体育館に座って、バイオレンスジャックを読む。
永井豪の漫画ってのは、善悪がはっきりしてなくっていいな。
どっちにも、理由があるからなぁ。
…われながら、難しいこと考えているな。

そうなんだよな。
理由があるんだよなぁ。
響子先生にも俺にも英雄先生にも。

無視してぇけど。

つうか、俺はこんなところでなんで漫画を読んでるんだー!?

…今日は1月の2日。
1月1日は家でごろごろして過ごして。
身体が鈍ったような気分になって、なんかこう身体も気持ちもすっきりしなくなって。
こりゃ、動いたほうがイイやな、と思って、
この今日、2日にノコノコとこんな所までやって来て。
バスケットボール投げてみたり走ってみたり、ストレッチしたり
体操やってみたりしたんだが。
頭から、どういうわけか、何か考えたい気持ちが離れないから。
体育館にくっついてる用務員室からこの漫画を引っ張り出してきて読み始めたと言うわけだ。
単なる、現実逃避だとわかっていながら。

いつも俺が手にしている竹刀、
武器を手にするのは、己の弱さをごまかすためだと誰かが言っていた。
俺は弱いのか?
強くもないと思うが。
弱くもないと思うぞ。
やる気はあるし。
元気だし。
ソレしかとりえがないし。
…生徒に会いてぇなぁ。

俺を求めてくれるモノ。
俺ががんばりたくなる理由。
生徒だからな。

俺が笑っていられる理由。
生徒だもんなぁ。

漫画の中の主人公は、迷うこともなく、生きる、笑う、怒る、理由は、自分の為に。
人を守るために。

漫画だよな。なんて。

…誰か、俺の教育が間違っていないといってくれないかな。

疑問に思っちまうことなんて、俺にだって…

「先生」
「!??!?!」

突然後ろから女生徒の声、俺は漫画みたいに飛び上がって、思わず持っていた本をばら撒いちまった。
だだだだ、誰だ突然!
っていうか、俺がこんなところで漫画なんか読んでるの見られたなんて、ちょっとコリャ恥ずかしいって言うか、
なぁ?!
振り向いて、相手の顔を確認して。
しかしまた、こんな日にこんなところに誰が…
…委員長?
「い、委員長か!驚かすなよびっくりしたなぁ驚いたぞ本当に!」
あわてて取り繕ったように笑って。
本気で、焦ったぜ…
ほかの先生じゃなくてよかったなぁ、なんて。
「先生、何読んでるんですか?」
え?
「あ、いや、いやいやいやいや、別に!」
「見せてください」
み、見ても面白いものじゃないってよぉ。
とにかく、片付けて…
委員長は、俺の横にさっとやってきて、ソレを手伝ってくれる。
彼女はとてもまじめで、がんばり屋で、いい子だ。
何でも出来ると言ったところか。
信頼も厚いし、それなりの事はやってのける。
こんな少女に、誰がいったいそんな期待をかけて、誰がいったいこんな風にしたんだろうな。
がんばる委員長の、その原動力ってのは一体どこにあるんだろうな。

「先生も漫画読むんですねー」
「あ、まあな、わはははははは」
笑って誤魔化しとこう。
いい大人が、しかも先生という立場の俺が、
しかも学校の体育館に忍び込んで
漫画、とはなぁ。
突っ込まれたら、答えようもないぜ…。
その答えようもないことを、俺もよくやったもんだ。
…まだ、俺は青春してたいのかもしれないな。
先生じゃなくて、生徒でいたいのかもしれない。

ただの、ガキ大将…か

委員長が俺の持ってる漫画を覗き込んで。
ぽそ、と「永井豪…」と読んだ。
「先生は難しいこと苦手なんでなぁ」
とりあえずもう一度誤魔化して。
「知ってまーす」
「え?」
「イイエー☆」
「???」
し、知ってるって、
結構委員長ってキツイ事言うんだよなぁ…
俺はわからなかったフリをして、もう一度誤魔化した。
単なる、馬鹿に見えるよな。これじゃ。

「先生暇なんですか?」
「身体がなまるからなぁ、休みの間ってのは」
コレは本音。
体中の筋肉が、酸素が欠乏する瞬間を狙っていて、
もっともっと痛めつけてくれってもがいてる。
右腕がちょっとうなったような気がして、腕をパン、と叩いた。

「暇なんですか?」
「おお」
暇と言うか、もてあましているような感じ。
「明日も暇なんですか?」
明日?
特に予定はないけど、やりたいことはあるな。
「そうだな、明日は朝起きてジョギングに行ってストレッチして」
身体動かしてないと、たぶんまたこの頭が何かを考え込もうとしそうだからな。
使わない頭ってのは発達しないって言うが。
頭使ってばかりだと、先に進めなくなるって事、俺は昔に身体で感じ取っていたから。
だから、運動ばっかりしてた。
もっと、先に早く進んで、もっと何かを見つけたかったから。
っと、俺は一体なんでモノローグってんだ。
天を仰いじまった俺を委員長はじっと見て。
「…」
あー、いや。
だから…
「そんでから、暇だなぁ」
俺がそう言うと、委員長がにっこり笑った。
なんだか、楽しそうだな。
やっぱり、誰かが笑ってくれるってのはイイもんだ!
とたんに元気が沸いてくる。
「それじゃ、初詣ご一緒しませんか?」
「へ?」
発言を確認するように、委員長の目線に視線を合わせた。
目が、「うん」とうなずく。
「先生が?委員長と一緒に初詣?」
もう一度、目が「うん」とうなずく。

綺麗な黒髪が、うなずきのたびに、さらりと肩から落ちる。
私服なのか、ちょっとぴったりめのピンクのトレーナーに灰色のコートを羽織って。
可愛いもんだな。
このくらいの年齢の時期は、服装や生き方を自分で探る時期だろうから。
こういう風に、俺が納得できるような位置を目指している子供と言うのは、やはり偏見かも知れんが
好ましい対象ではあるよな。
でも、何でその格好にカチューシャが赤なんだろう…
「駄目ですか?私まだ初詣行ってなくて、一緒に行く人もまだ…」
俺の考えもよそに、委員長が駄目押しの一言。
え?
ちょっとまて。
一緒に行く人がいないのか?
…委員長、一人で寂しいのか?こんな日に、こんなところに来るくらいだから。
人恋しかったのか。そうかそうか。
親じゃ満たせないって部分もあるからな、心ってのは。
なんか、こう、うれしさとやる気と、教育魂ってのがわくわくむくむくと膨らんでくるのを感じて。
「よーし!なら先生と明日行こう!な!走っていこう!」




委員長は俺の返事を受け取ると、かすかに笑って、
体育館をてくてくと出て行ってしまった。
もうちょっと話をしていたかった気もするな。
…こりゃ、俺も人恋しかったってコトか。
…響子先生に会いてぇなぁ。
…でも、それよりも、先生として生徒に会いてぇなあ。
もっと俺が輝けるように。
天井に向かって、こぶしを握り締めて。

…そう言えば、さっきの続きどうなったんだろう

いやいや、俺ってば不謹慎だね〜?
さっき読んでた巻はコレ、っと、
ぺらぺら。
ほー。
やっぱり、そうきたか。俺の読みが当たったな。ふふふ。
しかし、この主人公、体格がいいよなぁ
そうそう、この女性もかなりのナイスバディ…
「どわあああああっ!?!?」
な、なんだ!?
何で生の女性がバイオレンスジャックにぃぃ?!?!

漫画の間に、挟まっていた紙切れ。
驚いた拍子にまた俺は本をぶちまけちまって。
もそもそと拾い集めて、
もう一度さっきの紙切れを見る。

鼻血でそ…やめだやめやめ。

あー!!!

やめ。

もとあった場所にはさんで、誰の持ってきた漫画か知らんが
俺は何も見てない見てない見てない。
見てないぞー。

…もう一度見ちゃ駄目かなぁ

ってオイ俺。

漫画はやめておこう、なんだか身体に毒だ。
これから、また走りに行こう。
走ってるときの、風と、太陽の光の移り変わりと、
自分の呼吸の音、心臓の音
それを聞きに行って。

それが楽しみで、俺は何度でも走るから。

走ることは、何かを忘れるための手段じゃない。
そう、自分に言い聞かせた。