ズガン!

後ろから撃ち抜いた腹から血が吹き出て、対象がアタシのほうを向き直った。
その目が、アタシを…恐らく睨みつけているンでしょうね。
サングラスの下のアタシに見えない表情。
向き直った胸に向けてもう一発。
響いたのは轟音だけで、アンタは何にも言わない。なぁンにも……。

アタシの肩を掴もうとした腕にも、もう一発。

「……アシハナ…なんの、ツモリだ…」

血まみれのアンタ。
弾丸が貫通する一瞬の衝撃にその腕が後ろに吹き飛んで、それでもまたアタシの肩を掴もうとするから。
もう一発…そのサングラスの向こうに秘めた何かに向けて、もう一発。

吹き出した血がアタシの頬に飛んで。

アンタの身体がガクンと崩れ折れた。

「…死なないんで、しょ…ぅ?」

さっき撃った胸への弾丸、肺を貫通したんでしょうね。
口元から吐き出された血の塊。
コレでもまだ、息があるってんですかい。

アタシは常々思ってた。
アンタ…ジョージさン、アンタをどうやったら殺せるのかを。
身体中に弾丸を浴びせたら、細切れになって死んで下さるんでしょうかね?
嗚呼、アタシは一体何を考えて…?
このモラルなき感覚は一体どうしちまってどうやって一体アタシの中に生まれ起こったもの…?


兄さン…アタシをコレ以上オカシクしねぇでくだせェよ。


アンタをこれ以上直視していたら、アタシは多分麻痺してしまう。
してはイケナイ行為。
殺し屋のアタシだって理解できまさ…意味なく殺しちゃイケナイんだと言うことくれぇ、判りまさぁ。
アタシが人間を見ていてその脆さに気づいていたのに
その脆さを何でアンタはこうも簡単に否定しちまうような。
なんで人間をアタシを否定しちまう様な生き物なんですか。
そんな物、消しちまいたくなるじゃないですか。
怖いじゃねぇですか…。

「アシハナ?」

片目を押さえて膝をついて。
睨みつけているのか、それともただ見ているだけなのか。
もう片方の目も撃って差し上げましょうか?
嗚呼、嗚呼、止めてくだせぇ…アタシを…こンな、こんな暴走した精神はアタシには…耐えられねェ…
息が上がって。
自分のする息が酷く忙しなく続く。


…してはイケナイ行為を
…そのモラルを
…人間の正常な判断を
…なんでそうも簡単に鈍らせる?


「兄さン…どうやったら死にますか?」
「…私を殺したいのか」
「憎いわけじゃあねぇんですよ…憎いわけじゃ…傷つけても裂いても撃ちこんでも死なねぇんでしょ
 ……っ…なんで…くそ、アンタの、アンタの責任でさぁ…!アタシが狂ったんじゃ、ない!そうです、よねぇ!?」

ガァン!
何度も響く爆音に銃を投げ捨てて自らの耳を塞いだ。
駄目だ、駄目だ。相手が人間なら、既に死んでいる、これは常識を逸脱した行為な筈!
自分がわからない。
なんで、アタシはこうもオカシク?
兄さンの所為?そう、アンタの所為、そんな軽い命を持ったアンタの所為!
殺してもイイ命だなんて、一瞬でも見間違ってしまって、だからアタシがこンな事を…
音が沈んで。
バタバタと落ちて飛び散る液体の音に恐怖を感じ、でも確認せずにはいられなくて。
目を、上げる。

膝をついたアンタの首から。
まるでシャワーみてぇに吹き出るのはもう既に血には見えない。
それが床に落ちてまるで雨が降っているような、そんな…

「ア、シ、ハナ…私の命を、試すか?」
「…兄さン…っ…アタシは、アタシはですねェ…こンな事したくは…」
「私の命の意味など…ないと思ったか…正常な…判断だ」

吹き出しつづける傷口に手を当てる事もなく。
アタシの目の前でぐらりと揺れる身体。
ちょ、ちょっと、待ってくだせぇ…
アタシが、アンタの命の意味なんかないって、いつ判断したんで?!
アタシは、ただ、自分のこの暴走した感情に逆らえずに…
だってこれは恐らく罪にならない殺しと同等の行為と…

倒れ、鈍い音を立てた身体がアタシの前で動かなくなり。
微かな息を繰り返す。

吹き出す血の塊。
違う、駄目だ、何かが違う。今のうちなら、いまの内なら…逃げられる
足が震えて、その場から遠ざかろうとした足が震えて、アタシが向かったのは勝手に向かってしまったのは兄さンの元。
自分の頬を強く叩いて。
「…しっかり、しなせぇッ!」
兄さンに向けて、アタシに向けて、罵声一発。
吹き出す血の勢いに負け無い様に力任せに首に手を押しつけた。
「兄さ…」
「安心、しろ」
「なん…」
「これは君がつけた傷ではない…私が自ら裂いた」
カラン、と音を立てた指元を見ると鋭利なナイフ。
もう一度それを掴もうとしたその指から滑って逃げる。
「…な…なん…ですってぇ?!そ、そん、なんでそんなこと…」
「私…だって、疑問をもつ、ことは、ある…私はどうしたら死ぬ?
 私は人間を脆いものとしてしか見られない、
 だが人間は私を強い物として見るのか?どうだ、アシハナ…?」

言葉の度に口から吹き出す血に。
其処まで傷口に見えて、アタシは困惑してた。
こン人の身体は、多分アタシの知らない傷だらけ…なんじゃあないでしょうか…、と。
人よりも傷を負い。
それでも生かされる、それは強い事?
自殺も、出来ない、終わりのない苦汁とも…

「死んじまいそうですか…?今…」
「さてな…ちょっと身体が浮いた様な気がするだけだ」
「…痛みは?」
「ない」

はっきりと言いきったその顔に、微かな笑みを浮かべた兄さンに。
本当は、その力がほしかった…だなんて。もう言えねぇですねぇ…
撃たれても死なない身体になれれば、もっとアタシは奥へ行ける。
そう思ったのはアタシの浅はかな考え。
しかし…

「アンタは…人間と共存しちゃイケナイ物になっちまってるんですね…」
「…モラルの消失を促すと言いたいのだろう」
「その通りでさ…気づいてたんですかい」

首を押さえたアタシの手を外そうとしたから。
その手に噛みついてやりました。
アタシの人間の本能が、その手を拒んだから。

「殺したかったのだろう?手を放せばもうすぐだ」
「いいえ、アンタは生きてもっと苦しまなけりゃなりませんや。もっとその身体の罪を知るべきかなァ、とも思いましてね」


  ……酷いことを言う…


かすれた小さな声。
「え…?」
聞き取れなくて、口元に耳を近づけてみたんですが。
もうジョージさンは細い息をするだけで…その上アタシの手にかけてた腕が床にだらりと落ちて。
慌てて頬を叩いて、何度も呼びかけて。
自分でやっておいてなんでアタシはこんなに慌ててんですか。
邪魔なら殺す、それが一番のアタシの中の掟。そうだったはずでしょう?そうやって生きてきた。
そうして汚れたこの身体、血に染まった両手、もう誰にも清める事の出来ないこの心。
なんで、アタシより腐った身体の持ち主がこんなところでくたばりかけてんですか?
駄目ですよ。
アタシが許しませんよ。
アタシの罪を罪としない、そんな生き物がいたらアタシはちょっとでも楽なのかもしれねぇ。
だから。
だからもっと撃ちこませてくだせぇよ。
こんな簡単にくたばられちゃ、アタシはこのまんまじゃねぇですか。
せっかく、アタシの目の前に提示された蜘蛛の糸。
カッコワリイですがね、掴みてぇと思うじゃないですか!

天国みてぇな世界に、連れてって
そんでアタシのモラル、消しちまって
嗚呼、そうしたらアタシはもっと罪ですかねぇ…
求めてやまねぇでしょう、傷をつけても死なない生き物ってのぁ…
嗚呼、麻痺して行く…

全てを殺してその肉塊の中で立ちすくむ
その一つ一つの命の重さが見えなくて
ヤバイ、と思ったのはいつのことだったか。

まだ人間でいられる

そう思っていたアタシの箍(たが)を外す悪魔

ピクリと動いたアンタの手がゆっくりとサングラスを外して
その奥に抉られた眼窩を見
不意に気が遠くなる。


人間の命の重さ。
アンタの身体に…アタシが刻み付けてやるってぇのも…一興、です、ねェ…


死んだら、イテェんですよ
傷がついたら、イテェんですよぉ…
心も絶望して乾き
自分の無力に打ちのめされ、武器を持ったその手に脅え
怖いんですよ痛いんですよ、辛いんですよォ…
絶望したくねぇ
誰かと一緒に笑いてぇ、そんなささやかな楽しみを奪うってんですか
アンタと一緒にも笑いてぇ、そんなアタシのささやかな欲望を
罪にしねぇで
一緒に笑ってやっちゃあくれませんか……
怖がらねぇでくださいよぉ…

ねぇ…


「怖がるな、恐れるな…私は実在する…それが事実なのだから」
「アタシに…これ以上麻痺しろと?」
「私は…構わないと…」
「馬鹿言うンじゃねぇ」

パン、と頬を殴りつけて。
自分で傷つけといてなんでアタシは怒ってるんですか?
アタシが怒るだなんて。
関係ないのに。

「アシハナ…?」
「アンタは勝手ですがね、アタシはそうもいかねぇンだよ。わかるかィ?アタシはね、人間なんだよ!
 アンタとは違う、人間なんでェ!」
「……」
「だから構わないだなんてそう簡単に言うンじゃぁねぇ!アタシはなぁ!アタシは…!!!」
「…仕方のないことだ。私の価値はもう別の人間に決められて…」
「ウルセェ、黙ンな!!自分の命軽く扱われたら怒んなせェ!わかッたか木偶の棒ッ!」

頭が熱くてただそれでも冷静なツモリで叱咤する、止まらない。
怒ってくだせぇ、せめて粗末にされたら怒るくらいして下せェ、それくらい許されて…
イイや、誰の命令でもなんでも無くってイイ、
そんなんじゃぁアタシが気にいらねぇから、だから怒ってくだせぇよ…
もう一度叩こうと振り上げた腕を掴まれて。
不意に我に返った。
アタシのこの行為は単なる駄々じゃねぇですか。
ふぅ、と息をついて。
それでも睨み付ける事は忘れねェ。
「アンタは、とにかくアタシの目の前でしなせねェ。ムカツクからしなせねェ。
 死なないからなんてのは関係ねェ。だからアンタもアタシを死なせるな。」
「殺そうとしといて、よく言う…」

唇を突き出して溜め息をつくアンタに。
ちょっとだけ気が抜けて。
その場に仰向けになる。
手を離してももう首元から血が吹き出す事はなかった。

「あーあ。疲れちまいやしたよ」
「私も少々疲れた…人間には無駄な感情が多いな」
「左様ですねェ…アンタにも無駄な感情がありまさね」
「なんだと?」
「ふふん、いーえ。別になんでもねぇですよォ?」

アタシはまだ大丈夫。
そう思えた。
だから大丈夫。
床に落ちてたナイフを拾い上げて、刃先を見る。

血塗れの柄(え)と
輝く綺麗な刃先。

「………!!!!!」

力任せにがばっと起きあがって兄さンを見た。
ん?とアタシを見かえすなんでもないような顔。
アンタ、アンタだって無駄な感情もってンじゃねぇですか…

血の一滴もついていない刃先に一瞥をくれて
ぽぉん、とそれを遠くへ投げ捨てました。

アンタの無駄な感情に
平手打ちでもくれてやりてぇですよ。
照れていいのか反省してイイのかなんだかもうわからなくなったから。
だからとにかく平手打ち。
拳だと指が痛むから。
だから平手打ち、我が侭なアタシの平手打ち。

「痛いな」
「痛いんですかい?」
「いいや、言ってみただけだ」

それにアタシが大笑いして。
とにかくこの場はアタシの勝ち。
アンタの位置がアタシの中でキチンと決まったから。
もう、それだけで御腹一杯ってやつでさぁ。



そうそうアンタァ、死なないと決めたんは…いつですかい?ははは。