儂は車は好かん。
なぜならば、常に四方を囲まれ、人としての自由を奪われ、それ相応の動きしか出来なくなるからだ。
頭にきても、腕も振り上げられンとは、なんと不自由か!
当然感じるはずの風も、この体には吹いてこず、堅い箱の中に拘束されたような気分になる。

ハンドルと言う手錠、
アクセルと言う足枷、
椅子と言う拘束に身を委ね、
自由を奪われて外部からの音もまともに聞こえない。

しかし、この車に関しては違った。

「ぷ」

「…なんだ」

「よく言うよ、気に入ればミンナ許容範囲のクセに〜」

…まぁ、そうとも言う。

「でも、いいね、確かにそうかもね、車に乗っている間ってのは、車に幽閉されて拘束されていることとも言えなくも無いなァ。
 とすると、キミは今、私の目の前で拘束されているわけだね。手も足も自由に動かせない、いわば、されるがまま」
「…だからだな、」
「自分でそう言ったんじゃないか、あんまり私をワクワクさせないでくれるかな、運転に差しさわりのあることをしてしまいそうだよ」
「だから!この車は違うと言っているであろうが!」

少しばかり目の周りが熱いが、照れているわけではない!
ったく、こいつの前だと、妙な発言の一つも出来んな…
言葉には注意が必要か。

「でも、その車を自由に動かしているのはキミなんだよね。そう考えるのもまた面白い。」
「そうだな」
「ふぅん。」
「なんだ?」
「いや、私も車なのかな、と思ってねぇ」
「?」

儂も大概に抽象だが、セルバンテスのその加減には程遠く届かぬな。
セルバンテスの発言の意味を解せないまま、然し何故か質問もせぬまま、
過ぎ去る街明かりを無意識に感じてはアクセルを踏み込んでいく。



先達て、セルバンテスに紹介されたマセラティメキシコに手をかけてからというもの、
儂はこうして突然車を操りたい気分が高まり、その衝動に従うことがある。
車などと言うものにはあまり興味がなかった、と言うのは本当のところだ。

自分の体が自由に動く、重力を感じずに、そして風や大気の動きをこの手、この体に感じる。
儂の好みはどちらかと言えば其方だ。

しかし、車と言うものもなかなかに面白いものであるな。
セルバンテスが何台車を所有しているのか知らんが、幾つか見せられた其れには、見惚れてしかるべきの造形の美があった。
無論、それらは見た目だけではなかった。
走らせて見ると、車自体が体に溶け込んでくるようで、
まさに。

女と踊っているかのような優美な一時であったのだ。

それは単なる拘束ではなく、いわば…

「融合?」
「うむ、そんなところだ」
「入れちゃったー、みたいな?」
「入れ…?…!バカモン!貴様と言うヤツは…!いや、そうとも言えんことも無いか、いやしかし…」
「私はそう思うけどなァ…、アクセル踏む込むと、車がああんもっとぉって言ってる感じしない?」
「くっ、、お前らしいわ…。」
「ねえ顔笑ってるよ。図星か。図星ってヤツだね、いやらしーなー君はー」
「貴様にはそうそう届かんがな」

下卑た会話も程々に、車は山道へと差し掛かる。
「いつもこっちを走っているのかい?」
夜道のドライブへの同行を初回とするセルバンテスは、少し驚いたようにそう言った。
「キミはどちらかと言うと、高速道路を走るタイプかと思っていたよ」
「ほう、ならば儂はお前の期待を裏切れたと言うわけだな」
「まね、でもなかなかいい感じ」

アクセルのままカーブに差込み、ステアリングと共に軽くブレーキをかけて湾曲をこなす。

楽しそうな声を上げてセルバンテスはそのままシートに沈み込んだ。
横目で確認すると、椅子を後ろに下げ、背もたれの中ほどに頭をおき、アメリカのキャトゥーンのようにケタケタと笑っている。
この感じなら、いけるかも知れん。

いつも一人で走っているときには、どうしても行くことが出来なかった、

あの、道の先へ。

このあたりまで来ると、いつも妙な圧迫感が身を襲う。
街灯が一つ減り、二つ減り、車のライトが照らし出すのは折れ曲がった標識と、なめし皮のようなアスファルト。
黒光りするそれはまるで川の様にうねり、車のスピードはそれに引きずり込まれるかのように上がっていく。

セルバンテスが飴を口に放り込んだ。

コロコロと、軽い音がして、それはすぐさま ガリ、と噛み砕かれる音に変わる。

暗闇の先。
いつもこの角を曲がってしまう。
その先にも、道があるというのに。
一旦緩やかな下りになり、左へ折れる道が出現する。まっすぐに向かう道は、突然そこで上りの傾斜へと変わっている。

儂はどうしても、その上りへの道へ入ることが出来なかったのだ。

強い圧迫感。
街灯の一つも無い、先の見えないコールタールのような暗闇。

ガリガリと飴玉を噛み砕く音。

そう、ステアリングをこのまま切らなければ、あっちの道へと勝手に車は進むだろう。

切らなければ。

このまま、維持するのだ。

ハンドルが、手錠に変わる

儂はもう動けない

車は風を切り、アスファルトに喰らいつき、振動と共に


…っ


暗闇への扉を叩き割った。









……




何事も、起きない。


エンジンの低い駆動音と、自分の心臓が首筋に血液を叩きつける感触。


セルバンテスが指を舐める。


「甘いなぁ、飴は」


いつもどおりの、声。


儂の目は、フロントガラスに釘付けで、余所見をする余裕を何故か与えない。
大丈夫だ。大丈夫のようだ。
別段変わったところは無い。
暗いから、どこか不安になるのだ、それだけだ。
見えないものへの恐怖と言うヤツなのだ。
こんなつまらないものに、自分が怯えていることが、どこか引っかかっていたのだ。
儂は何物をも恐れない、自分の強さを自分に見せ付けねば、

…辺りは暗く

車は闇に飲み込まれ

急カーブに加速のついた車体が

…呑まれる
しまっ…
呑み込まれかけていると言うのに、儂の手は拘束されたままで
…先端が、暗闇に溶かされ…


「…アッハハハハハハハハ!!!!」

けたたましい笑い声

「?!」

セルバンテスのそれに我に返ると、ステアリングを握り締めた。
手錠などと言うものは存在しない、この車は儂の思うとおりに動く、儂はこれを飼いならす!


「ハ、ハハハハハハ、ククク、フフ、アハハハハハ!」


そう、そうだ。思い通りなのだ。
儂がこれを握り操る限り、これは儂の思い通りなのだ。
笑い声は儂の耳に、高らかに続く。
セルバンテスのその体から、狂気的ともいえる力が舞い上がるのを感じる。
それを受けて勝手に触発する儂の意識もまたテンションを上げ、力を増す。
そうだ、そうだ。儂が飼いならしたこの獣は、何物をも突き破る!!

「ハハハハハ!!、クッ、ククク、ハハハ、アッハハハハ!」

ギアを叩き落し、ガンと言うエンジンブレーキを感じざま、アクセルを踏みつける。
車はその車体に似合わぬ直線的な動きを見せ、枠線内にその体を留めた。
ヒステリックな笑い声は続く
セルバンテスは体を起し、
フロントガラスに大きく目を見開き そのずっと遠くを見ながら
それをにらみつけながら
笑い続けていた。
儂が見えぬ何かを直視しながらヤツは
ずっと、

ずっと笑い続けていた。

そしてその見えぬ何かは、
その笑い声に近寄ってくることはなかった。














街灯がポツリと浮かぶ。
一つ、一つ、また一つ。
ホテルの看板や街明かりが平面状に見えてくる頃。

セルバンテスは、ふぅ、と一つため息を吐いて、またシートにうずもれるのだった。



儂はやはり。
あの暗闇を恐れた。
しかも、セルバンテスの力を借りてそこを抜け出したのだ。

…勝てぬのか、自然と言う巨大なる恐怖には…?

ハンドルを、軽くなでさする。

「お前を、踊らせてやる事ができなかったな…」

セルバンテスがまた一つ、飴玉を口に放り込んだ。
コロコロと、軽い音がする。
それは噛み砕かれることはなかった。
山を下りきった所にある広い空き地に車を止めて、フロントガラス越しに空を見上げる。

達成感はなかった。

過ぎた、挑戦だったのだろうか。

コロン、と音がして、セルバンテスの口元から飴玉の音が消えた。

「ねぇ」

「…なんだ」

「山には魔物が住むというね」

「…」

「人間には恐怖があったほうがいい」

「…余計な世話だ」

「そりゃ失礼」

「…何故笑った?」

「気持ち悪かったから。黙ってるのが。なんつーか飲み込まれるくらいなら、びっくりさせてやろうかと思ってね」


コロコロ、とまた飴玉の音がする。
起き上がったセルバンテスの口から、それを口移しで受けると、
甘いミルクの味がした。

「このまま、車を抱くかい?それとも?」
「…」

無気質な体を抱くには、儂はどうも疲れ過ぎているようだ。

目覚めかけた野性を沈めるためには。
セルバンテス。どうやら、お前が必要なようだ。
そして、それを目覚めさせる最短の手段としてもな。






ゆっくりと融合する体に、拘束はなく。



「また、来ようか。吹き飛ばしに。」
「…当然だ。」




サイドミラーに映る山の上に、
あざ笑うかのように下弦の月懸かっていた。








それの手の届かぬ所で儂等はそれをあざ笑う。









静かに震える箱の中で。












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コメント

????最近、私よく分からない小説ばかり書いてますね…。
アルベルトが車に乗っているところが書きたかったんですが。
車ってのは思い通りにどこへでも行けて、ブレーキを踏めば止まり、アクセルを踏めば動く、
思い通りになるもののようにも思えるのですが、
時に、人間に対して牙を剥くんですよね。
自然も然り、コンピューターも然り。
しかしまた、人間も然りであったりして。
それへの恐怖を克服するために、人間は強くなる。
そう思うのですが…。
まずは畏怖の念、恐怖と感動と、それに打ち勝とうとする意識。


うーん、いわば、自分自身に勝つ、ってヤツですか。
アルベルトは、それに執着しそうな気がします。
絶対自分には負けない。だから誰にも負けない。
常に自分の負けを認めない男、そういう感じの人であって欲しいなァ、って、完全に妄想ですか?(笑)

おらくるさんのキリリク(リクの内容は小説なら何でも、との事でした)で書かせていただいた小説です。
カモであまりに素敵な小説を頂いていたので、
ちょっと緊張気味でしたが、いつもと変わらないものになっちゃいました(笑)
精進、せねばなりませんな…
キリゲット、有難う御座いました。