目の前の男が倒れて。
その向こうには手をかざしたセルバンテスがいた。
「…やけに、急くな?セルバンテス」
「…ん?そうかな?多分君の気のせいだよ」
汚れてもいない手を口元に近づけて、埃を払うようにフッと一吹きする。
セルバンテスの手にはいつも白の皮手袋がはめられていて。
それはスタンスかと思っていたが、もしかしたら単に誰にも触れたくないからなのかもしれないな、などとも思う。
手に持っていた設計図を内ポケットに折りたたんで仕舞うと、セルバンテスがきびすを返した。
「…行こうかアルベルト」
「ん?ああ」
…やはり、何か急いでいるようだな。
まぁ後はたいしたことはない、この地下施設から脱出するだけのコトだ。

国際警察機構が秘密裏にロボットの開発をしているという、その情報を確かめる、それだけの任務。

こういったところに潜入する仕事があると、必ずといっていいほどセルバンテスが選ばれた。
十傑集の中で、いつも一人で仕事に赴いていた。
今回は珍しく儂が同行することになったがな。
潜入してたどり着くまでに、セルバンテスには相手にしなければならない人数が多すぎる。と、まぁそういったところだろう。

「アルベルト、考え事をしている暇はなさそうだよ」
「ん?」

セルバンテスが苦笑いして振り向いて。
その先の扉をグイと押して見せた。

「閉じ込められたか」
「私たちには無意味なことだけどねぇ…」

ぴん、と自分の髭を指で弾いて、唇を舐めて扉を楽しそうに見やると、おもむろにその扉に手をかざした。
「…んぬ…」
「手伝おう」

儂の手のひらから、熱い鼓動が立ち上る。
セルバンテスの横目が儂の手のひらを見ていた。
「君はいつもカッコいいねぇ」
「…こういうときに下らんことを言うな」

鉄の焦げる臭い。
オイルと鉄さびの臭い
オイルの、焦げる臭い…?

「…セルバンテス!」
「!」

衝撃を手の中に押し込めて、肩を掴んで引き寄せた。
途端、扉が溶けて開き、その奥の暗がりから鉄の塊が飛び出してくる。
セルバンテスを抱えて倒れこみながら、それを確認する、…
「クソ…緊急用警備ロボットがいたとはな!」
舞い上がったその姿。
ドラゴンのようでいて、蛇のような、動物を模した機体、
空中で翻って直線となって急降下
「くぅ!」
「おっと」
起き上がったセルバンテスを突き飛ばして、自分も後に引くと、そのちょうど中心をすり抜けるように甲板を突き破り落ちていく。
「ち、厄介だな…アルベルト大丈夫か?」
「心配には及ばん!」

「くそ、急いでるってのに…」

セルバンテスがそうつぶやいたのが、かすかに耳に聞こえた。
足元では轟音が響き、機体が一番下の階まで落ちていったことを知らせる。

「戻ってくるぞ!」
「OK、んじゃ、いっちょやるかねアルベルト?」
「…久しぶりだな、よかろう」

轟音がスピードを増して駆け上がってくる。
セルバンテスが宙に浮いた儂の背後に回り、首元に指をかけてきた。
「いくよ?」

手のひらに、ありったけの衝撃を集めて。
ロボットを破壊できる、生身の人間でロボットを破壊できる唯一の方法。
セルバンテスが触れる首元から。
熱い濁流が体の中に流れ込む。
「う、っ」
「ガンバ」
「人事だと思って…」

セルバンテスの能力が儂の精神の中に流れ込み、儂の心の制御をはずす
人間はいつでもどこかで自分を制御している。
それを、はずす、悪魔の能力

駆け上がってくる轟音、竜の目元の光が赤く光り
それが急速に大きくなる

体中に駆け巡る儂の力の結晶、それは一種の快感に似た

「ふ、うッ!」
「もう少し…イケるかいアルベルト」
「ぐぅ…任せる!」

んじゃ、という声が聞こえて、
もう、敵は目前
首筋が急激に熱くなり、セルバンテスのうめき声が聞こえた。
体中が熱い。
全てを、手のひらに集めて

ゴォォオオオオオオオオオオ

開放する!





渾身の衝撃波の中で砕け散っていく機体が、ひどく悲しい声で鳴いた




「?!」
「何だこのロボットは…」
「…これは…」



痛みを感じるかのように、それはひどくのた打ち回り


不意にセルバンテスの力が身体から抜けていくのを感じて、振り返る。
その目がその顔が酷く驚愕し、ロボットの落ちていくのを追うように手をかざして
「嘘、嘘だ…、なんで、こんな」
「セルバンテス?」
甲板の切れ端に、落ちて引っかかった機体が苦しそうに震えている。
「な、なんだ、なんなんだ、コレはァッ?!」
「セルバンテス!落ち着け!」
「…!」

ひどく取り乱したセルバンテスは、何かをこらえるように口元を強く抑えていた。

「…はぁ、はぁ…、…す、…すまない私としたことが…」
「セルバンテス…?大丈夫か?」
「……き、君こそ。アレだけの能力を開放させたんだ、身体は相当疲れているはずだけど」
そういって、笑って見せる。
やけに苦しそうに。
…セルバンテスは…何を感じとったのだろう。
あの、ロボットの機体から。


「なぁセルバンテス…」
「行こうか、アルベルト。君は少し休んだ方がいい、なんなら私が癒してあげてもいい」
「セルバン…」
「その代わりベッドに入る前にはちゃんとシャワーも浴びておくんだぞ♪」
「なっ」

ニィ、とまた笑って。
コイツは、よく笑っている。
いつも、何かを隠している。

儂がつらくても、誰がつらくても、それを見ていても、その顔は微笑んでいる
目はいくら無感情であろうとも。
いつも、口元を軽く上げて。
目が合うと、必ず笑い返してくる。




「…ああ、帰ろう」




帰路のセルバンテスは、異常なまでに饒舌だった。無感情な瞳で。











「ふぅ」
セルバンテスを待っているわけではないが、なんとなく気分になったのでシャワーを浴びた。
暖かく降り注ぐ雨が、体中を癒す。
身体の表面をなぞって落ちて流れて消えていく。
人が表面の顔しか見せないように。
アイツは人の心を操作する。
だが、アイツの心は?
…あの能力は、自己防衛のためなのかも知れんな…

でもそれはあまりにも寂しすぎないか、セルバンテス。

自分は全てを理解する
しかし、その自分を、誰が理解する?

諦めたのか、あの目は。

シャワーのコックをひねって止めた。
儂に勝手に触れようとするものは、もう水滴一つ無い。
髪を拭きながら部屋に戻ると、ベッドサイドには…
「セルバンテス!」
「やぁアルベルト、ちゃんとシャワー浴びたんだね、君は面白いなぁ」
「…」

無言で近づいて。
見上げるセルバンテスのサングラスをはずした。
いつもと変わらない目。先ほど見せたあのショックを受けた目はもうどこにもない。
「…なにかあったのか」
問うても。
優しく、しかしちょっと小馬鹿にしたような笑顔を作るだけ。
「アルベルトー、人の前に素っ裸で立ってるって言うのはさすがに失礼じゃないかな」
「…ぬ」
手渡されたシャツを受け取り、身体にはおってセルバンテスの横に腰掛ける。
「風邪を、引いてしまうよ?そんな格好じゃ」
ギシ。
ベッドに上ったセルバンテスが、タオルで髪をほぐすように拭き始めた。
儂はされるがままで。
「…まるで、毛づくろいだな」
ふふ、と背後でセルバンテスが笑う。
また、笑っている、そう思って眉をしかめた瞬間。
肩を強く掴まれて。
背中に、セルバンテスの頭が当たる感触がした。

それはかすかに、震えて。

「セルバンテス」
「…なんでもない、気にしなくていいんだよ」

今、どんな顔をしている?
何故、それは人に見せない?
何故、儂にも見せられない?
「お前」
「なんでもない、なんでもないんだ…」

なにが、なんでもないんだ。
それは、
それは、
「儂にさえも言えないことなのか!!!」
肩に置かれた手を掴んで、ベッドの上に引きずり倒した。
「!」
クフィーヤで隠れた口元が、何かに耐えるように食いしばっていたから。
気がつかなかったフリをして…首元に顔をうずめる。儂が、何も見えないように。
少しでも、痛まないように。

「…アルベルト」
「なんだ」
「フューシャが死んだよ」
「…え?」

フューシャ。セルバンテスの愛猫。
部屋に行くといつもすらりとした尻尾を優雅にたらして、綺麗な顔を儂に向けていた
まるでセルバンテスだと思った。
いつも、いつも同じ顔で。何も悩みもないような顔をして。まるでそこの王であるかのような居住まいをして。
だが、近づくと甘えて喉を鳴らして、擦り寄ってくる。触ろうとするとするりと逃げる。
アビシニアンのフューシャ。
アレが、死んだ?

「あーんな綺麗な顔してたのにねぇ…ひどく苦しんでね」
「セルバンテス…」
「あー、猫は、もう飼わない!うん、そう決めた、まあもともと結構面倒だったし、いつも世話なんかしてらんないし仕事があるから…」
何も言わずに、
クフィーヤを剥ぎ取る。
「…」
「泣くなセルバンテス」

「泣いてなんかいないよ」



そう言って、セルバンテスはまた笑った。
「…聞いてくれるかな?衝撃のアルベルト殿」
「……どうぞ、セルバンテス殿」

いいかい…

 国警の作っているロボットには精神回路が組み込まれている
 おそらくそれはBF団が作り上げたジャイアントロボよりも優れた回路が。
 しかしそれは国警の予測をはるかに超えていて、使いこなすことはまず無理
 なぜなら、そのロボットは苦しみや痛みまでもを感じてしまうから


「…」
セルバンテスの言葉に。
儂は言葉を失った。
「上層部には報告しなかった…どうせ関係ないだろうからね」
もう、多分国際警察機構も…あのロボットは作らないだろうから。
目線を落として。セルバンテスがポソリと言った。

…ロボットの痛みを感じたのか…

「まあそうだな、関係ないだろう」
「…だろうね、関係ない」
濡れた頬に髪が張り付いていたから、指先で払って。
「…痛かったんだ…ものすごく…」
「…大丈夫だ、もう痛くはない」
「…誤魔化してやれなかった…フューシャも…痛がってるのに苦しんでいるのに。私はそこで能力を使えなかった」
猫の精神を?操作しようとまで…
「…でも、もう、痛く、無い…」
「そうだ、もう痛くは無い。」
誘うように開いた唇にキスをした。
儂の髪にセルバンテスの指が通る。
手袋をしたままで。
儂の髪を軽く掴んで、もっと深くと口付けを。

「なぁ?たまには、素直になれセルバンテス」
「…そりゃ、ムリ」

今度はセルバンテスのほうから儂の額に軽くキスして。
背中に手を回して、両足で儂の腰をロックする。
「…おい、セルバンテス」
「素直になれって言うから、素直にしてるんだけど?」

ほら、

と、儂の手を頬に導いて。
器用に差し込んだ足で儂の下腹部を刺激してくる。
「…っ、こら」
「……たまには…」
導いた手を、指先を口にゆっくりと含んで舐めて見せながら、セルバンテスがつぶやいた。
「たまには、頼む…」

…素直じゃ、ないな。

あいかわらず。


いいだろう、その化けの皮、儂が全て壊して見せようじゃないか。
きっと、そのうちに。
誇りに伴う辛さなら、人にくれてしまえばいい。たとえば、儂、などに、な…



だろう、儂のアビシニアン…?


 


FIN




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コメント
眩惑と衝撃の連携が書きたくて書いたですー。
普通連携って言ったら、敵に対して双方の力を使うことになるんでしょうが
あえて、眩惑には衝撃に対して力を使ってもらいました♪
や、なんでって、そのほうが衝撃いじめっぽくてエロイかと(オイ
ウチのセルバンテスは、なんか、ひょろいですね、線が細くて弱そう。
態度だけ、でかいのは(笑)

こんな弱い人じゃないーーー!!とか思いながら、
アタシってばこういう「弱い部分を掴み取られてさらに堕ち、その快感に溺れる」的な
文章、ばっかりですねぇ。
そぅ。この表現力の無さが悔しい!!!うにゃー!がりがりがり。(爪とぎ)