あ。ロイだ。
うん。ロイだ。
おー。ロイだ。

「せ、先生?」
「あ?」

目の前にいるのはロイ、間違いない。
…て、俺、どうしたんだ?
確かさっきまで、体育の時間で、
俺は生徒の指導をしていたはずだと思ったが。
あれ?
なんだ?
肩、痛ェ。

「う…」
「無理しないでください、まったく、自分の身体も省みないんですから!」
「??」

起き上がろうとして、身体のだるさに負けて踏ん張りが利かなかった。

「…ロイ」
「はい?」
「俺、どうしたんだ?」
「倒れたんですよ授業中に突然」
「な、なにィィィィッ!?」

がば、
と起き上がろうとして、やっぱりだるさに負けて転がる。
く、くそ…
こんな醜態、情けなくって、冗談じゃねえ、気合いが足りねぇせいだ、
もっと精神を強くすりゃ身体の不調なんざ気持ち次第で…!

でも。
なんで目の前にいるのがロイなんだ。

あたりを見渡すと、どうもここは保健室らしい。
見慣れた保健室であるから、おそらく太陽学園のソレであるコトは確かな様で。
「何でお前がここにいる?」
「アナタに野暮用があって来たんですが…」
「野暮用?」
「その調子じゃ頼めないよ」
「別に、コレくらいどうってコト…」
「どうってコト無い人が倒れますか?」
「ぐう…」
たしかに。
自分の身体の調子も自分で調整できねぇなんて、教師として顔向けできねぇ。
ダレに?いや、生徒に、自分に、教育者としてすべてに。
「風邪だそうです。ずっと身体の中に溜めて症状が表に現れなかった分、一気に出たんでしょうね」
「風邪?俺がか?」
「はい」
…っかー
信じられねぇ。
あまりのコトに自分に呆れて、ついため息が出る。
「まあ、そんなに完璧な人間でいる必要も無いと思いますが?」
「…あー」
「?え?」
「あー、っと、そんなこたぁねぇ、弱いからこういう事になるんだ、ッたく自分が情けなくて泣けてくらァ…」

なんとか気を張って普通に喋ってはみるものの。
ちょっと気を抜くと頭がボーっとして、ロイの言ってることが瞬時に理解できなくなる。
駄目だ駄目だ、気を抜くな。
眉を寄せて、自分に力を入れた。
その途端、頭がズキンと痛んでついうめき声が出る。
「…っ」
「無理は禁物」
「無理、なんかしてねぇ」
「嘘」
「…してねぇ」

「ったくもう、本当にアナタって人はどこまでもそうなんですね」

ロイが困ったように笑って。
俺の頭にそっと手を伸ばした。
「?」
やっぱり、瞬時に理解できない。
ちょっと考えても理解できない。
「なに、してんだロイ?」
「触ってるんです」
「…?」
「可愛いから」
「…ばっ…馬鹿!なに言ってるんだ、教師に向かって言う言葉かーっ!」
起き上がろうとして、ズキン。
「あっ、痛っ…。」
「ダイジョウブ?」
ロイの指が、俺の額をちょんと触って。
そのまま前髪に指を通してかき上げた。
するりとしたその感触が気持ちよくて、つい目を細めちまう。
「猫みたいだなァ」
「…るさい」
「もっと、気楽にしてくださいよ、身体の調子が悪いときくらいちゃんと寝て」
ソレが、イヤなんだよ。
どうも、自分がだらけてるように思えて。
駄目だ、こんなんじゃ、って思っちまう。
休むときは休む!
って自分に言い聞かせたところで、動いて無いと落ち着かない。
ああ、駄目だこんなところで寝ていちゃ。
そう言う気持ちが押し寄せて来るんだ。
こんなんじゃ駄目だ、駄目なんだ、って、頭の中に何度も押し寄せてくる。
それに逆らえないんだ。

自分が強くなくちゃいけないなんて、一体何時の間に、決めたんだろうな、俺。

男だから。教師だから。いやもっとそれ以前から…

ふ、と目を閉じる。
ロイはその俺の様子を見ておとなしく眠ったと思ったんだろう。
…なにやら、立ち上がって保健室から出て行った。

眠りに引きずり込まれそうになって、目を開く。
眠っちゃ、負け、そんな気がして。
ロイは近くにいない。
だから…

身体を起こそうとして、起きられないことに再度気づき、
ベッドからはいずり落ちるようにして抜け出た。
壁伝いに手を突いて立ち上がる。
ズキン。ズキン。
竹刀、ここにゃ置いてねぇようだ。置いてありゃちったあ歩き易いかもしれなかったのによ。
ズキン。
ってぇ…


廊下に出ると、誰もいなかった。
こうこうと点いた電気、窓の外は木も校舎も空も区別がつかねぇような闇。
時間はわかんねぇけど、もう放課後なのか?
それとも、放課後どころじゃなかったりしてな。
…なぁに、やってんだろうな、俺。

くやしくてしょうがないから、とにかく歩いた。

どこへ行く?
別に、行くあてなんてどうにでも。
職員室でもいいし、体育館に行ってもいい。
保健室ってのは教師のいていい場所じゃねぇ。

ズキン。

「…っく」
「どうしてアナタはそうなんですか」

痛む頭を抑えて、声にゆっくりと振り返る。

「…ロイ」
「何でじっとしていられないんですか?馬鹿なんですか?」
「…ああ、馬鹿だよ」
「最低ですね」
「……っ」

ズキン。

「いい加減俺も怒りましたよ。本人がこんなんじゃ心配したって意味が無い!」
「ってぇ、なぁ」
うるせぇな。
でかい声出すんじゃねぇ、頭に響くじゃねぇか…
駆け寄ってきたロイに肩を貸されて、振り払おうとしてその力に負けた。
「何で、そんなに強がるんですか?」
「弱くなりたくないからな」
そう言って、笑ってやる。
ロイの表情が曇る。
なんで、そんな顔するんだ?
俺が元気だと、みんなあきれるくらい笑うのに。

そうだ。

誰にも心配かけたくねぇから、俺はいつも元気なんだ。

「保健室の使用許可を貰ってきました。眠りなさい」
「…んの、教師に向かって…!」

目の前、ふらついて。
瞬間、みぞおちに強い衝撃をくらって、俺の視界は完全に経たれた。








「…」
体中を重く掴む様な痛みに目を開ける。
さっき見た天井。
くそ、逆戻りかよ。
保健室には、俺は用はねぇ、って…

ガチャン。

「…っ?」

痛む頭を無理に曲げて、頭上を見る。

手。

動かな…


「逃げられたら困るから拘束させてもらいましたよ」
「…コウソク…って…」
「はい、縛りました」
「…な、なんだ、っとぉ…!?」

それじゃ、動けねじゃねぇか!
って、当たり前か…
頭上をやっと確認すると、
両腕がかかげられた形でベッドのパイプに固定されていた。
グイ、と引っ張ってみても、腕の血の気が引くだけでどうにもならない。

「なんてことしやがる…」
「心配してる俺の気持ちもそっちのけ」

え?

「俺の気持ち完全無視」
「そ、そんなつもりは…」
「酷いよ、センセイ?駄目なら駄目で、俺に頼ればいい、っての、駄目なんですか?」

ギシ。
俺の身体をまたいで馬乗りになったロイが。間近まで顔を近づける。
「お前に?俺が頼る?」
「そうです」
「…はっ、教師が生徒に頼るなんて…」
「俺のコト生徒だと思うのやめてくれないかな」

降りてきたロイの唇が、目線の横を素通りして首元へ沈み込んだ。
耳元に、熱い息。
「…っ、ロイ、ここは学校だぞ…!」
「わかってます。だからカーテン引いたでしょ」
「…んんっ…!」
耳の輪郭をなぞる様に舌が這って。
体中にゾクリとした波が駆け巡る。
「風邪引くと、感じやすい?」
「違…っ」
「だっていつもより反応いいよ?」
「…っぁ…」

何度も、啄ばむように耳への刺激。

「お、俺は、教師で、お前、は、生徒、」
「だから?」
「ん、んっぅああっ」
軽く耳朶に歯を立てられた瞬間、身体が仰け反る。

「強い先生は好き」
「…は、っ…な、なら…」
「でも強がる先生は嫌い」

…俺、強がってたか?
…くそ。
ろくな日本語、知ってやがる。

「認めて」
「…やだね」
「…馬鹿」
「…っち、知ってらぁ」
「ならお仕置き」
「!」

耳元に、ロイがいたの、忘れて…
「…や、っ!」
耳ン中に、ロイの舌。
ゆっくりと這ってきて、
「ん」
ロイの左手は俺の身体を探って、そのまま俺の口元へ。
差し出された指、なんも考えねぇまんま、咥えた。
「もっと、舐めて」
「…」
指が、俺の舌先を絡めて、口の中を勝手にかき回す。
ジン、ジン、って。身体。
頭、痛いのか、ボーっとしてんのか、
風邪の所為なのか、ロイの所為なのか。

「いなくなってたとき、死ぬかと思った」
「…?」
「独り善がりはやめて?」
「…」
「頑張りすぎると逆に心配になるって知ってたかい?」

言うだけ言って、ロイは勝手に愛撫を始めた。
答えようとしても何言っていいか分からなかったから、助かったような。
でも、ある意味、助かってねぇ。
勝手に服をはだける指に、あわてて身をよじってはみるものの、
腕が、うごかな…
「ロ、ロイ、ロイっ!手を解け!」
胸元に沈み込んでったロイがふと顔を上げて。
ニヤリ。
「…っ…!!!!!」
おもむろに下腹部に這わされた指に、身体も精神も全部が硬直した。
「センセイ?」
言葉と共に、指先でなぞり上げて弧を描く。
「は、っ、う、…」
「カンジスギ。」
ばっか、やろぉ…

縛られてる所為なのか。
それとも、ここが保健室だって言う緊張からなのか?
それとも、風邪だとか言うこの身体の所為なのか?
ロイの指にもう、駄目になりそうなほど翻弄されて。

「どーしたのセンセイ?ちょっと、スゴイよ…」

そう言って、ロイが含み笑いなんかするから。
余計に…

膝を掴まれて開かれて。
俺の唾液で濡れた指が、身体ン中を思い切り探る。
風邪引いて、ボーっとしてるから、ロイにこんな恥ずかしいコトされちまうんだ。
やっぱ、風邪なんか引くってのはまずいよなぁ、絶対よ…
指を引き抜いて、ゆっくりと入ってきたソレに、顎が引きつって上がる。
酸素がほしくて開いた口、知らずに突き出してた舌にロイの舌が絡まってふさがれた。
口の中で絡む唾液のぬめった感触。
ベッドの軋む音。
俺がロイに突かれてる証の音。
「う、あっ、ッ…!!」
乱れて飛んじまう意識、どうにかまとめて引っつかんでなきゃ…
「う…」
力で何とか開いた目に、身体を起こしたロイの目線が重なって見えた。
その目線が、俺の顔を見て、拘束された腕を見て、身体全体を確かめるように降りて行く。
「み、見る、なぁ…」
「だって見えちゃうんですよ、全部、ここも」
接合部分をなぞった指がそのまま俺の中心部をなぞり上げて握って。
身体を折り曲げたロイが俺の首元にもう一度沈み込む。
その動きに、身体の奥底までえぐられて!
「あ、っ…あ…!」
「ダイジョウブ?」
「…う、」
「ダイジョウブだから、眠って」
「っ!!!」
なんとか掴んでいた意識の端っこ、思わず指が緩んで、

「イッちゃえ」

囁きに、離れて飛んだ。







「やースミマセンでした」
「…」
「あんまりそそるもんでつい調子に乗りまして」
「…乗りすぎだ」

ボーっとしたアタマが、さらにボーっとしていて。
拘束された腕を解きながら、ロイが困ったように笑う。
「やっちゃえば疲れて眠るかと思ったんですがね…」
「…俺の気合い勝ちだ」
俺も、いつまで勝ったの負けたのって言ってるんだろうな。
「またそんなこと言ってる。」
解きかけた手をふと止めて、ロイの顔が俺を覗き込んだ。
「早く解けよ」
「…たまには俺に負けてよ」
「負けたじゃねーか随分前に」
「俺といても安心できない?」
「…?」
「俺が近くにいたら、安心して眠れる、とかそう言って欲しいな」
「お前が近くにいたら安心して眠れねぇ」
「…ちぇ。強情だな」
「本当のコトだろ」
ふぅ、とため息をついたロイが、もう一度手の拘束を解きにかかる。

「…俺は何も役にたてないんですね」

寂しそうに、そう言って笑った。
馬鹿。
いい加減気づけ。
解き放たれた両腕で。
ロイの髪を引っつかんだ。
「…!?」
掴んで、引き寄せて。一瞬ためらって、唇に唇を押し付ける。
すぐに引き離そうかと思った俺の指に不意にロイの指の感触。
指と指が絡んで、軽く握られた。
はなれた唇が、熱い。
「…センセイ…?」
「…」
「…あの…」
二人で真っ赤になって。
アレだけやっといて、キスだけで照れるなんて、大馬鹿。

俺が切羽詰ってるときに全部ふっ飛ばしちまうのはいつもお前じゃないか。

「ここにいて、いいですか?」
「俺はまたどこか行っちまうかも知れねぇから、心配ならずっと見張ってろ」
「ここにいてくれ、って素直に言ってくださいよぉ」

頭、くらくら。
俺の気合いも途切れ途切れ。

閉じかけたまぶたに、軽いキス。

「眠って、いいよ。ダイジョウブ」
「…ああ」

なんだろうな。
安心して、眠れそうなのは。
なんでなんだろうな…
悪いが、ちょっとの間、そこにいろよ…
見張りがいないと、本当にどっか、行っちまうからな、俺は。
「ダイジョウブ、ここにいるよ」

余計なこと、言わなくっていいからよ。
照れて眠れねえだろ。

ふぅ、と感じたのは、気持ちのいい眠りへ入る瞬間のあの浮遊感。
いいんだ、って、よ、俺は寝ちまっても。
ロイがそう言うから。いいんだろうって思った。
誰かの許しが必要だなんて、まだまだ俺も、若いよな…

時として教師と言う身分を忘れさせるロイの魔力。
こんなときくらい、ソレに溺れてみても、いいだろうな、なんて、思えた。


何かに追われる夢を一瞬だけ見た。
それから解き放つ指の感触を感じて、
俺は夢の無い眠りへと落ちる。


もう少しだけ、眠らせてくれよ。無意味な眠りってヤツは本当に久しぶりなんだ…
そう、お前がそこにいれば…もう少し…