日本。
まずココでだらだらとしているだなんて、
我ながら抜けたコトをしているとは重々承知。
金があるならさっさと海外へ飛んじまって、過去を振り切ってしまうのが一番楽だとは思いますがね。
どこかへ行ったって、戻ってくるだろうから。
そう、思うからちょっとだけ先にこの空気を吸って置いて
それから耐えられるだけの情緒を抱えて他の国で梅干の無い生活など、と。
どうでしょうね。
理由としては、如何な物ですかね?アタシ的には成り立ってる理由なんですがね。
まァ、そうでしょうね、お笑い種なんでしょうがね。

照る月の湖

そう書いて、照月湖。読みはショウゲツ、綺麗なもんでさァ。
その名前に惹かれましてね。
フラフラとやって来たは…良いんですがココは観光地でしたねェ。
風情もクソも御座いませんや。親子揃って温泉だそうで。
アタシは男一人、こんなところで。
女でも、連れて来ればちょいとは気がまぎれましたかネェ。
しかしこんなところで女連れ、心中でもしそうな雰囲気とも見うけられますでしょ?
アタシの気にしすぎ?
まぁ、そう言う言い方もありますねェ…

強い風に煽られて付いたばかりの新芽が振れる。

ふわりと揺れた木の枝を掴んで放しちゃぁ空に飛ばして。
引いて反らした枝を放すとピィン、と空に向かって跳ねるんですよ。

糸。

いや、なんでも。

道路から近くは無いと言うのに、湖のほとりには濡れた土を踏む足がちらりほらりと。
風情、
なんてぇ代物は、もう、ドコに行ったってお目にかかれ無い物でしょうかね。
ただ、見たくなったんですよね。アタシの好きだった、信用出来る唯一の



いいえ、なんでも…

別荘から結構遠くてね。
面倒なだけだと気がついてすぐに車に乗りこみました。
北軽井沢に戯れで別荘を購入して。
このご時勢、バブル期の値段の8割減くらいなんでしょうがね、
提示された金額を値切りもせずに叩いてそのまま直行しました。
金なんてェ物で買えるのは
安息だけでしょ。

意味の無い薪ストーブ

玄関の御影石

1階奥のビリヤード台に腰かけて

吹きぬけた向こう側の菱窓をキューで指し示す

バァン。

住む者の見えない家

異常なまでにただっぴろい空間



開け放したバスルームに

飛びこんで息絶える天道虫

天井

バァン。

幾ら手を伸ばしても届かない天井


バァン、バァァン


幾ら足掻いても見えない蜘蛛の糸

カチリ。

弾痕の残る壁

バスルームに落ちていた天道虫を拾い上げてみましたよ。
まァね、不釣合いだと思ったんでね。
お天道さんがほしいなら、光に向かって飛ばにゃぁなりませんや。

尽きた拳銃をコメカミに当てて

鏡に向かって苦笑いする男が一人。
どこに、行きましょうかね。やることも無いし。意味も無いし。
出来ることも無いし。行く所も…イイエ、行きたい所、と言った方がイイですかね。
…も、無いですしネェ…
拳銃の使い道も
することも
覚えたことも
今はもう必要の無い絵空事?


噴火口から人が漏れる


「え?」


逃れよ


「…誰かいるのか」


逃れねば燃え尽きてしまうから


「誰が?」


お前も、俺も…


鏡に映った自分の後ろに何かが見えた気がして、振り向いたんですが
何も居ませんでした。
「…この家の憑き物ですかね」
……
「返答、無しですか」
そう、答えるわけが無い。そんな物、架空で。アタシの意味も既に架空。
意味が無いなら、そこにいる価値が無いなら
存在しないものと同価値であるわけですからね。
要するに
意味があるものだから存在する。
無意味なら、存在する事由は無いと。

天道虫が手のひらでゴソリと動いたんで、ちょっと驚きました。
そうか、死んだふりってやつですかね。
そういやそんなコトもしますネェ、虫ってのは。
手のひらを広げて覗きこむと、そこにいたのは天道虫。
ひどく光る天道虫。
「…?天道…虫だよなァ…?」
ボウッと濡れたように蛍光色にボウッと…

ガタン。

アタシが何かを踏んだ音。
足元を見ると、階段が続いていて。その1段目の石段を崩してしまったようでした。
見上げると、石段が続いていて。
昇らなければイケナイ。と。
振りかえってはイケナイ。
後ろに迫る轟音に戸惑ってはイケナイ。
逃げ切って生き抜くならば
振りかえってはイケナイ。
あの上のほうまで
あの上の
鎌原観音様まで行ったら振りかえろう
でなければ

このまま死ぬか?

「……冗、談…」

崩れて行く階段よりも速く。
迫る轟音よりも速く。
逃げ惑う人々の群れを押しのけて
突き落とし
その悲鳴に耳を塞ぎ
でも立ち止まるな
蹴落として殺して
自分だけ生き残るしか無い
そうやって生きるコトがアタシの糧
コレを恥じてはイケナイ

でなければこの命が回りきらないから。

背中に降りかかるのは熱い火の粉。
降り返ったその目に移る溶岩の流れ

降りかえってはイケナイと言ったのに

踏み外した階段が崩れてその中へ落ちる

天道虫がアタシの手のひらで光ったから…
其れを踏み台にしてもう1度観音さんへすがりましょうや

したらぁ

逃れられるやも

あと、15段

「……天道…」

バァン!

轟音に面食らって、目を覚ます。
鏡を見て突っ立ったまま、お昼寝ですかいアタシは。
タイルが汗でベタベタして。コックをひねったらお湯が使えるようなので風呂に溜めてみました。
そのまま、その場で服を脱いで。
アタシの目覚ましになった拳銃は床へ転がして。
最後の一発が鏡をこなごなにしていたから、もう、あの鏡は見られませんネェ。
握ったままの手のひらを開いて天道虫。
光り輝く天道虫。


残り15段
それ以上なら常世への居残り
それ以下なら一瞬の煉獄で溶岩に溶かされ
鎌原観音堂はすぐ近くのお堂さん。
天まで続く階段は
たったの15段

アタシは居残りで

そのたった15段の15段目で足を焼いて息を切らす

最後に蹴り飛ばした天道虫に足首をつかまれたまま

熱気に当てられて意識を飛ばす。

神さん
アタシは生き残りですか
意味がありますか
コレは愛ですか
それとも罪ですか
愛があるなら
何故こんなに悲しいのですか
愛とか言う言葉の意味は
誰かに語り尽くせる程度の物ですか?

意味が無いなら
作ればイイだろぅ、とね、
天道虫が飛び立つのは時間の問題
羽根が濡れたなら
乾かせばイイだろう?と。

すべて無くなってしまう物ならば
それを追いかけていくコトは
罪にしないでやってください…

光る天道虫そろそろと羽を伸ばして飛び立って
開け放った窓からツィと消え去って
ああ

ああ。


アタシにも
窓を開けてやってくれませんか

沈みこんだ湯船の中に
じわじわと動く天道虫。
指で救い上げたら光らない天道虫で。
そういや、さっきと模様も違いまさァね。
「ク、クックックック…」
こみ上げてきたから、そのまま笑うことにしました。最後は満足そうに溜め息でしめて。
指の天道虫、羽根が乾くまで一刻。
コレを逃した後はどんな天道虫がアタシの前に降臨ですかね?
天道虫が尽きたら出発するコトにしましょうネェ…


足首に焼けた枷を嵌めて


そのまま自由に捕らわれて


枷にくつける鎖でも探しに行きましょう、ねェ。


糸をつけた虫を放して、その糸の先を棒に括りつけておけば
知らないうちに棒の回りをくるくると。ね。
気がつけばたどりつくのは棒の元
解っていても周るのが役目でさ。


それでも、周るのが。


さぁて。どこへ、行きましょうか。ね??