ほとんどの店が開店前のせいか、
中央通に面する駅前は、閑散としていた。
時折、ガラガラと荷物を引きずったスーツの男女が通り過ぎて行く。
地べたに座り込んでいる女子高生も、
電話ボックスにたむろしている男子高生も、一人も見当たらない。
こんな時間に、こんなところにいるなんて、初めてかもしれない。

俺は、駅前の階段下でロイを待っている。
駅の改札自体が二階で、
下には商店街らしきものが出来上がっていて。
ソコへ下りてくるための階段。
誰かが嘔吐した後が冷たい風に干からびていたり

待っているって言うのは、結構つまらないものだな。
まさか、ここで腕立て伏せをはじめるわけにもいかんしな…
身体が、うずいて、こう、動きたくてたまらないのをなんとか押さえて。
とんとん、と寒いフリをして、その場で軽く飛び跳ねて、身体を紛らわした。
寒かぁねぇんだけどな。

今日は、日曜日。

珍しく俺が休日らしい休日を手にした日、ロイはどこからその情報を得たのか、
前日の学校帰りに俺を捕まえて、翌日の約束を無理やり取り付けた。
まあ、俺だって用があったわけじゃない。
だからといって家でごろごろしている性質でも無いからよ、
まあ、どっかのスポーツジムでも行って遊んでこようかと。
そう思っていたんだが…
まあ、いいか。
ロイも暇そうだし、な。
どっかで手合わせしてみてもいい。
…そういえば、ロイとは手合わせしたことがなかったな。
格闘技についてはかなりのモノだと聞いていたんだが…
…考えるだけで、胸がわくわくしてくる。
俺の、悪い癖だ。

そんなことを考えていた時。
ふぉぉん、と音がして。
「?」
目を上げると、一台のバイクが、ロータリーを通り過ぎていった。
タクシー乗り場でUターンして、俺のほうに戻ってくる。
「…」
ロイ?
…そういえば、高校生はバイク乗ってもいい年齢だったか。
見た感じ、あのバイクはぎりぎり400cc、ギリギリ高校生レベルってトコロだな。
俺の待っていた場所までバイクをつけると、バイクの主がメットを取った。
見せ付けるように流れる金髪。
「やっぱ、ロイか!単車で来るたあ、見せ付けてくれるじゃねぇか!」
「はっはっは、ジャパンは狭いから、
 クルマばっかり使っていると細かいところで損をするね」
確かに、一理あるな。
アメリカ人に諭されちゃしょうがねぇなぁ、
…いや、傍(はた)から見たほうが、わかりやすいのかも知れねぇ。
「でも、俺がケツに乗るわけにゃいかんぞ、ニケツは禁止だからな」
「ニケツ?」
…日本の常用語だと思っていた自分が恥ずかしい。
ニケツ、ってのは、バイクに二人乗りすること。
ケツが二つでニケツ、わかりやすい。が、あまり常用する言葉じゃなさそうだ。
気をつけるとするか。
「なるほど、ケツに乗るわけには、ねぇ」
「…」

ロイが、怪しい笑いを浮かべて。
お前、アメリカ人のクセに、日本のオヤジみたいな事考えてるんだろ。
顔がにやけてるから、すぐわかるぞ。
ロイは最近、よく表情をはっきりと見せるようになった。
あったばかりの時は、カッコつけてばかりで素直な内面が見えずらいタイプだったんだがな。
まぁ、ロイにも色々あったんだろう。

そのままバイクは駅前の駐輪場に預けて。
ちょっと離れたコーヒー専門の喫茶店に入った。
俺が頼んだのは、もちろん、ブラックのブレンドコーヒー。
ロイは、なんだか知らんがエスプレッソとかいうのを頼んでいた。
ちょっと暑過ぎる店内で、ロイと向かい合う。
「いやあ、先生とデートなんて初めてですねぇ」
「ぶ」
思わず口につけたコーヒーを飲み損ねて、吐き損ねて、一安心。
「デ、デート?」
「違うんですか?」
うーん。アメリカじゃ、男同士でも友達同士でも遊びに行くことをデートって言うんだろうか。
勉強になるな…。
コーヒーをもう一度、口につけなおしながら、考える。
「デートってのはですね、お茶飲んで、映画見て、そんで、ディナーを食べて、
 そして極上のスイートルームで夜を共にする、コレがメインですかね」
ぶ!
今度は、本気で吐きそうになって。
あわてて口元を押さえて、飲み込んだ。
「そ、そんなのがあるか!」
「あれ?俺は普通ですけど」
「じゃ、じゃあ、何か?これから、映画見て、夕飯食って、そんでラブホテルでも行こうってのか?」
「ああ!」
ぽん、
と、ロイが手を打った。
うんうん、とうなずいて、俺を指差して、もう一度うんうん、とうなずく。
「そうそう、ラブホテル、一度行ってみたかったんですよ」
ぶ。
…当分、まともにコーヒーを飲み込むことは出来なさそうだな…
「じゃあ、決まり。」
え?

言葉の途切れた隙を狙って、コーヒーを口に運ぼうとして、さえぎられた。
決まりって、なにがだ?

「そのスケジュールで行きましょう。映画見て、ディナーは先生の好きなトコロでいいですよ、
 そして…ね?」
「ね?じゃない!」
砂糖の入ったビンの底でロイの頭を殴った。
そもそも、高校生がなにを言ってるんだ。
ラブホテルだなんて、高校生が入っていいものじゃない。
昨今テレビなどで援助交際だの、なんだのやっているのを見て俺は気分が悪いんだ。
若いうちに身体を大事にしておくべきなんだ、女性は特に。
大事にして、そして鍛え上げて、恋愛をして、
「恋愛に年齢は無いですよ?」
「うぐ」
…斬新だよ、アメリカ人ってのは本当に!
俺が保守的なだけか?
「しかし本当の話、俺だけなんです、ラブホテル行ったことが無いのは。」
「え?!」

コーヒー飲む間なんかありゃしねえ。
驚いてる俺を諭すようにロイが続ける。
「ウチの学校でね、たまに出るんですよ、どこのラブホテルはどうだとか、
 最近のラブホテルはカラオケと同じ扱いだとかで。」
「???」
「ラブホテルは、カラオケやソニーのゲーム機を置いているところがほとんどで、
 ソコに女性と同士で遊びに行くとか、そう言う話なんです」
「あ、遊びに?ラブホテルに?」
「ええ、映画も見られるそうですし、食事なんかも出来たりするんだそうですよ。レストラン並みの。」

驚いた。
最近のラブホテル事情ってのは、
そんなに、なんちゅーか、メジャー?いや、一般化?か。…していたのか。
友達同士でカラオケルーム代わりに使うとか、
旅行先で止まる場所が見つからない場合に使用するとか
男5〜6人で旅行するなら、ラブホテルに泊まるのが一番安いとか。
ロイは、俺にそんな話をしてくれた。
勉強に、なります、はぁ。

そういや、ロイは、ラブホテルみたいな場所には縁遠そうだもんな。
俺だって縁遠いけどよ。
…だって、相手がいねえ。

「じゃあ、いってみましょうよ!見に、行くだけでいいですから、ね?」

話に夢中になって冷めちまってるロイのエスプレッソに免じて。
そのスケジュールを俺は飲むことにした。