「ロイ、俺と手合わせしてみねぇか」
一週間ぶりに会った隼人先生からのはじめの一言。
先生とは、もう結構な付き合いになるけど、確かに手合わせ…いわば戦ってみたことはなかった。
今日…金曜なんだけど、は、泊まるつもりで、来てた。
だから、隼人先生に体育館に呼び出されたときはちょっと面食らったけど。
うん、面白そうですね。
「いいですよ。後悔させてあげましょう」
二つ返事でオッケーして。
体育館のやけに光るフローリングの上に、シューズの裏を軽くこすり付けて構えた。
直立したまま、俺を見てる。
隼人先生が結構強いというウワサは、聞いたことがある。
でも、実際戦っているところをみたことはなく、ボーマンからちょっとした情報が入っているだけ。
それはおそらく、隼人先生にしても同じことだろうから、情報としては、俺のほうが有利か。
隼人は構えも見せずに、俺を見てるだけで。
「やる気、あるんですか?ちょっとー」
「…あるさ」
「…あ、そだ、なんか賭けましょうよ」
「賭け?勝ったらどうとうか、ってヤツか」

俺が提示したのは、まあ、賭けても賭けなくても同じことなんだけど
俺が勝ったら一晩俺の言うこと聞いてくれること。
「…ふん」
俺の言葉に、鼻を鳴らして笑って見せて。

ハヤト?
…なんだろう、様子が変な気がする。
「センセイ?どうかしたんですか」
「…いや、別に何でもねぇ、じゃあ俺が勝ったら、」
「勝ったら?」
「…そうだな、俺のことを呼び捨てにしない、タメ口を利くな」
「…キツイね」

先生は、別にいつもどおりに笑ってて。
でも、妙な威圧感があって。
なんだろう。
何か、あったのかもしれない。
だから、俺と戦って気分でも紛らわそうってのかな。
また、キョウコだったりして。
「キョウコと何かあったんですか?」
含み笑いをこめて、そう言葉をかけても。
流し目でさらりとかわされただけだった。

「なんだか知りませんが、行きますよ!」
だんだん、俺もむっとしてきたよ。
なんなんだよ。
なんで、何も言わないんだよ?
何かあったなら、またどこかの居酒屋でクダ巻いたり、どっかの土手を全力疾走してたり、それが先生じゃないか。
バン、と足を踏み出して。
隼人の構えが一瞬引くのを見て、速攻で間合いを詰めてまずは様子見でストレートを出してみる。
パン、という感触を予想したのに、隼人の体はそれに反して不意に沈んで。
軽く飛んだ足元の下を隼人の足払いがすり抜ける。
「チっ」
いったん間合いを広げようとした途端、竹刀が目の前に落ちてきて。
肩を強く強打されて、ひるんだ。
「う、っ」
隼人の竹刀さばきに翻弄されて、近くによることも出来ない。
「クッソ…」
「どうした、もう終わりか!」
「甘く見ないでくださいよ!」
「…だったら一発くらい当ててみろ!」

言うね。

わかったよ。

俺に、殴られたいわけ?

振り下ろされる竹刀に突進して、竹刀ごと隼人にタックルをかました。
よろめいた体を突き飛ばして自分ごと転げ落ちる、その瞬間に鳩尾に強い衝撃を感じて俺は仰向けに倒れていた。
「ぐ、っは」
隼人の蹴りがモロに入って、胃液が逆流する。
「…っ、ぐ…何で、そんなにマジなんですか」
「…うるせぇ、もう終わりか!」
屈みこんでいる俺の元に、隼人が歩いてくる。
近くまで来たのを確認して、倒れこみながら横腹にキック一発を入れる。
「ッ、この…!」
「なにがあったか知らないけど!」
そのまま転がって後ろのに回りこんで、もう一発。
「…ッぅ!」
振り向いた隼人の竹刀を掴んで引き寄せて、腹の奥に力任せにパンチをねじ込んだ。
まだ、まだ油断しちゃいけない。
そう感じた俺はかがみこんだ体、その後頭部に両手をたたきつけて。
倒れこんだ隼人に気づくまで、拳を和らげたりは出来なかった。

「…油断した」

「…なんで、そんなに戦いたいんですか?」
「どうでもいいだろうそんなことは!」
「何で立ち上がってくるんですか?もう終わりにしましょう、今日のアナタなら、誰でも勝てる!」
「…うるせぇ!」

体を起こした隼人の目。
俺を見てて。
なんで、ねえ。
何でそんなに苦しそうな顔、してるの?

竹刀、ぶん投げて。
体育館の隅まで転がって行った竹刀を目で追った瞬間、隼人が動いた。
鈍い。
「それじゃ当たりません」
「…く、っそ」
「どうしたんですか!もう、やめましょう!」
「黙れ!負けてたまるか!」
「そんなに俺に抱かれたくないんですか?!」

「…わかんねぇんだよ!」

掴みかかってきた隼人のパンチを手で受け止めて流して。
「…嫌いなら」
「くそぉ!」
「嫌いなら、そういえばいいじゃないですか!」
「うるせぇ!」
中断蹴りを脛でガードして、続いて襲ってきた回し蹴りをしゃがみこんでひじで受け止めて、
重い…!
「ねえ、ちょっとどうしたんですか!」
体ごとぶつかってくる隼人を体で受け流して
隙のある部分にはすべてパンチを入れて返した。
「…っく、っそ、俺は、」
隼人の攻撃が鈍る。
俺はソコに容赦なく攻撃を入れ続ける。
「俺は、教師なんだッ!」
「知ってますよ!」
「だから!」
パァン。
隼人の力任せの、めちゃくちゃなストレートを両手で掴んで、捻りあげて体重で押しつぶした。
「ぐぅ、はッ…!」
うつぶせに床に押し付けて、その上に馬乗りになる。
片腕を捻り上げているから、無理には動けない筈だ。
「…クソ…負けて…たまるかよぉ」
「…わかんないよ、先生の考えてること」
捻り上げてる腕を無理に外そうとして、その激痛にもがいて。
どうして、そんなに苦しむの?
わからないよ。
突然すぎるよ。

「わかんねぇんだよ…俺にも」
「…先生?」
「わかんねーンだよ!お前に抱かれてて、いつも後で思うんだ、コレでいいのか、って、いつも思っちまうんだ!」


そんなの、
俺に関係ないよ!
気がつくと。掴んだ腕を、強くねじり上げてた。

「う、うっぐ…ぁ」

「痛い?離して欲しければ負けたって言いなよ!」

「いや、だ」

「どうして?」

「一人の人間である前に、教師なんだ、それを、ゆず、れる、かぁああああっ!!!」


捻った腕を無理に俺から引き剥がそうと、力任せに体をねじるけど。
「あ、っぐ…!」

痛みに顔をゆがめて。
自分の肩の痛みを抑えるように、片手で押さえて、

「抱かれるのがイヤなら、そういえばいいじゃないか!」

そうだ。
そう、一言言ってくれればイイ。
そうすれば、俺は多分、もうあなたの目の前にわざわざ来たりなんかしない。
腕を引き上げながら、その手首に噛み付いた。
「…----!!」
ガン、と額を床に打ち付けて。
もっと痛がってよ。
俺の気持ちのほうが、もっと痛いんだから。
今までなんで言わなかったの?
何で内緒にして一人で考えてたの?
隼人先生。
俺は、何の役にも立てずに、逆にあなたの重荷になってただなんて。
そんなこと。
今更気づかされて、俺がどんな気持ちだと思ってるんですか?

「…抱かれんのが嫌なわけじゃねぇ」
「…え?…なら、なんで…」
「ずっと教師として生きてきた、俺ぁずっと」

ソコまで言って、苦しそうにうめくから、手を離して開放した。
力なく床に落ちた手が、かすかに震えてる。

もう片方の手を床について、体を起こして。

まっすぐな隼人の目が、俺を見た。

「教師の生き方以外、知らねぇんだよ。」
「教師の生き方?」

隼人にもう戦意が無いのをみとめて、俺は少し離れて膝をついた。

「教える側として、手本にならなきゃイケネェ。わかるか、手本だ。」
「…うん」
「うん、じゃねぇ」
「はい」
「…こんな話、してて俺はおかしくないか?」
「え?」
「なんだかな、自分で違和感があるんだ、こんなこと、人に話したことなんか、無くてな」
「…違和感なんか、無いですよ」
「なんだかな、俺の中で、教師ってのは誰かに頼る存在じゃなくて頼られてナンボの存在のような気がしてる」

そうだね、
隼人はそんな感じの教師だ。
なんか、頼っちゃうんですよね、だから抱かせてもらえる気がしちゃう。
俺も甘えすぎてたのかもしれない。
…反省、すべきなんだろうか。
「そんな感じの教師?…そうか?」
「そうですよ」
「そっか」
「はい」
「…そうだったのか」
「…???」
「痛って…」
自分の肩を強くおさえて。
謝ろうとして声を出そうとしたら、俺の噛み付いた手が、俺の言葉をさえぎるようにかざされた。
思わず、息ごと言葉を飲み込む。

「…スマン、俺の身勝手なことにつき合わせちまったな」

そう言って、隼人が笑った。
やさしく、謝るみたいに、笑った。
駄目ですよ。
そんな顔しちゃ。

「気持ちが飛んでたとは言え、負けたんだ、好きにしな」

そんなことも、言っちゃ駄目です。

「なら、なんて言やァいいんだ?」
「抱いて、って言ってください」
「…」
…やっぱ、駄目ですか。
「…」
いいですよ、無理に…
「抱け」
「は?」
「抱けといってるんだ」

そ、そんな横柄な。

ずい、と迫られて、あわてて体を引いた。
隼人の顔が、イタズラそうに笑う。
「…わかったぞ、俺は教師だな?」
「…え?」
「…迷ってンのが気に入らなかったんだ、もう迷わねぇ。俺は教師だ、だろ?」
「ええ、かなり教師です」
「…なら、手本にならなきゃな」

って。
俺の前で、汗に濡れてたジャージの上着を脱いで。
シャツまで、簡単に、そんな…
「あの、先生?」
「…呼び捨てにしたら、百叩きにするぞ」
百叩き?!
「わ、わかりました気をつけます」
「悪いな、ロイ」
「え?」
「…お前がいっぱしの社会人になるまでは…俺は教師でいたい」

そう言って、隼人が笑った。
綺麗な漆黒の瞳が、俺をまっすぐに見てる。
まっすぐに。
人間なんて、みんな同じだと思ってた。
隼人は、自分の生き方を明確にした。
だから、俺はそれを尊重するべきだ、って。
人間なんて、みんな違うんだ。
…はじめて、そんな簡単なことに気づいた。

隼人は教師。
俺は生徒。

その前に一人の男である、なんてコトよりも。

あんたの生き方、カッコイイよ。
なんだか、惚れ直しちゃうじゃないか。

こんなでっかい手本、見せ付けられて、生徒がどうなるか、楽しみに見てなよ。
俺は、多分、スゴイものになってやる。
隼人が、驚くくらい。
先生が、俺に憧れちゃうくらい。そんな人間になりたい、だなんて、思わせるなんて。

「先生」
「ん?」
「…抱かせて」
「…抱けよ」
隼人先生の首に腕を巻きつけて。
その黒髪に、顔を埋めてから、唇にそっと触れた。
「いーんですか、こういうのは」
「コレはお前の授業だろ?お前が俺に教えてくれる、ってはじめに言ったの忘れたのか」
「…はは、先生も、わかんない人だな」
「いいなら、いいんだぞ?」
口を尖らせるから。
顎を取って、もう一度唇に触れた。

舞台のソデに隠れて。
隼人…隼人先生の息が上がるのを聞く。
汗の浮いた肌。
そっと、撫でて、大丈夫?って何度も聞いた。
そのたびに、頷いてみせるけど、多分、大丈夫じゃないんでしょ?



俺の知ってることは何でも教えてあげる。

だから、もっと色々教えて。

抱きしめて。
体を包む無駄の無い筋肉に、指を這わせて。
もっと、アナタの中まで…





いわば、アレでしょ。
なあなあの恋人関係、なんて、そんなどこかのドラマで聞いたことのあるような、
ただのわがままの擦り付け合い。そんなモノ、清算して。
もっと、もっと刺激のあるもっとすばらしい関係に、なろうよ。
実は、一瞬でも『離れた』って、思っちゃいそうになったけど。
「くだらねぇ馴れ合いじゃ、お前が成長できねぇだろ」
って。
言うよね。
ちゃんと、勉強もして、成長するから。
ねぇ、隼人先生。
いつか、俺に向かって俺のこと、憧れだ、とか、言ってくれないかな。
「ん、まあ、どうかな?お前次第だ」
先生だって、誰かに頼りたい。
それはまだ俺じゃ駄目なんだ。
もっと、もっと経験して、そしたら。

そしたら、ねぇ、
憧れだって。
…きっと、悩み無しに、ねぇ。
言ってよ。
言ってよね。




寂しくなんか、無いよ。



…コレは、失恋じゃないよね?



…ねぇ








「恋だったら、とっくにしてるさ」



…俺の気持ち



「でもお前の生き方、こんなところで足止めしたくねぇ」




俺の気持ちはそのまんま先生が受け止めて抱きしめて笑って




「こっちも弱味だ、しょうがねぇから待っててやる!早くしろよ?」




当たり前ですよ!我慢しないで、今日みたいに我慢なんかしないで。
我慢なんか出来なくて抱きつきたくなっちゃうくらいの男、ってヤツ、俺が見せてやりますからね。
もー惚れちゃいますよ絶対。




あ、つけたし。

   『今よりもっと』

惚れちゃいますからね。





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