「どうしたアシハナ?」

その声に答えようとして頭を上げたらゴツン。
あいたたた。
いま、アタシがぶつかったのは、車のボンネット。
なんでかって、いまボンネット開けて頭突っ込んでたんでさ。
なんですかね、ちょっと車の調子が…

「ジョージさンもう起きたンですかい?」
「…睡眠は浅いほうだからな。君が出て行ったことにも気づいていたが、
 なかなか戻ってこないのでな」
「スンマセンねぇ、ちょっと昨日から車が妙な感じなんで」
「手入れか」
「へぇ。そんなところで」

本当、人形だけじゃありません、人間が使ってるモンってのは皆、
手入れしてやらないと勝手に突然裏切りやすからね。
手入れしてたって裏切るんですから。
いや?人間も物も同じでさァね。知らない内にフイッとそっぽ向いちまう。
もう一度、ボンネットの中に頭を突っ込みなおして。
うーん、ココでもなさそう、アッチでもなさそう。
しかしですよ、もしかしたらココでもあってアッチでもあるかも。
「妙な感じとは、どんな感じだ?」
「どうも、パワーが出ないって言うか、こう、ノリが甘いんですよ」
「コンプレッション不足のような状態か」
「コンプ………ッ…?あ?いや、なんでしょうね」
「なんだ?」
ふい、と横から覗きこんでくるジョージさン。
多分、その身体にはアタシの匂いが染み付いてる。
アタシの目線は車の内部、けれどもう、そんな近くにこられたら、
なんかこう、アンタの方ばっかり気になっちゃって。
アタシ、意識しすぎですかね?
こんなに意識してたら、ジョージさンイコール性欲みたいになっちゃいますねェ。
アタシって、そんなに好きモノでしたっけ。

「…」

ジョージさンがおもむろに、エンジンの方に顔を近づけて。

「ああ、一つずれているだけだろう」
「は?」
「タイミングベルトのコックが一コマずれている。これではエンジンもかからないかも知れんな」
「そ、そうなんですか?」
「今の車はコンピューター制御の部分があまりにも多すぎる。
 精密になればなるほど故障も精密になる」
「整備士の資格でもお持ちで?」
「セイビシ?」
「ええ。車の整備が出来る資格のことで」
「作りが理解できればそんなもの必要ないだろう、人形の故障と同じだ」

ジョージさンの言ってること、なんかこう、プロっぽいですねェ。

「そんで、ヒトコマ?どっかがずれてるんですかい?」
「ああ。」
「…そうですか。ズレちゃってパワーダウン、ねェ」

ジョージさンの手がアタシを退けて、エンジンをごそごそといじり始めました。
なんでも出来るんですねェ。
多国語も使いこなすし、頭はイイし、作りが理解できればOK、はぁ、スゴイですねェ。
アタシなんか殺しと人形繰りくらいなのに。

「そういや、ジョージさンも人形繰れるんですよね?」
「…昔の話だ。必要ないものは切り捨てた」

パチン、と音がして。

「これで元に戻る筈だ…どうしたアシハナ?」
「…いいえ。」

ボンネットから顔を出したジョージさンの顔を見て。

「でもそれって、しろがねになったから出来ることでしょ」
「…どう言う意味だ」
「しろがねにならなかったら、あんたアタシ以下ですよね」
「なんだと…?」
「…すみません、ちょっと言い過ぎやした」

アタシ、なんかこう、無力に感じちまって。
いますよね、なんでも出来ちゃう人。
なんかこう、得意技ばっかり持っててさ、本当になんでも出来る人。
うっとぉしいんですよね、そう言う人。
だって、アタシ等人間、普通は出来ないコトだらけ。
アタシはその中でも、人形繰りって言う特別なことが出来ると思ってたんですけど。
そうですか。
人形繰りは、必要ないものだから切り捨てられちまうんですか。

…あーあ、アタシ、なに機嫌悪くなってんだろう。
わすれやしょう、こんな面倒な気持ち。
たんなる、ワガママですもんねェ。

こんなこと、些細なトラブル。

「アシハナ」
「…」
「君が受け入れられるのは、私の身体だけらしいな」
「…そ、そんな!!」

そこまで言って、それに完全に反論出来ないアタシがいました。
そうなのかも、知れない。
一瞬でもそう思っちまって、でもその一瞬が掻き消せなくて。

「所詮君は、快楽の虜か?じゃあ何か?私は君のドールか?」
「ち、違いますよ、なに言ってんですか!」
「…別にどうでもイイ。私は人間らしい扱いを受けようと思っているわけではないからな」
「…違…」
「君は人間でいたいのか、人形になりたいのか?」

どう言う、意味…

「私を人形にしたいのなら、服を脱げ」
「人形になんか…」
「しているだろう。その為の人形ならば、その為に使うがイイ」

閉め切られたガレージ、冷たい隙間風がアタシのコートを揺らす。
襟元に手をかけて、それを脱ぎ落とした。

「私は、人形なんだな?」
「…ええ」
「君は人形の言いなりか」
「…はい」

アタシの不用意な一言で。
兄さンが冷たい人形に成り下がる。
もう、諦めるしかないんでしょうか。
アンタをアタシは普通に扱えなくなっちまうんでしょうか。
どう、扱ったらよかったんでしょうか。
理解できないから、簡単とは言えない人型の人形。

兄さン。なんで、人形になっちまおうと、するんですか…


壁を背にして立った兄さンに、膝を付いて…
ゆっくりと唇でそれを咥え込んで、唾液で湿して。
同じ場所に立てなくしたのは、アタシ?
…元から同じ位置になんかいなかったのかもしれない。

「…ふ…」

アタシの口内を犯して
もっと、昂ぶらせてくだせェ…
こんなさみしい気持ち、誤魔化せる様に。
ああ、これじゃあ、アンタ本当にただの人形…。
深く咥え込んで、上目使いにアンタを見ると。
その目はアタシから逸らされていて、ガレージの端を見てる。
目を伏せて、アタシの唇に酔ってくだせェよぉ…

「ねェ…兄さン、そろそろ、欲しいんで…」
「好きに、したらイイだろう」
「…そんなァ…意地悪、しねェで…」

さみしいですよ。
なんでこんなにさみしいんですか?
もっとアタシを求めてくだせぇよ。
アタシはこンなにもアンタを欲しがってるってェのに!!

目を伏せたアンタが、背を壁に擦らせてソコに座りこんだ。

「乗って勝手に動くがイイ。私は知らない」
「…人形…ですかぃ、完全に」
「私の知ったことではない、君がそう言った」
「馬鹿、野郎ォ……ッ」

アタシのほうを見ようともしない兄さンの身体の上に座って。
ああ、アタシ、これじゃぁまるで。
まるで、ただの自慰じゃぁねえですか…

「兄、さァン…ッ…ア、アタシ…お願いです、アタシを見てくだせェ」
「見て欲しければ私をイかせてみせろ…もっとも私は人形だから射精などはしないがな、そうなんだろう」
「……イかせたら、人形やめてくれますか?」
「君が何度果てようとも、私はなにも感じない。」

そう言ったアンタがアタシを見て。
その突き刺すような目線に。
残酷なほどの快感を感じて。
ああ、アタシ、壊れそう…

言葉通りに。
アタシが、何度果てても、アンタはなにも言ってくれなくて。
ただ冷たくアタシを見てるだけ。
違う、そんな目じゃぁなくって…

「もぉ、アタシ、限界……で、」
「ならば私は人形のままだな」
「…そんなァ……ア、アタシの中、そんなに、気持ちよくねェですか?…アタシだけ、こんな…」
「…」

なんで。
なんで、アタシをこんなさみしい目にあわせるんですか。
イヤだ。
アタシを、感じて、下せェよ。
こんな切ない行為、もうイヤですよぉ。
悔しさが、心に頭をもたげて。
兄さン。
イかせて、やりましょうか、アタシが、この身体使って、アンタをまるで人間の様に繰ってあげやしょうか?

「…はぁ、この、人形野郎め…ッアタシを甘く見なさンな…」
「…アシハナ?」
「一つ、ずれてたって、火花は散るモンでしょ…こう、して締めたら、どうですかぃ?」
「…ッ…」

かすかな吐息に。
ああ、人形ってのは、元々人間に近い動きをさせるのが目的だったかなァ、なんてことを思い出して。
アタシ達「繰り手」は、
どこまで人形を人間に近づけることが出来るのか、
其れがアタシ達の技だった。

何にも出来ない筈がない。

この阿紫花英良。

人形を繰らせるなら、アタシしかいない。


「兄さン、感じさせてあげやすぜ…」


アタシの動き一つ一つで、
アンタが自在に繰られてく。
そう、もっとアタシの奥まで入ってきて…
アタシの一部になっちまって下せェ…

「…ッ、アシハナ…待て…」
「い、や、です…!ぁ、ン…こ、こう、でしょ?ねぇ…」
もう、目なんか、逸らさせやしませんよ。
熱い息を首筋に吹きかけて、
アタシの匂いのする髪を食んだ。
知らずのウチにアタシの腰を掴んでた指が、もっとアタシを深くして。
「…ッ、あア…ッ!!!」
身体の奥に熱い飛沫を感じて、
その瞬間、身体中に火花が散った様に…



悔しかったんですよ…







寒さを感じて、フルリと震えて目を覚ます。
カチリ、カチ、と、金属音。
見ると、兄さんが車の下に潜り込んでる。

「?」

そっと近くに寄って。

でもアタシはなにも言えなくて。
言いたいことがあるのに。

カチリ、カチャン。

音だけが静かにガレージに響きつづけて…
アタシはその音が邪魔出来ない。

「なんでも出来るわけじゃない」
「…!」

カチリ。

「…無論私が勉強したわけでもない、しろがねになるにあたって知識が付属してついてきた、其れだけのことだ」
「…兄さン…」
「しろがねでなければ私には何もない、繰りも出来ない、君以下、その通りだ」
「……」

カチン。

「ただそう言うプログラムをされている、作られたものなのだよ、私は」
「…そんな…、そんなつもりでアタシは…」
「君は私を求める。もし、私が何も出来なかったとしても、君は私を…」

コトン。


アタシ、
勝手に、
涙が。

「すいやせん…」
「…人間はプログラムされていない。だから私は人間が理解出来ない。」
「…アンタだって理解できねェですけど」
「そうか?」
「そうですよ」
「私もまだ人間に近いらしいな」

自嘲するような声。
信じられねェ、こン人は。
なんで、アタシに隠れて悩んでんですか。
足を掴んで、車の下から引きずり出して。

「…アシハナ、何を…」

オイルで汚れちまってるアンタの身体。
車の匂いが染み付いて、汚れちまった人形。
その唇に、キスをしてみやした。

「うげ」

オイルの、味。

「スゴイ味ですぜ!?兄さン!」
「…ふん、特別な人形だからな」
「人形なら嫌味なんか言うンじゃねェよ」

もう一度オイルの味のキス。
アタシはアンタに嫉妬しただけ。
いいでしょ、アンタのその「特別さ」がオマケだったとしても、
アタシはそれをうらやんで、そんで欲しがって、悔しがろうじゃぁねェですか。
アンタが特別だってコト、アタシが受け入れるのかいれないのか。
アンタのコト、スゴイと思ったらアタシはスゴイと言う。
いいや、単純で。
いいですよねぇ?単純で。

「…兄さン、何持ってるんで?」
「…!マズイ」

ヒョイ、と見ると、車の下から黒っぽいオイルがダラダラと染み出してて。
慌てた兄さンが、車をヒョイと片手で持ち上げた。

「ひゃぁ!」

そ、そんな馬鹿みたいなチカラ、どこに隠してたんですかッ!
なんだか、アタシ、もしかしたら、愛想の悪いスーパーマンと仲良くなっちまったんでしょうかねェ。
そのコト自体が、なんか、特別だッたってコトに、もっと早く気づくべきでしたかねェ?
いやいや、アタシの今置かれてるこの状況も特別変わって
スミマセン、アタシパニックしてまさァ!

キュ、と兄さンが持っていたホースを穴に捩じ込んで。
「アシハナ、手伝え!」
「え?だ、って、何処を如何…」
「どこでもイイからその辺の穴に差し込め」
「はぁ?!そんなんで良いんですかい?!」
「早くしろ、重いッ!」
「はいはいはいはいっ」

キュ。
もう片方をアタシがようやく捩じ込んで。
ガタン、と車を下ろして、一息。

「アシハナ」
「はい?」

はぁはぁ、と息を切らしながら。

「今日は車に乗るな」
「なんでですかい?」
「今のはブレーキホースだ、オイルが殆ど漏れたから、ブレーキが効かないぞ」
「へぇ!そりゃ面白そうですねぇ」
「元は、と言えば、君が突然引っ張るからだな!」

へぇへぇ、と返事をしながら、アンタの額をペチン。
全くもって、メンテナンスってのは面倒ですねェ。
ほらほら、身体から始まるってのもあるッて言うじゃねェですか。
そうアタシが言ったら、アンタまた変な顔して。
どうやら、アタシの故障はアンタの所為で起きるらしいから、アンタが責任もって直して下せェよ。
アンタの故障がアタシのせいなら、もっといいんですがねェ?


でしょぅ、そう思いません?お互い、ねぇ??