「おい、ちょっと付き合え」
突然横付けされた車に声をかけられ、振りかえる。
見ると、クラシックスポーツーカーを駆った男が俺を見上げていた。
「ギ、ギアッチョ……さん。」
驚いて立ち止まる。この人は俺の先輩に当たる。
ほとんど面識はなかったが、俺が生意気だと目をつけている…との噂は知っていた。
俺は毎朝ふらりと歩きに出かける習慣がある。
それを知っていてか。
「俺が、なんかしましたか?」
近寄らずにそう問い掛ける。
ガオン。
ギアッチョの車のエンジンが大きな音を響かせた。
俺を煽る気だ。
「……付き合え。乗れ。」
どうあっても乗せる気だ。逆らって面倒なコトになるのも面倒だ。
「…はい」
別に従った訳じゃない。怖いと思ったわけでもない。
この男が俺にどんな理屈をつけてくるのか、気になっただけだ。

エンジンの振動が身体に響く。
締めきった車の中で鳴り響くのはヒステリックなブリティッシュパンク。
音響がイイせいか、うるさいとは思わなかった。
「どこいくんすか」
「ああ?」
声が届かない。
朝早くの公道を160キロで走るのもどうかと思う。
前を向いたまま、俺のほうを見もしない。
何も言われないのは逆に不気味だ。
「どこ行くんですか!」
聞こえるように大きな声で叫ぶように言う。
少しスピードが弱まる。ギアッチョの指がインパネの一部を撫でた。
「あ?風呂だ風呂」
「は?!」
小さくなった音楽の合間にそれだけ言うと、すぐに環境を元に戻す。
俺に質問する余裕はないというわけか。
この人がわがままでヒステリックだと言うのは、
耳にタコが出来るくらい、噂で聞いた。
しかし、風呂?
なんで風呂。
首を傾げる俺を見て、少しだけギアッチョが笑う。



俺だってな、別に誰でも良かったんだ。
なんとなく走ってたらサーレーが其処にいただけだ。
だから、誘った。
別にこいつを狙ったわけじゃない…
確かに下調べはした。コイツがいつもここをこの時間に通っている事を聞いた。
しかし、俺が血眼になって調べたわけじゃない、
ちょっと聞いたらそういう情報が引っかかっただけだ。
俺が声をかけると、しぶしぶと言う顔をして乗りこんできた。
説明するのも面倒だから、音楽のボリュームを上げる。
ちょっと耳がいてぇが、面倒よりはイイ。
二言三言言葉は交わした。だが、マトモに会話になってたかどうかは俺はしらねぇ。
最後の急カーブをステアリングを切ってケツをすべらせる。
顔色一つ変えないサーレーに、妙にサディスティックな感覚が湧く。
そんなこたぁ今日に始まったことじゃねぇがな。
そのまま、そ知らぬ顔をして門をくぐると、さすがにこっちの顔色をうかがってきた。
空いたスペースに車を滑り込ませて爆音を止める。
「あの…」
怪訝そうな顔で俺を見る。
そりゃ当たり前だ。
突然こんなところに連れてこられりゃ俺だって妙な顔をするだろう。
だが、文句は言わせない。
俺に逆らうことは許さない。
「降りろ」
「…風呂って…」
「ホテルにだって風呂はある」
俺は間違ってない。だろ?
俺は風呂と言っただけで、どこの、とは言ってない。だから何も間違ってない。
アゴで示すと、諦めたように車から降り、駐車場からつながる小さな扉を開ける。
階段の手前で立ち止まるサーレーの脇腹を鍵で突付くと、
びくっと震えて逃げるように駆け上がる。
「な、何すんですか!」
「ぶつかっただけだろう。悪気はない」
訳がない。
後ろから煽ると、一本しかない道をそろそろと進む。
「質問しても…?」
「何だ」
「なんで俺をこんなところへ?そんなに俺が気に入らないですか?」
「心配するな、こんなところに死体を残したりしねぇ」
サーレーが戦闘時の目になる。フン、とその目を笑って突き当たりの扉を開ける。
駐車場一つ一つから、ホテルの小部屋一つに入れるようになっている仕組み。
煩わしくなくて、こう言う方が俺にはイイ。
「それに俺は風呂に入ると言っただけだ。」
サーレーが全く理解出来ないと言った顔で、俺を一瞥した。

部屋に入って鍵を閉める。
「風呂の水入れて来い」
「…はぁ」
しまりのない返事をして、サーレーが風呂場に消える。
ザーと言う音がして、その後、バスタブに湯が溜まって行く音に変わるのが聞こえた。
神経質な奴だ。1度バスタブをシャワーで流したらしいのが分かる。
実際俺だったとしてもそうするだろうが。
そうしなかったら、もう一度入れ直させるつもりだった。手間が省けてイイ。
気がつくと、後ろにサーレーが立っていた。
顎を引き気味に、俺を睨みつけたまま。
「文句があるなら言ってみろ。」
「アンタが分からない、本当になんの為に俺をここに…」
「飲め」
答えずに、コーヒーカップを渡す。
カップに満たされたコーヒーを覗き込んで、一瞬の躊躇の後それを受け取る。
全くイイ度胸だ。
だから俺に目をつけられるんだ。
「飲めと言っている」
「……」
じっと俺を見ていたが、ちょっと口を尖らせると、カップを口に運ぶ。
飲み下すのを確認して、俺も自分のカップに口をつける。
沈黙。
ソファの上に、服を投げ出す。
「お前も脱げ」
「イヤです」
「風呂入るのに服着たままってのはどこの宗教だ?」
「アンタ何をたくらんでる?」
「邪推するな」
全くだ、俺は特に何も考えてねぇ。
なんとなく風呂に入りたくなって。そんで一人ではいるのが面倒で、誰かと入ることに決めて。
そんでこいつを探して引っ張ってきた。筈だ。
「風呂でお前と話したいことがある。脱がねぇなら、脱がすぜ?」
「イイです!じ、自分でやりますから…」
少し冷気を漂わせてやると、大人しく脱ぎ始めた。
「若くて遊んでるわりに白いな。」
肌をからかってやると、脱いだばかりの服を投げつけられてしまった。
あったかい服がなんとなくまた…って、俺は変態か。
ガラス張りの風呂場に、サーレーを押し入れる。
風呂に浸かって来い来いと手招きをすると、大人しく入ってくる。
子供みたいで面白い。
丁度イイ熱さのお湯が、たまらなく気持ちがイイ。
俺はそのとき、ボーっとしていたらしい。本当に忘れていた。
サーレーの様子がおかしい。
「どうした?」
触ろうとして、振り解かれる。其処で気づく。
ああ、コイツにコーヒー飲ませたっけな。
「テメェ!薬盛りやがったな!?」
やや内股気味の足をひいて、俺から離れようとする。
「ふん。甘いな。俺も飲んだ。」
「はぁ?」
「だが俺は一口だけだ。お前には全部飲ませたがな。」
そう言いつつ、近寄る。サーレーが逃げる。だが、風呂の大きさはさほどない。
追い詰めて、顔を寄せる。
「抱くぞ」
「てめぇ死ぬか?変態野郎…」
減らず口にちょっとだけ。ちょっとだけ頭に血が上る。
多分ものすごい速さだったと思う。
掴みかかって、後ろ手にひねり上げる。
「あ、ぐぅッ…」
片腕で俺を制しようとするが、俺に背中見せてどう足掻こうってんだ?
「こう言うところで経験の差が出るな?」
「ッ…どう言う経験だよッ!」
「こう言う経験だ」
するり。
直接、鬱血した其処に触れて、水の柔らかさを使ってなで上げる。
「くっう…ッ…はぁ…」
サーレーの顎が震えながらあがる。
バスタブに押しつけ、首筋に舌を這わせながら執拗に擦りたてる。
「や、やめてくだ…さ…あッ…」
後ろ手にひねった腕が軋む。
苦しそうに眉根を寄せながら、俺の愛撫に身悶える。
微かに開いた唇から、細く見える舌が喘ぐ。
「な、んで…クスリなんか…」
喘ぎの合間の小さな言葉を聞く。
「テメェが乱れるところが見たかった」
薄く目を開けて俺を見る。何か言いたそうに口を開いたところで
左手で局部を前から後ろに向かってなぞり上げてやると、
悲鳴を上げて頭を振る。
指をねじ込んでも、痛みよりも快感に跳ねる。
俺だって、限界だ。
何かおかしなものが身体の中心から脳天まで渦のように巻き起こっていて…
ゾクっときた瞬間、こいつの首筋に噛みついていた。
「痛ッ…てぇ…んンッ、あ…」
血がにじむほど歯を立てる。
指で後ろの中をゆっくり抜き差しして愛撫する。
指の付け根までさしこんで、関節を曲げてやると、強く締めつけてくる。
「突っ込んでやるぜ」
耳元で煽る。
不安そうに眉をしかめるが、罵倒の文句はない。
欲しい、と言うことか。思わず口の端が上がる。
丁度俺も欲しかった。身体が合うじゃねぇか…
サーレーの反応も見ずに、腰を掴んで一気に押しこむ。
「ぐ…ッ…うああっ」
自由になる白い手が、腰を掴んだ俺の手に爪を立てる。
「痛いか?もっと苦しんで見せてくれ…もっとだ。」
ひねり上げた腕に力をこめ、引き上げる。
「う…ッ!」
サーレーのきつく閉じた瞼が震えている。最高だ。もっと苦しんでくれ。
俺はサディストだったか?こいつが悲鳴を上げるたびに、耐えるたびに煽られる。
入れたまま、仰向けになる。
バスタブのへりに頭を乗せると、斜めになった壁が丁度俺の身体を支える。
動いたせいで痛みが倍増したのか、掠れた息が苦しそうに上がる。
「お願いします…腕を…」
「痛いのか。腕が。」
「は、はい…」
「わからなくなっちまえば同じだ」
「ひぅ…ッ!」
あいた手で股のあたりを掴んで引き寄せ、足を広げさせる。
突き上げると、痛みとも快感ともつかない声を上げる。
「痛いか?かわいそうになぁ…どこが痛いんだ?」
キツイ言葉がすらすらと出てくる。
もっと煽りたい。サーレーに咥えこまれた俺の熱いものが締め上げられ、
自分で動くたびに卒倒しそうなくらいの快感を俺に流し込む。
息が乱れ、俺の口からも…悲鳴が上がる。
腿の裏を掴んだ指に力をこめて爪を立てる。
快感と痛みと、混ざり合って脳が沸騰しそうな感覚。
もっとこいつにそれを与えたい。
もっと深く入りたい。
抱きたい。
放つ瞬間、俺の手は勝手にこいつの身体を強く抱きしめていた。
抉り取るように抱いた腕に力をこめ、爪を引き下げる。
「あ…ッた、助け…ッ!ふぅッ、あ、あああッッ?!」
「イっちまう…ッく…あ…んうッ!」
俺の声が掠れた悲鳴に変わった。
駄目だ、もう、クスリのせいだ、絶対。じゃなきゃこんなにイイわけがない。
麻痺しそうな脳みそを引きずって、血の上った頭で何度も犯したのは覚えてる。
快感の渦の中で、コイツに何をしたのかは…良く覚えていない。
ただ、流されて、途切れ途切れに悲鳴を聞いた。



気がつくと、ベッドに横たわるサーレーを見ていた。
ベッドに腰掛けた俺は、身体に残った傷跡を心配そうに撫でていた。
「チ…ッ…なんでこんなコトしてんだぁ俺はぁぁッ…」
気を失っているらしいサーレーの体のあちこちから、
痛々しい傷跡が見える。血がにじんでいる。
また、やっちまった。
殺さなかっただけましか…
汗が浮いている額を撫でる。
目を閉じたままの、その瞼にそっと口付ける。
俺らしくもねぇ。何やってんだ。
恥ずかしくなって顔をそらす。
「…やめないでください」
掠れた声を聞く。
驚いてサーレーを見る。
微かに開いた目で、俺をじっと見ている。
服従でも恐怖でもない、俺を煽る瞳。
傷ついた身体の上に馬乗りになって、顎を掴む。
また…俺は。
「なんだ?もっとされてぇのか?」
そう問い掛けると、おれの目を見ていた淡い瞳がふっと曇る。
柔らかそうな唇が開く。息をするたびに微かに動くそれがなまめかしい。
「……カニバリズムってぇんですよ」
「なんだそりゃ」
「人肉嗜好趣味」
「食われてぇのか?」
「アンタが抱いてくれるなら食われてもイイ」
息が詰った。
何てこと言いやがる、当たり前な顔してなんて恥ずかしいこと、なんて…なんて!
なんてコイツはイカレた野郎なんだ!
「お前変態か?」
思わず真顔で尋ねる。
その俺にげんなりした顔をするこいつに、思わず噴出す。
「せっかく俺が雰囲気だしてるのにぶち壊しじゃないっすか…もぉ」
「だってテメェ、食われたいだぜ?抱いてください?ってか?」
ああ恥ずかしい、なんなんだコイツは。
俺だってそんな言葉言ったことがねぇ。恥ずかしくて言えるもんじゃねぇ。
言えるとしたら、死ぬほど、よっぽど欲しい時か…
そうか…
どっと疲れが出た。
そのまま、サーレーの上に身体を投げ出す。
「ちょ、重いっすよ…ギアッチョさん?ちょっと…」
そのまま動いて、サーレーにかけていた薄手のシーツの下にもぐりこむ。
「な、何、ちょっと待ってください、俺誘ったわけじゃ…!!」
眠っている感覚を呼び起こす。
ついばむ様に、下腹部に軽く刺激を与える。
感謝しな。
俺はこんなところにキスしたことはねぇ。
だがそんなことは言わねぇ。言えるかそんなもん。
だから、とにかくやるだけだ。
指でなぞり上げて、掴み上げる。
舌先で犯す。
「…ん…なトコ…くぅ…ッん」
そういやコイツの普通の喘ぎ声、初めて聞いたな…
クスリ使ってるときよりは低い声出しやがる。
何でコイツは、俺にこんなコトされてんだろう。
疑問がかすめる。
さっきだって強姦してやったはずだ。
だから、こんなに大人しくしてるはずがねぇ。
「なんでだ?」
口から其を外して、其処から首筋まで、ゆっくりと舐め上げる。
両脇に投げ出された腕は、ベッドを掴みはしても、俺を押しのけようとはしない。
「なんでテメェは俺に抱かれてるんだ?」
「アンタが……抱くからだ」
「テメェ俺の質問に答えてねぇぞ!なんでだ?ナメてんのか俺を?」
ついいつもの癖で、理解出来ないと食い下がる。
しつこいとは思うが、気になるものは気になる。しかたねぇ。
「なんでだっつってんだよ!」
そう言いながら、つい、強姦モードに入る。
気がつくと足を掴み上げ、コイツの身体を折って突っ込んでいた。
「あ、悪い」
悲鳴を聞いてやっと我に返る。
そう言いながら、動くのはやめない。
当たり前だ、入れといて動かねぇのは男の恥だ。
「…ッぐ…あ、うッ…」
おそらく激痛が襲っているんだろう。また俺はコイツを苦しませ始めている。
ゆがむ顔に見惚れながら、それに煽られてもっと苦痛を与えたくなる。
「テメェが煽るから、俺がこんなになっちまうんだよ!マゾかテメェは!」
「や、あッ…!ッくぅ…!」
唇を噛む姿に、ゾクゾクと煽られてまた止まらなくなりそうになる。
また、吹っ飛んだ状態でヤっちまう…
また、わからなくなっちまう。また傷つけちまう!
……不意に、髪を触る柔らかい感触に正気に戻る。
サーレーの腕の内側が目に入る。引き締まった鞭のような腕。
その指が、俺の髪を挟んで不思議なほど柔らかく撫でる。
自分はイテェんだろうに…なんで俺にこんな感覚を与える?
「大丈夫…」
サーレーが俺を見ずにそう言う。
ドキリとする。
動けなくなる。痙攣するように俺を締めつける内壁に、少しだけうめく。
「俺は大丈夫。アンタも…大丈夫」
そう言ってそっと俺を見る。
流されそうになって、悔しさに、もっと深く入ってやる。
「…ッああ…ッ!」
俺を見ていた目が何かに耐えるように閉じる。半開きの唇から、吐息がもれる。
両手で髪を掴まれる。
たいした力も入れられていないのに、俺の頭が引き下げられ…
誘導される。髪を撫でる指の感触に、意識を失いそうになって目を閉じる。
やわらかな唇。
俺の唇を撫でる濡れた舌先。
少し離れた口元で、そっと。声にならない微かな声で。
「大丈夫…」
眠りに落ちそうな、柔らな身体の感触。
緩やかに締めつける暖かい感触。
まあいいか。
コイツが、大丈夫だって言うし…
1度だけ、溺れてみても…イイかもしれない。


夢を見ずに眠る。
温かい身体に包まれる。
目を開くと、俺を抱えるようにして小生意気なガキが眠っていた。
もう1度そのまま目を閉じる。
涙が流れても誰にも分からない。でも暖かい。
俺ははじめて、人に抱かれて、眠った。
ゆらり。光がゆれる。
ゆらり。俺の頬に暖かい息がかかる。
俺がゆれて落ちていく。
抱きとめられてそのまま眠る。

1度だけさ…多分……。

FIN