うずまき

海の底から這い上がってきた貝殻が一つ
貝殻が一つ
一つ

地面にぽちりと落ちていた

だから拾い上げた、ただそれだけ。
ただ、ただそれだけのことだった。


指の間で白い貝殻を転がすと、中の空気がサラサラと音を立てる。







曲がりくねった螺旋階段の向こうに、単なる崖があって
その向こうに単なる空洞があって
その向こうに単なる海があることを私は知っていた。






「ねぇ、アルベルト」
「何だ、セルバンテス」
「あそこまで行ってみようよ」
「どこだ」
「あそこ」




階段の先を爪先立って指を指す。
「どこだ?」
「あっち」
キミもまた爪先だって、私の指差す向こうを覗き見る。
「見えたかい?」
「いや、見えんな」
「見えないでしょ」
「うむ、見えん」
「だから行こうよ」
「いや、だからいかぬのだ」
「なんで?」


ナンデ?



サラサラと貝殻が音を立てていて
私の手の中にあるそれに君が気付き


「貸せ」
「いやだ」
「なぜだ」
「君がアッチに一緒に行ってくれるなら、貸してあげてもいいよ」
「うむ…」


キミは、ものすごく真剣な顔をして悩み始めた。
アルベルトは、真剣な顔で私を見て、貝殻を見て、そしてまた爪先立つ。


ゆっくりと階段の向こう側の空を白い鳥が飛んでいくのが見えた。


「いいねぇ、鳥は」
「儂は鳥は好かん」
「僕は好きだなぁ」
「儂は好かぬ」
「なんで?」


ナンデ?


サラサラと貝殻が音を立てていて
私の手の中にあるそれに君が気付き


「貸せ」
「やだってば」
「なぜだ」
「だからぁ、君が一緒にアッチに行ってくれれば貸してあげてもいいよ、って言ってるじゃない」
「うむ…」

やっぱりアルベルトは難しい顔をして悩んでいて。
そんなに、この貝殻が気になるの?
ナンデそんなに気になるの?
さっきそこで拾っただけの貝殻だよ

「そこで?」
「うん、そこで」

私は、反対側のアスファルトを指差して言った

「さっきか?」
「うん。さっき」
「さっきとは、”いつ”だ?」
「うーんとね、さっき。」
「いつの間に拾ったんだそんなもの」
「さっき。」
「さっきか。」
「うん。」

キミはまた階段の向こうを爪先立ちし
今度は屈み込んでアスファルトを見詰めた。
ものすごく真面目な顔で。
階段の向こうと、アスファルトと、貝殻を何度も何度も

「なぜ、向こうに行きたいのだ?」
「貝殻を返しに行くんだ」
「貝殻を?」
「貝殻を海に返しに行くんだ」
「しかしそれは」
「さっきアスファルトの上で拾ったもの」
「ならば…」
「でも、貝殻って言ったら海だろう!」
「なるほどそうか!貝殻と言えば海だ。間違いない」
「行く?」
「行かん」
「なんでぇええええ〜〜〜!!!」

貝殻が途端に静かになり、
私は慌ててその貝殻を耳に近づけた。
ああ
ああ

なにも

キコエナイヨ…


「ど、どうしよう」
「…」
「聞こえない」
「わ、儂にも…聞こえん」
「海に行かなきゃ…」
「行けば聞こえるだろうか」
「聞こえるさ、きっと、海は貝殻だもの。貝殻は海にあり、海は貝殻の中にあるのだから」
「…」


じっ…と、キミはアスファルトの向こうを見詰め
目を細めると

「儂は…」

「なに?」

「あちらから来た」

「うん」

「お前はどこから来た?」

「私はずっとココにいた」

「ずっと?」

「そう。あの向こうに行くためにずっとココにいた」

「…儂は向こうから来た」

「何のために?」

「しらん」

「考えて」

「わからん!」

「考えて。」

「わからぬと言っているだろう!」


あっ!!!!


私の手から君は突然貝殻を取り上げ
階段の向こう側へと力任せに放り投げてしまった!


追わなくては

あの貝殻を

追わなくては


気がつくと私は走り出していて階段を息せき切って昇り

曲がりくねった階段を遠くに消えたはずの貝殻を追いかけて

追いかけて行く私を君が追いかけてグルグルと階段を昇るぐねりうねりと昇る

くねり

うねり

くねり

はしり

くねり

うねり

きえた

くねりうねりくねりうねり うねりの中へぐるぐるぐるぐるぐるぐると

「セルバンテス!!!!」

さんざ さざめく なみ の さざめき ざわざわと なる 木々の群れ

さんざ さざめく キミ の ざわめき ざわざわと なる キミのコエ





階段の途中でふと立ち止まり

振り返ろうとして立ち止まり

ふいに耳に届いた波の音に何もかも忘れ!!!

ああ

海だ!

海が…海が、

貝殻が

グルグルと渦巻く貝殻の中をひた走る私に向けて声が鳴る

「セルバンテス」

「なに」

「セルバンテス」

「なんだい」

「セルバンテス」

「なんだいアルベルト」

「海が見えるな」

「うん、海が見えるねェ」












白い砂浜に 君が立ち 我が立ち











海が見えるねェ










「どうした、それは」

「さっき、そこで拾ったの」

「そこで?」

「うん、そこで」


私が指差す先は白い波打ち際


「小さいな」

「そうだねぇ小さいねェ」

「中には何かいるのか?」

んー。

言われてみると気になって。

貝殻を上にかざして、穴の中を見ようと片目をつむって…


ぴちょん


「うわぁ」

「はははははは!海水が入っていたか」

「あーもう天然の目薬になっちゃったよ!しみる〜」




貝殻からぽとりと落ちたふたつぶの砂に私も君も気付くわけも無く。






ぐるぐると渦巻いた貝殻の中は、どうやって見ても、全然、見えなかった。





うずまきの奥に誰がいようともソレは …