そーっと、そーっと。
そっとベッドから抜け出して、そしてまたそっと様子をうかがう。
大丈夫かな。起きちゃわなかったかな?
音を立てないように覗きこんだら、うつ伏せになったまま動かない彼がいた。
クス。
ちょっとだけ笑って、そっと部屋を出る。
ソルベがちょっともぞっと動いたんで驚いたけど、そのまま動かなくなったんで、大丈夫かな?
おそるおそる扉を閉めたけど、なにも聞こえてこなかった。
よかった、そっか、寝返りだよね。健康な証拠。
細い廊下を抜けて、台所へ入る。
寒い朝だから、息が曇る。
スリッパを履いて、そんで、フローリングに降りると、冷たい空気が僕の足元にまとわりついた。
淋しかったみたいにクルクルと。
ちょっと待っててね。今暖めてあげるから。

小さなストーブのスイッチを押して、そんでそのまま冷蔵庫を開けに行く。
昨日は、ちょっとだけお買い物に行っておいたんだ。
だから、なんかあると思う…昨日買ったんだから中身くらいは覚えてるけどさ、なに作れるんだろう。
卵があるから卵焼き?
野菜があるから、野菜…えっと、サラダ?
主食はパンあるから良いけど。
冷蔵庫を開けたまま、ソコに座りこんでしばし考える。
とにかく、卵焼き作ってみようかな。
とにかく、…みようかな、って、僕…

卵を取り出してくる。
幾つ?……5個くらいあればイイの?3つくらいでイイのかな。
とにかく一個割ってみようっと。
お皿を出してきて、卵を手に取ります。
そんで、そんで。
どっかにぶつけて割るんだよね。どこにぶつければイイの?
お皿でイイのかな、そんなことやってるの見たことあるし。
「…南無三?」
こつん。
なにも起きませんねぇ。って、ちょっと力弱すぎた?
そ、そんじゃ、行くよ。本当に行くよ?
「……し、失礼しますっ」
ポカン。
良い音を立てて、卵が割れた。
……えーーーーーーーーーーーーーーと、……半分に。
半分がお皿に入って、半分が僕の手のなかで、うにょってこぼれた。
「う、うわー」
とにかくフキンで拭いて。中に入った半分の卵は殻だけ取ってみた。
これだけじゃ卵焼きにはならないよね。多分。
んじゃ、もう一個、練習すればいつかは割れる…かな。
さっきのは、ほら、力が入りすぎて真っ二つになっちゃったわけだから、
今度は、さっきとさっきの中間で良いんだよね。
えい。
ほら、ヒビだけ入った!よしよしよし〜♪
で?
どうすれば良いんですか。
……ああ。僕って…。

とにかく色々やってみた。
残りの卵は後3こ。
……勿体無いよぉぉぉぅ。

そもそも、卵焼きって、卵といて焼けばイイんだよ…ね?

もう一個の卵を取って、今度こそ。
割れ目をいれて、ソコからパコってすればいいんだ、パコって。
…。
ごちん。
「ああっ!」
半分に…なってしまいました…
後2個になっちゃった…僕って、卵焼きも作れなかったんだ…
なんか、役立たず…恥ずかしいよ…卵にも悪いしさ。こんなことの為に生まれて来たわけじゃないんでしょ。
……無駄なことやったんだね、僕。

「どした?」
「…っきゃ…!」
ソルベの声が聞こえて、慌てて卵を隠そうとしたけど、いっぱいあるから隠せなかった。
その残骸を見て、ソルベが驚いてる。
僕と、その残骸を見比べて。
「ウソ?」
「……聞かないでよ…」
「そうなの?お前、そうだったんだ…ちょっと意外…」
ソルベがそう言って、僕にニコってした。
なんで、笑うの?
「貸してみ?卵焼き作るんだろ?」
「う、うん。」
なんで分かったんだろう?
ソルベは残りの卵を僕の手からヒョイ、と持ち上げると、卵と卵をコツンとぶつけた。

ちょっと驚いてると、片方の卵にヒビが入って、それを両手で持ってパコン。
綺麗な卵が落ちてきた。
「俺さ、ずっと一人暮しだったから、飯自分で作ってたんだ。元々好きだったしな」
「そ、そうなんだ…」
んじゃ、僕の出番がないね。
なんも作れないもん、僕。
「作ってみたい?」
「……ウン……あ、や、で、でも、食べられ無くなっちゃうし、僕はまた別の時に作ってみるから…」
「イイから、もう一つ割ってみな。」
だって、出来ないよ。
さっきから皆壊れちゃったんだもん、なにやっても僕は壊すだけなんだよ。
ソルベみたいに上手に割ってあげられないよ。

躊躇してる僕に、そっと卵を渡してくれる。
割って、イイの?
……でも…。
「どした?」
ソルベが僕を覗きこんだ。僕はちょっと困って顔をそらした。
「ジェラート…こんなん慣れればすぐ出来るって」
「そうなの?だって、皆、皆僕壊しちゃったよ…」
「いーの。アレは人身御供なの。」
「そうなの?そんな…勿体無いよ、せっかく、せっかく卵がここにあるのに…」
僕がやったって無駄になるよ。
上手なソルベがやってあげたらイイじゃない。僕は、作れないよ。
そもそも、ソルベの前で恥ずかしくって割れないよぅ。
「なんで、卵焼き作ってんの?」
「……たら、イイなーって…」
「ん?」
も、もぉ。聞かないでよ、分かってるくせに。
「なんでそんなに嬉しそうにしてんのさ、だって、僕はこんなに恥ずかしいのにさ。
 …貴方のために卵焼きも作れない情けない人間でーす。
 そう、言ってるのと同じじゃない。恥ずかしいよ、もぉ、もぉ…」
「そう言ってないでしょ」
え?ソルベは僕の卵をそっと持ち上げて、もう1度優しく手のひらに置いた。
「俺のために卵焼き一生懸命作ってたんだよーって、そう言ってんのと同じだろよ」
馬鹿。
もぉ、ばか。ワガママで自分勝手で、なんでも出来て、そうやってすぐ勝手にカッコいいんだから。
もぉ、だから、僕が甘えちゃうんじゃない。
でもさ、そう言えたらイイなってのは、思うんだけどさ。そう言えないんだよ。
だって、卵は…割れちゃうんだもん。

ソルベが、俯いたままの僕の手から、そっと卵を取り上げた。
そんで、そっとフキンの上に置く。
大事に、触ってもらって、卵はソコにちょこんと座った。
「卵はすぐ割れちゃうだろ。そっと、そっと割っていくんだよ。」
「出来ないよ」
「出来るよ。」
「出来ない。もうヤダ。」
「わからねぇヤツだな…頑固だねぇ全く。ジェラート。」
ソルベが僕を軽く睨んだ。怖いよ。怒られるよ。
いーんだ、どうせ卵も割れないヤツだし。
いいんだ…。
するっと、ソルベが動いたのが見えた。
僕の胸元に手をかける。
「…ソルベ…?」
「卵の割りかた教えてやるよ」
彼のその言葉と同時に、僕の身体がフワっと浮いた。
ペタン。暖かくなった足元の空気に、身体が包みこまれる。
フローリングの上を這っていた暖かい空気が。
しゃがみこんだ僕と、覗きこむソルベをクルクルまわりながら包む。
「…ソルベ…?」
「いいか、ジェリー。お前が卵な」
「う、うん?」
ふに。柔らかい唇の感触。そっと触れた唇の感触と、胸元をはだけて行く彼の手触り。
さらけ出された肌を包みこむ暖かい手に、身体の線をなぞられて…
「…ん…」
キスからそのまま首筋に彼の息がかかる。
そっと、そっと耳を噛まれて、ソコに暖かくて柔らかい舌が入って来て。
「ア…ッんんッ!」
僕の反応を楽しんでるみたいに、ソルベはソコを軽めに苛める。
ソルベの服を脱がしてあげようかと思って、手をかけたら、そっとその手を外された。
「ちょっと大人しくしてて。卵ちゃん。」
「え?…う、うん。じっとしてればイイの?」
「そ。じっとしてていいよ」
「うん…」

ソルベが、僕の身体を撫でる。
そっと。僕の弱いところを知っているその指が、何度も僕をとろけさせる。
僕は、動いちゃいけないんだって…
ちょっと困惑しながら、そしてちょっと怖がりながら。
だって、なにもしないでいるのって、恥ずかしいし、不安なんだよ…
「コラ。卵は動いちゃ駄目。」
「だって、なんか…」
「大丈夫。大丈夫だから、安心しててイイぜ。目、閉じて」
……不安そうな顔してたのかな。
心を読まれた気がして、仕方なく目を閉じる。
足を撫でる指。そのまま、僕を…
「…ん…ッ!」
僕の目の前で卵を優しく割った指が、僕の身体を優しく割って行く。
優しいなぁ…スゴク優しいなぁ。
気持ちがよくて、もう、声しか出せなくて、すがりついちゃ駄目かな、抱き付いちゃ駄目かな。
触りたいよ、ソルベに触りたい。
床につめを立てて。耐えて…
ソルベの舌の感触が、おなかのあたりから、下へと這っていく。
「ソル…ベ…」
「なに?卵は大人しくしてろよ?」
「や…あ…ッ」
そのままソルベに包みこまれて。閉じたまんまの僕の目は、ソルベを捉えることが出来なくて。
不意にとろっとした感触に僕はさらわれた。
目を開こうとして、それをキスで邪魔される。
「な、なに…?あ…んうッ!」
「卵。」
「えっ!?や、な、なにすんのさ…」
「ドロドロにしてやるよ。」
閉じたまんまの目で、すべての感覚がソルベの指に集中しちゃって。
僕の中を滑らかな指が探り始めて。
「あったかいな、お前ん中…」
僕の耳元で、そんな言葉が聞こえて。
すごく弱いところ知ってるその指が。何度もソコを刺激する。
そのたんびに僕は息が上がっちゃってとまんなくなって。
「中、入ってイイ?」
「…僕…なにもしてないよぉ…」
「イイの。抱かれちゃいなさい。」
そう言われて、途端に体の中心が熱くなって。
ソルベに入ってもらった途端に、止められなくってしがみついた。
ソルベはなんにも言わないで、僕の足を高く持ち上げて。
スゴクゆっくり、じんわりと僕のソコを攻めるんだ。
頭を何度振ってみても、息と声しか出なくって。
死にそう。もう死にそうだよ、息が出来ない。
そして、ぬるぬるした指が、一緒に僕に入って来た。
「あ…ッ!な、なにす…ん、やぁぁっ」
ソルベのと、その指とが、一緒に僕を持っていくの。
しがみついて、キスを貰って、ソルベの荒い息が僕の耳にこだまして。
「いいか、ジェリー、卵ってな、優しくこう、軽く叩いてやってな…」
その言葉どおり、僕の中を軽く指が突付いたように叩く。
「そうすると、ヒビが入るんだ、かすかに中が見えるような。ソコに両方の指を当てて…」
「い、いやぁぁっ!そんなに入いんない…っ、だ、駄目ッ!」
「大丈夫。そっと指を当てて、壊れないように、出口を作ってやるの。」
「で、出口……?…ん…あ、ああッ!」
ソルベは僕の中に出口を作る。ソコにソルベが入って来るみたいな感じで。
もう、駄目、そんなにされたら、とろけちゃう…よぉ…。
「それを裏返して出られるように逆さにしてやるんだ。そうすると、溢れ出るように落ちてくる」
そう言いながら、僕の腰を持ち上げて。
僕の膝が肩につくくらい深く折り曲げて。
そして、僕の中にもっと深くとろけて行って。
「落ちちゃうよ…もぉ…僕が…」
「イイの…ジェリーお前、今は卵なんだから落ちていーよ。イッちゃいな、ほら」
そう言われて、もう止められなくなった。
もう、駄目、なんで、こんなに優しいのさ。
なんでこんなにあったかいのさ。安心しちゃうじゃない。
「俺に…ッ…抱きついちゃったな、お前…」
「ご、ごめ…ん…あ…も、だ、駄目ッ!」
「俺も、もう、落ちそぅ…」
ソルベが落ちるまで僕は一生懸命我慢して、
熱いソレを受けとめてっから…それから、弾け飛んだ。
一瞬目の裏に火花が散ったような感じがして。
火傷するかもしれない、って、ちょっと思った。

「ジェリー?」
「……ん…」
「卵、割れたろ?」
「うん…」
そっと、そっとコツンってして、何度かソレ繰り返したら、小さなヒビが入った。
ソコに指をかけて。
裏返して、そっと開く。落ちていーよ。怖くないよ。
ぽとん。
小さな卵だったけど、綺麗なのが落ちてきたんだ。
そしてそれが今、目の前で、ゆらゆら揺れてる。
「割れるじゃん」
「うん」
「上手じゃん」
「…あ、ありがと…」
照れるじゃない、そんな僕よりも上手なくせに…
ソルベが僕の割った卵をそっと指で突付いた。
「オレな、」
「なに?ソルベ。」
「俺はお前に色々教えてもらったんだ。だからこれくらい教えさせろよ」
え?僕が?
僕は、なにも教えてないよ、だって、僕はなにも出来ないもの。
「教えてもらったんだ。あったかいもんとか、スゴク気持ちのイイこととか」
「ば、馬鹿。僕ってソレだけ?」
「俺にとっちゃ重要だったの!だってよ、だってさ、セックスってさ、欲望のぶつけあいだと思ってたしな」
「……」
今は、違うの?
僕も、そうだと思ってた頃があったよ。
「ぶつけ合いじゃねぇ。そうだな、言うなれば欲望と、それと、安心したり、
 ソレと、えーっと、気持ちイイから幸せだし、な。そんでもってさ、お前抱きたいし、
 抱かせてくれるし、それが俺に取っちゃ物凄い幸せだし、可愛いし…」
ペチ。
ほっぺを二本の指で軽く叩く。
バカー。馬鹿。なんで、そう言うこと言えるんだよ、この口は。
「それに、お前は俺の、大事な卵だからな」
「卵?僕が?」
「そう。そして俺はその炎の調理人。」
何、言ってんのさ。もう、馬鹿。本当に、馬鹿。
ありがと、アリガトウ。すごいウレシイよ。ありがとう。
ギュって抱きついたら、ソルベが笑った。
「あ、そーだ。」
「え?なに?」
「卵焼きの作り方も教えてやろうか?」
「う、うん!」
「そんじゃベッド行こ」
「……あ、あの…ねぇ…」


卵焼きの作りかたは、簡単だったよ。
美味しく焼けば、いいんだよね。
気持ちよくなれれば、そう言うのが一番だよね、卵もさ。
卵焼き。柔らかいね。あったかいね。

言わないけど…
ソルベだって…
卵、だよ。


あったかい、僕の卵なんだよ。


あさご飯、いつ食べられるのかな、って僕が言ったら
ソルベのお腹が鳴った。
今日は、ソルベの卵焼き。
明日は、絶対僕が作るからね。

美味しくなかったら、また教えてね。



絶対だよ?