂はお前などにな、負けはせんのだぞ。





…セルバンテス。我が最大の…敵(とも)よ…負けは…





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コメント。
わがままアルベルトです(笑)
恋人につけ、友人につけ、
自分の知らない人と話をしていたり、自分の分からないものに興味を持ったりすると、
なんだか、ちょっと置いていかれたような、
そんな気分になりますね。
自分の知らない相手がそこにいる。
それだけで距離を感じる。
それを埋めるものは絶対に何処にも無いから。
だから、お互いに気づいたときに、それを誤魔化してやれれば、いいなぁと。

その距離を埋めてしまえるほど近い関係なら、
そんなものは、もう、ただの支配でしかないと。

人間関係は常に努力していかねばならないもの。

距離を保つのも、相手への尊重かも、なんて思ったり。えへへ。