俺の顔見て、委員長は驚いた顔で。
「な、何やってるんですか」
見てわからないか?
ジョギングしていたんだが。
ああ、こんな早くにここで走っていたから驚いてるのか。
「ジョギングの場所ここに変えたんだ、っと」
ランニングってのは途中で突然止めると身体が重く感じるからな。
ちょっとの間、立ち止まったままトントン、とその場で足踏みをする。
「ふぅ、おはよう」
「おはようゴザイマス」
委員長、あからさまに妙な顔をしてやがるな。
だーかーらーよー。
「待ち合わせに遅れるのは教師として、なぁ」
俺の言葉に、納得がいったのか、ふむ、と顎に手をやってうなずいた。
委員長、妙に大人びたっていうか、老けたことたまにやるんだよな。
学生は学生らしく!
元気に楽しく健康に気合入れて生活してりゃ一番なのによ。
おっと、竹刀。
委員長の目の前からユーターンして、竹刀を取りに走って、もう一度戻ってきて。
なんだか俺、棒を拾いにいった犬みたいなことやってんな…
戻ってきた俺に向かって委員長が腕組み。
「先生、本当に走っていくんですか?」
ん?いけないか?
…遠いか?やっぱり。
近い場所でも恋愛神社と根性神社。
其処にはちょっと行きたい気分じゃないしな。
理由なんて、どうでもいいだろ。
…近場だと、知り合いに見付かって変にかんぐられてもいやだしな。
「っていうか、委員長。」
「はい?」
「ほかに誰も来ないのか?」
「はい」
…やっぱりなあ。
それじゃ、二人きりになっちまうんだろうから。
響子先生にどこかで会っちまったら、なんと言い訳したらいいものやら、ってな。
…もう、響子先生の気持ち知ってるくせに、俺もあがくね。
いーんだ、人間気持ちに素直に生きるのが一番だ。
誤魔化すなんてそんな半端なことしてたら、俺が廃るぜ。
しかしなあ。
やっぱり、大勢でワイワイ行った方が楽しいのは本当だ。
二人か…
「そりゃさみしいなぁ」
「…でも」
「ん?」
足踏みをやめて、うつむいた委員長の様子を伺う。
何か、考え込んでいるようで。
「あ、あの、そう、私先生にだけ相談があって!」
「相談?…俺に?」

コクリ、と委員長がうなずいた。
いつも勝気で、悩みなんか人に話さなそうなタイプだからな。
よっしゃ、悩みなら任せとけ!
元気出せよ、って気分で。
頼られるってのもうれしいしな。
先生の醍醐味ってヤツだな。うんうん。
「よっしゃ、俺の胸でいくらでも悩め!」
目いっぱいの俺の笑顔、見せてやった。

委員長が自分の子供を見る母親みたいに笑ったけど、まあソレも笑顔のひとつだ、
よしとするか。



特に掃除も洗車もしてない車だけどな、
まあいいか、
「乗っていいぞ」
「え?!いいんですか?!」
委員長は喜んで、運転席側に。
ぷぷ。
「はっはっは、これはスマンが外車なんでな、免許のないやつに運転は任せられんなぁー」
「は、はやく言って下さい!」
小走りに、助手席側に向かって。
扉を開けてやると、ぽふん、と乗り込んだ。
ソレを見届けて扉を閉めてから、自分も運転席に座り込む。
「よーし、どこ行くか」
「あ、あの」
「ん?なんだ?リクエストがあればバンバン受け付けるぞ?」
悩んでるみたいだし元気もないし。
俺が何とかしてやれればいい、とそう思うだろ、教師としてはよ。
「隣町の神社まで行きたいんです」
「隣町?」
「はい、護国神社って言う結構大きめの神社で…」

「ああ、其処なら知っているなあ。」
「え?そうなんですか?」
「最近は行かなくなったが、よくあそこの境内で素振りをしてたな。」
へー。と、委員長がうなずいて。
なんか予想以上に納得されてるな。
まあ、たぶんどの生徒にも思われてることだろうが
俺は常に身体鍛えてるんだろう、とでも思ってるんだろう。
うーん。正解なんで、文句も言えんし意見もねぇな。
フル、と身体を震わせた委員長のために、窓ガラス、締め切ってやって、ちょっとだけ暖房入れて。
信号待ちで、ちょっと屈み込んでふくらはぎを揉み解した。
護国神社か。懐かしいなぁ。
「…そういや、あん時もあの裏の林から小笠原先生が出てきたな…」
「え?」
あの時手に持ってたビニール袋の中身、結局聞かなかったけど
アレも多分ミミズだな。
理科ってのは釣りの餌探しみてぇなことすんだなあ。
「ああ、いやいや。」
おかしな顔してる委員長にパタパタと手を振ってさえぎった。
信号が青になり、また車を走り出させる。
いい天気だな。
言おうかと思って、委員長をチラッと見ると、何か考え込んでいて。
邪魔しちゃ悪いか。
相談があるっていうくらいだ、何か考え込むのも無理はねぇよな。
でもあんまり考えこまねぇで、身体動かしてすっきりしちまった方が…。
うつむいていた委員長が、ガバ、っと顔を上げて。
ぐ、とこぶしを握り締めて、口を一文字にして
両手を組み合わせてモニモニともみ始めて。
悩んでるやつの行動ってのは、不思議なモンが多いんだろうか。
教育心理学ってのも大学のときに習ったが、こういうケースは初めてだな。
首をかしげた委員長の頬が、赤く染まっているのに気づいた。
「どうした委員長?顔が赤いぞ風邪か?」
「い、いいえ!」
俺に見られていたことに焦りをあからさまに見せて、手をばたばたと振ってその手をしまって、ニコー。
…大丈夫か?本当に。
そのまま前を向いた委員長、少しほっといてやるか、前を向きなおした途端。
クス。
と、含み笑い。
「委員長?」
「ス、スミマセン!」
「ははは、どうしたんだ突然謝って」
「あ、いいえ…」
俺の顔見るなり真っ赤になって。
おいおいおいおい。
恋の悩みだったら、俺より、響子先生とか、パシフィックのロイとかよ、
アッチの方が詳しそうだと思うんだがなー…
俺だって恋したことねぇわけじゃねえぇどよ。
実ったことがほとんどない俺に意見求められてもなあ。
いやいやいやいや!生徒が悩んでるんだ!
俺の心意気全部見せて、気合で接すれば恋も愛も実るはず!
…自信?
ねぇ。
けど、考えてるだけでもどうにもなんねーし…
元気、出せよ。
がんばれよ。
いいトコ見せろよ。
俺は信じてるぞ、委員長は大丈夫だ、って。
そう言う目で、委員長に笑いかけた。
「な、なんでもないんです」
そう言って笑い返す。
その笑顔が逆に心配なんだがな…。
無理、してるんじゃねぇかな。
がんばりすぎてるとか。
気合入れすぎて漏れちまったとか。
委員長も女の子だモンな…
か弱い部分もあるってことか。
その辺を認めろ、って、響子先生にしこたま怒られたこともあったな。
顔、まだ赤いな。
信号で止まったのをいいことに、
熱でも、あったら困るからな。っと、その額に手を乗せた。
「…!」
うーん?
「熱はねぇなあ」

うつむいて顔を上げなくなっちまった委員長。
女心ってのが、俺にはわからない。
だから、響子先生も…
俺は優しくないのかな。
一生懸命やってんのに、いつも響子先生には怒られてばっかで。
それについ、俺も反発して俺の生き方なんて見せちゃって、
それでまた怒られて。

それでも、俺は俺の行き方、やり方を信じるしか出来ない。

疑問なんか持ちっぱなしだよ…

いやいや、がんばれ俺。
そう言い聞かせて、真正面を向き直って、目に力を込めて、一息、強く吐いた。