ガシャーン!! 風呂場からすごい音が響く。 なんちって、風呂場にいるの俺なんだけどね。 「……イッテェーーッ!」 巨大な叫び声。って、俺の声なんだけどね。 遠くから、ばたばたと言う音が聞こえてきて、風呂場の扉がガバッと開いた。 「ズッケェロ?!な、何の音だ?」 「あ、サーレー、…ごめん、ガラス割っただけ…」 「割っただけ、じゃねぇだろ…」 そう言って、俺の手を見る。 確かに、真っ赤で痛そうだ。血、血がでてるじゃん!俺!うッひゃア! 慌てふためく俺の頭をペシンと一発叩くと、バスタオルと小さなタオルを持って来てくれる。 バスタオルを投げつけて、そのまま俺の手を引っ張ってちーさなタオルを握らせる。 「とりあえず、それ巻いて、そんで上がって来いよ。馬鹿やろ」 「馬鹿やろーはないでしょぉ」 「馬鹿だ馬鹿。馬鹿じゃなけりゃアホだ。なにやってんだか、全く…」 サーレーが参ったという顔をして、俺を一瞥した。 ……確かに、俺ってば何やってんだか。 サーレーにうながされて、居間のソファに腰掛ける。 俺がタオルを巻いているあいだに、部屋を温めておいてくれたようで。 肌寒いけど、ちゃんと拭けば大丈夫かな、って感じ。 「手、貸せ」 「え?手当てしてくれんの?」 「当たり前だ、ほっておいて治るほど俺たちゃまだ野生に近くねぇしな」 「そだね」 なんだかんだ言って、呆れながらもいつも面倒見てくれる。 サーレーって、見た目怖いけど(笑)案外優しいんだ。 だから、好きなんだ。 だから、一緒にいたいんだよなって、いつも思う。 サーレーは、そう思ってくれてんのかな。俺のコト。どう思ってくれてんのかな。 手がかかる子供くらいにしか思われてないんじゃねぇのかな。 手がかかる… 確かに…。 情けない。一念発起しようかな。どうやって?なにを?何すれば一念発起したコトになるわけ? 「切ってあるけど多分縫うほどじゃねぇだろうな… でも間接のとこ切ってるから当分指動かしたりすんなよ」 当たり前のように俺にそう言う。 なんか、かかりつけの先生みたいだ。しかも、あんまり愛想がよくないタイプの。 「大丈夫だよーほら、動くし!」 そう言って曖昧に笑って見せると、頭を叩かれた。 俺、よくサーレーに頭叩かれるね。 そんなに、俺、馬鹿かなー。馬鹿だな。う、自分で納得したら終わりじゃんマジで。 何度も大丈夫大丈夫とか言って手をひらひらさせて見せて、ついでに変な踊りとか踊って見せたら、 さすがにサーレーも吹き出して俺を指差して笑った。 サーレーが笑った。もんのすごいウレシイ。 だって、俺が笑わせたんだぜ、そんでもってこんなに楽しそうなんだぜ! それが、嬉しくって俺も笑う。 手、怪我したって、結構悪いことばっかじゃないよな。 あ。 不意に、免れない淋しい事件に気づく。 「どした、突然呆けて?」 その顔見てまで笑われちゃった。しかし、俺に取っちゃ大問題。 あー、だって、怪我したの、実は利き手のほうだし。 そしたら、俺当分。 「できねぇよな…当分」 「は?なにがよ」 「こっち利き手だもん、俺当分できねぇよな〜辛いってよぉぉ〜絶対生殺しになるって」 サーレーがなんとなく俺の真意に気づいたような顔で、ふーん、とだけ言った。 なんだよぅ。 いつも求めるのは俺のほうで、確かにサーレーから求めてもらったことってなかった。 嫌、だったのかな、面倒だったのかな。 そう、いつも思ってたけど今日…なんかその気持ちが強くなっちゃったりして。 そうだとしたら、俺の行為って物凄く淋しいものだよね。 そんだから、とにかく誤魔化しちゃえって気持ちで。 えーっと、どう言おう、とにかく頭巡らせて。 「あ、そうそう、ほら。できねぇじゃん、マスタ…」 ガツン。 そういやサーレーはこう言う言葉をダイレクトに言われるのが好きじゃないタイプだったっけ。 タハー。頭を押さえて困りまくる。 「お前の頭の中はそんなコトばっかりかよ」 ため息までつかれる。 そんなコトばっかりだよ。 小さく呟く。聞こえないように。 だって、俺達ってそんなことじゃなければ、確かめ合えないじゃない、不器用じゃない。 バァカ。 「なんだと?」 「……聞こえた?」 「何が、馬鹿だよ」 「俺のこと馬鹿って言うくせに、自分は言われると怒るわけ。」 「…馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ」 「俺だって同じ意見だよ!馬鹿ってな、馬鹿って言いたい時もあんだよ! それにな、『馬鹿』って意味って、単なる馬鹿にする時の言葉だけじゃねぇだろ!」 サーレーが、俺の顔見て、小首をかしげた。 なんか、ムキになってる俺見て、多分驚いてるんだと思う。 いつも、馬鹿って言われても、へらへらしてたし。 実際、俺馬鹿だし。 「馬鹿ってな、寂しいから、とにかく馬鹿って…言っちゃいたくなる時だってあるんだよぅ…」 最後の言葉のつもりだった。 この後、沈黙が続いて、そんで、そのまま忘れる程度の言葉だと思った。 「そうだな…」 サーレーが、そう言った。 そう言って、俺の頬に手をかけた。 「俺は、お前に自分が必要だ、とタカをくくっていたのかもしんねぇ。 遠まわしにお前のこと、馬鹿にしてたのかもしれない。」 「……え…?サーレー…」 「俺なんか、いなくたってお前生きていけるのは知ってるよ。」 「ヤダよ」 「え?」 「俺、サーレーいなかったら、ヤダよ」 「な、何ムキになってんだよ…」 「ヤダよ!俺はサーレーいなかったらヤダよ! 馬鹿でもいーよ。だって俺はそれが欲しいんだもん。」 頬に当たるサーレーの手を握って、そんで、目をじっと見詰める。 サーレーが、ちょっと目をそらした。 駄目、こっち見て。 いーの。俺はそれが欲しいの。馬鹿でもイイの。 ね?ね?ね? 顔を覗きこんで、なんども「ね」を繰り返す。 その「ね」の連発にサーレーが吹いた。 そうして、俺に言葉をくれた。 「俺にも、馬鹿って言えよ。お前の馬鹿なら、言われてもイイや。 …いや、でも本気で馬鹿って言ったらマジ殺すかもしんね」 もー! もう。 もぅ〜〜〜!! サーレーらしいや。 「サーレーが笑ってくれんなら、俺はいつでも馬鹿だよ。」 そう言ったら、サーレーがまた俺のことぶった。 へー。 照れてんだ。 いろんな、殴りかたがあるんだね。意味が、あるんだね。 「ズッケェロさ。あのよぉ…えーと…」 「ん?なによ?言って言って」 「むし返す様だけど…もしかして、溜まってる…ワケ?」 たはぁ。 い、言われちゃたまりません! いや、たまるんですけど。い、いや、そう言う「たまる」じゃなくて。 「自分で、してたんか?」 「……」 沈黙は最大の肯定なり。って…誰が言ったっけ…。 「馬鹿…」 また、俺に馬鹿って言った。それも、ちょっと寂しげに笑って。 そ、そんな、そんな顔しないで、俺馬鹿だし、ほら、馬鹿だなーって言って、笑ってよ。 サーレーの息が、頬にかかる。 あ。俺、ヤバイって…そんな間近に顔近づけたら、キスしちゃうって。 ふに。 俺が、衝動に突き動かされて動く前に。それは満たされて。 サーレーがそっと、優しい感触で俺の唇を塞いでくれた。 感動で、声がでない。 サーレーが、してくれたんだよ!あの、サーレーがだよ!? そんで、もう1度、間近で。 「バーカ。」 って。 もぉ。 その後… 実は、俺は何とかそう言った状態を解消することができた。 そう言った状態って、何かって? まぁ、まぁ。ほら、あれよ。ね? ほら、手、怪我してたら出来ないじゃん。 ためらいがちに、唇がそっと寄せられて。 その様子見てると、それだけでドキドキした。 微かに開いた唇の動きと、ちろっと見えた舌先が、俺にはたまらなくて。 あったかい感触で、俺は包まれて、本当に、そんなことしなくてイイって、言ったのに。 「させろよ…こう言う時くらい…」 真っ赤になってそう言われたら、そりゃもう、貴方。 嬉しくって。サーレーが俺にそう言ってくれたことが嬉しくって。 「俺だって、そう言う気分の時だって、あんだよ、馬鹿っ!」 そう言って、頭を叩かれた。 欲しがってくれたから。 君の望むものはなんでもあげる。 俺の心も出来たら持って行って。その唇と、その舌と君のすべてで持って行って。 俺のすべてを持って行って。いらないなんて言わないで。 苦しそうに目を伏せたスタイルに、心配もするけど。 なにげに自分の足伸ばして、その腰をそっと撫でたら、ビクンと跳ねて。 そんで、短い小さい溜め息ついて、そんで俺を上目使いに見るから。 だから、一緒に目を閉じて。 そんで、体温を肌で感じて。合わさった所がすごく熱くて。 嬉しくて、嬉しくて、気持ちよくて。 ああ、だから一緒にいたいんだな、なんて、ふしだらなこと考えて。 それだけ?なんて言われそうだけど。 そーね。って笑って言い返す余裕がある俺は、もう1度思う。 あー、こうやって、こうしたいから、一緒にいたいんだな。って。 ふしだらな俺と、ふしだらな考えは、俺にとっては大賛成すべき簡単な答え。 簡単なこと。 ほしけりゃ、やっぱ、欲しがるじゃない? 手元にあったらウレシイし、触れたらもっとウレシイし、 自分と一緒ならもっともっとウレシイじゃない! 「ばーか。」 俺が言った。 そしたら、サーレーが笑った。 「なんだよ、バカやろ」 言われて、サーレーの頭ペチンって叩いてみた。 サーレーが俺のこと、フフン、って感じで見上げて。 「はじめて、俺のこと叩いたよな。おめでと」 だってさ。 もぉ。 もぉ。 もぉ〜〜〜〜!!! まったく、サーレーったら、サーレーらしいんだから。 また、ふしだらなこと考えちゃうかんな。 ばーか。 |