時間にして、あさの9時。
そろそろ学校にでも行くか。
今日は、委員長が誘ってくれたからな、初詣に行くことに。
…先生として、同行するだけだぞ。
委員長、もしかして先生に気があるとか…
様子から見れば俺にだって薄々はなぁ。
しかしまあ、とにかく流しておこう、と言うのが結論。
高校生の恋なんて、はやり病みたいなものだからな。
そもそも、恋されてるんじゃないか、なんて、俺の思い上がりかぁ?

なーんちて、
面倒なこと考えるより、
遅刻の方が面倒だからな、
委員長、その辺はうるさそうだしな。
そもそも、先生として、待ち合わせに遅刻するだなんてもってのほかだろ?
たんすを開けて、っと。
結構マメだろ?ちゃんと服は定位置にしまっておく癖があるんだ。
親に散々言われていたについたものだが。

パジャマを脱いで、うん、と伸びをして。
あー、体中の筋肉に血が巡る感触ってのはたまんねぇなオイ。
自分の身体から生命感じられる瞬間っての?
ん?病的?そ、そうか????

どうせ走るしなあ、その後委員長に会うわけだし
ジャージでいいだろ、いつものカッコで。
っつぅか、ほかに俺はスーツしかもってねえんだよな…
薄い赤みがかった茶色と紫が混じったような、なんかちょっとカッコよすぎるやつ。
あんまりおちつかねぇし、着るときは上は着ねぇでズボンだけはいて、
白シャツネクタイ、んで、いつものピリリーって、笛、な。

とにかく服に袖を通して。
腕に力を入れると、ピン、と筋肉の張る感触。
俺、いつの間にこんなに鍛えてたかな。



学校までは車で行くことにした。
俺にも罪悪感があるって言うか、
なんだ、こう、委員長と二人でてくてくと歩いてる姿を誰かに発見でもされたら
…面倒といえば面倒だろ。

シトロエンのワゴン、これ、親のお下がりなんだけど、ずっと乗ってる。
俺のガラじゃねぇんだけどなあ…
もっとこう、RVとかよ、どっか突っ走っていけそうな…
突っ走るなら、自分の足で十分か。

学校の駐車場に車を入れると、
俺以外にも学校に誰かが来ているらしくって、もう一台車が置いてあった。
コレ、誰の車だっけ…
うーん。
車と人が一致しない場合、これはその相手に対して失礼なんだろーか。

まーいいか。

ジャージにタオルを引っ掛けて。
さて、委員長が来るまではまだ一時間半ちょっとあるな。
走るか。

駐車場は学校の裏手。
其処から、学校の裏手をぐるっとまわって校庭のほうへ…

「ん?」

学校の横には、植え込みがあって。
そこで、なにやら怪しい男が!
侵入者か?
…俺もいわば侵入者のようなもんか。
肩に担いだ竹刀で、地面をドン、とたたいて。
相手の素性でもチラッと調べさせてもらおうか。
ここのところ、イロイロあったからな、学園内に歓迎できない人間が入っている可能性だってある。
…ちょっとだが、気持ちが燃えた。
もし、敵なら、ここで喧嘩か…

俺の竹刀の音にも気づかないのか、男はじっと座ったまま、なにか地面をほじくっていて。
「…何をしているんだ?」
「ひえ?!」
あからさまに驚いて顔を上げた主。
「おおお、小笠原先生!?」
「あ、はい、おはようゴザイマス…明けましてオメデトウでしたか」
「ああ、そうでした、アケマシテオメデトウゴザイマス!」
小笠原先生は、理科の臨時教師をやってくれている先生で。
俺の苦手科目の一部…を教えているところから、会話とかはけっこうしずらい。
俺が笑って話しかけても、こう、なんつーかね。
ひっそりと笑って口を開けたまま笑い顔みたいなの作るだけ、の先生でよ。
背は高い、俺より…198くらいあるんじゃねぇかな。
細身で、ひょろいっていう表現が似合うようなタイプ、
無論メガネなんかかけてて。
顔も細目だな。理科と言うよりは、どこかの科学研究所の職員みてぇで。

面倒な人に声かけちまったなぁ。

「いやあ、隼人先生はお元気ですなぁ」
「俺の健康のバロメーターのようなものですから」
「そうですかそうですか。いいですねぇ」

年は対して俺と変わらないはずなのに、なんかこう、ふけて見える。
勉強が出来るってのはすごいと思うぜ実際。
俺、できねぇもん…実のところ、な…
生徒にばれたら馬鹿にされんだろうなぁ。
ふときづくと、小笠原先生が俺の事をじっと見ていた。
「?どうしました?」
「いいえ、いい身体だなと思いまして」
「…はは、これしか能のない体育教師ですから」
「またまたご謙遜を」
「謙遜じゃねぇっすよ、ヤダなー」
ぱたぱた、と手を振って。
っていうか?
「小笠原先生は何してたんですか?」
「いや、ちょっとミミズをネ」
「ミミズ!?」
「はい」

…やっぱ、理科って俺の理解できない部門だぜ…

「隼人先生」
「はい?」
「いい身体ですなぁ」
「はぁ」

何度も言わなくっても。

「あこがれるんですよね、僕は細いですから」
「え?俺太ってますか?!」
あわてて、自分の腰周りを確認して。
「いえいえ、そうじゃなくて、筋肉がないんですよ僕は」

いってみりゃ、鍛えるのは俺の趣味でもあるしなー…
たしかに、いうとおり。
小笠原先生は、筋肉のキの字も見つからないような身体。
「特に腹筋とか割れてみたいですよね、仮面ライダーみたいに」
仮面ライダー、って…苦笑。
ん?
なんで、
おれの、
腹筋撫でてんだかこの人。

「あのー…」
「あ、スミマセン隼人先生!ついつい」

つい、やることじゃあんめーよ。

「隼人先生」
「は?」
「もう少し触らせていただけませんかねぇ?」
「はぁあああ?!?」

なんなんだこのヒトー!!?
この理科の教師、学校内でもちょっと変わった人間ってんで有名。
変わってんのは知ってたけどなぁ〜…
ふぎゃう!
「?」
異音に振り向くと、校舎の曲がり角にある鳥小屋の前に猫が。
「こらー!」

駄目だぞいじめちゃ!
俺はとっさに駆け出して、竹刀振り回して。
猫は、飛ぶようにその場から逃げ去って。

あ。
と思って、振り向くと、向こうの方で小笠原先生が苦笑してた。
話の途中でスミマセン。
ですがいい機会なので、このまま逃げることにすっか。
「それじゃ俺これからちょっと走りますんでー」
「あ、あのう」
「さようならー」

あやういあやうい。

そのまんま、校庭の周り走り始めたら。
向こうの方で見てるー!!
目線があったら手を振られて。はははははは、と振り返した。
変な、先生だなぁ。

竹刀はスタート地点に目印代わりに横にしておいて、
ダッシュじゃなくて、耐久力勝負のような走り。
どうせ30分から小一時間走ることになりそうだし。
委員長が来るまで、本気で暇だし、よっしゃ、耐久いくぞ!

軽い足取りで3〜4週目を回り始めた頃。
ふと気づいて、学校横に目をやると。
「…なんで見てんだろうな」
小笠原先生が、細くて長い身体を折りたたんでしゃがみこんでこっちを見てる。
校庭をクル、っと回って先生のほうの一番近くまで走って。
そのまま、足踏みしながらとどまって、声をかけた。
「俺見てて面白いですか?」
「イヤー実に」
やっぱ変。
走り出そうとした俺を引き止めるように言葉を続けて。
「慣性の法則と摩擦と、重力から来る垂直の重さを分散させるというか」
「?????????????」
「簡単に言えば、隼人先生の自分の体重とそれを運ぶための速さを作り出す筋肉とのバランスが」
「?????????????????」
「いや、もっと簡単に言いますとぉ、ですねぇー」
む、難しい…
普段の会話がこれじゃ、変人とうわさされてもしょうがねぇのかな?
別に悪い人じゃねぇんだけどなぁ。
仕事熱心だし、俺に弁当の残りくれるし。
嫁さん貰ったらしいんだけど、ずいぶん前に離婚してて、嫁さん側に子供がいるとかいないとか。
自分で弁当作ってんだろうな。
美味いんだ結構。

しかし、自分の走ってるフォームを分析されると、
妙に照れると言うか…。
全身くまなく目で舐められてるみたいな妙な気分だぜ。

「うーん」
「い、いいですよ、無理に俺にわかるように考えなくても」
「そうですなぁー」

マイペースだなぁこの人。
「そうだ!」
「は?」
「そうそう、実にいい感じ、と言いますか、そんな感じです」
はぁ。
簡潔すぎて今度はまたよくわからなくなってきたんですが。
「小笠原先生も走りますか?」
とんとん、と軽い足踏みを続けながら。
やー、と頭を掻いて、小笠原先生の一言。
「僕は重力に逆らって前に早く進むことは困難ですから」
「???」
よ、ようするに、
早く走れない、って言いたいワケか?これは?
「あのう」
「はい?なんすか?」
「……」

俺の目をじっと見て。
「…」
「ンじゃ俺、一周してきますんで、走ってくる間に考えといてください、ねっ」
「あっ」
追おうとした手に気づかないフリをしてそそくさと走り出した。
ちら、と振り向くと、
おー、考えてる考えてる。
スタート地点の竹刀をぴょいと飛び越えて。
さて、もう半周回れば小笠原先生んトコ。
「あのですねー!」
俺がその場に到達する前に、先生が口を開いて、珍しく大声を出した。
「なんすかー?」
「僕にも慣性の法則があればなぁって思うんですよねぇ」
「は?」
「こう、つい勢いでそのまま滑って行っちゃったみたいなズベーって、どうですか」
「?????はぁ」
「どうですか」
「わかりません俺には…」
「そうですかソレは残念だならば次」
「もう、いいですよぅ」
「いけません」
「いいですってば」
「ちちちちち、僕の気持ちが治まりません」

…変なヒトー。

「俺、また走ってきますから」
「僕は職員室へ行きます」
「そ、そうですか(やっと開放される〜!)」

ぶつぶつと何かつぶやき続けながら、
小笠原先生は俺を尻目にゆっくりと歩いて、校舎の中へ消えていった。
最終的に先生の言ってることは俺には理解できなかったなぁ。
俺が頭が悪いのか、
いや、アレは誰でもよくわかんねぇんじゃねーかなぁ

慣性の法則があれば、なあ、か。
慣性の法則ってのは、アレだろ、ボール転がしたら、そのまま転がっていくってことだろ。
ん?
車が止まったときに、中の人間だけちょっと前に傾くとか。
ああ、ソレだよ確か!俺スゲー!

そうだよなぁ
俺にも慣性の法則があればびくびくしねぇで響子先生に告白ーなんて出来るかも。
勢いでそのまま滑って行っちゃってズベー。か。
うわあ。
理解しちゃったよ。
そっか、勇気があれば、ってことか。

頭使いすぎて脳みそ沸騰しそうだぜ…v

でもなんで俺にあんなこと言うかな小笠原先生も。

アーもう駄目だ限界だ。
なんも考えねぇで走ろ。



その後、俺が校庭を十週ほどした頃。
校門から入ってくる少女、校門裏の塀に寄りかかって、うなだれてるのが見えた。
アレ?
委員長?アレ?校舎にくっついてる時計見たら、
約束の11時よりきっかり30分前。

こんな寒い日に、そんな塀の影にいたら寒いだろうになあ。
俺も身体もあったまってきたし、丁度いい。
「委員長、もう来てたのかー」
俺が、委員長に声をかけると、委員長がめちゃくちゃ驚いた顔で俺を見た。