ロイが立てたスケジュールによると。

待ち合わせ→ 喫茶店でお茶→ 映画→
ディナー→ ラブホテル見学

ということだが。
何か、抜けて…
「おいロイ、昼飯はどうするんだ?」
「ああ!」
忘れていたのか…
完璧主義者が泣くぜ?
待ち合わせたのが9時半、喫茶店で話に夢中になって過ごしたのが45分ほど。
街中は、開店したばかりの店に
「吸い込まれる客」と「吐き出される客」でごった返し始めていた。
映画館は、ここから駅の連絡通路を通って、東側。
今俺たちは、西口に来ているというわけだ。
「…そうだな、じゃあ、ロイよ、お前、混んでねぇ映画館つれてってやろうか!」
「そんなところがあるんですか?」
「ああ、昔からの映画館のほうがイイんだ、駅の向こう側の映画館は、ドイツ型の総合映画館でな、
 なんかほとんどの映画が見られて、映画を見るホール自体がいくつもあるんだ」
「隼人先生が珍しく難しいコト言ってるように聞こえますね」
「…お前なあ…」

要するに、
統合型か、
個別型か、ってコトだな。
最近は統合型の映画館が増えてるよな。
映画館の中にホールが10くらい入っていて、
それぞれのホールで別々の映画をやっているから、客の動員数も多い。
人が集まりそうなところってのは、集まりそうだ、っていう理由だけに惹かれて人が来ることが多い。
それに、統合型の映画館は、レストランやブティック、飲み屋、ゲームセンターから果てはカラオケまで、
ああ、俺の知ってるところでは、温泉も付いているところがあったな。
…世の中、便利なんだか、
踊らされやすく操作されてンのか。

ロイを誘導するようにして、駅前から離れた。
俺が向かっているのは、駅とは逆の方向。
いうなれば、繁華街ってヤツだ。
「ここを歩くのは初めてだな」
ロイが感慨深げに、きょろきょろしている。
おいおい、アメリカ人ってだけでも目立つのに、あまり観光客みたいにならないでくれよ?
「メシ、食いながらっての、いいだろ?」
「ああ、ソレはいいですね!」
俺の狙いにやっと気づいて、ロイが楽しそうに笑った。
俺といるときくらい、型から外れた人生、楽しませてやろうか、
なんて、そんな気になっていた。
「じゃあ、マクドナルドでも?」
「違う違う!そうだな、この通りだったら…」

たこ焼きをぱくついて。
自販機でジュース、押したボタンと違うジュースが出て大笑いして。
だってよ、コーラ押して、ナタデココ入り乳酸菌飲料ってのはなんだよ!
飲んでみて、以外に美味かった。
ちょっと甘いかな、とは思ったが、ロイが喜んで飲んでいるから、言わないで置こう。
こうやって街中を歩いていると、前から来る人間は気になるのに
後ろから来る人間ってのは気にならない。
やっぱり、流れに乗ってるんだろうな。
流れと流れがぶつかるから、前から来る人間が気になる。
…人生だってそうだ。
流れに乗っちまえば、後ろから追い詰めてくる人間なんて、気にならねぇ。
前から来る人間だけ、じっと見てりゃいい。
そして、俺を追い抜いていったやつの背中は絶対に忘れない。
ソレが、俺の人生だ。
「へぇ、なんか、ロマンチックなんだかドリームなんだか」
「うるせぇ!男のロマンってやつがお前にわかるか!」
「…俺も男なんですけどー。」
「…ね、年齢だよ、年齢!お前は若造。俺は…」
「オヤジ?」
ガーン。
俺はまだそんな年じゃないと思ってたんだが…
冗談ですよ、といって笑うロイに誤魔化されて。

石畳を踏んで、信号を渡った先で、団子なんか買ってみた。
「ミタラシ?」
「あ、ソレ甘いぞ?」
「ンじゃソレ」
ニコニコしてるおばちゃんに手を振って。
なんか、袋の中見たら、オマケなんかしてくれてあって。
日本人ってのは、アメリカ人に弱いな。

今来た道をちょっと戻って、横道にそれると、
車の入れない、いわば、歩行者天国がある。

その入り口で買った豚まん食べて。
なんだか、学生の頃みたいで、面白いな。
ロイは、ちゃんと楽しめているだろうか。
見ると、俺の目線に気づいたのか、「?」と笑って。

「楽しいんですね、デートって。」
「え?」
「俺、こういうデート初めてです」
「はは、そうか、楽しいか!」

その言葉に、安心して。

ふう、と息を吐く。

ロイが、俺を見てた。

「?」
「先生は、楽しいんですか?」
「…俺?」
そりゃ、まあ、楽しい。
「義務的に思ってるでしょう」
「…かもな」
「…先生ですね、どこまでもアナタは」
「…そうか?」

先生、という立場を捨ててやれないことに、初めて罪悪感を覚えた。


たどり着いたのは、オリオン座という映画館。
上映時間と演目をみると…
「…」
この時間、『ハリーポッター』の吹き替え版と
『光源氏千年の恋』とかいう恋愛時代物映画しか、やってないことが判明。
「ロイ…こりゃ、あんまり見たくないぞ」
「そうですか?ヒカルゲンジ?って、なんですか」
「日本の、歴史的なプレイボーイ、外国でいやぁドンファン、ってヤツだな」
「それにしましょう!」
「へ!?」
に、日本、嫌いじゃなかったのか?
「お前、俺に合わせて無いか?無理するなよ?」
「してませんよ」
「…そうか、なら、いいんだが。」

ロイが、ソレはあなたでしょう、という顔をしてため息を付いた。
見なかったことにしとこう。
いつから、コイツにこんなに気を使うようになったんだ、俺は。
気を使い会う仲じゃないことが、ロイにとって好みの状態だったんじゃないのか?
…このままだと、飽きられるかも知れねぇな。

なに、馬鹿なこと言ってんだか。

そもそも、飽きるとか飽きねぇとか…。

…あー、難しいことはヤメだ!

上映時刻ももう迫っていたから、飲み物とチケットだけを買って、すぐに映画館に入った。
ロイは、おとなしく後から付いてくる。
ちょっとぶつぶつ言っているが、気にしないで置こう。
「汚いなあ…」
古いからな。
「薄暗いなあ。」
映画館だからな。
…しかし、確かに薄暗い。
ここじゃあ、俺もあまり大きな声で話すわけにはいかねぇからな…
余計にロイの知りたがってる、感じたがってる俺の雰囲気からかけ離れていってしまうんじゃないか?
いいや、いやいや。俺は、俺のままでいいじゃないか。
入り口でつい、立ち止まった俺を、ロイの手が引っ張って。
後ろの方の席へと連れて行かれた。
「こんなところじゃ見ずらくねぇのか?」
「近いと首が疲れちゃいますよ」
…そう言うもんか?
と、まあ納得して。
ロイを左隣にして、席に座る。
映画ってのは、始まる前のほかの映画の予告や広告が長い。
意外に、映画本編よりこっちの方が興味をそそられるときもあるんだから、中々巧くしたもんなんだろうな。
やけに大きな音、…音楽とセリフ。
耳、悪くなりそうだぜ…
あんま、こういうとこ来慣れてねぇからなぁ…最後に映画見たのは、確かシンドラーのリスト…
でも途中で寝た…

「ヒカルゲンジ」の映画は、日本らしいとろいつくりで。
このとろさが、いい感じなんだろうが、どうも、恋愛モノってのは…観ていて、照れちまう。
内容にも飽きてきて。
…こんな恋なんか、したかねぇや。
俺は、もっとこう、熱いヤツじゃねぇと、なぁ。うん。
…ロイは、飽きてねぇのかな?
そう思って、横を見る。
と、
ロイと、目があった。
「何で、こっち見てんだ?」
「え?」
耳に口を近づけて。
「ナンデ、コッチ見てんだ」
ロイが、俺の耳に口を近づけ返した。
「歴史的すぎて、セリフのイミがわかりにくいんです」
…なるほど。
やっぱ、選択ミスったか?
画面では、光源氏と思しき人物と、何かヒロインなんだろう、髪のやたら長い女性とがしな垂れかかる様に抱き合っていて。
「…」
思わず、くちがムグムグする。
目をそらして。
…家族で、サスペンス映画なんか見ていて、突然始まるベッドシーン、固まる家族、
目をそらして新聞を読むフリをする父親、食い入るように見ている息子、慣れているのか気にしない母親。
なんて、そんな状況と似たような感じだな…コリャ。
「センセイ?」
耳元で、声がして。
ん?
振り向くと、ロイが、自分の指を俺に見せて。
「?」
なんだ?指が、どうかした…
「!」

ロイの指。
俺に見せ付けるように、だんだんと降下して行って。
俺のちょうど目の前あたりから、ゆっくりと降りて行く…から。
「待て、ロイ…」
そっと、俺の耳に唇を近づけて。
「キコエマセンヨ?」
「…こんなところで、なにを考えているんだ!」
耳元に言い返して。
俺の耳元への返事が来るかと思ったら。
近づいてきた唇が、俺の耳たぶをそっと噛んだ。
「…っ!」
ゾクリ、と、体中に電気が走って。
ソレが快感の束になって、下半身に終結する。

実際、今現在、このホールにはほとんど人は入っていなくて。
俺たちが鎮座している位置、上の方には他に誰もいない。
だから、と言って…!
ぺろり、と耳を舐める舌。
あわてて、頭を振って拒絶の意思を見せた。
「声、出しちゃ駄目ですよ」
耳元に囁く様な息と声。つい、それに痺れて、体の動きが強張って止まる。
俺の目線が追う指先。
ふ、と我に返って、その指を掴もうと手を出した。
かぷ。
「んっ!!!」
もう一度優しく歯を立てられて…
俺の手は、それに止められちまって。
その隙を付いたロイの指、もう、俺のソコに到達してて…
「ロイ、やめろ、ココを何処だと…」
小さな声で、たしなめる、けど。
ロイの返答は、舌先でのキス。
ベルトが開く感触がして。ロイの手をやっと押さえた。
押さえた、って言うより。
添えた、だけ…
止めるつもりが、俺の身体に無い、それは俺が一番よくわかってる。
ロイが、欲しがるから…
ナンデ、俺はいつも応じてしまうんだろう?
欲しがりなのか、それとも、単なる同情?
ロイが、独りぼっちに見えてた。
俺には。
それへの、同情?そんな同情、俺が持つなんて、らしくねぇ…
「センセイ…俺のコト大事にしないで」
…え?
「俺のこと、ナメてるでしょ。金持ちのボンボンだとか思って。」
「…ん…ッ」
言葉の節々で、俺の耳に細い息を吹きかけて来る。
言葉、返せねぇじゃ、ねえかよ…
下のジッパーが開かれて、指が、入ってくる。
肯定も、否定もできねぇんだよ。
…俺にだって、お前に対して持ってるこの気持ちがなんなのか、わかんねぇんだから…。
恋愛とかじゃない、
そう、行ってみれば、お前に構って貰いたい、…だってよぉ。
お前、おもしれぇんだもん、よ…
「…ぁ…っ」
指が直接絡んできて。
そんなにしたら、濡れちまうよ。
親指の腹で、裏をなぞり上げる、いつものロイのやり方。
「先生は、このやり方、好きなんでしょう?」
「…ン…み、耳元で、喋るなぁ…ッ」
「ふー」
「んんっ!!!」
細い息が耳から首筋に流れて、ロイの手を握り締めて。
映画、綺麗な景色写ってたり、
女みたいな男が写ってたり
笑ってたり
綺麗だったり
して、
こんな綺麗な映像目の前にして、俺たちいったい、なにして…
自分のしていることが、異常にいやらしく感じて。
…そう感じないほうが、麻痺してるのかもしれない、よな、ああ、そうだ、コッチのほうが正常な考えなんだ。
そう、正常…
「…ん…ぁ、あっ!」
「しー!」
「…お、お前が、強くするから…!」
うん、と、ロイがうなずいて。
耳元にもう一度口を近づけた。
思わず、次を予想して体が強張る。
しかし、耳に入ってきたのは小さな言葉。
「俺、先生の反応とか、空気とか、言葉とか、全部、楽しい」
「…?」
「俺を普通の生徒と同じように扱う先生はアンタだけ、だから気に入ってんの」
「…そ、っか…」

ロイの言葉にほだされて。
俺は、口元に手を当てて、他を全部ロイに委ねた。






映画館を後にして。
口の中、ムグムグさせた。
まだ、なんか残ってるような感じがする。
…ロイのやつ、あんなところで俺をイかせて。
イった俺も俺だと思うが、それを口で受け止めて、俺に飲ませるか?普通、よぉ。
売店で買っておいたミネラルウオーターで違和感を飲み下した。
「まだ、オナカなんか空きませんよねぇ?」
「…すくわけねえだろ」
「ですよね、センセイは今満腹でしょうから」
「…ロイー!!!」

大声、やっと出せて、
ついでに、蹴りも食らわせた。
それを受け止めたロイの脛、お、中々やるな?
やっぱ、映画館ってのは、声もだせねぇし動きにくいし、
俺にはあわねぇな。
「ふふ…」
「センセイ?」
俺も、お前といると、面白くてしょうがねぇよ。
先生扱いしなさすぎるのは、どうかと思うがな。
教師としてだけでなく、男として、人間として、
お前はいろんなこと、教えてくれるからな。
…余計なことも多いがな。

くだらない余分な考えはもう関係ねぇ。
面白いから、楽しいから、それが自分の信条だったこと、思い出して。
それがロイにある、ってことに、満足感を覚えた。


お前だけ楽しませてるわけにゃいかねえ。
俺なりの楽しさ、教えてやるから、とくと味わえ?
時間にして、3時。
…ちょうど、空(す)いている時刻だろうな。

いっちょ、連れて行ってやるか。
俺の行きつけの、スポーツクラブ。
体動かして、腹減らせば、それだけ後のメシが楽しみ、ってモンだろ?
「妙案ですね」
「名案だろ?」
「いいえ、ミョウアンです。」


…余計な言葉まで知ってやがる〜〜〜…