シンパシー01

小刻みに鳴る音。
何度も何度も聞き返した。
自分の手首に耳を当てて、何度も何度も。
何度も、同じようになり続ける音。

つっまんないの。

たまにはさ、突然「ドカーーーーーーーーーーーーーン!!」とかさ、
そういう音を出して私を驚かせてくれてもいいのにねぇ。
勝手に、小刻みに端的に短絡的にそりゃもうまるで

歯車みたいに一定の鼓動で刻まれる手の首の脈拍。

先頃、これが高鳴ったりその音に皮膚がそそけ立ったりすることが少なくなってきた。

驚きも、恐怖も、タノシミも、ないね。
ただ、タイクツ。退屈。タイクツなだけ。

「ボーっとしていると足元を掬われるぞ」

アルベルトがそんなコトを言っていた。
それを言われたッてコトは、私はボーっとしていたのだろうかね。
でも多分恐らく間違いない。
私は、ここのトコロ、


退屈


ってヤツに全身を支配されてる。
アルベルトと居ても退屈。
暇。
することもないから、セックスしたりね。
している間は、なんだか高揚してる。でも、なんとなく退屈。

だから、ねぇ

「なんか、ゾクゾクしようよ」
「…?」
「私を驚かせたりさ、笑わせたりさ、びっくりさせたりしてよ」
「びっくりと驚くのは同意義語ではないのか?」

ん、まぁ、そうだね、言われてみりゃそうだね。
じゃなくってさぁ、そんなツマンナイこと、どうでもいいんだよ私は今。
びっくりさせてよ。驚かせてよ。
ワクワクしてないと、なんだかさァ

生きてる感じがしなくてね。

この身体の中、通ってる血管、全部もしかしたら、知らないうちに
赤と青のコードの配線に取り替えられちゃっててさ、心臓部分はバッテリー、
歯車が小刻みに動く音だけが静かな空間に鳴り続ける
例えば、あの壁掛け時計のように

「ん?お前の部屋に時計など置いてあったのか」
「失敬だな、私は時間にルーズだけど時間はきちんと守る方なんだよ」
「…」

意味分かんないよね。アルベルトが真面目に悩んでるけど、
別に何がどうだから言った言葉でもないし、深い意味もない。

「ルーズなのに、守っているのか?」

うん、ルーズだよ、人の時間にはね。私の時間には正確。
声に出さずにそう思って、独りでクスクス笑う。
アルベルトはそんな私を見てますます首を捻ってる。

ねぇ、面白いかい。

私ね。笑ってるけどつまんないんだよ。つまんないんだけど、別にそれが不快でもない。
だけど、今ちょっと、スカっとしたい気分なんだ。
何かが心の中でモヤモヤしてる感じで気持ち悪いんだよ。
それの正体を確かめたくなるのは、人間のエゴとか言うヤツで。
でも人間はエゴの塊。だからしょうがない。

なにか、こう、ドキっと、ビックリ、ウワっ!と、したいよね。


「シンパシーは認めざるを得ん」


アルベルトが自嘲した。




長い渡り廊下を歩きながら、重ねた会話が以上。
私の手には、赤いホルダーの車のキーが収まっている。
つまらないから、どこかに出かけよう、そう私が言うと、
にべもない表情を見せつつ、チェアからその腰を持ち上げたのはアルベルト。

 車で外に出てどうするんだ?

 知ーらない

そういうと、彼は少しだけ笑った。
嗚呼。シンパシー。


ドキドキしたい、もっと、なにかズキズキと、ギリギリの感触を味わっていられなければ。
そうなれなければ、恐らく私は生ける屍と相成り得ん。
それはアルベルトたりとて同じコトのようであり

通じ合った私たちは、何かを求めに。
私は夜の闇に黒に染むビ・トゥルボの咆哮を発てることにた。

常に刺激を欲しがる身体。
セックスだけじゃ物足りない。
刺激しあう仲ってのはそう簡単に続かない。
アルベルトは私の壮大な刺激の交響楽では在る。
しかし、交響楽とは、常に情熱的にかき鳴らされるものではない。
どちらかといえば、ゆったりとした優雅で静かな、
下手をすれば単なる「退屈な耳もち」をも感じさせるコトもある。
ラヴェルの「ボレロ」だってそうだ。
管弦楽ではあるが、その雄大さはあのゆったりとした、
一定のリズムに退屈を感じるか感じないかのギリギリのラインじゃないか。
ハチャトゥリアン「剣の舞」だって、然り、じゃない?
あれが突然耳障りな雑音に聞こえるコトだってあるんだ。
どんなに好きなものでも、時と場合でと突然つまらないものに変化する。
それを、どうつなげるか。
どう、どうしたら、楽しめるのか、退屈でなくなるか、それを模索しなければ。

続かないのだろう。私たちのこの刺激たる関係の図式は。

「どっちが先にイカせる?」
「下卑るな…そうだな、言い出したのはお前だ、先は譲ってやる」
「あらン、Thank's Darling」

冗談を言ってみたものの、アルベルトは特にそれに反応を見せなかった。
私も特に反応を求めなかった。
今夜は、早く。
速く、早く、この車で体中を刺激して、

刺激に狂った君と、私と。獣のようなセックスをしたい。

イグニッションにキーを差し込む行為だけで、ゾクゾクした。
舌が勝手に唇の端を舐める。
舌先で、唇をなぞると、かすかな込み上げを感じて。
目を閉じて、かすかなため息を吐き出す。

官能の瞬間。
分かる。

私はこういう刺激に弱いんだ。

これがなければやってられない、生きてられない
そう、私にはいつも敵が必要なのだ。
アルベルトにとっての私は敵で無ければならない。
私にとってのアルベルトもまた。
だから、力の差を見せ付けてやるよ。

そこで黙って私の手腕に魅了され、抱かせてくださいと泣きついておいで。

ほっそりとしたステアリングホイール(ハンドル)に指を絡ませて、軽くなぞった。
遊びの多いステアリングが、私の愛撫に応じて、僅かに身体をくねらせる。


差し込んだキーを一気に捻り上げると、彼女は一と気(ひととけ)に絶頂を迎える。

ヘリコプターの様な汚くも荒ぶるしい音を立てたエンジンに、ゾク、と奮い立つ。

助手席に乗り込んだアルベルトが、窮屈そうにシートベルトをつけた。

「あら、信用されてないコト」
「甘く見るな」

アルベルトが私を見る。
私の目をじっと見る。
その目を、見返す。

「目を見れば分かる」
「…ふぅん」

じゃ、目を閉じちゃうからね。

「はい、これでわかんないでしょ」
「…まだだ。早くしろ」
「え?やだなぁ、キスの催促じゃないよゥ」

なんでだろう。
さっきまで退屈で仕方がなかったのに。
ビドゥルボの、BARRRRRRRAAAA
と鳴り響く排気音に。
これから始まる狂気行に、胸高鳴り始めている。
まだ、車に乗り込んだだけだって言うのにね。

こんな機械を使わなければ、自分の退屈を越えられないなんて。
人間って、ものすごく我侭になったよね。
時に、自分に「能力」も何もなくて、普通の一般家庭の人生を歩んでいたら。
どうなっていたのだろうか、なんて思うことがある。
そんなの、想像もつかなかった。
考えただけ無駄だったってわけ。

戦うことを忘れた人間になんてなりたくない。

じゃなきゃ、

「心(しん)躍らず也」
「そ、ワクワク出来ないネ」
「何故それを求めるか?」
「クセになったから」
「何故クセになったか?」
「君と出会ったから」
「何故出会ったか?」
「偶然さ!」
「これからどうする」
「前戯たる異質の快楽に酔わんとせむ〜」


ならば、いざ行かん


まっすぐ前を向いたアルベルトに。

「…あ〜...wait few time,ya?」

「why have a yack? 何故走らん?」

「…暖気〜」

「…旧車はこれだ」

「前戯が長い分、絶頂が失神するほど持続するのさ」

に、と、笑って、エンジン音に耳をそばだてる。
調子は、いいようだね。いい子だ、このまま何度も頂点(レッドゾーン)までイカセテあげるからね。
しかし御免よ。
君との行為は、これから始まる私たちの時間への前戯。


暇をもてあまし始めたのか、アルベルトがミラーを覗き込んだ。

「駐車場でミラーみてどうすんのさ。」
「この車は、DOHCなのか?」

質問に質問を返すのは、アルベルトの悪い癖。

「じゃあ、ちょっとだけココでセルバンテス様の講義といこうか、バーティ?」
「その呼び方は止せ…。…少しだけにしろ?」
「オゥライ」

マセラティ・ビ・ドゥルボ。
エンジン形式SOHC、2500ccの3ナンバータイプ。
コグドベルト駆動によるカムシャフトを各バンクごとに一本ずつ備えるヘッドに、
1シリンダーあたり吸気2:排気1の3バルブを備え…

「…長い上に儂には意味が分からん」
「へいへい」

じゃあ簡単に。DOHCのDはダブル、ダブルオーバーヘッドカムシャフトの略。
無論…

「Sは、シングルの略か」
「そ。カムはバンク1つにつきシングル」
「解する所、マセラティならではのエンジンというコトか。」
「車好きでも知識もないクセに、最近やけに講釈ぶるね?」
「ウルサイ、無駄口を叩くな」
「はいはい」
「ち、返事は…」
「一度でイイ?って?」
「そうだ」
「はいはい」

そう、内容、機構なんてどうでもいいんだ、アルベルトには。
私が私であればいいのと同じように。
私が私であることを感じ、それを凄まじいまでに強く感じた。だから、私は。
それを同じようにアルベルトが感じていてくれていることは、
車の講釈からも簡単にうかがえる。

簡潔極まりない彼は、面白くないものには手を出さないという、
世界、いや、宇宙最大級の我侭さを持ち合わせている。










そして。私は私のためにこの車を走らせる。









君にとって私が面白いものであり続けるために。





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コメント

なんてことはない普通の話でスミマセン。
生活の一部を切り取っただけの一瞬に、
これだけの思考が含まれているといった感じですね。
気持ちってのは言葉に置き換えてみると、
異常なまでの量になる。
一言で表せないからこそ、心なのでしょうが.。

車関係の話は、もう一本書きます。

このあと、出かけた二人が見たものってやつをちょっとね、書きたいのですよ。

まずは、お出かけ前までの思考まで。