「ん…あ…ッ」
罪悪感の中で身悶えながらもそれをやめられない。
僕はどうかしてしまったんだ。きっと…
部屋の壁にもたれかかって、ずるずると座り込む。
自分の熱くなった其処から手が離せない。
誰もいない部屋。僕だけが残された部屋。
コンクリートの冷たい壁が背中を冷やす。

時々、自虐的になる。別にいいや。そう思う。
さっきもそうだった。
メローネに笑われる。
「全身で誘っているな、お前は。」
そう言われて身体がすくむ。
それと同時に、熱いものが身体の中心に湧く。

なんとか慰めようとする、でもしたくない。本当は。
いけないんだ、僕はこんなに壊れてちゃいけないんだ。
何度もそう思っても、何度たしなめても。
求めちゃいけない…何度言い聞かせても。
誰かにすがりそうになる。
怖い。
また言われてしまいそうだ。「お前は淫乱だ」って。
そうかもしれない、だから僕はこんなこと。してるのかもしれない。

自分で自分に快楽を与える。
いつか誰かに抱かれたときみたいに、何度も達したい。
そして分からなくなって溶けていなくなってしまえたら…
「いや、だ…よ…こんなの……ンンッ!」
誰もいない部屋で小さく叫ぶ。
誰にも伝わらない声なのに。
何かを探して、天井を仰ぐ。けど、何も…誰もいない。


何度目かの仕事が終わる。
別に手に血も付かないような仕事が終わる。
だけど、僕はあえて血をなぞる。
もっと汚れたいと思う。殺したばかりの死体に傷を付けると、ちゃんと血が流れる。
それを見て、胸が躍る自分がいる。
「大丈夫か?顔色が悪いぜ?」
仕事で組まされているソルベが運転席から僕に話し掛ける。
別に一人でいいと言ったのに、リゾットは僕に彼を押し付けた。
リゾットの目は確かかもしれない。僕が死体を傷つけても、彼は何も言わなかった。
僕のしていることを見て、ちょっと唇を濡らしただけだった。
「大丈夫…」
それだけ言って窓の外を見る。
雨が降っていた。激しく。
この中に溶けていけたらいいのになァ…

不意に、肩を掴まれて驚いて振りかえる。
ソルベの大きな手が僕の肩を掴んでいた。
「な、なに?」
突然のことに、声が上ずっているのが分かった。
信号待ちで、ソルベが僕の顔をじっと覗き込む。そして安心したようにため息をつく。
「……どうしたの?」
力の緩んだ手をそっと外しながら、それ以上掴まれないように逃げる。
僕は誰かに触られていたくない。
「いや、お前消えちまうのかと思ったんでな」
「え?」
「雨に溶けちまいそうだった」
「……溶けてしまえれば…いいんだ」
僕がそう言うと、ソルベは無言で車を走らせ始めた。
この人は、僕に会うたびになにかしら世話を焼いてくる。
本当はそれが怖い。
「そんな、寂しいこと言うんじゃねぇ」
ぽつりと彼が言う。
「やめてよ」
自分でも驚くぐらいのキツイ声が出た。
「そう言うこと言わないでよ。」
「あ?」
ソルベの顔が険しくなるのが分かる。でも止められない。
僕は怖かったんだろうと思う。ここから彼を消してしまいたい…!

車が不意に止まる。
「…ッ…」
驚いて彼を見る。鋭い眼光。おびえている自分に鞭を打ってにらみ返す。
「な、なにか用?」
自分でも間のぬけた言葉だと思う。でもそれしか言えなかった。
ソルベの眼光におびえつづける。
勝てない。
彼の腕が近づく。
動けない。
胸倉を掴まれ、引き上げられる。
悲鳴が出そうになるのを必死にこらえる。僕はどんな情けない顔をしているだろう。
ソルベが、僕の顔をにらみつけたまま、歯軋りする。
掴まれた腕を引き剥がそうともがくことさえも、怖くて出来なかった。
恐怖で朦朧とした頭に、暖かい霧がかかる。
柔らかく触れられる唇。
正気が流れるように僕の身体に戻ってきた。
突き放そうとしてもがく。
「ん、んんっ!」
彼は無理にキスしようとはしなかった。
けど、もがいた僕を放そうともしなかった。
唇を外され、強く抱きしめられる。
怖い。怖いよ。
「離して…ッ…駄目なの、僕は駄目なんだ…ッ!」
じゃないと、僕は。
「……」
彼が僕の耳元でため息をつくのが聞こえた。
その暖かい息にさえ、ゾクゾクする。
「…ッ…あ…抱きしめないで…」
「俺が男だからか?俺はお前が…」
「駄目ぇぇッ!!離して!僕は売女じゃない!」
驚いた顔をして彼が僕を離した。
震えが止まらない。
身体が熱くて止まらない。
「ジェラート…??お前何を…」

「触られると抱かれたくなる。誰でもいいから欲しくなる。僕は淫乱で最低な人間なんだ…ッ」
自分を卑下するだけ卑下する。堕ちたい。もっと堕落させられたい。
堕ちきってしまえばあるいは楽になれるのかもしれない…
パン。
頬が熱かった。
ソルベがまた僕を睨み付ける。
ソルベが僕を座席ごと倒す。抗えない。
「欲しいんだったら抱いてやる。淫乱なら乱れて見せろ」
キツイ声。
こんなことを言われて抱かれたくなる自分が一番嫌い。
ソルベの口付けにそっと口を開く。
深く進入してくる舌にもっと犯されたい。
僕の舌が触れると、ちょっとだけ彼が震えたのが分かった。
もうどうでもいい。
どうでも。
「俺は…男抱くの始めてだ」
「え?」
ソルベの突然の告白に驚愕する。
「だ、だったらなんで…からかってるの!?」
「俺だってな、女に抱きつかれりゃ勃つし、ヤりたくなりゃ淫乱にもならぁ」
彼は当たり前のようにそう言ってのけた。
「俺がお前好きで何が悪い」
言うだけ言って、唇を押し付けてくる。
はっきり言って僕は混乱してた。
僕の悲しかったすべてを簡単に否定された。
犬みたいに僕の唇を舐める彼に、困ったように笑われて、僕の方が困る。
「俺がお前抱きてぇんだ。お前が抱かれてぇなら余計に嬉しい。」
殺し文句だ、絶対コレは。そして僕はそれに殺されそうになってる。
「だって、だって僕は…。」
その後に何を言うつもりだったんだろう。何も浮かばなくて、ソルベの瞳から目をそらす。
「溶けるなら、俺に抱かれて溶けてくれ」
真顔で言う彼に、申し訳ないけど噴出してしまう。
「な、なんだよ!台詞がクセェっていいてぇのか?この口がー。」
すねたように僕のほっぺたをつねる。
「痛いよぉ、もぉ、気が抜けたじゃない、バカ、全くなんなんだよ君は!」
つねられたお返しとばかりに頭を小突く。
そこで始めて気づいた。
僕の身体に乗っている彼の…辛そうな感覚。
「ソルベ…もしかして…」
「お前見てたら勃っちまった」
「ば、バカ!本当になんなんだよ君はーッ!」
気が抜けてしまってもう駄目だった。堕ちたいなんて思えない。
楽になれると思ったのに、堕ちてしまえば終わると思ったのに。
別におかしくもないのに、笑みがこぼれる。
「抱けるの?」
「無論」
ソルベの身体が僕に深く沈む。
甘い香水の香り。

誘惑してたのは…君だったんだね…
抱きしめてください。もっと強く。僕が溶けて…。君と一緒になれますように。



TO BE NEXTNIGHT