「だから、俺としてはやっぱり、ATばかりが増えているこの日本の現状がですねぇ」
「…だな」
ロイは、さっきから俺の横で日本の車事情がAT主流化していることに対して
気に入らないと意見をぶっ放し続けている。
アメリカはほとんどがマニュアル車だとかで、ATの車はほとんど無いとか。
車の生産がATに傾いていてマニュアル車の生産が少なくなっていくらしい傾向は、俺も知っている。
「ATが悪いとは言いませんけどね、マニュアルの生産自体を減らすって言うのはちょっとなぁ」
「ああ」
「元気がありませんね」
「ああ」
…あ?

つい、生返事をしちまって、ふと顔を上げる。
その俺をロイが覗き込んで、ため息を一つついた。

「今日は帰る?」





ここのところ、休みの日というと『ロイと会う』のが習慣になってる。
今日も、何も疑問を感じずに、ロイと会っていた。
しかし、今日はなんだか気持ちが重い。
…気が乗らねぇ、ってのが一番あってるかもしんねェな。
あー覇気がねぇ!!
…と、自分に気合いを入れてみたところで、なんだか胸の辺りが重くなるだけ。
息もしずらくて、なにが気になってるのか俺にも分からない。
考えようとすりゃ、悩みに相当することなんざ、どこにでも転がってるだろ?
…その中のどれに相当しちまってんのかなぁ、俺のこの頭ン中…。


ロイは、そんな俺を看(み)かねたんだろうな。
俺に「帰りなよ」
って、そう言ってよ。
俺をおいて、単車乗って帰っちまった。
『ロイに悪いことをしたな』
そう思うのが当然なのに、俺はそんなこと考える余裕がなくて。
なんだ?
なにが、俺の頭ン中でひっからまっちまってんだ?
ロイとあってりゃ絶対に楽しい、何か考えことがあっても吹っ飛んじまう。
そう、思ってたのによ…なんだよ、調子狂うな…

イライラ、しやがるぜ…

家まで走って帰っても。
鼓動が心拍数に準じて上がっても。
額から汗が流れても。
頭ン中から、何かひっからまったゴミのようなモンが抜けださねぇ。

くそ。
ナントカしろよ、俺…!!!


ロイ 俺のコト気にしてるんだろうな 家にはちゃんとついたから 心配するなって 電話でも 入れて おいた ほうが イイ かも しれない


考えなきゃいけないこと。
なんだろう?
ロイか?関係あるのか?
ロイに関して、俺が気になってることがあるのか?
生徒であるロイと教師の俺が体の関係を持ってることに関して?
違う、俺はそれに関してはワケの分からない自信を持ってる。
気持ちばかりは地位や状況に左右されたくねぇ。
教師として、じゃなく、男として。そりゃ、俺のケジメだ。

だったら、なにが気になってる?

わかんねー。

やっぱ、ロイのことなのか…

玄関でイライラするこの気持ちに任せ、壁を叩こうとして、諦めて。
壊してどうする。自分ちをよ。
落ち着け。
…居間に入って、
テーブルの上、電話置いてある
…鳴らない。
俺のこと、気にならねぇ?ロイ、よぉ…

なんか、俺おかしいんだよ。

くそ、気合い入れようッたって、

そもそも!!

なんに対して吹っ切ってイイのかがわかんねー!

開け放したままにしておいたカーテン締め切って。
何、やってんだ俺。
…どうしよう。
何したら、吹っ切れる?
そもそも、俺は何を考えたいんだ?
わかんねー。
考えなきゃいけないことなのか?
必要ないなら、考えなきゃいいのによ、ったく、オイ俺、しっかりしろよ…


「…ん」

駄目だ。
何、こんな事して誤魔化そうってんだ俺…?
もしかしたら、コレで気持ち誤魔化せるかもしれない。
イライラしてるこの気持ち、すっきりするかも?
なんて、
俺は、
自分の手を、自分の下腹部に這わせて。

「何、やってんだ、よぉ…」

とまんねー…いや、止めないほうがイイのかもしんねぇ…
自慰ってのは、別に悪い行為でもなんでもなくて、人間の生理的な…
「、ッ」
着ていたコートも脱がずに。
その場にしゃがみこんだ。
指先はもう、俺自身に到達してる…

集中しちまって、忘れちまおう…



ロイの愛撫に慣れてた俺の体は、なかなかに強情で。
一度果てても、もう一度…なんて…





「…」
やけに熱中してたせいか、頭がボーっとしている。
指先、びしょ濡れ。
これで良かったンかな。
まあ、頭ン中支配してた何かを考えなきゃならねぇって言う気分だけは、取れたような気もするな…
コートを着たままなのにやっと気がついて、
身支度だけでも、と体を起こした。
コート、引っぺがして、面倒だから裏返しになったまんま、ソファの上に放り投げた。
顔、水で洗って。
…効くもんだな、テンパっちまってるときの快楽ってのは。
あんな行為で誤魔化しちまった俺の弱さが、気にいらねぇ。

ったくよ。
…ロイのやつ、電話もよこしゃしねぇ。
しょうがねぇな、コッチから電話してやるか。
用?
…生きて家に着いてるから心配するな、って言う言葉だけ伝えりゃイイ。
…それを、電話する理由にして。


受話器を取って、ボタンを押した。
そもそも、様子がおかしくなってロイに気を使わせたのは俺のほうだぞ。
ロイに謝るべきだろう。
でも、ロイに謝って欲しいと思ってる俺の気持ち。
ああ、くそ、またわからねぇことが出てきやがった!!!!
2コール。3コール。

7コール。
いねぇのかな…

プッ

「モシモシ?」
「…あ?」

ロイの携帯にかけたはずなのに、声が違う。
間違えたか?
ああああ、あれ?
ちょっとまてよ、だって短縮に入ってる番号だから、掛け間違えるはずが…

「もしかするとハヤト先生でいらっしゃいますか」
「あ?は、はい、そーですがそちらァ…」
「ハハ、申し訳ありません、私はボーマンです」

ボーマン?
やけに落ち着いた声だから、俺より年上の人間かと思ったぜ…
「ロイに、御用ですか?」
「あ?ああ、そうそう、いるか?」
「非常に申し訳ないのですが、ロイは先ほど外出してしまいまして…」
「え?」
「遊びに行くとか」
「…ああ、そうか。…分かった、有難うよ」

電話、思い切り叩きつけてやろうかと思った。
あんなによ。
俺のことにへばりついてきてやがったクセに、
気にも留めてくれねーなんてよ、

アタマ来たぞ!
心配してるならしてるで、してるらしいこと、俺にして見せろよ!
…って
俺は何を我侭な!!自分勝手なことを考えてるんだーーーーーー!?!?!

あーもうあーもうあーもう!!!
ソファの上のコートにボスボスと蹴りを入れて、あー、腹が立つ!!

もーいい。俺はもういい。
自分勝手すぎる俺は大嫌いだ。
コレは俺に気合いが足りねぇせいだ。
一発、気合い入れて…
自分で?
…難しいんだよな、気の抜けた自分に自分で喝入れるってのはよ。
いやいやいやいや。やる前から弱気になってちゃいけねえ。
自分の頬でもぶったたくか。
いや、それじゃ足りねぇ!
んじゃ、どうする?ボーマンにもう一度電話して、一手相手でも願うか?

馬鹿。

自分のことくらい、自分でケリつけろよ。

男だろ?
しっかりしろよ、自分。
誰か、背中ぶっ叩いてくれねぇかなぁ…


「一発、こう、どーんと、よぉ!」


天井にむなしくこだました俺の叫び声。
その向こう側から、
突如沸いた大笑い。
「ッ、ハハハハハハハ!!!」

「?!」

今から飛び出して、玄関先へ走って、廊下で滑ってコケそうになるくらい慌てた。

「…ろ」
「ハァイ♪相変わらず元気そうで良かったよ」
「ロイ…」

な、なん、なんなんだよ!
遊びに行ったって…。

「アソビニキマシター☆」

あっけに取られてる俺を横にどかして、勝手に居間の方に上がりこんで…。
おい?
おいおい、
おいおいおいおいおい!!!
ちょっと待て!
そっちは、まだ片付いて…

居間に入りかけて、俺の方を向いたロイ。
目が、す、っと細く笑って。
見透かしたような笑いに、ヤバイくらい息がつまる。
「足りてる?」
…う
やっぱり、バレた…



「足りた?」
うつ伏せで息を切らしてる俺の裸の腰に指を這わせながら。
さっき、アレだけやったってのに、またコレだけされると、
メマイ、起きそうだぜ、本気で。
「ねーセンセイ?」
「あー」
「何、考えてたんだい?」
それがよ。
わかんねーから、困ってたんだよ。
「それは考えたくない事だったんじゃないのかい?」
「え?」
背筋に流れてた俺の汗、す、と指ですくって。
指先でこねるようにして消してる、その動きに目を取られた。

その指が、俺の腰にやっとかかってるシーツの中にもう一度這わされて…
…ってぇ!!
「お、おいロイ!!!」
「なに?足りないみたいだからもう一度、と思ったんだけど」
「じゅ、充分だっ!」
「考えたくないこと、それが考える必要が無いのなら、
 考えられなくしちゃえばイイ、センセイがさっきしてたように、ね」
も、もう、
考えるなんて、気が起きねぇよ…だから、もういい加減…
でも、そういや、何か考えなくちゃいけないような気が…
なんだっけ…
「ホラ、どっか飛んじゃえ」
「!!ロイ…ッ!」
うつぶせの俺の腰、持ち上げて。
足の隙間に指が容赦なく入ってきて、ロイの放ったモンで濡れてる俺ン中、
かき回そうとして探ってくる。
目の前にあった枕に思わずしがみついた。
「も、もーやめ、やめだっ!」
「ナンデ?」
「んんんっ…!」
枕の布に噛み付いて。
ロイの指が探る俺の中、替わりに早くお前が来いよ…
「ホラ、足りないんでしょう?」
「そりゃ、お前、だろ…」
「そーですね、俺も飛びたいキブン…」

体の中に、慣れた感触。
「ンン、ああっ…!?」
「後ろから、って、先生すごく感じる性質ですよね」
「…う、ッ、うるさ…ァ」
つかみ上げられた腰、離してはもらえない、ロイが終わるまでは。
俺のつかんだ枕が、キシ、と音を立てた。
中に入ってる綿が俺に掴まれて悲鳴を上げてんだ、多分その音だろ…
強く、掴んで、中身グチャグチャにしちまえば、わかんなく…
俺にかぶさってるロイの息、耳元で聞こえた。
ロイの動きに体が押し上げられて、また枕がつぶれる。
俺もつぶれて。
また、俺こんなんで誤魔化して…
ロイの動きで、もうそろそろ、中に来る感触が予想できるから。
「俺、も、考えたくないン、ですよ」
「…、っ…え?」
緩やかになる動きに、勝手に体の奥が痺れを切らして蠕動を始める
「センセイ、俺に言ってくれなかった、悩み、」
「な、悩んでなんか、いな…」
抜きかけて、ソコで焦らして。
「や、ぁ、っう」
「言って、欲しかったなぁ…って、コレ、考えてもしょうがないし、だってどうせ先生言わないし」
そのまま、奥まで一気に押し込んだ。
「あああっ!!!」
そんなン、したらぁ、よぉ
「強情、だから、ね、センセイは」
「ふぅ、も、もぉ、イケよ…ッ」
「いいんだよ、もうちょっと強情張って?」
こんな状況で強情なんか張ったら、
いつまでも俺は眠れねぇし生活もできねぇだろうが、馬鹿…



ぶっ飛んだシュンカンに。
手の先に当たる何かの感触に気づいたけど。
それはすぐにロイの肌の感触に流されて消えた。




「あー!!!」
握り締めた枕の下から、一通の紙切れが見えて。
お、思い出しちまった…。
「教育委員会に呼び出されてたんだー!!!」
「ええ!?何をやらかしたんですか?!」
「何もしてねぇ!」
「じゃあなんで?!」

そうだ、忘れてた、考えたくなかったわけだ、俺が嫌いな面倒なことが待ってそうだったから、よぉ、
そうだ、教育委員会だー!
名前言うだけで頭が痛くなりそうだぜ、実際…
考えたくなかった、ああ、でも考えなくっていいんだ、どうせお小言食らうだけだろうからよぉ…
…結構、深刻なんだぜ。
「わかってますよ、教師生命にかかわるかもしれないんでしょう」
「…じゃねェと、いいんだが、やっぱ、考えちまうよなぁ、そう言う風に…」
俺の教育方針にPTAがケチつけたとかよ。
いろいろ、考えりゃなんだって思い当たる節。
俺の性格的にも、そんなんが思いあたらねぇような、
単なる公務員でいられるわけがねぇ…ってのは、百も承知。
「センセイも、緊張するんですねぇ」
他人事のように、ロイが笑った。
まあ、他人事だろうけどな。
そもそも、そんなことで同情しあうような関係なんて、いらねぇ。
だから、ロイは俺に強情を張らせるんだろ?
「そんな緊張に負けないでくださいよ?」
「あったりめーだろ?」
そう、そうやって、言葉で俺をひっぱたいて。
俺に、気合い入れてくれよ。
ああ、そうか、お前のその言葉が、欲しかったのかも知れねェ、なぁ…
俺をいつでも燃えさせる。その火種が目の前で他人事のように笑う。




後日。
教育委員会で受けたのは、面倒な小言じゃなくて、なんだかよく分からない紙切れだけだった。
右側に賞状と書いてあるから、面倒な関係じゃなかったワケだ。

とりあえず、貰ったもんだし、賞状は引き出しの奥にしまっておいた。
俺に必要なのはこんなもんじゃねぇ。
紙切れに書いた、ありきたりな文字じゃねぇ。
言葉と、気持ちと、燃えてる命、それを見せてくれるヤツ、生徒とロイ。


それだけありゃぁ、充分なんだよ。覚えとけ?


引き出しに向かって、そう呟いて、こぶしでコツンと叩いて一人で笑った。

そう、それだけ…
いや?
それ以上のモンなんて、ねぇだろ?