「ふぅ。やっぱり動きずれぇなぁ」
家から一番近い駅。
混雑したよどんだ空気の中から、やっと俺は開放されて、大きく伸びをした。
動きずらい理由ってのは、この服装の所為。
今日は、親戚の娘が結婚式だってんで、
まあ俺が音頭を取って大騒ぎで盛り上げてやったわけなんだがな、
スーツでいい、ってのによ、まあまあまあまあ、とか言われて。
羽織袴、用意されちまって、いらないからもって帰りな、だと。
そもそも、こんな格好で電車に乗って帰ってくるだなんて、
俺もキチガイじみたこと、よくやってのけたぜ…。
汗をかいた中の肌と布が擦れて、ちょっと気持ち悪いな。
そう思ったときに、不意に、流れる風を感じた。
ちょ、っと、手首の辺りの布を掴んで、風の来る方向に向けてやると、
中を通り抜けて行く感じがとてつもなく気持ちがいい。
さっさと帰って、シャワーでも浴びて着替えちまうか。

しっかし、この羽織袴ってのは、どうやって何処に仕舞ったらいいんだ?

こういうのに詳しそうなのは、うーん、
きちんとした服装、と言えば…ジャスティスの生徒会長、雹あたりか、
恭介…いや、知るワケが無いか。
女生徒に聞くのは無駄そうだしな…
ああ!
そういや、応援団で醍醐が着ていた事があったな。
あいつに聞いてみるか。

よっしゃよっしゃ、
とにかく、走って家まで…

走って?
羽織袴でか?

それじゃまるで「殿中でござる」状態だぞ…
しかたねぇ、タクシーでも拾って…ガラじゃねぇなあ…
駅ってのは、どの駅でもタクシー乗り場かがならずあるもんで。
ソレに違わず、この駅にもタクシー乗り場は設けてあった。
駅の改札から出ると、地上から見ると二階の位置に当たる通路に出てしまうので
階段を下りて、繁華街に面したロータリー付近まで降りた。
なんやかんやと押しつけられ…イヤ、貰った引き出物やみやげ物、左手にまとめて下げて。
あまりバランスのよろしくねぇ歩き方で、タクシー乗り場まで、と、向きを変えた。
ん?
「あ?」
「おや?」
「ロイ?」
「せ、先生?」
ちょうどそのタクシー乗り場の先に止まっていた大きな車から降りてきたのは、ロイで。
そりゃ、学生だもんな、街中にゃイロイロと服とか遊びとかで用があるだろうな。
「遊びに行くのか」
「あ、ああ。まあ、そんなとこですが」
俺の格好を見て、まじまじ。
「…結婚式で無理やり着させられたんだ、まあ俺も日本男児だからな、死ぬほど似合うだろ!」
はははは。
そう言って笑って。
ロイが笑わないのに気づいた。
「ん?どうした?」
「…それは、着物ですか」
「んん、まあ、そうだな。スーツ着て行こうと思ったんだけどな、向こうで勝手に用意されちまってなぁ。
 参るぜ、動きずらくてよ、こういうのは…」
「ふぅん」
そっけないな。
ロイにしちゃ、珍しい。
どっちかっていうと絡んでくるタイプなのに、今日はずいぶんと訝しげに俺を見ていて。
「そうですよね、先生の年齢なら、結婚式にも呼ばれますか」
「え?あ、ああ、そうだな、親戚の妹がよ…俺もせかされちまったよ、早く嫁さん見せろってなぁ」
ぽりぽり、と頭をかきたいところだが、荷物があってそれも出来ん。
早いトコ、楽になりたいんだが…
「スーツの方がいいのに」
「え?」
「そんな先生、見たくありません。早く着替えてしまってください」
「は?」

ロイの様子、変で。
なにか、機嫌が悪いような、怒っているとまでは行かなくても。
ぐい、と俺の右手を引っ張って、車の方まで連れて行く。
「これから帰って着替えてください」
「いや、そのつもりだが」
「じゃあ早く!」
「????」
ロイの剣幕に、その我侭な物言いに怒鳴りつけることも忘れて、
俺はロールスロイスに押し込まれた。
何時もながらのサングラスが、運転席で俺に頭を下げる。
「おう」
と、返事を返した俺にロイの鋭い突っ込み。
「ガラスの向こうには声は聞こえませんよ」
「…うるせぇ!」
「こっちを向かないでください!」
「ああ?」
「見たくないんだ、先生のそんな姿」
「…意味がわからんぞ、おい、自分勝手もほどほどにしろ、
 嫌なら嫌で理由をちゃんと言えば俺にだって…」
「言いたくありません!」
「ロイ!」
俺の追撃を無視して、ロイは前のガラスをコンコンと叩いた。
それを合図にしてなのか、車が発進する。
空調はちょうど良く、俺の汗もひいては来たが、
あんまり気分が良くない。
俺だって、好きでこんなもん着てるわけじゃねぇ。
本当に、パシフィックの教師はいったいどういう生徒のしつけ方をしているんだ。
上は敬って当然、まあ、上と認められない人間が上にいるのだとすればそれは問題外だがな。
馬鹿にしているのもいいとこだぜ。
むす、っと、俺は窓の外を、顎に手をかけたまま睨みつけた。


俺が何も言わなくても、勝手に車は俺の自宅の前までたどり着いて。
俺がサングラスに手を上げて車から降りると、ロイが一緒に降りてきた。
「悪いな、送ってもらっちまって」
「いいですから着替えてください」
「…っち…」
むかっ腹が立って仕方がねぇが、とにかく着替えたいのは俺も同じだ。
さっさと着替えて、動きやすくなったら、その腐った根性を鍛えなおしてやる!
じろ、と睨みつけてやると
眉を苦しそうにひそめて。
ロイは、俺から目を逸らした。

玄関に入り、その時点ですでにもう俺は羽織を肩から落として。
「あーうぜぇ」
「ならなんで着たんですか」
「しょうがねぇだろ、リクエストだったんだからよ」
「俺は嫌いです」
「お前にゃ関係ないだろう」
そういいながら、草履を脱ぎ捨て、とんとん、と居間の方まで片足飛びで足袋を脱いだ。
「関係、ありませんか?」
「ん?」
兵児帯をはずして、袴をポン、と落として。
そうそう、この下がきついんだ。
羽織袴の下の、着物の帯にやっとたどり着いて、それをはずすのに四苦八苦。
俺が自分で着付けたわけじゃねえからな、何処からはずしていいもんやら。
「先生、アナタは日本が好きですか」
「んん?」
やっと、このあたりから解くのかな、と見当をつけて、
もそもそと首を逸らしてそのあたりをいじり始めて。
ん?
「ああ」
「好きなんですか」
「好きだぜ。俺は日本で生まれた、日本の風土もにおいも好きだ」
「政治も自衛隊も好きなんですね」
え?
見当違いのところだったのか、帯はなかなか解けずに。
あ?こっちか。違うな…、うーん。
「強くも無いのに強いフリをして虎の威を借る狐、それが日本ですよ」

なんだと?

俺は、帯を解く手を止めた。

「さっきから聞いていればロイ。日本が嫌いなのはわかるが、言いすぎだ」
「しかし!現に俺のグランドファーザーは!」
「…日本兵に殺されたのか?」

空気が、一瞬にしてピンと張り詰める。
ロイが日本を嫌う理由、
そんなもの、考えたことも無かった。
アメリカ人はよく日本を馬鹿にする。
それと同等の程度の話だろうと思っていた。

「殺されてはいません」
「…ぁ…なん、っつってイイのか…先生にゃ…」
「片足を奪われ、自由な生き方を狭められました。どうしてですか?なぜ日本人はそう言うことが出来るんだ」
「…水掛け論だろう」
「え?」
「アメリカも日本も同じさ。どっちも殺しあった。理由は、相手が喧嘩を仕掛けてきたからだ。
 原爆を投下されて一瞬にして炭になった日本人はどうなるんだ」
「でも…!」
「でももへったくれもねぇ!俺は日本人だ!日本人がが日本を見捨てたら、
 ここはどんどんツマンネェ国になっちまうだろうが!」

正直言って、俺は歴史とか苦手だし、
どうして敵対していたのかなんて、わかんねぇ。
だけど、
お互いを敵にしちまったのは、お互いだろ。

「殺された人間に、同じことが言えますか」
「ああ。」
速攻で言い放つと、ロイが少し笑った。
今日、初めて笑ったな、お前。
その方がイイ。若い時にゃ死ぬほど笑っとけ。
そうすりゃ、その先の人生でもずっと笑って生きていける。
「日本人なのになあ」
「俺か?」

「キモノ、苦しいでしょう」
「あ?ああ、だから脱ぎてぇんだけどよ、コレがなかなか、何処から脱いだらいいもんかわかんねぇのよ」

もう一度、腰の後ろの方に手をかけて、ん?出っ張りがあるな、これか?
と、身体をそらして後ろを覗き込んだ。
「俺が見てあげますよ先生」
「ああ、わりーな…」
「キモノ、か…」
「ん?」
俺の襟元に手をかけて。
布の隙間に沿って、指を滑らせる。
「…っ、ロイ…?」
「先生が、着物着ていたのを見て、突然むかっ腹が立ったんですよ。」
くい、と襟元を引き上げて、首をかしげる。
「日本人だ、って思ったとたんに…悔しくなって」
「俺は日本人だあることを恥じたりしねぇ!が、お前がどう思うかはお前の勝手だ」
「勝手だなんて、言わないでくださいよ。」
布を滑ったロイの手が。
俺の腰周りとクルリとヒト撫ですると、帯が解けて床に鉋屑のように落ちていった。
「俺は先生、アンタを気に入ってる」
「ほーそうかそうか、そんじゃこれからもガンガン鍛えてやるから喜べよ!」
「ははは、面白いヒトだな」
ロイの手が、着物を肌蹴て。
「本当に、先生、パシフィックに来てはくれませんか?」
「我侭を言うな」
ちぇ。
ロイがクチを尖らせて、でも楽しそうに俺を見た。
「アンタが来れば、アメリカが変わるのに」
「そりゃ買いかぶりすぎだぜ、…っと、オイ…」
着物を肩まで肌蹴させて、俺の足の間に、自分のひざを擦り付けて。
ロイの、上質のズボンの布の感触が、肌をすべる。
「ん…ッ、おい、また、かよ…」
「キモノ、で、感じてみようかなーって。」
「嫌いなんだろ、脱ぐから、待て…」
スル、と、膝先で探られた内股に、なんともいえない快感が走って。
ったく、
この生徒は、教師に対してこんなことばっかり!
この…!
と、振り上げた手。
そのまま、震えて。
「あ…ッ」
「声、出ちゃいましたね」
「う、うるせ…」

身体をゆっくりと押されて。
刺激から逃げようと後ずさる俺の身体、追いかけられて、壁にぶつかっちまった。
「もう逃げられませんよ、先生?」
「…あ、の、なぁ…お前、こんなことばかりしてると、ろくな大人に…」
「なれます。アナタがいるから」
そんな、殺し文句言ったって、駄目、だってんだよ…
口元に差し出された指。
ロイが、自分の口に含むのを俺に見せて。
「ほら」
「…」
「ドキドキさせる方法を、先生、君に教えてあげよう」

…口の、減らないヤツ…

ロイの唾液で濡れた指、
ゆっくりと口に含んで。
「そう、吸って?」
「…ん」
「あったかいよ、先生…」
…確かに、ドキドキ、する。
ロイのやり方は何時もそうだ。何時も俺をドキドキさせる。
俺に指を含ませたまま、着物を肌蹴させるのに沿って舌を肌に這わせていく。
脱がせながら、舐めるのも、何時ものロイの癖。
そうか、
たぶん、ロイは、こういうやり方を、誰かとしているうちに覚えたり、知ったりしたわけなんだろうな…
「俺、先生の鎖骨から首の筋肉のスジ、好きなんだよね…」
「…そこは、胸鎖乳突筋 って、言うんだ」
「お、体育教師らしい発言だね、んじゃ、この辺の筋肉は?」
ロイが触れたのは、腿の内側の下方。
「…長内転筋…な、なぞるな…!」
「恥骨筋じゃぁないんだ…」
「それは、もうちょっと上の方、い、いいから触るな!」
力が勝手に入っちまって、浮き出た筋肉、楽しそうにロイが撫でて。
「んじゃ、ここは?」
「そ、ソコは筋肉じゃ…!」
ロイが触れたのは、…快感の中心。
指で焦らすようになぞられて、体中の筋肉がこわばって波打っちまう、
「力、抜いてくれないかな?先生?」
「だ、だったら、指、…」
「ここは?体育教師らしいこと言ってよ」
「え?」
「ここは、なんてトコ?」
ば、馬鹿ヤロウ!!!!
そんなん、
そんな…


「…ん、っ、」
「正式名称とかあるんでしょ?」
「冠状溝」
どうだ、わかるまい。
「へ?」
「カンジョウコウ」
「こ、ここ?」
「んんっ…!や、引っ掻く、な!」
俗に言う、あの先の引っかかりの部分、
世間で知られてなきゃ、言うのに抵抗はねえよな。
ううー。と、ロイがつまらなそうな顔をして。
一瞬後、ニヤリ、と笑った。
「な、なんだよ…」
「んじゃ、コレってなんていうんですか?」
「!!!」
知ってて、聞いてやがるな?!
ロイが軽く握ってゆっくりと刺激を与え始めた部分。
そんなん、
「…授業とかで、教えたりしなきゃならないんでしょう」
「…あ、っ、だ、だから、って、今…」
「教えて」
「い…」
…陰茎、ってんだけど、よぉ…
口に出してなんか。
体育の教師が何で保健の勉強なんかせにゃならんのだ!!!
おかげで、俺はこんな目に…
授業の時だって、照れるし
「い?」
急(せ)かす、なよぉ…
「い…」
お、思い、きって…
「ほら先生?なんですか?」
「い……、うか!誰がーーー!!!」

あはははは。
ロイが面白そうに笑ってて、俺はもう真っ赤で。
あんまり、からかうんじゃねぇ!
「you're so cute☆」
「は?なん…」
「似合いますよ、着物」
え?
と、驚いて。
だって、さっき、嫌いって言ってたじゃ…
ふ。
しょうがねぇヤツだな。
でも、
似合うって言っておいて、脱がすってのも妙な話じゃねぇか?
「そうですかねぇ?、だって、もうすぐ汚れちゃいそうだよ、ホラ」
「…っ…!!!!!」
ロイの手の中で、突然俺は弄ばれて。
身体がガクンと崩れて、ソレに従うようにロイが俺を支えながら攻め立てる。
「う、う、…ッ、ん、や、ぁ」
ロイの指はすごく巧くて。
俺はその肩に爪を立てて首を振るだけ。
そのまま、声も出ないほどの絶頂に導かれた。

俺の出したモン、ゆっくりと舐めてるロイの指、掴んで。
口に含んだ。
「先生…?!」
「うえ…こんなもん、舐めて面白いか、お前」
もう一度、含んで。
口の中で、唾液と混ざって飲み込みきれずに、口元から溢れた。
それをロイが掬う。
「先生も、結構やるなぁ…」
「ん。んん?」
「今、俺がすごくそそられることをしているんだよ、先生は」

そういわれて、妙に照れて。
クチをはずそうとして、頭を捕まれて止められた。
「そうやって、気持ちよくしあうんだ、それが俺流。」
「ん、ぐ…」
苦しい、ってばよ。
やっと離された口元に、速攻でロイの唇が重なって。
俺の口の中の味、舐めとる。
ったく。
コレが、学生のすることかよ。



「あーあ、やっぱりキモノすごい事になってる」
「え?ああ、別にいらねぇしなぁ…コレって、洗濯機とかで洗うのか?」
「はあ?!キモノを!?洗濯機で!?」
やっと何時ものジャージに収まって、一息落ち着いた俺は、
あぐらを書いて着物を広げて。
俺の広げた着物を、ロイの手が奪い取る。
「着物みみたいな物は、洗濯機なんかで洗っちゃ駄目!NO!絶対NO!」

オイオイ、俺より、日本人らしいぞお前。

「別にいらないから、クリーニングにでも出して誰かにやっちまっても…」
「駄目です。」
ずい、と俺の前にやけにまじめなロイの顔。
な、なんだよ。
俺の眼をじっと見つめて。
「着物はたまに着て下さい。日本人なら。」
「は?お前、何言ってんだ?嫌いって言ってみたり、はっきりしねえな!」
「はっきりしました!」
「ようし、何がだ、言ってみろ!」
「着物は燃えます!」
ゴン!!!!!

そんなこったろうと思って竹刀握っといて良かったぜ。
まあ、でも、俺も日本男児だ、着物のひとつくらいあってもいいか。
この酔狂なアメリカのガキが喜ぶ顔も、うれしいしな。
もう、あんな、寂しそうな顔すんじゃねぇぞ。

「あーあ、みんな先生に消されちまう」
「俺が何を消したって?」
「俺の寂しいコト」
「…うれしーこと…言ってくれんじゃねぇか…」

おもわず、ジンと来ちまった。
ふと、
その消したワケを思い出して、
ゴン!
「アウチ!何をする!」
「自分の胸に聞けー!!!」

そうそう、
そうやって、はしゃいで楽しそうで、本気でびっくりしたり、本気で笑ったり、
本気で泣いたり悲しくなったり、
それを俺は見て、育てて行きてぇんだ。
誤魔化したりなんかするなよ。
どんな手であれ、俺にぶつけて来い、お前の本気をな。


日本と、アメリカ、か。
どうせ、どこの人間だろうと楽しければいい顔して笑うのにな。
俺はまだまだ狭い、まだまだ俺の周りには知らないことが沢山あって、俺を輝かせることが沢山ある。
そう思うと、ワクワクしてこねぇか?


その切っ掛けがお前だってことは、良かったと思うぜ、ロイ。


もっと、この日本人にアメリカのいい笑顔、見せろよ?