「でね、その男がまたコレが食わせ物でさ、この私を引っ掛けようとするもんだから…」
「あっはっはっは、そりゃいーや、アンタらしーよセルバンテスさんー」
やけに、耳につく声。



珍しくちょっと外に出かけた。
そしたら、オープンテラスの喫茶店にセルバンテスとヒィッツが座っていて、何か談笑していた。
やけに楽しそうだった。
別に邪魔をする理由もない。
通り過ぎようとしたら、…あたりまえなんだが…セルバンテスに呼び止められる。
声を掛けられて無視する意味もないので、立ち止まって振り返った。
「いたのか」
知っていたくせに。
「どうだい、アルベルトキミもお茶など?」
「男とお茶をする趣味はお前と違って儂にはない」
「私にも無いよ」
ふ、とみるとよほど話が面白かったのか、ヒィッツはかなり御機嫌そうな顔で。
カップを口に運ぶ小指が軽く立っている。
儂は余り馴れ合うのが好きじゃない。
セルバンテスは、他の十傑集とも生活を共にするくらいの接近をする。
それが、わからないし、…気分もよくなかった。
「ね?美味しいよ、ここのダージリンは」

毒のない笑みに、断りきれずに。

…甘いな、儂は

儂が席に着いたことで、ヒィッツは少々姿勢を正した。
…何時も、儂はこうやって人の居住まいを悪くしてしまう。
少し、居心地が悪い。

「アルベルトはケーキとか食べない方?」
「…ケーキ?何故儂がそんなもの…」
「ヒィッツは?」
「えー?男がケーキ?そんなンかっこ悪ィ」
…見た目だけであれやこれや考えるから、人に気を使う羽目になるのだ。
あまり、好きではないのだろうか、ヒィッツという男が。
嫌なヤツだ。うるさいし、見境がない。
…こういってみるとセルバンテスとそう代わりがないじゃないか。
どこが、違うのだろう。
どこだ。
探さなければ、儂はこのままセルバンテスまで否定してしまうことになる。

懸命に探すのは何故なのだろう。
笑うセルバンテス。
儂を余り見ないヒィッツ。
難しい顔のままの自分。
損な性格だと人は言う。それを気にすることもない。
儂は自分の時間は自分で楽しみたいだけだ。

セルバンテスに会ってからだ、狂い始めたのは。

自分の時間に勝手に割り込んでくる。
そして、平気でそこで居座る。
…何故、それが心地いい?
邪魔されているはずなのに。
何故?

「ンじゃケーキ一つ、なんかお酒が聞いてて苦味があって甘い感じのネ」
「はい、かしこまりました」

その注文を聞いて、ヒィッツが笑った。
…笑いそうになった儂は、その笑みを引っ込める。

「なんだよそれ、全部じゃん!」
「え?そうかな?甘くて苦くてお酒が…」
「ケーキの味全部って感じ」

そこじゃない、甘くて苦い感じと言うのは、相互的にお互いを否定している言葉であるから…
しかも、なんかお酒が、という部分で、一体なんのお酒なのかという部分がだな
…でも、言わずにいる。
目の前に置かれたダージリンは、やけに澄んでいて、まるで濁りっ放しの自分をせせら笑っているかのようで。
…すまん

ガタ。

「…アル?」
「野暮用だ、先に戻る」


「あー!!!!」

突然の大きな声に、驚いてそちらを見ると、遠くに向かって大きく手を振っているヒィッツがいて。
な、なんだ?
「クリス!クリスじゃないか、ちょっとー」
どうやら女を見つけたらしく、ちょい、とセルバンテスに手を上げると、それを顎で示す動きを返されて、
まるで、脱兎のごとく通りの向こうへ駆けていく。
…呆れた。


「野暮用はもう済んだかい?」
「…帰る」
「ちょっと待ちなよ!」


声を、後にして。
やけっぱちになって地面を踏んだ。
後ろで、小さくなる声。
追いかけてはこない。
…馬鹿だ、お前は、儂を怒らせてどうするんだ。なんだっていうんだ、儂が嫌いなのは知っているだろう、群れること自体!

違う。
わかっている。

ヒィッツと話をしていたのが気に入らなかったんだ。
ヒィッツだったからじゃない。
それは誰であってもそうだったんだ。
お前となら、笑って話せる。でも他になるとそうも出来ない、したくない、その理由もわからない、然し!

目の端に入った空に、異物が見えて、にらみつけるように見上げた。
一つの風船。
子供が手放してしまったものか何かなのだろう。
…割れろ。
割れてしまえ。
…ワレロ!!!

どんなに強く念じても、その風船はただ揺らめきながら、空へと高く、高く

割れろ…

割れてくれ…

見ているのがつらくなって、目線を地面に落とした。





所詮、人間は一人だ





それが心地よいのだ。





…お前はそれを増幅させる





悪魔め






自室の扉を、音を立てないように閉めた。
そのまま、扉にもたれかかる。
…逃げたのか、儂は。
いや、違う、気分が悪いなら、それを遠ざけるのは普通のことだ。
鮮明な赤の夕焼けが、部屋を真っ赤に染め上げている。
儂も、赤いのだろうか。
染まりたくはない。夕日さえも退けてしまいたい。
駄目だ、全部を否定してしまう。
セルバンテスが好きじゃないか。夕日は。夜の星空も、海も、そういえば晴れた空より曇り空の方が好きだといっていた

誰のせいにもする気はない。
そして、儂の責任でもない。
個人同志なのだから、あうあわないは当然だ、仕事は別なモノだ。
余裕がない。
何故セルバンテスが他と会話をしているだけでこんな気分になる?
気持ちに、余裕が見えない。

駄目だ。

頭を振ってみても。何も消えない。

忘れることはしたくない。自分の心に発生した気持ちは、儂は絶対に忘れない。
自分を否定することだけはしたくない。

何故。

何故こんなに悔しいのだ。

「私はキミに何も出来ないんだね」

「!」

扉越しの声。
思わず、振り向く。
…この向こうに、セルバンテスがいる。
胸が、高鳴った。
恥ずかしいのと、苦しいのと、悔しいのと、
…儂をこんな気持ちにさせるなんて。
お前が、憎い。

憎い。

「いつも思うんだよ。私はキミを変える事は出来ない、キミはいつも普遍」

コツン。

扉に、何かが当たる。

コツン。コツン。

「君に掛かると私は無力になるね…」

ゴツン!


「…セル?」


ガン
「アケロ…」
ガンガンガンガンガンガン!
「開けろォォアルベルトォ!!殺してやる!」
「!?」

ガン!

ガァアン!

「開けろ!手に入らないなら、殺す!」
「なんだと?!ふざけるな!」

ガンガンガン!

扉のノブをひねってそれを引きざま衝撃波を構えた


「この…、…!」


扉の向こうで。
うなだれて手を赤く濡らしたセルバンテスが床を見ていた。



「やっと、開いた」
「…」
「やっと、開いたよぅ!!」



飛び込んできた身体に体重を預けられて、思わず後ろにつんのめる。
「っ」
唇に、甘い刺激。
ほのかなダージリンの匂い。
そして、耐え難いほどのセルバンテスの存在感。

耐えられない。
潰されたくはない。

「!」

内腿に指が走り、早急な動きに「抵抗」という文字が吹っ飛ぶ。

食いしばる歯が見える。

にらみつける目。

セルバンテスは人間なのだ。

鮮明に、それを感じた。


人間の部分を儂にぶつけてくる。惜しげもなく、恥も外聞も全部捨てて。


「−−っ」


たちまちの内に、まだ膨張しきってもいない儂のモノを、
体の中に飲み込むように入れて。
「い、たァ」
「あ、当たり前だ!」
「駄目だよ、逃げちゃ、私から逃げちゃァ…」
馬乗りになった身体が、微かに上下に揺れて。
濡らしていないせいか、根元が異常にキツク締まって感じる。
「痛い、苦しいッ…ねぇ、痛いよ、痛いよ、…アル」
「…この、馬鹿め…」
こんなにこいつは儂を求めている。
充足感はある。
でも儂は、お前にそこまで自分をさらけ出せるだろうか。
見せているのだろうか。
お前のように、本物をぶつけているのだろうか。

「っあ、はァ、アルベルト…ッ」

セルバンテスが儂の名を呼ぶ。
儂の名前を、呼ぶ。
名前の主はここにいる。
ここにいる。
感じてくれ。
儂は何もいえない。
だから、その身体で、その身体で儂を。

さらけ出させるための手段でもいい。
儂に至上の快楽を…!

儂が嘘つきならば、お前のその身体で剥がしてみせてくれ…
















「ほらー。ケーキ持って帰ってきちゃった」
いつもどおりのセルバンテスが、ケーキを高々と掲げて儂に見せる。
儂は、いつもどおりの顔で、それをフンと目で流す。
スタンスとスタンスのぶつかり合い。
削れない、自分自身。

削らない、おまえ自身。

無理に口に運ばれて、イヤイヤながら食わされてみると、想像していたよりは甘くなかった。

「これは”甘い”か?」
「甘くないねぇ。でもほら、確か私は"甘い感じ”のケーキって言ったから」
「ふむ」


と、口元に手をやって、ふと開け放したままの扉の向こうに橙色の影が通るのを見る。
「…ちょっと待っていろ」
「はーい」


部屋から、顔を出してみると。
ヒィッツの後姿。

「…華麗」
「!?あ、あれ?アルベルトさん、あれ?」
「クリスは?」
「クリス?誰?……あ!…あー、いや、そう、ああ、ウン今度会う、今度!」

慌てたように手を振って。
えへへ、といった感じで笑いを作って。
…成る程な。
ヨロヨロとそのまま、角を曲がって、なにやら大きな物音が聞こえたが、見に行かないで置こう。
たぶん、無様な格好で床に突っ伏しているのだろうから。
華麗とは、いえんな。

あの男。

ちゃんと見ると、意外な部分もあるものなのか。


「どうしたの?」

「ん?いや…ヒィッツが転んだ」
「えー!?本当!?見る見る!」
「やめておけ」
「なんでぇ」

…気を使ってくれた礼だ。

行きたがるセルバンテスを引っ張って、その口にケーキを押し込んだ。
おとなしく、それをもぐもぐと食べはじめる。



まんざらでもない。



まんざらでも、ない。




フン、下らん感情だ…なぁ、セルバンテス。






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コメント

こんなのはアルベルトじゃない、って怒られそうですが。
気に入った相手、友人などが他の友達と話していれば、普通の感情かなと。
アルベルトにはそれを表現する手段が欠如しているのだと思うのですよ。
心の中にはちゃんとある。
そうじゃなければ、単なるアニメのキャラクター、お人形で終わりそうで。
どんなに強い人でも、やくざの親分だって、嫉妬はする。
映画も見るし、気も使う。ご飯も食べるし、旨いとも思う。不味いとも思う。
忘れないのは、自分を侵害するものの排除だけ。
自分の溶け込む人間は排除しない。
昔付き合いの合った親分はそんな人でした。
?アルベルトと関係ないか(笑)
ちょっとヒィッツが良い人げ。
このまま終わらせると単なるいい人なので、転んでいただきました。(笑)
不遇の人が本当に似合うなぁヒィッツ…泣けるよキミ…(笑い泣)