射られ射らぬ 射られ射らぬ

    我が遠き青き影虫よ

    刺し射られ射らるる刻は針を刻み

    盲した我には指先の 指先の唯紅き唇

    ひとつじの針先に似た 柔らかき唇





















部屋が真っ青になって見えたから、其の侭にして置いた。
室の内に黒い線が広がる。其れは蜘蛛の巣を模して
 
ああ、

窓か。

窓枠に施された装飾がその影を成しているのだ。
ゆっくりとその糸を踏む。
人の形をした黒が、糸に混じって糸を消した。

糸を解放すると、人の形はグニャリとその輪郭を曲げ、
そして、他の黒に溶け込んでしまうのだった。


壁際に寄り添うようにして歩く。


影に溶け込んで影になる。


今、儂は此処には居ない。


それに愉しみを覚え、口元を歪める。
くだらない一人遊びだ。
くだらない
びろうどの様な影はうす青くその輪郭を滲ませ、



手を伸ばしても何にも突き当たりはしなかった

背中にマントの感触を感じて、振り返る
黒き重厚なマントは儂の脊から離れることは無く

…その中でもがく儂は唯
唯 其れが身体に絡みつき外れなくなるのを
唯 怒りの眼差しで睨み付けるだけ
指先
上腕にはいつか受けた腕章



黒から逃れて
青に混じ

マントはするりと身体を離れ
右腕に懸る世の重みも無い


安堵した矢先。


不意に蜘蛛の巣に現れた大蜘蛛の影に捕らえられた。


!?


窓を見遣ると、不恰好なシャンパングラスのような影。


勝手に沸きあがる己の殺気にジリジリと喉を焦がしながら、
その影の正体を掴まんとすれば
蜘蛛はその両手を広げ










「うーーーん!いいナァ!」
「セルバンテス!?」












慌てて窓を開くと、体の輪郭を夜に溶け込ませたセルバンテスの後ろ姿。
「何をしている?」
ぶら下がったクフィーヤの背にそう問いかけながら、テラスへと足を踏み出す。
ちらと背後を見ると、やはり儂の影はその影の内の儘。
…しかし、それほど悪い気はしなかった。
元を確認すべく、クフィーヤを指先でたどりながら目を上げると、上階のテラスの端に引っ掛けた両の足が見えた。
「君に会いたくなってねェ。」
「其れでこれか?」
「でね。外に出てみたらなかなかいい眺めだ。つい見惚れていたよ」
「そうか」
「ああ頭に血が上る」
当たり前だ。
苦笑しながら、目前の背から離れ、奴の見ているものをこの目にも収める。

目前に広がるは、唯の暗闇。

「いい眺めか?」
「ああ」
「どこを見ている?」
「まっすぐ向こう」
「何がある?」
「暗闇」
「何が見える?」
「君」

…何?

「あー!落ちる!」
「なんだと?!オイ!?」
「支えてくれないかい?このままだと私は落ちてしまうよ?」
「…ち、仕方あるまい」
「君は優しいねぇ。」

全く、世話が焼ける。
勝手にぶら下がっておいて、落ちるから助けろだの。
助けてやろうとすれば優しいねぇなどと。
勝手きわまるが仕方あるまい。

テラスから乗り出すようにして、セルバンテスの腕に手を掛けた。

「捕まえた」
「え?」

恐らく彼が笑った………瞬間身体は宙に浮き

「っ!?」

反動をつけた身体に、油断していた儂の体重はいとも簡単に…

「…」

セルバンテスの腕にぶら下がって。
いまや、テラスの外。足先は宙に浮き、全体重が己の手首にかかるのを感じた。

「…貴様な」
「んー?」
「なんて事をしてくれる」
「楽しいだろう?」
「さぁな」
「悪くないんじゃない?君はこういうのが好きだろう」
「…ふん、どうだか」

ああ。
ワクワクしたさ、一瞬な。
しかしどうということもない。
上空を切る風の音はこの身を切るわけでもなし。
足先の地の底は底なしの沼でもなし。
空(くう)の先は


空(くう)の先は





「……………セルバンテス!!!見えたぞ!!お前の見ているものが……!」




其れははるか遠く
はるか遠くに見えた
セルバンテスの笑い声が大気にかき消されて砕け散る。
其れははるか遠く
はるか遠くに見えた
然し何者をもいとわぬ雄々たるその姿。
地から宇宙へと昇り貫く、赤き、龍!


「何だあれは?!」
「あれは君さ!」
「…儂?」
「そう君。君が無意識に作り出す幻の赤い龍」
「…」
「綺麗だねぇ」
「…幻…などではない」
「え?」
「幻などではない。あれは実在する」
「…」
「お前は見えるのだろう」
「見えるよ。アルベルト君は見えるかい」
「見えるぞ、セルバンテス」

儂にも、見えるのだ。見えるのだ。
あれが何であろうと儂にはもうどうでも良かった。
唯。
唯お前はあれが儂だと言う。
空高く昇る暗闇をひとつじに切り裂いて昇るあれを。


「私はね」


儂を掴んだ大蜘蛛はゆっくりとその目を儂に向けた。


「私は君を飽きさせない自信がある」


はためくクフィーヤが耳の外輪をそっと撫ぜた。
目を細めて、掴む腕を掴み返すと。
呼吸に似た掠れた声を出し、喉の奥で甘えるように笑う。
かすかに腕が震えた。

「疲れただろう。離せ」
「君が落ちるから嫌だ」
「儂は落ちん」
「嫌だ」
「では貴様がその足を解け」
「…え?」

テラスに絡めたその足。
それを解くがいい。
儂の所に落ちてくるがいい。
儂をじっと見詰めるセルバンテスの眼。
奥底に黄色き光を湛え、じっと儂を見据える。

ほの暗い闇に青白く滲む身体をピンと張り詰めて。

ジリ、と、体が下がった。

そうだ。其の侭 足を解くのだ。
真暗き闇の中、その足を解き放て。





「下は真っ暗だ」
「上もな」
「…君も真っ黒だ」
「お前は何故青い」
「ならば委ねよう」
「そうするといい」






ふ、と





体が自由になる。





全身が重力を感じ、どうどうと流れ込む闇の沼に引きずりこまれる矢先


ぽう、と


指先にひとつじのほの赤い唇









  我が背に触れ我が頬に触れ
  君が頬に触れ指を焦がせ
  我が緋の光、緋の涙、緋の光、緋の月影たるやこの身に足る
  












メフィストフェレスの翻す赤き         とるねいど!!!!!!!!!!!















!!!!!!!!!!!!指先に触れた金属を掴み、己の身体を引き寄せた。

石のテラスに身を投げ、その冷たさは背広の背より しんと染み入る。
ふぅ。
久々に暴れたような気分だな…

見ると、目を丸くした男が一人、呆然と儂を見ている。
「っく、何だその顔は」
「びくりした」
「ん?」
「ビックリシタ。」
にーーーー、と儂を見て笑う。
「もう一度やろう!」
「馬鹿を謂うな」
「なかなかに良い、あの感覚は刺激なんてものじゃない、なんというかそうだな、そう!」
「なんだ」
「イく寸前!」
「…」

ふん、馬鹿馬鹿しい、お前の遊びに儂が付き合ってやっているのだ。
然し喜ばれるのは悪い気はせん。
然し然し、充足すると喉が渇くな。

「それは言えてるね」
「そうだろう」
「何を飲む?」
「その前にグラスを選ぼうではないか。」
「それに合う物を飲もう」

さらりと布が持ち上がるように立つは、セルバンテスの影。
テラスから見た室の内はその影に黒くはためき、黒猫の表皮に似て微かに光っていた。

影に身を溶かしてもそれに混じることはなく、
差し込む月明かりが腕に集まりぽうと光る。
指先に捧げたグラスにそれを移し、
さて、何を満たそうか。
さて、何で満たそうか。


不恰好なシャンパングラスを掲げ、緋色の光を満たそうか。












    射られ射らぬ 射られ射らぬ

    我が遠き青き影虫よ

    刺し射られ射らるる刻は針を刻み

    盲した我には指先の 指先の唯紅き唇

    ひとつじの針先に似た 柔らかき唇











いまや目の先にはしたり顔の男が笑う
差し出すグラスはその先に受け取る相手を見出し 微かに揺れていた。



























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こめんと。

踏ん張りましたー!
…小説書いてて一番頭フル回転したかもしれない。
でも読み返してみると、これって、意味が通じるのだろうか…

そうそう。
暗闇でじっとしていると、影虫が来て喰われちゃいますよ。
影虫が気に入れば彼の宝物を見せてくれるでしょう。
然し気に入らなければ糸に巻かれて本物の暗闇を味わうことができましょう。

50000ヒットを踏んでいただきましたウメリータ様に
この小説を捧げます。
頂きました御題は、「明かり」
逆の陰を書くことによって少しでも明かりを感じていただこうかと思いましたが、
どうでしょうね…
月明かりのしんと染み入る冷たさを感じていただければ幸いと思うのですが、
明かりというものをはっきり感じられるものには仕上がらなかったように思います。
本当に色々と不足しております。申し訳御座いません。
まだまだ色々と勉強させていただきます。
そしていつかまた、「明かり」を御題にして小説を書かせていただきたく思います。
本当に気持ちの良い、そして、苦しい御題でした。「明かり」。
これから先も求めて行きたい、この「明かり」を表現することを。あまりにもそれは魅惑的。
ったく。もう、ウメリータさんたら、何でこう面白いの。
楽しいとかおかしいとかいう意味じゃなくて、
何でこう面白いのだろう。貴女のその頭の中がものすごく好きです。
脳に指先でゆっくりと触れてみたい。

そう、この小説…いや、これは小説なのかな?(苦笑)を読んでいただいて、
アルベルトの心中など感じていただければ幸いです。

あ、ちなみに、赤い龍というのは、本当に何処かの地域であった現象らしいですよ。
空に向かって、真っ赤な光が昇っていく。
因みに日本で見られる黒い竜巻の正体は蚊です(笑)
今はもう見られなくなりましたがね、大きなものは。
昔は大入道とか火事の煙などと間違われるくらいの代物だったそうで。
赤いものや、目立つものの周りにグワラグワラと集まり、蚊柱になるそうです。
最近では規模が小さく分裂して、人の頭の上にクルクルと小さな竜巻を作って飛んでいますよね。
あれ、昔は何億という数の蚊の量だったらしいですよ…現代に生まれてよかった…(笑)

そしてヒトツ。
縦書きにしたかった…(´дと)