屋上の風ってのは気持ちがいい。
放課後、保健室に行っても無駄なときは、俺はたまにこうして屋上にいる。
全部が見渡せる。
学内の、校庭から、帰る生徒の後姿、校門、その向こうの町並み。
竹刀を柵に立てかけて、俺はその柵に仰向けに身体を預けた。
ああ、空が見えるな。
もうすぐ、学校内の生徒は誰もいなくなる。
先生も帰る。
…俺も帰ろうか。
独りの部屋に。

っかー!さみしいねぇ、こう、家に帰ったら三つ指付いて「お帰りなさいあなた★」とかよぉ!

…むなしい。
あーやめだやめだ。
帰ろう。
学校に独りでいたって、家に独りでいたって同じだ。
どっか、走りにでもいくか。
…もう一度、空を見上げた。
天気が崩れそうだな…
傘持ってきてねぇし。まあ降ったら降ったで雨ン中走りゃぁ
それはそれで気持ちがいいってもんだ。
帰るとするか。

屋上のコンクリート張りの床を、蹴る様に歩いて階下へ続く扉を開こうと…
ゴン!
「だあ!」
開こうとした途端、その扉が勝手に開いて、俺のヒタイを直撃した。
「こ、これは申し訳ありません」
「開けるならノックしやがれ!」
「ソレはそれで可笑しな論理じゃないかとは思うのですがいかがでしょうか」
「ん?」

目の前に立っていたのは、浅黒い肌、熊のような体格、
つるりとそり上げたスキンヘッドの上にバナナ味のソフトクリームが乗っかったような男。
「…ボーマン、だったか?」
「はい。アナタに用があってきました」
流暢に日本語を話すボーマンは、俺を、さっきせっかく離れた柵の方に促す。
まあいいか。
なにか話があるようだし、内容がわからなきゃ俺も対処のしようがねぇ。
「雨が降りそうですね」
「あー、そうだな。…」
「…」
「話ってのはなんだ?さっさと言いやがれ。はっきりしねぇのは嫌いだぞ!」
「…ロイが消えました」
え?
じっと俺をまっすぐな目で、見つめて。
ボーマンが真顔で言った。
「消えた?どういうことだ!」
「失踪したのです。今日の昼間、学園から姿を消してから、見つかっていません」

そんな、馬鹿な。
あいつは、突然逃げたりするようなやつじゃないだろうし。
…また、洗脳されて誘拐、とかか?
ロイを洗脳したところで、なにか役に立つのか?っと、コレはロイ自身に失礼か。
しかし…
まあ、別に昼間からなら、よぉ。
「どっか気晴らしにでも行ったんじゃねえのか?ロイだって男だ、心配する必要なんかねぇだろ」
「先生のところに来ているのかと思いましてね」
「あ?俺の?」

ボーマンの、目ってヤツは。
やさしそうに細められていて、ソレでいて、何を考えているのかがわからない光がある。
油断は、ならねぇ。
「俺のところにゃ顔は出してねぇぞ、他をあたんな」
「…本当ですか?」
「ああ?」
「かくまったり、隠したりしていると、良い結果にはなりませんよ。神はすべて見ているのです」
ボーマンの目は、優しく笑っている。
…なにか、俺が疑われているようだな。
「知らないもんはしらねぇって言ってンだろ…それともなにか?」
やべ。
心臓、ドキドキしてきやがる。
こう、熱くなってくる瞬間が、俺は好きで、もっとこう、燃えさせてくれる一瞬、それが持続するのを体中が望んでる。
そう。
「力ずくで、俺に聞いてみるか?」
「それはイケマセン」
「なんだなんだ、覇気がねぇなあ!男なら身体でどーんとぶつかってこい!」
「ソレで解決しますか」
「は?」
「アナタがそう信じるならば。」


その目は、いつまでも優しいのに。
俺は竹刀を構える隙に、その重圧のあるタックルを受けて、ふっとんだ。
「…!!!ッ!」
どん、と身体がコンクリートに打ち付けられて。
「…んのォ!やるじゃねえか!」
追撃を繰り出そうとしたボーマンの足首を掴んで、引き摺り下ろした。
俺の真横にその巨体がズシンと倒れる。
倒れた瞬間の、そのボーマンの腕が俺の首に入ったのに気づいたのは、
衝撃に一瞬視界が途切れて、ソレがやっと見えるようになった時だった。
「…動かないでください。手荒なことはしたくありません」
ニコ。
その笑い方。
裏がありそうで、でも、その裏を探る余裕、脳震盪を起こしかけた頭では探りきれずに。

「がああああああっ!!!」

頭で判断できなくなったから、身体に全部、任せた。



「申し訳ございません、てっきり…」
「あー」
「あ、あのう、大丈夫でしょうか」
「あー」
おろおろしているボーマン、何をきっかけにか、俺は怪しくない、と判断したようだ。
そもそも、かくまっていると良くない、だの
隠しているがどうだの。
ロイは、なにかやばい事でもしでかしたのか?
「非常に情けないことなのですが…」
「なにをやったんだあの若造は」
「…学長に控訴したんです。教育の制度を直ちに見直せ、と。」
「あっははははははは!ソレのどこが悪い!」
空に向かってねっころがったまま、俺は大笑いした。
ロイらしいのか、ロイらしくねぇのか、よくわかんねぇが、楽しいことやってくれるじゃねぇか。
でも逃げたってのは腑に落ちねえな。
「それが…悪いんです」
「なに?自分の意見を堂々と誰が相手であれ、はっきり言えるってのは漢(オトコ)じゃねぇか!」
「はぁ…あなたはそう言う先生でしたか」
「あん?」
「ロイが欲しがるのも無理はないですね」
俺の横に、同じように脳震盪を食らって転がっていたボーマンが、人形みたいに起き上がった。
脳震盪を起こしていた理由は、俺が気合一発、顔面を力いっぱいの握力で掴み上げて叩き付けたからだ。
自分でも、それだけの力が出ると思っていなかったからなぁ…
ふ、俺もやるじゃねぇか。
「先生?」
「ん?」
「ロイはどんな生徒だとお思いですか」
「傲慢、口が悪い、我侭で好き勝手、女好き、押しが強くて口ばっかりは達者だな」
「…言いたい放題ですね」
「本当だろ?教師や親にごまかして育てられて、
 自分のいいトコ悪いとこ楽しく消化できない人間になんか成長しちまったら
 人生が無駄ってモンよ!」
「楽しく、ですか…フフ……しかし、ソレではロイは『良い所』がないという事に?」

困ったようにソフトクリームを掻くボーマンに、俺は夕日越しに笑った。
「そんなこたあ、お前じゃなくて本人に言う事だ」




その後俺は、やけに目のパッチリ開いたボーマンと、校門前で別れた。
微妙に目を合わせるのが気持ち悪いから、
「俺も協力するが、二手に分かれた方が効率がいい」
とか何とか理由をつけて。
去っていくボーマンを見送って、一安心。
キラキラとしたパッチリ目のボーマンってのは中々にいただけねぇ。
しかし、何でボーマンは、ロイがいなくなったからっつって俺のトコに来たんだ?
細目だった目が突然パッチリ開いたのはなぜなんだ?
俺が活を入れたから元気になったから…とか言うんだったら、あまり活を入れた後、かかわりたくない相手だな。
俺の気合が削げる…。

ポツリ。
ん?
空を見上げると、真っ暗というほどでもないのに、水滴が零れ落ちてまぶたの上にポツリ。
「ん」
っと、片目を閉じて、空を見るのをやめた。
そういや、雨の日に空をじっと見上げてるやつってのは見たことがねぇし俺もやったことがねぇな。
雨が目に入るからだな、ウン。
でも、上から落ちてくる水滴、ずっと見てたら、どんな気分なんだろうな。
特に土砂降り。
全部が俺に向かって、落ちてきて、攻め立てられてるような気分になるかも知れんな。
お前が
お前が
お前が!
って、雨が落ちてくるような。
それに向かって、俺は空を睨みつけることの出来る人間でいられるだろうか。
…大丈夫さ。
俺は、それだけの勇気や気合を、沢山の人に貰って生きてきたんだ。
へへ。

そう思って空を見上げたら、
雨のヒト粒ヒト粒が、生徒みたいに見えた。
全員が俺に抱きついて頼ってくる。
「見てくださいよ先生ー!」
「先生、昨日のあれ見ました?」
「先生ー、教えてください」
「ねぇ先生、コレあげる」

俺の勇気。
俺の原動力。
がんばれお前ら。
俺は、お前らのために生きてる。
それが、俺の楽しみで仕方ないことだから。

ロイは。

今、独りか?

アイツは、そういえば、誰に受け止めてもらっているんだろうな。
年齢的には、まだ不安定な時期だ。
ちょっとやそっとのことで、弱音を吐くようなタイプじゃないのは、ここ何日か接してみてわかっている。
アイツは、なかなかに気合の入った男だ。
それが学校から、逃げるなんて。

パシフィックハイスクールと言う学園内が、どういった方針で運営されているのかは俺は知らんが、
ロイがそれに反発したと言うことは間違いないらしいな。
教師と言うのは、学園の象徴のようなものだ。
太陽学園には、俺がいる、ジャスティスには響子先生がいる、英雄先生も。
そうだ、教師といったら、化学の…あの、俺の尊敬するすんげぇ先生がいる。
みんな、あったけえ。

ったくよ。
何を突然血迷ったんだか。
ためしに、ゲームセンターなんか覗いてみたけど、
「よぉ太陽の!」
「おー」
岩とエッジが仲良くUFOキャッチャーで取ったキティちゃんに落書きをしているだけだった。
んんんん?
「お・ま・え・らー!!!!」
「ぎゃあ!い、一旦家にゃ帰ってるよ!」
「ならよし!」
「先生も元気じゃのう」
「おーよ」
岩が落書きしたキティちゃんは中々に可愛かったが、
エッジの手の中のキティ…
「なんだそりゃエッジ…」
「鬼帝チャン。どうよ!このりりしい眉毛」
「ソリコミ入ってんじゃねえか!」
「ぎゃっはははは!そりゃ外道にだって気合だぜぇ。猫にだって気合と非道さがなけりゃぁなぁ!」
涙が出るほど笑った後。
あ。
忘れるところだった。
「おいおい。お前ら」
「あ?」
「なんじゃ先生」
「ロイしらねぇか?」
エッジが、ちょい、と頭を傾げて。
首をかしげる、とよく言うが、エッジの髪形を見ていると、どうも頭ごとかしげているように見える。
アレで単車乗り回したら、髪の中に虫が入るだろうなあなどと感想を持ちつつ。
「ロイ、じゃと?」
「ああ。」
「あーあーあーあー。あの、卵黄の少ないプリン」
「黒いソースもかかっておらんのう」
「そうそうそうそう!」

なんだか、二人で大笑いしているが、
おそらく、ロイの頭のことを言っているんだろう。
…卵黄の少ないプリン…
ぐ。
わ、笑っちゃいけねぇ。
「で、そ、その、ロイを探してんだが…」
「来てねーよ、こっちにゃ。見つけたら連絡してやんよ」
「おー、頼むぞ!…お前らもほどほどにしておけよ」
「わーってるって、うっせぇことは言いっこ無しだぜ」

キティに飽きたのか、エッジがそれをポイ、と路上に投げ捨てて。
「うおらああああ!!!!エッジィ!!」
拾って振り向き様、その後頭部に投げつけた。
「どうせ卑怯にやるなら、つまらん捨て方をすんじゃねぇ!果たし状にでもくっつけとけ!」
「あ、は、はぁ、はい」
俺の怒り方、妙だったか?
エッジが腹抱えて大笑いし始めて。
「わかったわかった、アンタ面白いから許すよ」
だと。
その手にゃきちんとキティが抱えられていて。
似合わんとも似合うともつかねぇが、悪いやつじゃない。
岩が、俺に向かってひとつ会釈をした。
ゲド高のヤツラは、警察やPTAが言うほど、乱れちゃいねぇ。

どこの生徒だって。
がんばってんじゃねえか。
ロイよ、お前頑張ってんのか?だからいなくなっちまったのか?
ったく。
世話の焼ける…

その後、喫茶店でひなたに苦手なケーキを死ぬほど食わされたり
河原でシジミの殻を拾い集めている(???)醍醐に尋ねたり
五輪の将馬がストーカーじみたことをやっているのを背後から怒鳴りつけたりしながら。
結局、ロイは見つからなかった。

もう、日も暮れちまった。
パシフィックの寮のほうに電話を入れてみたが、結果はNO。
何を探しているんだか。
何を求めているんだか。


しょうがねぇヤツだ。



そうだ。
携帯。
確か。俺の家にロイの携帯番号が控えてあったはずだ。


何で気がつかなかったんだ、俺は馬鹿か!
直接本人に電話すりゃイイじゃねぇか。
しかし、他のヤツだってそれはやっているかもしれない。
たとえば、ボーマンだって、ロイの番号くらい知っているだろう。
…でも、
他に、とりあえず思いつかねぇし、打診をかけてみるのに越したこたねぇ。

こうなりゃ、とりあえず家だ。
ぽつ。
んん??
空を見上げる。
と、その瞬間。
「うわ!」

堰を切ったような土砂降りに、俺はぶちのめされて、
いくらなんでもこんな大量の生徒、俺でも受け止めきれねぇ!
でも雨宿りなんて性にあわねぇ。
この雨ン中。ダッシュだ。
気持ちいいから。
大丈夫、ロイは見つかる。
逃げたんじゃねぇ。
なにか探してるんだ。
男には、そう言う時ってのがあらぁ。
俺は、信じてるぜ、男としてな。

雨が俺の体中を浸して、濡れたジャージが重く感じて、
でもそれも、俺には心地いい。
予想以上に激しいその雨は、俺の足元を水溜りの渦に変えていく。
それを蹴り上げて跳ね上がらせて、走った。
濡れてたれ落ちてきた髪は、掻きあげて。
さすがに、この季節の雨ってのは、冷たいもんだな…
家の近くまでたどり着いて、頭をブン、と振ると、ずぶぬれの犬みたいに水が飛んだ。
振った瞬間に閉じた目を開いて。
「…」
俺の口が開いたままで、俺が呆然とした状態にあるってことに気づいたのは、
雨が俺の口の中に風にあおられて入り込んできたからだった。
玄関の前で、サングラスの男が金髪の男と口論している。
って、俺の家の玄関の前で。
金髪の男は、間違いない、ロイだ!
「ロイ!!!!」
「!」

俺の声に、すぐさま振り向いて。
満面の笑みで、俺に手を振る。
あのなあ!
笑ってる場合か!ボーマンも、俺も、みんなが、探してたんだぞ!
「遅いぜ先生!」
玄関に軒先の無い所為で、サングラスの男もロイも、びしょぬれで。
俺がその場所までたどり着くと、サングラスの男がため息をついた。
…この男…どこかで。

…運転手だ、この間の。
「先日はどうも失礼いたしました」
「…い、いや…」
あんな自分を見られた、ってことなんか思い出して。
照れそうになって、いやいや、とその考えを振り切った。
「ロイ様、もうお帰りになった方が…」
「お前には関係ない!帰れ」

…どうやら、こんな問答をここで繰り返していたようだな。
「ロイ」
俺の声に、ロイが静かに目を上げた。
まっすぐな目。
逃げてきたわけじゃ、なさそうだな。
「なあサングラス」
「はい」
「この場は帰ってやってくれ。コイツは俺に用がありそうだ」
「しかし…私としても仕事でありまして」
「仕事だからといってロイの男気を削ぐ気なら、相手になるぜ」



サングラスの男は、困ったように笑って、
簡単にその場を去って行った。
「さすが先生」
「?」
別に、俺はなにもしてねぇんだがな…?
真っ向に、俺が思ったことを、言っただけだ。


ジャージの上着を脱いで、玄関先で絞ると、滝みたいに水が流れ落ちて。
ロイの服も似たようなモンなんだろう。
「入れ、とにかくこんな服じゃ埒があかねぇ」
「…どうも」
ロイを風呂場に押し込んで、俺は俺で服を脱いでタオルでも巻いてからー、
そうだなァ、ロイになにか服でも貸してやらにゃならんな…
なんて考えながら、風呂場の空調のスイッチに手を伸ばした。
髪の毛から、雨を滴らせながら。
ロイは、じっとしている。
「なんだ?覇気がねぇぞ覇気が!」
「…聞かないんですか」
「は?何を?」
「どうしたのか、とか」
「俺に会いに来たんだろ?」

首にかけていたホイッスルを、はずそうとして。
その手を掴まれる。
「ロイ?」
「会いにきた理由、聞かないんですか?」
「聞かなきゃいえねぇ理由なら、俺は聞かねぇ。
 言わせて貰おうだなんて、そんな弱気じゃ俺のココロにゃ火はつかねぇ。燃えねぇんだよ、っと」
ロイが掴んだ手を振り払って、バスタオルは、どこだったっけな、と…
「先生」
「あー?」
「…参ったなぁ」
「あん?」
風呂場から洗面所に手を伸ばして、
確か、この辺にバスタオルがー、っと…
「おら、冷える前にさっさと脱いで、服貸してやっからとにかく着替えろ!」
振り向いて、そう声をかけ終わって、ロイの顔が目の前にあるのに驚いた。
「うぉあ!?驚かすな!」
「困ったことになったのさ…先生。」
「なにが」
「勃っちゃいました」
「はぁああああー?!」
「だって、先生濡れたシャツ一枚で、透けて…んですよね、さっきから」


言われて見れば。
さっき、ジャージの上は脱いだから、白いシャツ一枚。
それが雨でびしょぬれで。

「ロイ…お前なあ…血気盛んなのはわかるが、それを全部性欲に持っていくのはどうかと思うぞ」
「だって俺先生好きなんですもん」
「だからと言ってなぁ」
…ん?
なん…
「あ?」
「好きなんですよ」
「ああ???」
「俺の先生はアンタじゃなきゃ面白くない。だから学校側に交渉したんですが駄目でした。だから本人に交渉します」
「はあああ?」

ロイの発想ってのは、大胆で。
こりゃ、アメリカらしい考えなのか?

「あのなあ、教師ってのは、個人相手ではなくてだな!」
「知ってます。生徒をひとまとめにして教育する、んでしょう」
「そりゃ違う、何人いても、生徒は一人だ」
そう、30人いたとしても、生徒は一人。一人が集まって、30人なんだ。
「…駄目ですか」
「駄目だ。俺には俺の生徒がいる。」
「…」
「手のかかる生徒もいるがな、まったく人の家の前でずぶ濡れになって待ってる生徒だなんて始めて見たぜ」

ザ。

ロイの手が、シャワーのコックをひねって。
冷たく濡れていたシャツが、打って変わって機嫌のいい暖かい雨に濡らされる。
「サンクス」
「ん?」
「やはりアナタは教師だ」
「はは、ったりめーだろ」
「でもやっぱり俺は勃ってるんでー。」
びしょぬれのロイ、俺に近づいて。
「オイ…」
「寒いんですよ」
「かもな、それだけ濡れてりゃあ…」
すい、と伸びたロイの手が、俺のシャツの上から、胸を這って。
「あのなあー!」
「なんですか?」
きゅ、と強く摘みあげられて、一瞬身体がこわばった。

あったけー雨に、のぼせてしまいそうで。
ロイの舌なのか、水の流れなのか。
濡れたシャツの上から、唇に含まれて、ゆっくりと転がされて、不意に歯を立てられたり。
「…っ…」
「ここ、本当に弱いなぁ」
我に返りそうになって、そうだ、こんなこと、ロイとしてていいのか俺…
って、考えた途端に、それはまたすぐに流されて。
わき腹を爪が這う。
吸い上げ啄ばまれ、勝手に尖っていく身体にロイの息が荒くなるのが聞こえる。
「先生…俺のを触ってみてくれないかな?」
「…なんでだ」
「愛撫の仕方、俺が教えてあげてもいいかな、ってね」
「…」
そ、と、ロイの下半身に手を伸ばした。
ロイとこうすることで、俺は確かに沢山のことを覚えた。
人を愛するときに、何が必要なのか。
抱くときに、抱かれるときに、何が必要なのか。
ロイはそれを沢山知っている。…この年齢で、知っているのもどうかと思うが、知っているんだから仕方が無い。
そして、それが俺にまったく無い知識だったというのも、確かで。
「自分で、したコトあるだろ?先生も」
「…」
「あるなら、うなずいて?」

少し間をおいて。
…ゆっくりうなずいた。
したことがあって当然なのに、なぜか聞かれて答えるとなると…恥ずかしいもんで。
「顔、真っ赤だよ」
「う、うるさい!」
「俺にも、同じようにしてみてよ。俺も同じようにしてあげるからね」

俺のやり方…?
ロイの、服の中、濡れた服に手を突っ込んで。
すでに硬くなってるソレに、親指の腹を這わせてから、先端を軽く握った。
「…は…ッ…いつも、そうやってるんだ…?」
「…」
「俺は、こう」
「…ッ、ん」
俺とは違うやり方で。
自分でするときは、自分だからわかる所、自分が一番感じて一番好きなところばっかり攻めるのは普通。
だけどロイの指は俺の弱いとトコは、違うとこ、刺激して。
指先で先端を割るようにして、ソコに指がするりと滑るように…
「いう、うあああっ!」
「沢山覚えて、俺のも気持ちよくしてくれよ、なあ、先生?」
いつの間にか、俺は風呂場の床のタイルに背中を預けていて。
壁に取り付けられたシャワーから噴出す飛沫が、
束になって流れに形を変えて、俺の身体を流していく。
駄目だってばよ…
ロイ、駄目だ。
溺れちまうじゃ、ねぇか…
雨に、よぉ…








「おう、そうなんだ、そうそう、明日学校の方に直接行くだろうから」
電話を耳につけて話しているのは、ロイ。
『行くだろうから』
って言っていたの、聞き逃しちゃおらんぞ。
「コラ!絶対に行けよ学校!」
「え?あ、ああ、行きますよ当然ですよイヤだなぁ」
電話を切ったロイは、俺の替えのジャージを着ていて。
俺はまさかスーツを着ているわけにも行かずに。布団に包まってむっつり。
「あー!何でこう雨ばっかり続くんだ!」
そう、今日は日曜日。
学校にいく必要がないとは言え、俺が一番動きやすい格好がロイに貸したジャージだから、
それ以外って言っても、なぁ…
昨日濡らしちまった服はまだぜんぜん乾いてねぇし。
「何で不機嫌なんだい?」
「恋人みたいに喋るな。俺は教師でお前は生徒だ!けじめはつけろ!」
「…なんで御不機嫌でいらっしゃるんですか先生」
…あーいえば、こーーいう!
しかし。
不機嫌なのは、本当だな…
だってよぉ。
「動けねぇ」
「え?」
「お前に服かしちまったし、室内で運動するにも、それ以外俺はスーツしか持ってねぇ」
「はぁ、はは、はははははは!」
「笑うな!」

パジャマ代わりのトレーナーは、昨日ロイに汚されたしよ。
…なにで、とは言わんが。
あまりねちっこくへばりついてくるから、また気合でも入れてやろうと思っていたのに!!!
「もう濡れててもかまわん!昨日のやつを着る!」
「また透けて見えちゃうから俺がドキドキしちゃうなぁ」
「ぐううううーー!!」
じたばたじたばた。
ベッドの上で暴れるくらいしか出来なくて。
ベッドの上で、腕立て伏せ、とか。なら、出来るか…
裸でか?
馬鹿すぎる!!!
「ぐあー!!!!」
「落ち着いてください先生!俺がなにか服を手配させましょう」

それから5分後。
すぐにチャイムがなって、現れたのは、サングラスの男。
ロイの服の替えを持って現れたらしく、
やっと俺は元の鞘、何時もの赤いジャージに収まって、一安心。
「落ち着くぜ…」
「お似合いですよその方が」
「そうか?」
「裸より」
「くだらないことを言ってないでさっさと帰って親を安心させてやれ!」

俺の言葉に、サングラスの男が始めて笑い顔を見せた。
「なんだ?」
「…いいえ」
「笑うのに理由がねぇわけがねぇだろ!」
ロイは、もうすでに玄関で靴を履き始めていて、
サングラスの男の名前をひっきりなしに呼んでいる。
英語らしい発音だから、俺には良く聞き取れなかったが。
ロイのほうに行きかけて、男が振り返った。
「…ロイ様はアナタに会えて幸せです」
「お前はそれでうれしいのか?」
「はい」
「そりゃいい、そう言う気持ちは大事にしな!」
「気持ちのいい人だ」

ん?

俺の笑い声にかき消される程度の小さな声で、男が何か言ったから。
聞き返そうと思ったら、もうすでに男はロイより先に玄関の外に出ていた。


雨は、まだ降っている。

…ロイは、俺の生徒になりたかった。
かまわねぇ、どんなヤツだって生徒にしてやる、俺がビシバシ鍛えてやる。
それで誰かが笑えるなら。
楽しいなら。
気持ちがいいなら。
楽しいことなら、任せとけ。


降り止まない雨。
この何千何億の生徒、受け止められねぇはずがねぇ。
もう、無理だなんておもわねぇ。
もう一度、走りに行っか。
よし。
立ち上がって、外に出ると、
「やっぱりなぁ」
ロイと、サングラスが、苦笑しながら俺を待っていた。
サングラスの足元を見ると、スニーカー。
「生徒がまた増えたか?」
「そのようで」


笑ってる俺たちに降り注ぐ雨は、
もう、俺をせめぎ立てたりはしていなかった。


教師、冥利に尽きるぜ。なあ?