ハムスター。
私には、実験動物にしか見えない。
恐らくは、この何かにもぐって身を隠すと言う動作は、実験されるのを恐れてのことなのだ。
記憶が、そうさせるのだ。
遺伝子レベルでどこかで通じ合っている、同じ種の物同士の感覚をどこかで受け継いで。
小さく丸まっている姿。

そんなところで、オシリを覗かせていては、いつか捕まって面白半分で殺されるよ。

そうされないように、牙を剥きたまえ。

牙を剥いて、威嚇をし、此処に生命ありとのたまい給え。

BF団科学班の実験室で見た白いネズミ。
注射を受けながら、耳障りな声で何かを呼んでいた。
どんなに暴れたって、身体の中には、もう…

「どうした?」
「ん?いや、なんでもないよ。ネズミって小さいねぇ」
「それはハムスターだろう?」
「ネズミ。」
「…分かった、ネズミだな。」
「そう、ネズミ。」

ちょっと呆れた顔をしてスタンス整えて見せると、アルベルトは、私の見ている檻の隣に眼を移した。

ワラビーが、身体にそぐわぬ大きさの囲いに収まって、じっとしている。

興味、無い。

ふい、と、その場を離れる。

「見てていいよ、私はちょっと向こうに行って来るから」
「あまり時間はないのだろう?」
「ん、その分後で急ぐさ」

小動物のケージの群れを横目に、壁伝いに並ぶ水槽へと眼を移した。




仕事の都合上、ちょっとしたブランクの時間が出来ることがある。
それを活用して、私たちはたまに会っている。
無論、出向いてもらうのはアルベルトの足のほうなのだけれどもね。
何故、私たちは此処までして会うのだろうね?
何故、会わないと微かな空白が見えるのだろうね。
身体が求める。
君と言うストッパーを。
君は私を求める。
私という鍵(リベレイション)を。
自分を解き放つ、君の中の動物を叩き起こす、私という名の鍵を。




…ちょっとカッコつけすぎたかな。




と、ペットショップって、アレだよね。
どうも、こう、端っこから端っこまで、全部見て回りたくなるよね。
興味ないものも、あるものも、全部。
小さい魚がぞろぞろと群れをなしているのだって、
もう、じっと見ていると、魚類には見えなくなるもんだね。
こういう動きをする、物。
水槽の向こうは、架空の場所。
そんな感じ。
なんだか、憧れるね。
私ってば、現実逃避してる間がないから。
水槽の向こうは、此方の世界とは別の…
動と生があるだけの、それだけの空間。

上から下まで、ざっと3段の水槽が壁に埋め込まれている。
それは、壁伝いにずっと続いていて。
値札さえなければ、まるで水族館。
ゆっくりと流動する、水の中に浮かぶ物体。

いいねぇ。

照明が暗いのもまたいいねぇ。

客が少ないのもまたいいねぇ。

…商売平気なのかね。

しかし、気持ちがいいね、室温も低いし。

本当に、此処だけ時間が止まってるような空間だね。

…維持費っていくらくらいかね。

紅い魚。
青い魚。
君たちは人工的な物体だね。

人間は、何でも欲しがる。
自然に発生したものにまで手を加えて、自分たちの美意識下に置こうとする。


…この魚、意外に安いね。


…なんか、集中できないじゃないか。私も、どうもこう、仕事のしすぎかな。




水槽に指をちょい、とおいて、
それを滑らせながら、一周する。
右の壁には、小さな魚と長い魚ばかり。
この魚、骨が透けてるよ。
いいね、恥じらいが無くて。


突き当たりでくるっとONE回転して、今度は左側。

指を滑らせて、こっち側は何か、なー…







林立する水槽の中に。

ビニール袋。






それが、フワリと動いた。


「っ!?」


ゾク、と全身が総毛だって、身体が臨戦態勢を整える。
ナニコレ!!!

上半身だけ軽くのけぞらせて、ちょっと離れて、よ、よし、コレで届かない。

そのまま、その水槽の中を、じっと見つめてみる。

フワリ。


水槽の向こう側を微かにその身体に透けさせながら、しかしハッキリとは見せずに。
それは、柔らかく水の中で動いて。
私を挑発しているかのように。
思わず水槽の硝子に、そっと   手を伸べる。
揺らめく白い膜に…手が、とど、く…

しゅぅ、る。
その指先から、それが絡み付いてきて、
柔らかなその身体で、私の腕を絡め取った。

頭に、もやが掛かる…

綺麗な、真っ白な、
軽いのに重い
頭の中をどんどん白くしていく、深い深い靄。
瞬きの必要は無い

絡みつく白い影…それに引き込まれて
ゆれる

硝子を通り越して、彼は私の全身にその白い触手を広げて


 広 げ て

   抱 き 
 
 
抱き寄せて
身体の中に
全身の皮膚膜を通り越して入ってくる

「…あ…」

自分の息に混じって、声帯が震えを放つ。

気持ち、い…

もっと、入ってきて。
もっと、奥まで。
咽喉の奥のほうを突いて、ああ、そう、
そのまま、そう、そのまま、私の身体をそれで満たして…

「クラゲか」
「!?」

フイに、全部が全部水槽の中へと一瞬で戻っていく。
ああ、
…もうちょっとだったのに…

「…?どうした?セルバンテス。」
「あ、い、いや…なんでもないよ」
「顔が赤いぞ、お前疲れているんじゃないのか。飯は食ってるか?眠っているか?風邪でも引いているんじゃないのか?」

ぺち、と、私のおでこに手の甲を当てて。
「熱はないな、いや、あるか。そうだな、人間が生きるのに必要な程度の熱はあるようだ」
「言い回しがくどいよ」
「…ならば、標準体温程度のものはあるようだ。これでいいか?」

…現実的だねぇ、君は。

人のこと、言えないか。

水槽の向こうを見ると、彼はポコポコと上がる空気の泡を身体に受けながら、水面の方へと持ち上がっていく所だった。
思わず、覗き込んで上を見る。
…上にも、壁。

出してあげたいけどね。
君が、私の部屋にいたら、私は常に君を求めてしまうだろうから。

私にはね。

…コレがあるのだよ。

紫色のシャツを掴んで、ほら、コレだよ。この唇の感触、妙に硬いんだ、男らしいよねでも中は凄く柔らかいんだ。
私の唇をコレがどう感じているのかは分からないけれど。
コレは君よりスムーズに私の中に、一瞬で流れ込むんだ。
自然に。
時に淫猥に。

…Sanderia malayensis

…Manera si

…さようなら。



君は、其処で誰に必要とされて、誰を抱いて生きるのだろうか。



…さようなら。








「大丈夫か?」
「ウン、平気。どうして?」
「…本当にだな?」
「大丈夫だよ?」
「ならば、こうだ」

ゴン。

真上からの、”葉巻掴んだままこぶしパンチ”を受けて、首をガツンと竦める。

「いいいいいい、いったぁ!」
「クラゲの前で下らんことをするな!」
「いいじゃないか、暗かったしそんな気分にもなろうと言うものだろう!」
「クラゲの前でするな!」
「……」

もしかして。


「…あのさぁ。妬いてる?やめてよ?キモチワルイ」
「儂はクラゲは好かん」
「なんでぇ?キモチワルイし、ぬろぬろしてるし、なんが柔らかそうで身体に絡みつかれたらウワァとか思う辺り最高に良いじゃないか」
「?クラゲはコリコリしているだろう」
「コ、コリコリ?」


…それって、食感じゃん。
しかも、クラゲ違う!

笑いながら。

さっきの小魚を無視して
さっきのワラビーを無視して
さっきのハムスターを無視して

ちょっと先に行ったところにある、遊技場にでも行ってダーツでもしないか。

的に刺さる時の瞬間まで動体視力で見ることが出来れば、気持ちいいもんだよ。


「ふむ、」


と、君が、自己挑戦的な眼をしたから。


刺しに行こうよ。
この馬鹿馬鹿しい妄想を、あの太い針で、
壁に捕らえて動けないようにしに行こうよ。


体温のある、血肉も生々しい君が私の目の前にいる。




それ以外を、




…吹き飛ばしに行こうか。


















水槽の奥 クラゲが沈んでいく
水を吸い込むモーターに吸い込まれ
水槽の中に
吐き出されて また 落ち…



















^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
コメント

??????
自分で書いてみて、よくわかんないです。
手が勝手に、ガーッとこの文章を打っちゃった感じです。
私が書いている時に感じた、この不思議な感覚が少しでも伝わっていただければ、幸いに思います。