「雨に…なっちゃったなぁ」
窓の外側を叩く雨を見上げる。
水煙で遠くが見えない。
心配になる。
こんな雨の中、来るって言ったって…
雑音にしか聞こえない雨。僕は雨が好きだけど…イルーゾォは大丈夫だろうか…。
傘を持って外に出てみる。
淀んだ空に、昼間だと言うのに暗がりが押し寄せてきている。
少しの間待ってみたけど…寒くなって部屋に戻る。
もしかしたら、電話来るかもしれないじゃない?雨すげぇからやめとくーとか言って。
一向に鳴らない電話。気になって電話の線なんか確かめてみたり。
ちゃんとつながってるな…
あ、携帯のバッテリー。
あれ?携帯電話どこだろう。
いくらきょろきょろしても見当たらない。
もし、携帯にイルーゾォがかけてきてて…そんでバッテリー切れてたら申し訳ないよ?
家の電話の受話器を取って、自分の携帯の番号を押す。
コレで自分の携帯の番号覚えてなかったら馬鹿だなぁ…なんて思いつつ。
入力し終わって、ちょっとの間、待つ。
ピルルルルルルル。
微かな電子音が聞こえる。
やっぱり、家の中にあったんだ。
受話器を持ったまま、音のするほうへ行く。
あれ?
受話器から音が聞こえる。
ツー…ツー…
「あ、あれ!?」
慌ててソファの下に落ちてた携帯を拾ってみると、イルーゾォからだった。
「ご、ご免!待った?」
『あーいたいた!よかったー。いねぇのかと思ったよぉ』
「大丈夫、だって約束したじゃない?」
言いながら、受話器の向こうの雨音に驚く。
「ちょっと、イルーゾォ!外にいるの!?」
『あー、うん。お前んち行ってみたかったしさ。ところでよぉ』
「ん?」
『コンビニ過ぎて、右行ったら、突き当たりなんだけどどこ行ったらイイん?』
苦笑する。
迷ってたのか…こんな雨の中。
「迎えに行くからコンビニにいてよ」
『いやだ!俺が行く』
「なんで?」
『なんか宝捜しみてぇで面白いんだー。ヒントくれヒント!』
いつも可愛いなあと思う。イイな、イルーゾォは。
楽しそうで。僕もこんな風に笑えたら楽しいかな…?
「でも、今日は宝捜しはやめなよ。風邪引いちゃう。僕に心配させないで?」
『…そっか…そうだなぁ…たしかに寒みぃや』
簡単に家までの道を教える。
どうしても自分の足で来たいとい言うところだけは譲らなかった。
僕はお家で大人しくしてろってさ。
携帯を切ってみると、バッテリーが後わずかなのに気づく。
タイミングがよかったんだなぁ。とひとりごちながら、充電器の上に乗せる。
イルーゾォが来たときの為に、ミルクを火にかける。
カフェオレにしようかな…ココアがイイかな。

少しして、僕がちょっと眠くなった頃。
玄関先でチャイムの音が鳴った。
ボーっとした頭を揺り起こして、玄関に小走りに出る。
「おーい」
イルーゾォの声だ。

カチャン。

鍵を開けて中に迎え入れる。
手にしたバスタオルを肩にかけてあげながら、妙なことに気づいた。
「……?」
イルーゾォのお腹がむくむくしてる。
「どしたの?イルーゾォ…お腹…」
「あ。そうだ、あったけぇから忘れてた」
もそ。
もそもそ動く洋服から、イルーゾォがにこにこしながら丸いものを取り出した。
微かに動くその小さな物体。
「子猫…?」
「おう。なんか落ちてたから、どうしようかと思ったんだけど…嫌いだった?」
「ううん。落ちてたの?」
イルーゾォの言いまわしに、つい、噴出す。
「落ちてたんだよイヤマジで。本当だって本当!」
同じ位の目線で話すイルーゾォを、とにかく部屋に通す。
子猫は小さなタオルで包んだ。
微かな鳴き声が、母性本能をくすぐる。
って、母性本能って男にもあるのかなぁ。
子猫を柔らかく撫でるイルーゾォに、ちょっとうらやましくなる。
「イイなぁ、イルーゾォに撫でてもらって。」
そう言って笑う。
「なに?んじゃ〜」
ぐりぐり。
イルーゾォが隣に座ったかと思ったら、頭をなでられた。
おかしくなって笑いだす。
楽しそうなイルーゾォの目。まんまるの子猫の瞳。
背中をなでると、心地よさそうに目を閉じる。
「寒くない?イルーゾォ」
「ちょっと、寒いかも」
「子猫。貸して?こっちに丁度イイクッションがあるから」
タオルに包んだままの子猫を、大き目のクッションに乗せる。
少しの間、もぞもぞと動いている子猫を二人で見守る。
濡れていないタオルを持ってきて、猫の近くに丸めて置いてやると、
其処にもぐりこむようにして寝っ転がる。
やがて小さな寝息。
僕らは顔を見合わせて笑った。

冷たくなった身体を暖かいシャワーで癒す。
「一緒に入ろうぜ」
イルーゾォにそう言ってもらえて、ちょっと嬉しかった。
高い位置から降り注ぐ暖かい雨に身をゆだねる。
イルーゾォの小さなため息。あったかい雨に酔いしれて小さく開く唇。
「イルーゾォって…綺麗な顔してるね…」
「何言ってんだよ、男に言う言葉じゃないって、嬉しいけど」
僕を見て屈託なく笑う。
そこが綺麗なんだよ、イルーゾォ。
うらやましくて、裸身を指でなぞる。
綺麗な肌。引き締った身体。張りのある黒い髪の毛。綺麗な黒目がちの瞳。
僕がじっと見つめていたせいか、照れさせちゃったみたい。
でも、うらやましいんだもん。
イルーゾォの冷えた唇が、熱で温まった身体に比例して赤く染まる。
そっとそこに顔を寄せる。
何か言われるんじゃないかって。怖かったけど…
引き寄せられちゃって止まらなかった。
そっと唇を合わせる。
柔らかな感触。イルーゾォが僕の腰に手を回す。
僕が舌を出すと、それを舐めてくれる。
気持ちイイなぁ。イルーゾォは気持ちイイなぁ。

指を絡めて、その指を見つめる。
イルーゾォも僕の指を見てる。
そっと引き寄せて、口に含むと、雨の匂いがした。
イルーゾォが猫みたいに僕のほっぺを舐める。
「ココアとカフェオレ、どっちが好き?」
「ん〜…ココアがイイなぁ…」

シャワーで温まった身体に、ほかほかのココアが幸せを運ぶ。
あったかいね。
子猫がもぞもぞとタオルにもぐりこむ。
あったかい僕ら。あったかい子猫。
子猫と一緒の僕ら。
晴れたら…宝捜しに行こうね。



FIN