腹を何度も蹴り上げられて。
咽込んで虫のように丸くなる。
その途端に背中を蹴り上げられて、痛みでのけぞると、あいた腹にもう一撃。
痛い、痛い…身体中が痛い。
怖い。手が、足が、震えて動かない。
怖い、痛い、寂しい、イタイ。
立てよと言われて立てずに震える。
引っ張り上げられて抵抗もせずに立ちあがらされて。
いわゆる俺はサンドバッグ…倒れることもままならない。
口から落ちるのはは血なのか。ただの悲鳴なのか。
身体が硬直して。屈みこむ俺の身体を何度も繰り返し、鈍痛が走る。

殴り返すなんて…到底出来なかった。
もっと絶対痛くなるから。
せめて、殺して…死にたくない。痛いのは怖いよ。怖いよ…

「殴ったぁぁっぁア?!」
サーレーが俺の言葉に即反応して叫んだ。
うん、とかすかに頷いて、なんか物凄く悪いことしたような気分になる。
だって、サーレーはこれは怒ってるという状態なんでしょ?
「なんで殴ったんだよ?怪我するの見え見えだろ?」
理解出来ないと言った顔でおれをまじまじと見る。
そう、このあいだ風呂場で割った鏡。あの破片で切った手の甲を隠しながら、俺は。
「しょ、衝動的だったんだ…いらついてたんだよ、イイじゃん…」
「なんで殴ったって先にいわなかったんだよ。」
「……なんか言いずらいじゃねぇか」
「……で?」
「……え?」
「……で、気持ちはおさまったのかよ、それで。」
「……」
おさまるわけがなかった。そんなことわかってたのに、
鏡に映った自分の顔と身体、その中に入ってる臆病な俺を見てしまったから。
破壊するしかなかった、衝動だった。止めたくもなかった。
止めるとすれば、その理由は痛いから。そんな理由に負けたくなかった。
…恥ずかしいし、負けることでそんな臆病な自分を認める事が怖かった。
そんなこと、サーレーに言ったって、わかってくれるはずがない。
そもそも、こんなカッコワルイこと、弱いこと、言ったら、バカにされる。
俺たちは強くなければならない、それが知らないうちに決定付けられた俺達の位置。
喧嘩だって完璧に勝たなければならない、できれば笑ったりとかして余裕なんか持ってなけりゃならない。
痛くったって、叫び声あげたって、相手を睨み付ける、そんな強さを持たなければ、俺たちは許されない。
そんなの、
そんなの、
痛くないなんて絶対
あるわけ
ねぇじゃん!バカ、バカ。死ね、ダレだ俺達にこんなこと押し付けたのは。
選んだのは、俺?
この世界を選んだから、耐えなければならない?知ってた?
覚悟の上でのことの筈だったのに、痛いものは痛かった、怖いものは怖かった。
恐くないフリして、痛くないフリしなきゃならない。
痛いよ。
痛くない、自分が欲しいよ。
そうしなきゃ生きていけないことが、痛いよ。

「自虐的なのか、ただの破壊衝動なのか…」
サーレーがそう言って、ちょっとだけ自分の唇に手を当てた。
煙草、欲しいんだな…
「…ライター取って」
俺がそう言うと、テーブルの上からライターを取ってくれる。
2本まとめて咥えて、火をつけて。
1本をサーレーに渡す。
「さんきゅ」
「ん」
しばらく、そのまんま、煙草の煙なんか天井に吹きかけてた。
煙草だって。
強そうに見えるし、カッコイイから。
だから吸ってた。
今も、そうだ。
煙草吸ってる男ってのはかっこいい。だから、吸う。
でも俺。
「痛かったろ」

煙草の火を俺に向けて。
サーレーがそう言った。

「……」
おれは、なんにも言えずに、とにかく、深く煙草の煙を吸いこんだ。
ヤニで、自分の身体すべてが侵されてしまえばあるいは。
あるいは、違うものになれるかもしれない。
サーレーのむけていた煙草の火が、俺の目線から消えた。
グイ、と自分の腕をまくるのが見えた。
その傷一つない腕に、静かに煙草が向けられる。
「…ちょっ!サーレー!なにしてんだ!?」
「焼き入れ…………」
静かにむけた煙草の火。そのまま、そっと近づけられて行く。
やめさせようとして手を伸ばそうと思ったけど、怖くて手が出せなかった。
サーレーは、こんなことが出来る。焼入れなんてそんな痛いこと俺はわざわざしたくない。
痛いし、なんで自分で自分を傷つけなきゃならないんだ。
そんなことが勇気や力の象徴になるから、皆がそう言うから。
焼き入れもカッコイイから。
サーレーの息が、ひゅっと細くなる。
吐き出す息が、俺の耳にこだました。
震えて…
「やめろよ…」
サーレーの手は、震えてた。一気にやってしまえば出来ないことはない。
震える手と、震える息で。歯を食いしばって。
そんで、不意に俺を見て苦笑いして。煙草を口にくわえて間抜けな声で。
「やっぱ怖ぇや」
…ズキ。
胸の奥にある俺のなにかが痛む。

サーレーがしたことの意味が。
どう言う意味なのか、知りたい。
知りたい…。

「痛かったろ。」
「うん」
不意の質問に即答してしまって。
慌てて、言葉をさえぎる。
「い、いや、たいしたこと…」
「あったろ。たいしたこと。アレで痛くなかったら人間じゃねぇ」
「……そう…かな?」
「我慢出来る奴はいるだろうけどな。そんな映画の中みたいなやつがそうそういるもんか。
 いたとしたら…そうだなー、んー、いねぇよやっぱ。絶対無理無理。」
当たり前の顔してそう言い放つ。
「ちょ、ちょっとサーレー、そんなんでイイの?
 俺、ずっとそうならなきゃイケナイって…思って…」
「だってイテェもんよ。耐える理由がなけりゃ痛いもんは痛い、
 あれ?おかしいか?俺言ってることなんか間違っているか?」
「……えー。あ?ウン、え?」
「何が言いたいんだよ。言葉になってねーよ」
「えーーーーーーーーーーとね。あはははははは。」
とにかく笑ってごまかしてみた。
こんな言葉でちょっぴり安心してしまった自分に、バカだと思う。
「手よりおまえのほうが重症だな」
サーレーが言った。

ちょっと、大人しくしてろよ…
そう言って、俺の唇にそっと合わせてくれる。
なんか、俺誤魔化されてる?
服をそっとはだけられて…
「あああっ!ちょ、ちょい待ちッ!!」
「え?」
サーレーが素っ頓狂な声を上げた。その前にもっと素っ頓狂な声だしたの俺だけど。
「きょ、今日はよそ。ね。ア、明日も駄目かも、ちょっと一周間くらい待って」
しどろもどろ。
ぺち。
サーレーに胸を叩かれた。
「い…ッ」
そこは…痛い…
その俺の反応を見て、即動かれた。
見ちゃ駄目だ、俺カッコワルイ!いやだ、恥ずかしいし、バカだ、弱いもんの象徴だ。
さえぎるまもなくシャツを破かれる。
「んだこりゃ…」
いぶかしげに俺を見るサーレーの目が、なんだか責めているようで。
「誰に、された?」
「……先輩にリンチ食らっただけだよ…。イイじゃねぇか、よくあることだろ!」
はだけた胸をかき集めるように隠す。
「見せろ」
「い、やだ。」
「イイから。良いんだ。俺達はこれで良いんだから。俺だって、隠してた」
「え?!」
サーレーが服をするりと脱ぐと。
「……!」

「一斉リンチだったらしいぜ。とにかく気に入らないやつをぶん殴ってリンチする。
 先輩方のやることは俺にゃわからねぇ、とにかく痛かった、そんで……」
「…」
「寂しかったよ」
痛いよ。痛かったよ。俺も痛かったよ。怖かったよ。寂しかったよ。
「こんな自分が恥ずかしかった。情けねぇと思った、強くなりたいと思った。でもな…」
「でも…?」
サーレーの目が優しい。
俺の胸のアザをそっと指でなぞる。
「耐える理由があれば俺はそれに勝てると思った」
傷口をそっと舌で塞がれて。
痛みとも痺れともつかないものがそっと俺を巻き上げる。
「そんで思った。お前も勝てるだろ。そう思った。だから負けたくないから勝てると思った。そうだろ?」
「…あったりまえだ…」
「だろ?だから俺は痛かったけど、多分今度は痛くない、お前に負けたくないから」
サーレーの身体が俺の身体の上に乗る。
そっと押し倒されるフリして自分から倒れて。
身体を、預けた。
身体中へのキス。俺もし返そうと思ったら、指でおでこを突付かれた。
なんで、倒れたまま俺は動くのをやめた。
今日は、してもらお。がむしゃらに愛するのも好きだけど、そっと優しくされるのも好き。
してください、って、お願いしたいくらい好き。
「サーレーがそう言うなら、俺、多分…野望のために生きちゃうかもしれない」
「そうしてくれ…そのほうが俺が楽しめるしな」
「言うねー」
「言うさ、伊達にお前の親友やってねーって」
「本当に言うねーぇ…」
くだらない会話が、だんだんとかすかな息に変わって。
俺達は喋るのをやめた。
全部、目で。目で伝えた。
して。腕を背中に回して、お願いする。
こんなに優しくしてもらったのははじめて。いつもノリでバカやってた。
サーレーが、こんな風に俺を抱いてくれるのもはじめて。
はじめてづくしで、新鮮で、そんでドキドキする。
俺…もしかして、こうしても、貰いたかったのかもしれないな。なんて。
してあげてても、してもらいたくて。求めるのはしてもらいたいから。
サーレーにも、俺と同じ感覚を、味あわせてあげたいし、俺の感覚を知ってもらいたい。
俺がサーレーにしてるとき、こんな感じで気持ちいいんだよ。
俺がサーレーにしてるとき、こんな感じなんだ。
入れたまま、触ってもらって。
ああ、これ俺がよくやる…。
ヤバイ…
すっごい、気持ちいいんじゃん…
「は…ぁ…ッ…」
時々身体がビクンって波打って。そのたんびにサーレーが眉を寄せる。
気持ちイイでしょ?俺はそれをいつもしてもらってるんだよ。させてもらってるんだよ。
今日は俺がしてあげる。
して、もらってるんだけど、してあげる。そんな気持ちで。
どっちつかずの行為。セックスなんてそんなものかもしれない。
…そのほうがイイと思うけど。
サーレーにしてもらいながら、声あげながら意識の片隅でちょっと。
今度サーレーにする時は、もうちょっと優しくしたほうがイイかもしれない、
なんて、いわゆる「勉強」をした。


だだこねて、した後も入れたまんまにしてもらって。
そのまんま、話した。
「俺今日、こんなんでイイ?」
「どんなんだよ…」
「こんなん」
そう言ってサーレーの綺麗な背中に手を伸ばす。
抱き寄せて、ちょっと締めてみたりして。
「…んッ…」
サーレーが苦しげに震えるのが嬉しくて。
「お、お前…そゆことすんな…」
「俺こう言うの好き…かなり好き。耐えてるの見れるから好き」
「変態……ッ…」
だめだめ、そんなこと言ったって俺いじめちゃうもんね。
抱きしめて、何度もじらして、足絡めて強く締め上げて。
自分までおかしくなってきて、
ア、これを自業自得って言うの?とか片隅の意識が俺に話し掛けてきたりして。
「サーレー…聞きたいことが…あるん」
「ん…だよ」
「俺の野望…何が…い?」
入れたまんまどつかれた。
そ、そんなことしてて俺が慣れたらマゾになっちゃうじゃん!
やっぱ、大幅に俺が入れるほう先約、決まり、勝手に決めた!
サーレーはすぐ殴るから。してるときくらい殴らせないところに置いちゃおう。
あ、でも今は俺ん中だっけ…
そう思った途端に、ニヤリと笑われて。
誤魔化して笑い返そうと思ったら、俺みたいに動かれた。
咽が引きつって上がって、とにかく、
仕返ししてやるー!ってそんな事とか、俺、かすれた息で言ってたような気がする。
あー、俺のとりあえずの野望、それ?
その為に痛みに耐えて勝つなんて、アホだ…。
アホすぎ…



ん、まぁ、思いつかないし、それでもイイか。




やっぱ、オレ、するの好きだしね。
覚悟しててねー?サーレー?へっへっへーだ。