「センセイお風呂です!」
「はあ?」
玄関に飛び込んできたロイの声がそう叫んで、そのまま廊下をドタドタと走る音。
お風呂?
な、なんだよ、突然、風呂、って言われても
バン!
「コンバンワ!」
「挨拶は先に言え!」
「はい!こんばんわセンセイお風呂ですっ!」
…なんだか、ロイのやつ錯乱してるみてぇだな。
仕事が終わってまあ色々終わって家にやっと着いて
一息入れて飯を食ってた俺のアグラの前に。
テーブル越しに正座して。
息を切らしてる。
「…風呂?」
「ハイ!」
「…が、どうしたんだ?」

「あ、あの、日本は風呂でアメリカにはそれはレジャーという形でして日本は毎日のレジャーが家にあるから…」
息せき切ってるロイの説明を何とか解釈すると。
…要するに、そんなに面白いものなら入ってみたい、ってコトらしい。
しかし、お前の部屋にも風呂はあっただろうし、俺のトコでお前も風呂くらい使ってるだろうが。
「違うんです!もっと大きな、こう、池だか湖だか」
「あーあーあーあー、温泉の事か、露天風呂とかな!」
「…ロテンブロ?」
「露(あらわ)に天(てん)の風呂、とかいて露天風呂だ」
「…あらわ!?」
そこで妙な反応するんじゃない。

とにかく、ロイをそこに落ち着かせて。
飯の最中だってのに、わざわざ緑茶を入れてやって、飯のオカズまで分けてやって。
ばくばくばくばく。
オイ、俺の食う分残しておけよな?
目の前に出されたものを、そうするのが仕事のようにかっ込んで。
「はー」
「…腹、減ってたのか?」
「あ、そういえば食べてなかったですね」
…どうやら、いつもの調子に落ち着いてくれたようだな。
飯を腹に入れて一息ついたのが良かったのか、
ロイは今度はある程度、ちゃんとした言葉で話し始めた。
「…さっき、家に帰ってテレビ見てまして」
「おお、テレビな?」
「ええ、それで、温泉特集とかってよくやってるじゃないですか、それ見てたら」
「ああ」
「突然頭にハヤトが浮かんできて」
「呼び捨てにするな!」
「ハヤトセンセイが浮かんできて」
「おお」
…メシ食ったんだから、もうちょっと落ち着けよ。
「そしたら、俺温泉入ったこと無いこと気づいて、アメリカにも無いことは無いんですが」
「温泉に行きたいのか?」
「…ハイ!」
「…今からか?」
「はいっ!」

そんな、輝きながら返事するなよ。
しっかしなあ、温泉って言っても、こんな時間にどこに日帰りの温泉があるってンだ?
…ん?
…ふ、とよぎる、ある情報。
そういえば、どこかのホテルには露天風呂とか温泉がついているとか。
ホテルって言ったってなあ。
ラブホテル。

「この際ですからどこでもイイです!是非!」
この際、って言うより、お前、『絶対そこに行きたい』って顔に出てんぞ。
「温泉だけだぞ?」
「いいですよ」
ロイが、妙に引っかかる笑顔でしかしはっきりとそう答えた。




シーズンオフの所為なのか、平日の夜の所為なのか、
山道はすっきりとした感じで、前にも後ろにも車がいない。
俺が出してやった車の助手席で、一生懸命温泉について聞いてくるけど、
俺だって温泉ハカセってワケじゃねぇ、そんな詳しくはしらねえぞ?
「日本人は温泉マニアかと思ってましたが」
「あながち間違ってるともいえねぇなァ、でもマニアってのは言いすぎだ」
「でも温泉スキでしょう?」
うん、まあな、と、うなずいて。
久しぶりだな、こんな形で温泉に入りに行くことになろうとは俺も予想しなかったがな。
しかし、日本嫌いのロイが本当に珍しいことだ。
まあ、何事にも興味を持つってのはいいことだ!

…うん?いいのか?

一人で首をひねっていたら、ロイが妙な顔をした。

ふもとの街明かりが離れていく。
バックミラーにはもうかすかな灯りしか映っていない。
街灯も途切れ途切れの山道に、不意にまばゆい色めいた光。
前にこのあたりの山道を通ったときに、看板を見た気がしたんだ。
温泉つき、って言う看板をな。
ったく、俺もろくなことを覚えていないもんだ。
記憶を頼りに見当をつけて、ひとつの建物に車を入れる。
…妙に、身体が緊張した。
…だってよ、俺だってラブホテルなんて、片手で、いや、数えられるほども入ってねぇかもしれねぇ。
…忙しいんだよ、教師ってのは。
「大丈夫ですよ、別に取って喰われやしませんから」
妙になれたことを言うロイの頭をひとつ殴って。
ロイが指差した駐車場に車を入れた。
「コッチです」
「…なんでそんなに詳しいんだ?」
「日本のホテルは、アメリカのコテージやモーテルと似た造りが多いですから」
納得できるような出来ないような。
車から降りた俺は、ロイに促されるまま、車の後ろに回った。
壁と壁にはさまれた駐車場の裏手に、扉がある。
躊躇なくそこを開くロイに、妙な気分になって。
思わず立ち止まったら、手を引かれて背中を押された。
「お、おい、ロイ…」
俺も、なんとなく小声で。
誰かに聞かれちゃいけないような気分になる、そんな雰囲気に呑まれちまってる。
「とにかく、上がってよ」

オイオイ、お前の家じゃないんだから…
前に向き直ると、死刑台への階段。
…この階段を登りきると、ホテルの部屋に到達するらしい。
「…」
押されるままに歩き始めた俺は、ついつい無言になって。
なんだか、喋ってちゃいけないような。
ふふ、と俺の後ろでロイが笑った。

扉を開けると自動販売機みたいなものが壁にはまってる。
「出る時に清算する仕組みみたいですね」
「…そぅか」
「普通に喋って大丈夫ですよ?」
俺の様子を見かねたのか、ロイが苦笑いして。
出入り口の扉を閉めたら、途端にカチ、って音が聞こえた。
…清算すりゃ開く仕組みなんだろうが、なんだか閉じ込められたような気分にもなる。

「せ、センセイ!!!」
「!?」
なんだ、と答えようとして、思わず口をつぐんで。
ロイの声のした方向に歩を進める。
洗面所のようなものが見えて、その奥に。
ダバダバと垂れ流しであふれかえってる、必要以上にでかい風呂。

「…」

さすがの俺も、絶句。
まさか、ここまででかいとは…って、意外に普通の風呂だな。
ちょっと安心して。
よく考えりゃ当たり前なんだよな、どこだろうと風呂の形はたいして変えようがねぇ。
見慣れたもん、ってのは安心する。

「なんか水が茶色っぽいですよ」
喜んでるくせにいかがわしげに風呂場を覗き込んで。
「温泉だからな、まあ多少色がついてんだろ」
「そう言うもんですか」
「そう言うもんだろ」
俺の言葉に納得したのか、タオルやバスローブを品定めはじめて。
「着ます?」
「着るか!(怒)」
そんな女みたいな服、冗談じゃねぇ。

「…センセイ」
「ん?」
「風呂」
「ん?うん」

そうだな。

見慣れてるとはいえ、ここがラブホテルだってコト意識すると。
風呂に入るのさえ、なんだか躊躇しちまうもんなんだな。
なんだか、マズイことをしてるような気さえしてくる。

脱衣所なんてものは無いみたいだから、
ベッド脇のテーブルに冗談みたいにくっついてるソファの上に、服を脱ぐことにした。
「脱がせてあげましょうか?」
「じ、自分で出来る!」
ったく、何でお前はそう、慣れた風なんだ!
ぶつぶつ言いながら、服を外して。
なんとなく、ロイの脱ぎ具合の進行状況に合わせて服を脱いでたりして。
だってよ、
先に脱ぎ終わったら、落ち着かないだろ?

遠くの方から、いや、近くの方から、水に水が落ちる音がする。
やっぱ、温泉に入りに来たって言うより…
…やっぱ、ラブホテルに来たって言う感覚の方が強くて。

「ハヤト」
「…呼び捨てにすんな」
「…緊張しないで。」

…しちまうモンは、しょうがねぇだろ。

上を脱ぎ終わって、ベルトに手をかけた。
その手の上に、ロイの手が乗る。
「…っ」
ラブホテルっていう場所のせいか?
妙に、この手を意識しちまうのは。
つい、その手に意識をとらわれて、動きを止めてそのまんま手から目が離せない。
「せっかく大きな風呂でゆっくり出来るんだから、そんなに硬くなってちゃ駄目じゃない?」
「そ、そう入ってもだな、妙に意識しちまって…」
「意識してるってコトは、多少なりとも期待してくれてるわけ?」
「…馬鹿!なんでそうなるんだっ!」
ベルトをおさえたまま、もう片方の手でロイのアタマをひっぱたこうとして。
ひょい、と上体をかわされて、面食らった途端に、腰骨の周りに熱い感触。
しゅる。
引き抜かれて。
「…ロ、ロイ!風呂だけ、だって…」
「緊張ほぐしてあげるだけですよー」
「…緊張なんか…!」
あわててズボンを引っ張り返した俺の手をそっと外して。
あんまりそっと触るもんだから、下手に逆らうと傷つけちまいそうで。
思わず外されるままに従った。
「ホラ、してる」
「…ッん、そ、そりゃ緊張じゃ…」
「一種の緊張でしょ?」
ロイの手は俺の服の上から、探るように其処を撫でてて。
速攻で反応しちまう俺も、緊張のし過ぎのせい、だよな?

「力、抜いて?」

しょうがねぇな…
こんなことになるのかも、なんてちょっとは思ってたけどな。
体を押す腕に従って後ずさりすると、ベッドにつまずいた。
俺の上半身を押すから。
ベッドの上に腰から上だけを乗せて仰向けになる。
「…なんか俺も緊張しちゃうよ」
「…え?」
「だって、ハヤトとラブホテルにいるんだもんね」
「い、言うな、…んっ」
ベッドの上に犬みたいに上がってきたロイが、かがみこんで来て唇をふさぐ。
唇を離して、目と目があって。

…照れた。

ロイが、笑う。
「テレビ見てたときね」
「…ん?」
「温泉に浸かってるセンセイが見たくなった」
「…俺?」
「そう、なんか、幸せそうに入ってくれそうだったから。俺はそれを見て幸せな気持ちになりたかったんだけど」
「…」
「なんかラブホテル連れて来るんだもん」
…だってよ、他に思いつかなかったんだよ。
われながら、馬鹿だったとは思うが…後悔のしようもねぇ。
だってよ。
もう、ロイ、お前だって、こんなん…
「…ッ、センセイ!」

こんな気分になっちまうってのは、
多分、このラブホテルとかいう場所が、そのための場所だから、その雰囲気に呑まれたから。

ベッドから身体をズリ落として。
ロイの鬱血した其処に舌先を当てた。
「センセイ、そんな事、しなくても…っ」
「いいのか?」
「……して?」
俺の髪を掴んで。
ロイが催促するから。
その腰をつかんで。

「ん…っく」
舌先で舐めあげて湿らせてから、口の中に入れた。
口ン中、いっぱいで、息がしずらい。
でも、出来るだけ。
出来るだけ、ロイに何かしてやりたかった。
いつも、抱かれてるばっかで申し訳ねえと思ってたから。
こういう、こういってのは、お互い様、ってンじゃねぇと気兼ねしちまう。
だから、たまにゃ俺も…

そんな気分になるのも、たぶん場所のせい、だよな。

「セン、セ…」
「ん」
「やらしー」
「…っ!!!」

思わず、口から外した。
「…ッ、そ、そう言うことを!」
「…だって、本当。俺ばっかヤラシクしないで先生も、ヤラシクなろ?」
ムグムグしてる俺の口に、躊躇もせずにキスをして。
…ロイの手、俺の腕つかんでる?

グイ!
「ッ!?」
引き上げられて、そのままベッドにうつ伏せに押し付けられた。
「手荒でスミマセン、俺なんかもう我慢できないんで、」
「…ロイ」
「…はい」
「こんなカッコにさせたまま、くだらねぇ論を打ってンじゃ、ねぇ」

「我慢できない、って素直に言ったら?」

…うるさい。

「…っあっ」
腰をつかまれて。
さっきまで俺が口にしてた、濡れきってるモンの感触に身をゆだねる。
気がつきゃ、流されてたな…
そうか、妙に緊張すると思ったら。
行為と場所があってなかったんだ。
…ラブホテルってのは、やっぱりそう言うことをするための場所で。
俺の認識は、そうで。
それを一生懸命、頭の中で否定してた。
だってよ。
そう言うの、意識するのって、なんか色情性みてぇじゃねえか、なんて思っちまったから。

そう言う場所で、そう言うことして、死ぬほど乱れて、
息が上がって、声が途切れて身体が震えて。

そう、わかってるよ。

コレが、当たり前。

「…っあ、も、…ぉ」
「俺も、センセイ…もう、いいよ、我慢しないで」
…我慢してンの、何で気づいてんだよぉ。
「やらしー場所なら、やらしくなっていいの」
…知ったような事、言うなよ…
そんなモン、身体で理解しちまったよ。
俺の指がシーツを掴んでグチャグチャにしてるのが見えて。
ああ、もう、限界、だな…








ぱしゃん。
「うえー」
「センセイ〜オッサン臭いですよ」
「…うう」
自分じゃまだ若いつもりだったんだがな。
緊張してた身体がドロドロに解けて。
風呂の水の中に広がってく感じ。
「気持ちいいなァオイ」
「幸せそうですね〜やっぱり」
「んん?そうか?」
しょうがねぇだろ、温泉なんだからよ。
でっかい風呂場、久しぶりに足先までぐーっと伸ばして。
「はー」
ここがそう言う場所だって意識してたのはお互い様だったようで。
することを終えて、なんとなく建前が整ったような気分で安心して風呂に浸かってる。
俺もロイも。

「ヤッパ、似合いますね先生は」
「そうか?」
「はい、なんか広い場所でひろびろと寝っころがってる感じとか」
「はは、そうかそうか!」
「シーツつかんでるのも結構いい感じでしたが」

ガン。

「イ、痛い…」

余計なことを言うからだッ。

しかしよ、
あんまり慣れたくねぇもんだな、こういう場所ってのは。
する為にする為の場所で、なんて、妙に照れくさいだろ?
「それは意識しすぎですよ〜」
「しちまうんだからしょうがねぇだろ!」
バシャン!
机を叩く要領で水面を叩いたら、二人でお湯かぶっちまった。
「センセイ〜〜」
びしょぬれのロイが恨めしそうに俺を見て。
それを見て俺は大笑いしてる。

ラブホテルは、もうコレっきりにしようや。
妙に拘束された気分になっちまって、固ッ苦しくなるからよ。
風呂は、もっとのびのびと入ったほうがイイ。
…まあ、連れてきたのは俺だけどな。
風呂の湯船にひじをかけて、そこから見える部屋から目をそらした。

…アレ、するんだってよ、同じだろ。
場所の雰囲気に流されて、なんて、なんだか自由じゃない感じがするし、

何より、照れくさいもんな。

「そんじゃ、今度から先生の家か俺の部屋ってコトで!」

バシャン!

「センセイ〜…」

水がはねたのは、照れ隠しと肯定の意味。
抱かれるなら、もっと自由がいい。
抱くなら、もっと自由がいい。
許されるより、突き通すほうがイイ。


風呂から上がったら、さっさと鍵を開けてここから抜け出そうじゃねぇか。
籠の中、ってのは俺はどうも落ちつかねぇンだ。

駐車場から車を出して道路まで出ると、妙な開放感で笑っちまった。
ロイも、なんだか憑き物が落ちたように安心した顔つきで。
今度はちゃんとした温泉に連れて行ってやるからな、
もっと、こう、緊張せずに気持ちよく入れる温泉ってやつによ。

緊張解きあうくらいなら、初めッから緊張無しってのが心地いい。

はー、しかし、妙な経験しちまったよなぁ。はは、コレも経験、か。

…もー充分だこんな経験〜〜〜…