いやね、別にどうってわけでもないツモリだったんですよ。
ただ冷蔵庫開けたら白ワインが冷えててですね。
それを開けようと思ったのも単なる偶然でして。
何かを祝いたかったからじゃぁ無いんだと、思うンですよねェ…


「ジョージさンは結構イケルクチですかぃ?」
「…そう言う場合判断の基準がどこに有るのかまずそれがだな」
「あーあー。モノは試し、飲んでみりゃ分かりますって」

お堅い言葉にぴろぴろと手を振って。
ジョージさンの『あーいえばこーいう』タイプのノリにももう慣れやしたからね。
冷蔵庫開けっぱなしでアタシは白ワインとにらめっこ。
コレをジョージさンに飲ませて良いものかどうか。
だってですよ、アタシが飲むとすればジョージさンにも飲ませなきゃ公平じゃぁないでしょ。
飲ませたくないわけじゃぁなくってですね、飲めるのかなって。
いやいや、アタシ言ったじゃ無いですか、モノは試し。
飲ませてみるのも面白いかもしれませんねェ。
無表情の男とサシで一杯、なんてまァ、ゾッとしませんがね…ははは。

ようやく冷蔵庫のワインに手をかけたのは、
こんなトコ座ってても電気代の無駄だろうと言うことに気づいたからでして。

ジョージさンの座ってるソファの隣にアタシは腰掛けて。
怪訝そうな顔してアタシをみないでくださいよ。
イイじゃねェですか、隣に座ったって。

さて、と。
慣れた手つきでオープナーを手に取って、コルクに捩じ込んで。
アンタアタシの手許ずっと見てやすね?
そんなぁ、缶詰開けてもらうの待ってる猫じゃぁねェンですから。じっと見てたら焦るじゃ無いですか。
グラスはアタシの好みでシャンパン用のグラスで。
ほっそりしてて綺麗でしょ、好きなんですよこのグラス。
ワイン用のグラスじゃないことくらい分かってますよ。でもこっちのほうが綺麗じゃぁ無いですか。
酒ってのは粋で飲む物でしょ。

無言で空のグラスを手に取って眺めてるジョージさんに、
心の中で言い訳。

とくとくとそのグラスの中に満たされていくのは全てを褪せたセピア色に変える液体。

「はい、そっちのグラスも貸してくだせェ」
「…ああ」

両のグラスに満たされた液体を見てアタシはもう既に御満悦。
酒は目で見て楽しめ、そんで飲んで楽しめ、ってね。

「はいどーぞ、飲みましょ」
「私も飲むのか?」
「……ジョージさァン…なに言ってんですか、ふたぁつグラス用意したでしょ。はいココ見て」

アタシがグラスを指差すと素直にその並んだグラスに目線を落とす。
なぁンにも言わずに眉根を上げたアンタの表情は『しかたが無い』って程度。
いっつもそうやって、アタシのワガママにつきあってくれてる風なんですよねぇ。
アンタがしたいことは無いんですか?
アタシだってそんな表情して付き合ってあげやすぜ。
そうですね。ついでに軽い溜め息もつけやしょ、出血大サービスでさ。

置かれたままのグラスにアタシは自分の手に取ったグラスの先をかるぅく当てて。

リィン、

ああ、綺麗な音ですねェ。
まるで風鈴でさぁ。

「お先に頂きますよ」
「…ああ。」

そっけない返事に溜め息が出そうになって、慌ててワインで押し返して。
あ、美味しい
以外とイケルじゃねェですかこのワイン。
アタシの反応を見て取ったのか、ジョージさンの手がグラスに伸びました。
おいおい、あたしゃ毒見役ですかい…



ワインの瓶が空になる寸前で
ふぃと思いついたのはアンタがおとなしくグラスのワインを口に運ぶのをじっと見てたからかもしれません。
酔ってて悪乗りなんてんじゃぁねェですよ多分。


「ジョージさン、ちょい待ち」
「…?なんだアシハナ」
「ちょ、ちょい待ちですよ、それ飲まねェで待っててくだせェよ、よっこら…」


しょ、と立ちあがって。
キッチンの方へアタシはグラス持ったまんま。
ジョージさン、多分おとなしく待ってるんでしょうね。
いっつもそうなんですよねぇ。面倒がるくせに、いつもしかたなさそうな顔して。
時間を持て余した何をしたらイイのかわからない時間。
暇な時間ってんですか、そんな時のジョージさん、なんでああ、無欲なんでしょうね。
アレがしたいコレがしたい、言ってくれればもうちょっとはアタシが楽なのに。
アタシはその場を楽しくする為にお話したりふざけたり。
…アタシと過ごす時間に興味がねェってコトなんですかねェ…

「はい、どーぞ、と。」
「…なんだ?」

あはは、またその表情。
アタシがする事為す事いつもその『つきあってやるか』的な顔で見やすよね。
っと、愚痴が言いてぇンじゃねェンだ、そうそう、このグラス、どうです?
アンタが今持ってるワイン、こっちに移しましょうよ。
…はい、こっちの方がイイでしょ。

「…???」
「あーあー、そうそう、こっちの方が似合う!どうもおかしいと思ってみてたんですよアタシぁ」
「…?い、意味がよく…」

ジョージさンに渡したのは背の高い足の無いタンブラー。
細身で縦に長くって、いわば円柱状の真っ直ぐなグラス。

「シャンパングラスを選んだのはアタシの趣味でしたが、
 なーんだかそれで飲んでるジョージさんってのは頼りなげで…」
「…素直に似合わなかったと言ったらどうだ」
「あら、バレました?」

…ああ、またその表情。

「そのグラスにワインが入ってるってのも妙ですかねー?」
「…」

……やめてくれませんか、その顔…

「……ジョージさン…つまらねぇですか?」
「…え?」
「…いいえ、別に…ちょっと失礼」

キッチンへ行こうと思いました。
居間の電気はつけっぱなし。
キッチンの電気を消して、アタシは其処へ戻っていきました。
別に、なんでもねェですよ。他にワインが無いかとか、何かないか探しに行っただけなんですから。
別に、そうですよ、冷めちまったわけじゃねェですよ。
…アンタといても楽しがってるのはアタシだけなんじゃぁないか、なんてね。

はぁ…

あーあ、アタシ溜め息なんかついちゃって。



…くしゅ。


「?」


コン。カタン。


「??」


居間のほうから音が。
いや、何言ってんですか、そりゃ居間にはジョージさンがいるんだから音くらい聞こえてくるでしょうよ。
いやいやいや。
なんですか、ジョージさンも音立てるんですね…
アタシ、今阿呆な事考えました?
だ、だって…
ジョージさン、ですよ?

っていうか。


そーっと、暗がりのキッチンから居間を覗き見。

やっぱり、じっとしてる風にしか見え…
そう思った途端。
手に持ってるグラスの酒、結構入ってましたよ、7分目くらい。
それを一気に煽るの見ちゃいましたよ、今。見ましたよ!?
そ、そんな飲みかたするんですか?
所在なげにキョロキョロして。ああ、アタシちょっと変態っぽいですね、覗きなんて。
でも、アタシが目の前にいると見せてくれないですよね、その行動。

…そういや、さっき、くしゃみしました?……
アタシの手は笑いを押さえるのに口元で震えちまってて。
もー駄目、あ、手にチリ紙もってるじゃぁ無いですか。

それをヒョイとくずかごに投げ入れようとした瞬間に、
キッチンのテーブルの下に置いてあった瓶を掴んでアタシのご登場!ってどうですか?

「…風邪ですかい?」
「………」

な、なんで赤くなるんですかー……アンタ、本当にもう…

「ベ、別になにも…」
「くしゃみしたでしょ」
「…元の構造が人間なのだから仕方ないだろう」

ああ、またその顔、もしかして、ずっとしてたその顔、カッコ付けってやつだったんですか?
投げようとしてた手が一瞬とまって、その手をアタシがじっと見てたから、投げるのやめちゃって。
いーから、投げてくだせぇよ。

「…ノーコンですかい?」
「ノーコン?」
「こう、ですね…」

アタシは同じようにチリ紙手に取って、丸めてくずかごへポーンと。

「どうです、上手なモンでしょ。」
「そのくらい私だって…」
「あれ?出来ないから止めたんじゃねェンですか?」
「…茶化すな…」

ぽーん。
こん。
ぽて。


「あははははははは」

もう駄目、とまんねェですってば!
コロっと転がったチリ紙をアンタが拾いに行っているのを見てアタシは大笑い。
駄目駄目ダメ!もう本当にダメですよ!そんなに笑わせちゃ、嬉しくなっちまうじゃねェですか!

「アシハナ!」
「はー、あ、な、なんですか?」
「君のも向こう側に落ちていた」

……
あ。バレました?
ジョージさンが二つとも拾ってくずかごへ入れているのを見て。
なんだか安心して、アタシは持って来た瓶も開ける事にしました。
こっちが本当の祝杯みたいでさぁねェ。

ジョージさンがおおーっきなため息をついたのが聞こえたんで、顔を上げると、
暗がりのキッチンの中に入っていこうとするところでした。
キョロキョロと一瞬見まわしたのって、もしかして電気のスイッチ探してやした?

「ねぇねぇねぇ、ジョージさンもう一杯のみましょうや」
「ちょっと待て…」
「…氷ならココに有りやすって」
「違う、待てといっているだろう…アシハナ、グラスに酒を注ぐなよ」
「?…」

そんじゃぁアタシもアンタみたいにおとなしく待ってますかね。

「っくしゅ」
「風邪かアシハナ」

そう言ったアンタの顔が一瞬勝ち誇った様に見えたのって、やっぱ事実ですか?
チリ紙を丸めているアタシの目の前に、コン、と子気味イイ音をさせたのはジョージさンの手許。
アタシがジョージさンに渡したのよりも広くて背の低いグラス。

「…君にはコレがお似合いだ」
「…はぁ」

こりゃ、やられちまいましたねぇ…。
さぁ、祝杯あげましょう。
今度の乾杯はジョージさンもグラス手に持ってくだせぇよ。
透明な酒を注いで。
ささ、ぐぐっと。

グラスを口につけたジョージさンの表情が一瞬強張るの、見ててあげやしょ。
アタシはその酒をチビっと口につけて。

「…っ…アシハナ…コレは…」
「効くでしょ?焼酎って言う日本の酒でさぁ」

アンタが味に慣れてそれを水みたいに飲むのを見るのはもうちょっとあとの話。
それを見てアタシの開いた口が塞がらないのもあとの話。


なんですか、イケルクチなんじゃぁねェですか…。

そうそう、酒も、

そう、アタシとも。