誰が作ったのか。
誰かが作ったのか。
自然に出来たのか。
その違いだけなんですよねェ…

人形と人間ってのは

「変わったことを言うな、君は」
「そうですかねェ?アタシはずっと思ってたんですけど」
「私がそう思っていないのがおかしいと言う様な言い回しだな」

だって、そりゃぁ。
…アイノコみたいなアンタが。
そんなこと、たまにゃ気にしてるんじゃないかなァ、って。

たどり着いたのは、ビルの屋上。
何とかと煙は高いところが好きってよぅくいいまさァね?
ああ、アタシ達も気がついたらココに来ていた。
単なる、バカ、ってヤツなんでしょうかね。
…なぁんにも、出来ないなんて、思いたくは無いんですが。

そうだ、アンタの体の中の歯車、見せて下せェよ
アタシとどう違うんでしょうかね?

「…なに?」

何のために、ココに来たんでしょうね?

「私に聞かれてもわからない、君が連れてきたんだろう」
「兄さンが連れてきたんでしょうよ」
「君だ」

ビルの端っこまで行って立ってるアタシと裏腹に。
ビルの屋上敷地のど真ん中に高所恐怖症よろしく立ってる兄さン、
ああ、こりゃどっちが臆病だと思います?
一生懸命、比べて比べて。
どっちがどっち?アタシは人形?それとも人間?
糸がついてなければ人形じゃないなんて、誰にもわかりゃァしませんよぉ、ねぇ

「どうしたんだ?アシハナ、様子が変だぞ」
「変ですかねェ」

アタシの胸元から、糸。
あ、コリャぁアタシを操るための糸だ。
どこかに隠しておかなきゃァナリマセンね。
操られたくは無いですからねぇ…
ああ、どうやらアタシも人形だ。

ふい、と振り向くと。
アタシの真後ろにジョージさんが立ってました。
一人で勝手に動く人形。
咥えタバコが落ちて。
不意に体中に巻き上がる恐怖と殺意にアンタの胸の奥にしまってあった糸に手をかけて

「?アシハナ!」

指に絡めてツゥと引いた

ピン、と糸がはじけて、アンタの中の部品が全部飛び散って
アタシは驚いて、
その量の多さに驚いて。
ビルの屋上コンクリート張りの薄っぺらい床に転がる歯車とソレをつなぐための赤い

「…ジョージ、さン?」

崩れ落ちたジョージさンは、動かなくて。
しゃがみこんで、その人形を起こした。
壊しちまいました。アタシが。
人形遣いのアタシが、人形を壊しちまいました。
どうしよう、誰かに怒られる
逃げようか
どこかに隠さなくちゃなりません
見つかったら怒られるから、
子供の頃、いたずらして大事な人形を壊した
誰かの大事な人形

アタシはいつしかソレを壊すことを夢見てその誰かの大事な人形を土に埋め

…歯車なのか内蔵なのかの違いでしょゥ

誰が作ったか自然に出来たか

単なるそれだけの違いでしょう

ああ、また埋めなくっちゃァなりません、またアタシはこんなところでイタズラして

抱き起こした人形の指が
歯車をひとつ拾って咥えた

「アシハナ」

壊れて、無い?

「戻って来い」

…怒られ、無い?




人形の咥えた歯車を口で受け止めて、
ソレをむさぼりつくして
アンタの赤い口の中も食らい尽くして
人形から赤い血を吸い尽くしたら残るのはなんですか?
アタシの中から赤い血を吸い尽くしたら、残るのはいったいなんですか?


「人間も、人形も一緒か、君にとっては」
「…イイエ」
「嘘が好きな男だな」
「そのようですねェ…」


拾い集めた歯車、全部ビルの外側に捨てて。
振り向いて、アンタの中に残ったものをアタシが見てあげやしょう。
歯車が飛んじまったアンタの中は、
なにが残っているんですか?
ソレは、アタシと同じものですか?

人形は、壊しても怒られませんか?


「壊したければ壊すがいい」

アンタがそう言って、人形みたいに笑うから。

もう一度、心の糸を強く引いた。





 ビルから見下ろした景色の中に、
 箱庭の中に、
 人形が沢山。
 糸を引き合って砕け散って
 起き上がってまた歩き出す。






箱庭の木偶が。
中に何かが入っていて
心とか言われるソレが入っていて
そもそも、ココロだなんて、どんなものかも知りゃァしないのに






アタシの指に絡んだ糸。
いくら引っ張っても、ジョージさンを繰る事は出来なくて。
アタシの人形遣いの腕も、落ちたモンですかね?
「いや、そうでもない」
「そうですか?兄さンに言われると、こう、信憑性ってヤツがありまさァね?」
「…ソレは褒め言葉か」
「サァ?」
おどけて見せるアタシの胸から
ジョージさンはするりと糸を見つけて絡めて
「あ、駄目…」

ソレを引かれたら…

引かれた糸が体中にまとわりついて
そう、多分アタシはその糸に切り裂かれちまう…


「駄目、でさァ…返しておくんなせぇ!」



箱庭の人形が、ビルを見上げて笑う。



切り裂かれて赤い血をすべて吸い尽くされたアタシを見て笑う
「壊しはしない」
「…ジョージさン…」
「必要ない歯車を取り除くだけだ」


カァン。


コンクリートの上に、歯車がひとつ。
真っ赤な歯車がひとつ。
さっきアタシが食べた歯車がひとつ。
ジョージさンはソレを口に含んで、そのまま飲み下して。
「これでイイ」


その歯車は、アタシが何度、もう一度、何度繰り返して糸を引いても
ジョージさンの体から撥ねて飛ぶことはなくて。
「イイんだ、アシハナ、私が決めたことだ」
「…そんな」
「イイんだ」


諦めて、兄さンが笑う。
アタシは諦めませんよ
「往生際の悪い男だ」
ソレが取り柄ですからネェ。
アタシの指は必ずアンタの歯車を繰ってみせる。
まだまだ、アタシには出来ないことが多すぎる。
ネェ。
いいでしょう、アタシの人形。
いいでしょう。



ジョージさンの指に絡んでいた糸がプツリと音をたてて消えた。


「なんだったんでしょうねえ」
「さあな、錯覚のようなものだろう」



 ビルから見下ろした景色の中に、
 箱庭の中に、
 人形が沢山。
 糸を引き合って砕け散って
 起き上がってまた歩き出す。


欠けた歯車を探しながら歩き出す。



赤い小さな歯車


ビルの下の大きな箱庭の中で。