ちょっと大きめの書店。
まるで図書館のような造りは、本棚の背を低くすることで多少の居心地のよさを感じられるようにしてある。
もともと、あまり本なんか読むほうじゃないんだが、仕事の関連じゃしょうがねぇよな。
教育関連と、心理学関連。教師ってのは独学が多いから常に努力してなけりゃなんねぇ。
はぁ。こういうのぁ特に苦手なんだがなぁ…
目から文章から頭使って覚えるよりも、
やっぱ俺にはカラダ使って覚えるもんの方がビシっとはまるよな。
…しかし、教師の現状ってのはそんなに穏やかなもんじゃぁなくて。
はー。
ため息が際限なく出てくんぜ…

そんな俺のナーバスな気持ちもどこ吹く風、ロイは俺のあとをついて回って
本を引っ張り出しちゃぁ裏表紙だけ見て戻してる。
「ロイ、何か本を見たいなら勝手に見てきていいんだぞ?」
「うん、別に欲しい本無いですし」
あ?
学校がはけて、ちょっと本屋にいくと俺が言ったら『見たい本があるんで』とか言って
ついて来たのは何処のどちらさんだったんだ?
「見たいとは言いましたが欲しいとは言ってませんし」
「…」
屁理屈め。

見渡すと、蔵書量が多いせいか、この本屋は客が多い。
本棚と本棚の間の通路を通るのにも、人ごみをよけながら探さにゃならん。
もっと、すいてる時間とかに来られれば良いんだがなぁ…
教師という職業上、人が動いてるときは動いてるしな。
よ、と上の方の本をとろうとして、隣にロイがいないことに気がついた。
どっか、自分の本でも捜しに行ったかな?
と、見まわすと。
通路の先の週刊誌のコーナー。そこで立ち読みしてる。
まあ、いいか。
そう思って自分のことに集中しようとして。
ロイが、持ってる本に目線を向けて無いことに気づいた。

「?」

ロイがいるのは、なにやら旅行関係の雑誌が並んでいるあたりらしい。
その、隣は、女性誌。
そこで立ち読みをしている女子高生たちをチラチラと見ていて。


何、やってんだアイツは…。

ったく、しょうがねぇ、若いってのはああいうモンかもしれねぇよな。

…。

もう一回、見る。

すでに、女生徒と話しはじめてやがる!

ムカ。

…ん?
俺、何でムカッとしてるんだ。
ちょっと待て、ムカッと来たってことは、嫉妬ということになりかねんぞ。
…はー。
落ち着け、嫉妬なんかしてどうする、そもそもロイは若いんだ、女に興味を持って当然だ。
ガキめ、しょうがねぇヤツだ。

本を開いて、ペラペラとめくって。
本を戻しながら、ちら、と見る。
「見つかりました?」
「うぎゃあ!」
な、何でいつのまにそんな傍まで来てるんだ?!
思わず、飛びのいちまったじゃねぇか、ガラでもねぇ
「…と、友達か?」
「え?ヤダなぁ見てたんですか?」
「ああ、ちょっとたまたま目に入ってな」
たまたま、じゃないだろ俺。
俺の隣に立って、別に読みたくも無いような本を引っ張り出しながら。
「なんか、すごく髪の綺麗な娘だったんで、
 ついつい話しかけちゃって…、いいですよね、日本女性の髪って」
「…ああ、まあ、綺麗だよな」
そりゃ、俺の髪が硬いことへのあてつけか?
…おいおい、俺も深読みしすぎだろ。ロイにゃどうせそんな気は無いだろうからな。
まあ、気にしねぇで…
俺を覗き込むな。
「細くてすらっとした感じで、聞いたらモデルやってるらしいんで驚きましたよー」
「…へぇ、そりゃすごいな、モデルか」
モデル風味じゃなくて悪かったな。
…関係ない関係ない。
俺を覗き込むな、っての。
…気を紛らわせたくて、ちょっとその本棚を離れようと思った。
本棚から離れたかったんだ。
ロイから離れたかったわけじゃない。
なんとなしに、新刊のコーナーへ行って。
目に付いた本を手当たり次第にめくってみる。
「あ、あの人綺麗な足」
!…な、なんでついて来るんだっ!?
ロイの見てるほうを見ると、確かに、すらっとした綺麗な足。
目の保養にゃなるがよ。
ロイを見たら、いたずらそうに笑って、本を置くところだった。
なんだよ、その笑い。

「嫉妬しました?」
また、覗き込んで。
「…誰がするか!」

ったく、からかいやがって。
俺が見てるの分かっててやってやがるんだ、コイツは。
「ねぇセンセイ?」
「うるさいうるさい、俺は勉強しなきゃならねぇンだ、お前の遊びに付き合ってる暇はなし!帰った帰った」
「…ふーん」
「なんだよ」
「照れ隠し?」
「…」
からかって面白がってるだけなら、本当に帰れ!


無性に腹が立つ。
なんなんだ、からかいやがって。
人を馬鹿にするにもほどがあらぁ。
俺だってな、そりゃ嫉妬くらいする!当たり前だ。比べられて気分なんかいいものか。
いや、わかってる、誰かと比べてナンボ、ってンじゃねぇってのは。
俺は俺、俺は俺の信じる道をまっすぐに進むだけだ。
そりゃわかってる。
なら、何であんなつまらない遊びでからかわれちまうんだ?

自信、ねぇのか?俺。

本棚を見上げて。
どれも参考になりそうで、どれも参考になりそうにない。

教育委員会から支持されてる本は、すでに手にしているから。
他にもっとわかりやすそうなやつを探そうと思ってたんだが。
面倒になった。
もともと、面倒だから探そうと思ってたのに。
探すのが面倒になった。

頭ン中、自分とロイのことで一杯じゃ、どんな簡単なコトだって覚えられやしねぇ。

情けなくて、笑うしかなかった。







「…っ、あ」
「…」
「…」
息と息だけを絡ませて。
いつもの。
いつものベッドの上で体を反らせてシーツをつかむ。
目を開いていたら駄目な気がして、仕方なく閉じた。









センセイ?

…ん?

なに、考えてるの?

…別に、なんでもねぇ

風呂場に響く声。
いつもどおり、俺たちはコトを済ませて風呂に入って。
ああ、なんだか当たり前になっちまったな。
わかってらぁ、ロイはいつか旅立つ。
ほしいものなんか、世の中に五万とあるだろ。色々試して色々見て、肌で感じて覚えていくんだろ。
だから、そのうち俺は消えちまうのかもしれねぇ。
「何か考えてるでしょう?」
「別に、大したことじゃねぇ、まあたまには俺も思慮深いトコ見せねぇとな?」
って、ははは、って笑って。
…チカラ、はいらねぇよ。こんな笑い方。
「変だよ」
「どこも変じゃねぇ」
「変だよ!」
「変じゃねぇ!」
バシャン。
勢いづいたロイに、水を頭からぶっ掛けられた。
…なに、しやが…
「本屋にいたときから変だった、俺が悪いならそう言ってよ!」
「誰もお前が悪いだなんていってねぇだろうが」
なに、言ってんだ、ロイのやつ。
俺は俺のいたらねぇ点で自己嫌悪になってただけなんだが。
まさか、
お前、自分のせいで俺がどうにかなっちまってるだなんて…
「思ってます」
「はは、お前のせいじゃない、安心しな」
って、頭にポン、って手を乗せてやろうとして。
その手をつかまれた。
「安心できません、さっきだってなんか上の空だし、俺、マズイって、思って、もう…」
俺の手を握ったロイの腕に力がこもって。
なんだろう。
何で、ロイはこんなに何かを気にしてるんだ?
俺だろ。
悪いのはよ。

「嫉妬、してほしかっただけなんです、ハヤトはいつもしょうがないな、ってそう言うだけで俺を本当にほしがってくれない」


俺はずっと教師をやってきて、俺から旅立つ生徒はいつも見てきてる。
記憶の片隅に教師熱血隼人、として残るだけ、それだけでいい。
だから、どこかで諦めてた?のか?
だってよ。
わかってるンだよ。
俺は、教師であって、体育教師であって、男として、生きていて。
たいして魅力もねぇし、色気もねぇし、って男だから当たり前だし
大したこと出来ねぇし
「本気でそう思ってるんですか?」
「…まあ、多少はな、俺にはまだまだ足りねぇモンがある、不十分だと思われても仕方ねぇってコトだ」
「俺が不十分だと思ってると思うんですか?」
「違うのか?」
「なんで、そんなに当たり前みたいに、そんなこといえるんですか」

お前こそ、何でそんなに怒ってるんだ?
困っちまうじゃねぇか。

ザバ。

「ぶっ、な、なにすんだ!」

洗い桶に風呂の水をたっぷり汲んで、それを俺の頭からかけて。
何度も、何度も。
「ロイ!いい加減に…ぶわっ」
「…ハヤト、馬鹿だよ!」
「俺が馬鹿だと!?ああ、知ってらア!…ってコラ、やめねぇか!」
「怒ってください!」
「ああ?なんだと?」
「怒ってよ、ハヤト!怒れ馬鹿!」
バシャー!
怒れ怒れ、って、いい加減にしろ!
さっきから息が出来ねぇし、しつこいし、女々しいんだお前!
もうすでに怒ってるってンだよ!

「んの…ヤロウ!いい加減にしろ!」

バシャーン。

洗い置けごとロイの腕を引っつかんで。
風呂の中に引きずり込んだ。
「…う、わッ…」
ぶくぶくぶくぶく。


「ロイ?」
「ぶわー!」
「なにがしたいんだお前」
「あ、また怒ってない!怒ってくださいってば!」
「もう怒る気がうせちまったよ、あきれて物も言えねぇ」
「ヤダ」
「ヤダじゃねぇ!」
「ヤダ!」
「ヤダじゃねぇ!」
「ヤダヤダヤダヤダ!」
「うるせぇ!いい加減にしろ、さっきから聞いてりゃなンなんだ!
 嫉妬させたがったり怒らせたがったり、俺をそう思うように出来ると思ったら大間違いだ逆上せるんじゃねぇ青二才がっ!」

きょとん。
ロイの顔。
あんまり、きょとんとしてるから、俺もついきょとんとした。
つられきょとん。

「はは、怒った」

「…当たり前だ、しつこいにもほどがある、そもそもだな、お前は…!」

「はい」

「…か、かしこまって聞くな!」
「続きは?」
「…え、っと、だな…あー」
風呂の中で正座して。俺の目の前に面と向かって嬉しそうに座って。
続きなんか、忘れちまったよ。

「やっと、本当のハヤトが見れた」

「え?」
「だって、なんか最近ハヤト、俺に気使ってばかりで、俺の気持ち優先ばっかり」
「…そうだったか?」
「すごく」
それが、
そんなに、気になってたのか?
俺は、ロイを束縛しちゃ絶対にいけない、って、自分に何度も言い聞かせてた。
「束縛、してよ」
「束縛されるような男なのかお前は」
「多分無理絶対無理」
「だろ、だったら…」
「してよ」

正座の足を崩して。
湯船に寄りかかってる俺の髪に両の指を通して。
「もっと我侭言い合おうよ」
「…ったく、お前は知ったような口ばっかりだな」
「そう?ンじゃもっと聞いて」
通した指が俺の髪を掴んで。
膝立ちになったロイが、俺に屈みこんで口付けた。
唇が開いたから。
舌を絡ませる。

「…センセイ」
「…ん?」
「…キス、上手くなってるし」
「―――う、うるさーい!そんなわけがあるかー!」
「素直じゃないなぁ」
「素直じゃなくて充分だっ!」

ロイの指は髪を撫でていて。
俺の唇にはジンとした感触が残ってて。
もう一度、って思ったから、笑ってるロイにキスをした。

離して速攻手桶で水をぶっ掛けて。
からかう隙なんか与えないからな。
水を払ったロイがやけに嬉しそうに笑ってた。



目を開けたままのキス。



もう、しょうがない、だなんて、言ったりしねえ。
なんにもしょうがなくなんかねぇ。
わかったよ、気を使うなって言うんだろ?
ったく。
しょうがな…
いや、しょうがなくない、こう言うヤツなんだ、腹が立ったら怒ってやればイイ。
真っ向から対決、ってのが好きなんだろ?
俺もそう言うのは、好きだ。

「あ、センセイ」
「あん?」
「俺、勃っちゃいましたけどどうしましょうか」
って、笑って。

ひょい、と下を見て。
確認して、ロイを見て。
俺見て、舌を出して、ほーそうか、からかおうってのか?



ったく。

しょうがねぇヤツだな!

 

 ん?