「いい天気なのにねぇ、不精だねキミも、カーテン開けないなんて」

朝から早々に何がどう暇なのか、セルバンテスは儂の部屋まで飄々とやってくる。
自分の仕事もBF団の仕事もあるだろうに、眠そうな目のままやってくることもしばしばで。
…多少、嬉しくないこともないがな。
他人が自分のために時間を使おうとするのは、気分の悪いものではないだろう。
「開けちゃうぞーっと」
広い窓を蔽おうカーテンに勝手に手をかけて。
シャ、
「ん」
シャー
眩しかったのか、開けたばかりのカーテンを引っ張って閉じて。
…何をやっているんだか。
無理に引っ張ったせいか、カーテンのレールの部分が引っかかったらしく、もごもごとそこで布を引っ張って。
「んー、あららー」
「セルバンテス、ココが引っかかっているんだ」
上の方の布を噛んでしまった部分を反対側に引っ張って直して。
意外と、セルバンテスというのは不器用なところがある。どうも解せない部分ではあるが。
カーテンを開きなおすと、セルバンテスは胸ポケットからサングラスを取り出してひょい、と架けた。
「んーいい天気」
「朝からサングラスとはまた…」
「よ」
儂の言葉も聴かず、カーテンの向こうに現れた窓をグイと引っ張って。
サァ、と軽い音を響かせて、窓が開く。

風が、流れて。

ふ、と何かが香った。

「また、何かつけているのか?」

セルバンテスは、よくなにかしらの香りをまとっていることが多い。
それは時として甘い香りであり、時としてさわやかな香りであり。
香水とはちょっと違う、紳士的というよりは、こう、肉体的な自然な香り。

「っていうかアルベルト、キミずっと私がなんかつけてたの気づいてたわけ?
 そういうことはね、気づいたらさっと言う、これが相手の心をグッと握るための極意。ね、わかる?」
「そうかもしれんな」
ぺらぺらと饒舌にしゃべりながら、儂の方へと鷹揚に近づいて。
手を差し出して、儂の鼻に近づける。
「今日は何の香りだかわかるかナ?」
差し出されたセルバンテスの手を、片手で受け取って。
自ら顔を近づけてみる。

「香水、ではなさそうなんだが」
「ッピンポーン。そう、君がよくハンケチに含ませているものとは種類が違うよ」
「では…?」
「お風呂入ってきたの」

は?

「だからぁ、朝からお風呂を使ってきたのだよ、私は」
「どういう意味だ?まさか、それは石鹸の…」
セルバンテスが、軽く首を振る。
そうだな、石鹸ではない。
そもそも、朝から風呂を使う男がいるか?
…目の前に、いるか。
セルバンテスの手を取り直して、改めて嗅いで見ると、それはなんだか、心地よい香りで。
この男にはよく似合う。

しかし、そもそも風呂でどうやって身体に香りなんか。

「え?」
「だから、石鹸以外で何か香りをつけるとしたらだな、何か方法が」
「…えー、もしかすると、だ。アルベルトってシャワー派?」

うむ。
と、儂がうなずくと、ああ、とばかりに大きく納得した様子を見せて。
「お風呂も気持ちいーんだよ」
と、にっこり笑ったかと思うと、儂のタイに手をかけ、軽く締めた。










「こうやってね、お風呂にお湯をためる。そしてそこに香りを移したオイルをたらすわけ」
「ほほぅ。また、これは、珍しい」
「…はは、アルベルトには珍しいものなのかな、これは」
自室に付いたけして広いとはいえない浴槽に、セルバンテスは風呂屋の営業よろしくあれこれと説明をして見せた。
セルバンテスは、儂からみると変わった趣味を多く持っているように見える。
それは、セルバンテスの住んでいる世界が多少普通と異なっているからなのか、
それとも、セルバンテス自身が普通と多少異なっているからなのか。
…そもそもBF団に普通な人間などいたか…そうだな。
多少なりとも、文化の差異はある。
しかし、セルバンテスのそれはその範疇を超えたものがあって。
どこからか、自分の気に入るものを見つけてきては自分のものにしてしまう。

「入ってみる?」

セルバンテスのその手が、手袋をゆっくりとはずして、湯をすくって見せた。
あまり見ることのないその指を、水がなぞるのを見て。
そうだな、
という、気になった。






私は部屋にいるから、ごゆっくり

そう言い残して、セルバンテスはその場を離れた。
…珍しいこともあるものだな、また、「一緒に入ろう」とかそんなコトでも言い出すかと思ったが。
まぁいい。
改めて、湯に触れてみる。
浴槽に張られた温かい水。
表面は真っ直ぐなのに、その中に自分が入っていくことのできる不思議な空間。
鏡の中に溶け込んでいけるような。
…セルバンテスが好きそうな感覚ではあるな。そう思って、笑みがこぼれた。

水に抱かれて。
香りを感じてみる。


強くはないが、尖った、甘みのあるニオイ。

セルバンテスの香り。



照れくさくなって、湯をすくって顔に当てた。




そういえば、セルバンテスは儂の部屋で何をしているかな。
…妙なところでも探ってなければいいが。
まぁ、探られて困るようなものも、置いてはいないが。




すくった湯をもう一度顔に当てて。
「…」
なにか、一寸違う気がして。
一度、湯をかき回してみる。
…うむ。やはり何か違う。

「セルバンテス」
「わっ!…な、なに?」

…何故、すぐ近くから声が聞こえるのかは、あまり深く考えないことにしておいて。
「ちょっと聞きたいことがある」
「なに?」
「いいから来い」

はーい、とばかりに、すぐさま顔を出したセルバンテスに、軽いため息が出たが。

「一つ聞きたいんだが」
「…」
「覗けとは誰も言ってない」
「あらイヤン」

服を着た人間に湯の中の身体を眺められるのは少々照れが走る。相手がセルバンテスと来たなら、なおさら、だな。
「んで、なに?私に質問かい?」
「ああ、その前に服を脱げ、落ち着かん」
「…んー…そだね」

一旦風呂場から出たセルバンテスが、向こうでなにやらごそごそと音を立てて。
風呂場にそぐう格好で、やっと現れた。
「朝風呂2回目なんて初めてだよ」
笑いながら、シャワーを身体にかけて。
お互い、妙な気分で。
何故、か、って。
おそらく、それはこうして肌を見せ合うのは初めてだからだろう、と。
「こういう裸の付き合いは初めてだね、他のならいっぱいあるけど」
…こういうことを平気で言うこの男の感覚には、少しばかり辟易するな。
「入れるか?」
「んー。どうかな」
「…儂の上に座ればいいだろう」

儂の顔をまじまじと見たセルバンテスが、
珍しく、照れの表情を見せた。





「…なんだか、照れるね」
自分の腹にセルバンテスの背が当たるように座らせて、後ろから体を抱く。
日に焼けているのか、かすかに金髪になっている髪の毛の先を口に含んだ。
その体重は、自分にかけさせて。
「質問は?もう、いいのかい?」
首をそらしてこちらを向こうとするけれど、上手くいかないらしく、諦めて前を向いて、壁に向けてセルバンテスが問う。
「ああ、そうだな、質問だ」
「なに?」
「さっきお前の身体から嗅いだ香りと、これが少々違うのは、なぜかと思ってな」
「あはは、そんなこと」
そんなこと?
結構、重要問題だと思うのだが。

「君も香水を使っているなら分かるだろう?私の汗と混ざって香りが変わるんだ」

ああ。
あ、
そういえば。

香水というのは、ファーストノートから、セカンド、サード、フォースノート、物によってはそれ以上まで段階を踏んで香りが変わる。
それは、揮発した香水の香りのレベルの違いと、人間の身体から分泌される汗との融合によって香りが人によって多少違うという…

「んまぁ、香水の場合はブレンドしてあるから、
 香りがファーストから移り変わっていくわけだけどね、
 私の使っているのはその大元の純粋な抽出オイルだから、その香りは一定であり、肌に吸収されて持続し、
 そして私の汗と言う媒介を通して変化し、君を刺激するわけ」

なるほど。

「ならば、この香りはお前からしか嗅げないもの、と云うことになる事由か」

なるほど。
目前にあるセルバンテスの首筋。
顔を近づけて、臭いを嗅いだ。
そのまま、舌を這わせる。

「ひゃ!!!」

飛び跳ねた身体を押さえて。
もう一度。

「ん、ッ…ちょっと…す、すんの?朝から?」
「まずいか」
「まず…、…っ…」

質問をしている儂の手は、もうすでにセルバンテス自身に達していて。
水に、香りに彼の身体が包まれていることに多少の嫉妬をしていたのは間違いがなく。
たとえば、この身体のどこかに儂の匂いが残っているのなら、それに気づいてみたくなる、
それは、一体、どういった感情、と言葉にすればいいのだろう。

軽く添えた指で上下に撫でてやると、水と共に儂の指を掴むセルバンテスの素指。
いつも手袋をはめているせいなのか、素の指を見ることがやけにいやらしいものに見えて。
儂の指をはずそうと、指をかけたから、その指を掴み返して、セルバンテス自身に添えさせた。
「自分で、してみろ?」
「…ば、ばっか!何を云ってるんだい、そもそも、ココはそう云う事をする所では無くて…っんむ」
セルバンテスの相手を捻じ込めるための言葉は、指を含ませて塞いで。
自分を愛撫させるように握らせた指の上から、儂の指で握りこむ。

不意に、香りが、強くなる。

「いい、香りだぞ、セルバンテス」
「…っ…しょうがないなぁ」

背を軽くそらせ、目を開いたセルバンテスが仕方無いと云う面持ちで、口の端を持ち上げた。
そのまま、目を閉じて。
自分自身を慰めるべく動き始める。
「ん、ッ、ふ…私だけ、じゃ、不公平だよ」
口に含んだ指先を、強く吸われて。驚いて指を引くと、刺激に跳ねた背中が浴槽の壁に当たるのを感じた。
「…ッ」
「…気持ちよくしてあげるよ、キミも」
いつの間にか後ろ手に回した指で。
素肌の指で。
身体と身体で密着して圧迫されていたはずの場所を、やんわりと掴む。
「気持ち、い?」
器用に身体を捻じ曲げて、儂に会い向かいに位置すると、そのまま、口付けてくる。

「分かるかい?私の香り」
「…まだ、足りんな」
「…貪欲だね」
「お前に言われたくは無い」
「…酷いなぁ、キミだって……ん、うあ!!!」
掴んだ其処を軽くひねり上げ、飛び跳ねた身体を、そのまま引き下げ誘導して自分の上に落とす。
強く、セルバンテスを突き破る感触。

「−−−−−ッっ!」

もう一度跳ね上がろうとするのを無理に抑えた。
水しぶきと共に充満する香り。
酷く儂を刺激する香り。

儂の胸に両手を付き弓に似て仰け反り上がる身体、其の反り上がる喉元、其の曲線を見て

…やけに満足した気持ちに為ったのは、其処に己の香りを見た所為









「ふーろあーがりー…死に腐れ地球防衛軍ー」
「…」
裸のままベッドに突っ伏し、もごもごと文句をたれているセルバンテスに、布団をおっかぶせて。
…そもそも、なんなんだ、地球防衛軍って言うのは。
「…ねーアルベルト」
「なんだ?」
「この布団キミの匂いがするよ」

まぁ、そりゃそうだろう、儂のベッドなんだからな。
…匂いを嗅ぐな匂いを。

「匂いを嗅ぐとさ、その人に包まれた気分になるね。…全てを自分に捧げられた様な。ある意味天国、ある意味プレッシャー」
「お前の物言いは遠まわしで分からん」
「そう?」

わからん、と言うことにして置こう。
自分の服に袖を通したときに感じた、「ある意味其の2種」は、分からなかった事に。
セルバンテスが使うオイルの香り。
儂が何の香りだか分からないでいると思ったら大間違いであって。
…香水でも使われることのある香り。
 
麝香(じゃこう)

人間の欲の性質(サガ)を誘惑する為の香り。




もしかしたら、気づいているのかも知れんな、セルバンテスは。
儂の胸のチーフに含まれた香りの正体も。




ふぅ、と捲くれ上がったカーテンを閉じた。

セルバンテスが笑う。

儂の香りがすると言って。



麝香の



麝香の香りがすると言って…。




FIN




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コメント。
香りって好きなんですよね…(^^;
その香り、一定の香りを嗅いで、誰かの匂いだ、と思える。
自分の使う香水を決めてる人って大好きなんです。
その、自己表現の脆さが好きだと言うか、セクシーなんですよね。香りの決まっている人と言うのは。
自分が其処にいることを、いろんな手で表現する。
その一つが、香りであって。
香りを使ってまで、自分を其処にいさせたい、その感覚が大好き。
香りを使ってまで、誰かに自分を感じさせたい、その感覚が、切なくて、大好きです。