俺の住んでるマンションの前の空き地、芝生が植わっていて
一種の広場のように整備されている。
よ、っと、そこに座り込んで、前に伸ばした足を開脚させた。
そのまま、体を前に倒して前屈する。
足を揃えてちょっと膝を曲げてから前屈すると、腿の裏側が伸びて気持ちいいんだ。
と、そんな感じで俺は今ストレッチの最中。
いつも自分の予想以上に身体動かしちまうからな、つい勢いでよ。
やっぱり、使った筋肉はほぐしてやらねぇとな!
コレは、俺のある意味日課のようなもんだ。
ん、と空に向かって片手を伸ばして手首をつかんで引き上げる。
体中の筋肉に、血が巡るのを感じて。
こんなに気持ちいいことはねえ、なんて思っちまうよな。

「…なに、してるんですか?」

ん?

開脚した足のつま先を握ったまま、声に顔を上げた。
見慣れた足が見えて、身体を起こす。

「おう、ロイか!」
「…なに、してるんですか?」
「見てわからねぇか?ストレッチだ、お前もやっていけ、気持ちいいぞ!」

…しかし、何でお前、そんな唖然とした顔してるんだ?

「え?俺も?」
「部活してきたんだろ、終わった後ストレッチはしたのか?」
「あ、いいえ」
「しないと身体の老化が早くなるぞ?」
「ええ?!」
おいおい、本当だぞ。
「よ」
つま先をつかんだ手をその先に伸ばして…指先に触れた芝生が冷たくて心地いい。
こんなところで季節感じるってこともあるんだよな。
「…センセイ」
「あん?遠慮するな?」
「柔らかいんですね…」
「あ?ああ、まあ体育教師だからな」
どうも、ロイが驚いていた理由はそこにあったらしい。
まあ、体育教師たるもの、生徒の手本になれなきゃァな?
「そんなに驚くほどの柔らかさじゃねぇぞ?」
「いや、柔らかいです非常に驚くほどまったくビックリデス」
…なに、外国人みたいな喋りかたしてんだか。
実際ロイを横に座らせて同じことをさせてみたら、結構硬くてよ。
おいおい、いい若いもんがだらしねえなァ。
「あ、イタタタタ!ちょっと押さないでください!」
「おいおい、本当か?」
「俺もともとそんなに身体柔らかい方じゃないんで…いったいですってば!」
「はっはっは、よくコレでラグビーやってて怪我しねぇな」
「アイタタ!ギブアップですギブギブ!」
…ったく。
しょうがねぇヤロウだな。
一人ごちながら、ロイの背中から手を離して自分のストレッチの続きに入る。
途中だったからな、何事も中途半端はよくねぇ。
「よ」
「…!」
前屈しただけで、そんな目で見られるってのも妙な感じだよなァ…

「そんなに柔らかいといろんな体位が出来そうですね」
べちゃ。
「な、なにを言ってるんだっ!」
「い、いや、スミマセン、つい!」
笑いながら頭かきながら、おいおい、それでごまかされる言葉じゃなかったぞ!
なに言ってるんだ、そもそもだぞ、そんな目で見られてたってコトか?
ああ、もう、若いってのは!
「出来るかもしれんがするかしないかは別だろうが!」
「…論点が変ですよセンセイ…」
…う。確かに。
ったく、しかしなんでロイはこうなんだ!話すりかえて誤魔化してんじゃねぇぞ、多分。
しかしだ。本当のところ下手にロイの目の前でストレッチも出来やしねえじゃねえか。
照れもあって、身体を起こした。
「あ、続けてください」
当たり前の顔して言うなよ。意識しちまってんだからそう簡単にはなァ…
「分かりました、んじゃ向こうを向いてるよ」
見てると、考えちまうってか?
「っだー!お前は俺をそう言う風にしか見てないのか!」
「…憧れですよ」

ロイがそう言って、困ったようにニコリと笑った。





何とかロイの目をそらしつつ、俺はストレッチを終えて家に入った。
ロイは俺の後からついてきて、部屋に入ってくる。
まあ、よって行けと言ったのは俺だがな。
最近、ロイはよく家に来るようになった。
…身体目当てってのはどうもいただけねえ理由だよなあ。
そろそろ、一発気合でも入れてやるか。
「ロイ。」
「はい?」
「何で、お前は俺を抱くんだ?」
俺の唐突な質問に、ロイは手にしていたコーヒーカップを下ろした。
床にアグラかいちまってる俺のそばまで、そのまま歩いてくる。
「なんですか。突然?」
ロイの表情は、俺のそんな質問に多少けわしい様で。
つい、俺もマジメな顔になる。
「お前は俺を性対象としてみているのか?」
「どうでしょうね」
なんだ?自分でもわからねぇとか、そう言うヤツか?
「さっきも言ったように憧れ、かな」
「憧れ…そんなんで、人が抱けるもんなのか」
「珍しく質問攻めですね」
疑問に思っちまったんだから、しょうがないだろ。
まあ、考え込むってのは俺のガラじゃねぇ。
本人が目の前にいるなら、聞けばいい、それだけのことだ。
俺がそう言うと、ロイは鼻を鳴らして俺の前にしゃがみこんだ。
青い目が俺を覗き込む。
「もう一度、あれやって見せてくださいよ」
「あれ?」
「ストレッチ」
「…???」

なんだかわかんねぇけど。
それで、お前の答えが出そうなら。

「ストレッチも色々あるぞ?」
「あの、足開いてベターってやつ」
…開脚前屈か。
足開いてベター…
酷い言われようだな、と苦笑して。
ロイが、俺に挑戦的なまなざしを向けてる。
なにを、見つけたいんだ?
俺から。
言われるがままに、その場に足を伸ばす。
テーブルが邪魔だな、と思ったらロイの手がもうそれを向こうに押しやっていた。
「悪いな」
足は90度くらいに開いて。
足の先のもっと向こうの床をつかむようにして、身体を折り曲げる。
ペタンコになってる俺の、顔、わざわざ手を付いてまで覗き込んで。
「??」
「…やっぱ、イイですよね」
「?いい?なにがだ?」
「わかんないんですよ。でも欲しくなる」

うつぶせになってる上半身からの視界で、ロイが立ち上がったのが見えた。
確認したくて身体を起こす、と、後ろから背中を軽く押された。
「ロイ?」
「まあまあ」
「…なんだ、よ、…っ?ちょ、なにしてんだ!」
「いや、背中撫でてるだけですが」
ロイに押されてペタン、と折り曲げた俺の身体、
その背中、その言葉どおりロイが撫でさすってる。
「性対象、というか」
なでなで。
…ちょっと、気持ち悪いんだが…
「身体起こすぞ?」
ロイの手を押しのけるように、身体を起こして。
振り向こうと思ったら、髪の毛をつかまれて制止された。
「こういう風になってみたいって言う憧れそのもの、だから焼き付けておきたい」
「…」
そんなコト言われたら、気分は悪くないけどよ。
「…ロイ?!」
「はい?」
その指。
背中から、だんだん下に向かって降りてきてるのは、
…つもり、があるからなんだろ?
焼き付けたい、か。
悪くねぇ理由だ。なかなかに上等だぜ。




「足、もっと開いて?」

開脚したままの足、もっと…って、どこまで開かせる気だよ…?
開いた足の中心部をなぞるように撫でてるロイの指。
「…んッ!」
つい、力が入って膝が立つ。
後ろから俺を抱きかかえるようにして、緩やかに指がすべっていく。
「気持ちイ?」
「…き、聞かれても困る!」
「…だよね、いつも言わない」

だから、憧れるんだよね

耳元に小さな呟き。
「じゃあ質問」
「…っ?」
「センセイは何で俺に抱かれてくれるの?」

それが、わからねぇから、今ちょうどパニクってンじゃねぇかよ…

充実感?
違う。
そんなもんじゃない、もっと何かが見える気がする。
例えば、俺のもっと先の限界よりも、そう、もっと先の。
もっと先に手を伸ばして届かなくってじたばたしてる感じ。
その足掻きがなんというか、気に入ってるというか、いわば、好きなんじゃねぇかなァ。
その相手がロイじゃなきゃならねぇ理由は見つかんねぇけど、
って、、そんな顔すんな、話は終わってねぇんだ、
でもな、
でも、ロイじゃなけりゃ駄目な気がするんだ…
「そんな理由じゃ、マズイ、のか?」
「…センセイ」
声と共に押し付けるようになぞり上げた指、身体が勝手に震えちまう。
「…ッ、ッは…ちょ、強すぎ…」
「妙に俺嬉しいんですが」
やっとのことで振り向くと、わくわくして輝いてるロイの顔。
褒められた子供じゃねぇんだから、そんなに輝かなくっても…
嬉しい、か。
コレも、多分お前の気持ちに刻み付けたいもののひとつなんだろ?
俺も、どこかに残りてェよ。
どこか、例えば、誰かの気持ちとか。

ああ、そっか。
ロイも、俺の中に残りてぇのか。
いいぜ、お前なら悪くない。

服の中に滑り込んできた指に背筋がしなって、ロイの胸に背中が重なる感触。
つま先が、床を勝手に掻いた。
「もっと見せて?感じるトコ」
「…ッ、冗談…じゃッ…、ハイそうですか、ってタイプに…」
「見えないね、そういえば」
そういいつつ、意地悪く俺の弱いとこを覚えてる指は
俺を悠々と責めて…
「う、うっ…っく」
「我慢しないで、イイんですよ?」
「…は、あっ、誰、が」
そんな俺の反応が、言葉がいちいちロイを楽しそうにさせるのは。
それも、憧れってヤツなのか…?

いい感じになっちまった俺を床に仰向けに倒して。
俺の頬を犬みたいに舐める。
「お、おい…」
「はは、可愛いなァセンセイ」
…可愛い、ってな、オトコに使う言葉じゃねぇだろ〜〜…
ったく、高校生の分際で!
大人をもてあそぼうだなんて、そもそもいい度胸なんだ!
「…っ、あ」
片手で俺の熱い部分に触れながら、俺の顔を覗き込んで。
ロイが、舌なめずりを見せる。
「ホラ、目が曇ってない。」
「…目?」
「そう」
嬉しそうにそう言って笑う。
でも俺の状態は笑い事じゃねぇ。
だって、お前、俺の身体が多少柔らかいのをイイコトに、そんな足持ち上げて…
「ちょ、っ、なにすんだ、や…」
「うわあ、やっぱり柔らかすぎ」
躊躇なく開かせようとするロイの手をあわてて制止しようとして。
指先を舐められて、力が抜けちまう。
「妙にドキドキするんだけど、どうしよう?センセイ?」
ど、どうしよう、って、離してくれよ…!
そのまま、片足をかつぎ上げられちまってて。
「…こ、こんな格好は、抵抗が、っ」
俺の言葉も聞かずに、ロイはまた俺の目を覗き込んだまま。
そのまま俺の脚に体重をかけていく。
ゆっくりと俺の片膝は俺の肩に到達して。
「ば、馬鹿っ…」
恥ずかしくて、顔が妙に熱っちい。
覗き込んでるロイの目から目をそらして、まだ視線を感じるから強く目を閉じて顔をそむけた。

ふいに、身体の奥に熱い感覚を感じて!
「ッ…!!!」
思わず目を見開く。
「突然入れちゃってゴメンね?」
言葉が出なくなってる俺の身体、刻んで刻み込んで。
目線と目線が絡みあっちまって
なんとなく睨んじまった。
「気合い入れすぎ、もうちょっと力抜いて、キツすぎると自分がつらいよ?」
したり顔。
お前、本当に高校生、だろうな?





ガタガタ。
テーブル、引っ張って位置を直してる音。
誰が、って、俺が。
ロイは、ヘタってベッドに仰向けになって額に手を当ててる。
「おいおい、ダイジョウブか?」
「…駄目です」
「気合いが足んねぇ証拠だ、もっと己を鍛えろ!」
ぺち。
竹刀は玄関先だから、手刀で我慢しろ。
「ったく、何でそんなに元気なんですか〜」
「…見てるやつがいるからさ」
「…」

いったん外した手をもう一度額に当てる仕草。
そりゃ、『参った』って言う動きか?
「イイエ、降参です」
はっはっは、降参か、そうかそう、やっぱり俺の勝ち…
って、『降参』って、オイ!『参った』と同じだろうが。
ペチ。
「あうち」
今度はデコピン。
額を押さえちまってるから、その押さえてる手の甲にぶつけてやった。
妙に痛がって手のひらをヒラヒラさせてる、馬鹿、俺でも分かる、演技、丸出し。

そういやそうだよな。
誰も見てねぇのに一人で頑張るってのはえらくしんどい。
誰かがみてるってだけで頑張れることってのはあるもんだよな!
うん。
と、妙に納得して。
納得していいものかどうか、ってのは置いといて。

こんなに一生懸命俺を見てたやつがいるなんて、気持ちがいいもんだ。
まあ、多少行き過ぎの感はあるがな。
テーブルを直し終わって顔を上げると、ロイが俺を見てた。
「ん?」
「見てたんです」
「あんまり見ると意識しちまうだろうが」
「憧れですから。」
「…ほどほどにしとけよ」
…憧れるだけじゃ何も出来ねぇだろ?
「…そうなんですよねーそこが問題かな、センセイはどうしたらいいと思う?」
さあなあ。
どうだかな。
どこかな。
まず、
とにかく、何事にもトライ、だ!
「ストレッチでも教えてやろうか?」
「…えー」
「えー、じゃない!よし決まりだ、そこに直れ!」
「え?ちょ、ちょっとマジですか?!」

大マジだ。
こーんどは俺が見ていてやるからな、見られる側のプレッシャーってヤツ感じさせてやる。
…案外、心地いいものなんだぞ。
「相手によると思うんだけどなぁ」
苦笑いしてるロイは妙に嬉しそうで。
その相手が俺だってコトに満足してるようで。
その目は俺を見ていて。
俺の目はロイを見ていた。
刻めよ。
刻み付けてやるから。

ロイのまっすぐな目に、気持ちがまっすぐになる。

お互い、手抜き無しで行こうじゃねえか。
まあ、たまにゃボロも出るだろうけど……ちったぁ見逃せよ?
…はは、気合い入れすぎると自分がつらい、ってのはどうも耳に痛いぜ。