「スマン」

「…」
黙っちまったままのロイに、つい俺も黙っちまう。
機嫌が悪いのか、元気がなくなっちまって。
原因は、コレ。
俺の乗ってる車。RV系の車高高めの車、日産のテラノとか言うコイツ。
メシ…ロイの言葉で言うとディナーか、それを食いにいくということで、
パシフィックからそう遠くなかった俺の家から、こいつを引っ張ってきた。
それが間違いだった。
…俺が、普段ちゃんと整備してないのがいけなかったんだ。
しかし整備の知識なんかないんだが、いや、そんなのぁ言い訳にしかならねぇ。
ちょっとした住宅街の脇、川の流れる土手脇で車がエンストしちまったってワケだ。
一時は驚いてどうしようかとあわてていたロイも、
どうやらこの先の計画は不可能だということに気づいて、突然しおれちまって。
声をかければ多少はうなずいたり、顔を上げて作り笑いをしてみたりはしてくれるんだが。
俺も困っちまって。
あからさまに、そんなつもりは無いんだろうが「ふぅ」なんてため息が聞こえてきて。
う、プレッシャー…
仕方なく車を降りてボンネットなんか開けては見るものの、
コレがエンジンだろ、…
それでだ。
あー
…ううむ?
腕を組んで頭をひねるので精一杯。
よくテレビなんかは斜め30度の角度から殴ると治ったりするって言うが。
俺はアレで一度マジで壊したことがあるんでな、もう精密機械らしきものは叩かない事にしてる。
あん時はショックだったなあ…
と、天を仰いで。
…上がったままのボンネットの端から、助手席をのぞき見る。
所在無げに爪の表面を爪で引っ掻いてるロイは、顔を上げようともしねぇ。
楽しみにしてたのに、悪いこと、しちまった。
なんとか、ならねぇかな、せめてロイの気分だけでも…
時間はさっき車の中で見たときに7時を回っていたのを覚えてるから、それから多少進んだ程度だろうが。
しかし、今は3月。この季節の夕方から朝方にかけての時間ってのは、冷える。
車がエンストしてるわけだから、当然車の中の温度も下がっちまうだろうな。
…参ったな、こんなところでタクシー捕まえるわけにもいかねぇし、
修理屋でも呼ばないと、マズイか。
いや、とにかくロイを元気付けることが先だろ。

バム、とボンネットを閉めて、運転席に首突っ込んで。
「ちょっと待っててくれるか?」
「…あ、はい」
声に、元気がねぇな。
寒くなってきちまったし、どうしたらいいもんか。
自分の頭を冷やしがてら、辺りを見回して自販機を見つけてソコまで走った。
走ってる間は何にも考えられなくてよ。
自販機の前に立って、硬貨を入れてる間に、どうしようか考えた。
…どうする?
メシも食ってねぇし、ロイが言うには別にどこか予約してあったわけじゃなさそうだから、
問題は無いだろう、けどこの住宅街じゃ、見つかっても定食屋かラーメン屋だぞ。
ロイがウンというかどうか。
なんだか、わがままなヤツだな。
いや、悪いのは俺だ、と、頭を振って打ち消して。
硬貨を入れる手が止まってることに気づいて、
あれ?今いくら入れたっけ、と、投下金額の表示に目を走らせると
210円。
…俺はいったいなにを買うつもりでこんな金額入れたんだか。
10円足して、温かいコーヒーを買うと100円戻ってきた。
屈みこみながら、考える。
俺が元気な顔見せれば、元気になるか?
無理に元気なフリして見せて、それでナントカなるもんだろうか。
ロイが元気がねぇと、なんだか俺も元気がなくなっちまうな。

そもそも、俺の責任なんだから、俺が元気なトコ見せたら、あつかましいような気がするぞ。

ううむ。

投入金額110円。
おいおい、いつの時代だよ。
10円足して、もう一つ同じものを買って。

もと来た道を軽く走りながら、車にナビでもついてりゃこの付近の店でも見つけられたかもな、
なんて考えて、ふと気づく。
エンジン掛かんなきゃナビもへったくれもねぇ!

くそぅ。

…悪いこと、しちまった。

車までたどり着いて。
運転席を開けると、ロイが助手席にいなくて、あわてて見回す。
土手の柵から川を眺めてる暗闇の黄昏時発見。
「…ロイ」
「あ、センセイ」
「スマン、俺の責任だ」
さっきから謝りどおしだが、これ以外思いつかねぇからよ。
悪いものは悪い。俺はそれを認めて。
…それで俺は満足するかもしれんが、ロイは謝られたってどうにもならねぇンだよな。
くそ、俺はこういう時、どうしたらいいんだ?
手に持ってる缶コーヒーをロイにひとつ手渡して。
俺も、ロイの横に並んだ。
「…センセイのせいじゃないですから、気にしないでください」
「…ああ」
そうは言ってもな…責任感じちまうのは仕方ねぇ。
責任はあるわけだし、そもそも、ロイに元気がもどらねぇ。
パク。
缶コーヒーを開けて、熱いコーヒーをすすって。
ため息をつくと大きな白い息。
ハッ、と自分のため息に気づいて、あきれてもう一度ため息が出た。

ロイを見ると、何か考えているような、何も考えていないような。
俺の視線に気づいて、無理に笑って見せる。
「メシ、どこか食えるところ探すか」
「…あんまり食欲が無いんですが…あ、センセイお腹空いたなら…」
「…いや、あんまり」
そんな顔見てたら、食欲も出ねぇよ。
何か、元気付けられること。
俺に出来ねぇワケがねぇ、いつも元気にやってきたんだ。
でもなあ、俺だけ笑っててもロイは多分無理に笑ってくれるだけだぞ。
空を見上げて、指差して、星が綺麗だなぁとか言えりゃいいんだが
空を見上げて、雲がどんよりと立ち込めてて、明日は雨かな?なんて
元気が出る会話にもなんねえぞ。
お互いに、言葉を捜しちまってるんだろうか。

沈黙と、コーヒーを飲む音だけが響いて。

近くの家から、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
川の流れる音が大きく聞こえ始めて。
自分が黙ってることと、ロイが黙ってることに再度気づいた。

「なあロイ」
「…はい?」
「しりとりでもするか?」
「…しりとり?」

…さすがに、それは変か。
それとも、しりとり、しらねぇのかな。
川向こうの土手を犬を連れた男が歩いてる。
「あ、犬」
「…ああ、散歩ですね」

それだけ。

会話、続きゃしねぇ。
くそ、こんな時ぁどうしたらいいんだ。
頭をガリガリと掻いて、コーヒーを一気に飲み干した。
幸いなのか、車通りもほとんどなく、
いや、幸いなのか?
音があまり聞こえてこないから、間の持たせようもねぇ。

「なあロイ、機嫌直してくれよ」
「え?別に機嫌悪く無いですよ」

って、また作り笑顔。

川べりの草むらが風に吹かれる音が聞こえて。
肌に寒気を感じて、ロイのやつ、寒くねぇのかな。
「寒くないか?」
「少し」
「車に戻ろう、とりあえず、な」
「はい」

運転席に体を押し込むと、多少中はまだ暖かく、風をしのぐことくらいは出来た。
助手席のロイの手の中の缶コーヒーは、もう暖かそうな雰囲気は無い。
どうする?
どうしたらいい?
…ちょっと。
俺の頭に考えがよぎって、それはどうなのか、と自分自身に問いかける。
仕方ない。
仕方ないのか?
でも、ロイがもしかしたら、機嫌直すかもしれねぇ。

フロントに缶を置いて。
何か思いつめてる風のロイの顔を見た。
口を結んで、下唇を湿して。
息をひとつ吸って。
おもむろに、ロイの下半身に沈み込む。
「…センセイ!?」
「…」
突然で悪いな。
馬鹿なことやってるとは思うんだが、これ以外思いつかなかった。
ロイの腹の前のボタンを外して、布の奥から引きずり出すようにして。
「悪い」
それだけ言って。
手を添えたまま、先端に舌を這わせた。
「あ、あの、センセイ、ちょっと!?」
「…ん」
先の形をなぞるように舐めてから、そのまま口に含む。
「…あっ、」
ロイの手が俺の髪を掴む。
こんなことで誤魔化そうだなんて、俺もヤキが回ったよな。
他に思いつかないだなんて。
口元からあふれる唾液で、滑りが良くなってきて、一瞬ひるんで。
苦し紛れに、奥までくわえ込んだ。
「センセイ…、む、無茶しすぎですよ」
「んん、っぐ…」
わかってらぁ。
なあ、
ロイ、ちょっとは機嫌直してくれよ。
ロイの作り笑顔がやけにプレッシャーなんだ。

俺の髪を掴んでた指が、そっと俺の頭を撫でて。
「…どうしたの、センセイ」
聞かれても、答えられねぇよ。
添えた手で、根元を軽くねじってから、口から抜き出してもう一度舐めながら口の中にスライドさせてみる。
「…ん、っあ、センセイが、こんなことしてくれるなんて、信じられない、ん、だけど」
「…っは、」
抜き出して。
自分でするときみたいに、手の中で軽く愛撫して。
「ねえ、センセイ?」
ロイが呼ぶから、ちょっと顔を上げてロイを見た。
「…その目線、妙にそそるんだけど」
「…こんなことしか出来ねぇ、自分が情けねぇぜ」
「…センセイ?」
「…なんでもねぇよ」
ロイの言葉を振り切るようにして。
その行為に没頭した。
ロイの指が、俺の耳を探って輪郭をなぞる。
「…ん、っ」
「横向いて、舐め上げて見せて」
言われるままに、顔を横に向けて指で固定して裏から舐めあげ…
ロイの目線が、俺の口元を見る。
つい、舌を引っ込めた。
「み、見るなよ」
「んーん、見せて」
「…し、しかしだな」
「大丈夫、嬉しいよ」

その言葉に負けた。
もう、何でも見やがれ。
俺の舌も、してることも、全部、見てりゃいい。
それでお前が嬉しいって言うならよ、俺はそれでいい、なんて思っちまった。
犠牲心なんかじゃねぇ。
お前が嬉しいと、俺が嬉しい。
「じゃあ、センセイ、今嬉しい?」

ちょっとクルシイ。



「ふうー」
大きく伸びをして。
どのくらいの間だか知らんが、ずっと屈みこんでたわけだからな、なんだか背中がギシギシしやがるぜ。
時にして8時半。
すっきりした顔のロイと、気分転換ついでにその辺を散歩することにした。
俺の口は微妙にすっきりして無いがな…むぐむぐ。
腹もなんか微妙に鳴ってるし。

ぐぅ

「…」
「…」
「すいませんやっぱり俺オナカ空いてます」

な、なんだ、ロイの音か。
定食屋でも何でも、いいよな、この際。
それに、夜の散歩ってのも、たまにゃいいだろ?こう、すぅっと胸を通り抜けてく冷たい風の感じとかよ。
「猫みたいな気分ですねェ」
ロイがそう言って笑う。
「ちょっとは、元気になったみたいだな」
「そりゃ、センセイに突然あんなことされたら、心も体も元気になっちゃいますよ」
「…ううう」
「まあまあ、そう照れずに。俺が嬉しいとセンセイもウレシイ?」
「ま、まぁな」
照れ隠しに店なんか探すフリをして。
丁度土手沿いから一本入った道に、焼き鳥屋を見つけて、
「?」
と、指をさしたら、
「!」
と、輝いたから、ソコに入ることにした。
店は続きになっている家の持ち主が経営しているようで、
おそらくパートらしきおばさんと、店長らしきちょっと化粧のきつめの女主人が出迎えてくれた。
近所の住人がよく飲みに来るらしく、中ジョッキのビールがあちらこちらで噴煙を上げていて、
妙な活気に、引きずり込まれていつの間にか誰も彼も一緒になって。
ロイは抵抗があるかと思っていたが、「パーティー慣れしてますから」とか言いつつ、
軟骨と格闘しはじめた。
到底、ロイの言うディナーとか言うやつからは程遠い状態だが。

「車がエンコしちゃいまして、参ってたんスよ」
「そうそう、先生ってば古い車乗り回すから」
ロイが余計な口を挟んで。
「ああ、そりゃあ困るわなあ、おい、佐藤さん何とかならねぇかい」
「なんだい?」
「車がエンコしちまったんだと」
「あーそりゃ多分バッテリーだ、後で車回してやらあ」
「そりゃ助かる!いいんスか?」
なんだか、とんとん拍子。
こりゃ、近所ってのは、侮れねぇな、と。
「日本ってのは、いいところですネェ」
「おお、兄ちゃん話がわかるねェ」
ロイもなんだか、溶け込んでるし、

って、オイ!
「コラ!ロイ!その手に持ってるジョッキはなんだーッ!」
振り向いたロイの顔はもう赤くて。
ああー!教師失格だ、こんなこと許しちまっただなんて、俺の目は節穴か!
「センセ」
「なんだ!」
と、ジョッキを奪い取って。
「元気くれてアリガト」

耳元で。
ロイが笑う。

奪い取ったジョッキから、ビールを全部飲み干してロイの手に戻した。

「楽しいか?」
「ハイ、やたらと非常にビックリデス」
「そうかそうか、そうこなくちゃぁなぁ!」

ロイの本当の笑顔で、やっと俺も本当に笑えて、抜けるように気持ちがよかった。
誰かのつまんなそうな顔なんて、絶対に見たくねぇ。
それをナントカしたくなっちまうのは、俺の悪い癖だ。
生徒であろうと同僚の教師であろうと、なんだろうとほっとけねぇ!
「ってことは、元気の無い人にはみんなにシテあげるってことですか!?」
「するかー――――!!!!」
ロイと俺の理解しがたい会話の喧嘩に理解も何も関係なく、ギャラリーが沸いて笑って。
「お前が妙なこと言うから笑われただろうが!」
「ええ?俺のせいですか?えー?」
酔っ払いよろしく俺の頭をぺんぺんとはたいて、
その手を掴み返してゲンコツで頭をグリグリしながら焼き鳥を咥えて、
お、
「美味いよコレ女将さん」
「あらぁアリガトさンねぇ」
なんだかひっちゃかめっちゃかに盛り上がって。
「こんなのは久しぶりですよ」
なんて、女主人に言われちまった。
俺も、久しぶりなんだ。
コレだけ抜けたような気分になれんのは。

「センセイって本当に、元気だよね」
「そうか?ははは、それがとりえだからな、人間元気が基本だ、それがなけりゃ何にもはじまらねぇ!」
「…センセ」
「ん?」
ヤキトリ屋を後にして、近所のオヤジに車を回してもらう途中。
車を案内すべく、先導して歩いていた俺は上機嫌で。
ロイの言葉に、機嫌よく振り向く。
「気、使ってくれたんだよね」
「や、別に俺ぁ…」
まぁ、もともと俺の責任だしな。
お前が楽しそうなら、それでいいんだ、それで。
やっぱり、楽しいほうがイイだろ、俺はそっちのお前のほうが好きだしな。
「俺も好き」
「…う」
「ダイスキ」
「…か、勝手に言ってろ!」

…車のエンストは、いわばオヤジさんの言ったとおり、ただのバッテリー上がり。
エンジンだけかけてもらって、とにかくガソリンスタンドまでたどり着いて、
バッテリーを交換することで落ち着いた。
ロイが酔ったフリをするから、俺も騙されたフリをして家に泊めて。
楽しかったぜ、最高にな。

って、終わったわけでもねえんだよな、俺の目の前でロイがぐーすか寝てるってコトはよ。
ったく、手のかかる生徒だ。
こんなにハラハラさせられたのは久しぶりだ。
ある意味、腕が鳴るってもんだよな。

飽きさせんなよ、まだまだ俺はこんなもんじゃあないぞ?
期待させろよ、ワクワクして待ってっかんな。