ぽつねんと落ちていたから、拾い上げた。
そんだけ。

コロン、コロンカランコロンチリンコロリン

鈴の音たかぁく、ほぅれ全てを焼き尽くせ、尽くして消えりゃぁアタシだけ




火の束。
サムイサムイに負けた人間、其処に手をかざして一ト息、
アタシも、一ト息。
神社の境内が見えてまさぁね。
砂利の向こうに賽銭箱。
年始だからと来て見りゃァ、こりゃ、お参りどころじゃネェ。
人参りだぁ。

「…」

無言でもね、ジョージさンの顔は、明らかに呆れていて。
多分アタシも呆れ顔。
アタシの脇をすり抜けちゃぁ炎に食らいつく御札、破魔矢、破魔弓に達磨。
ぼぅ、と火の中へはいりゃ、全部消えちまってぜぇんぶ灰。
いいんですかネェ。
そんな簡単に、過去なんて、消せるとお思いですか、そちらの皆さン。

火につつましといて、もう終わり、そんじゃぁ参ってそんじゃァ御籤(ヲフダ)でも、
はぁそんじゃぁ、とにかく今年御ン年あっちの運勢はァ
アァ、大吉だぁ。あははははは。

…くっだらネェ

「不機嫌そうだな?」
「そう見えますかい」
「至極至って。」

アンタの顔も、相当不機嫌そうですがね。

「私は、理解できないことが多すぎるだけだ。この頭は何かを理解するためについている」

ぼう

投げ込まれた達磨を目で追って。
その御ン顔におぉきなバッテン印。
…こりゃ、願いが叶わなかったってンで、見せしめですかい。

思うとおりにならなきゃ、首括らして晒しモンですかい。

「…何故、何かを燃やしに来る?」
「過去でさ、こりゃァ、全部人の過去」

社務所じゃァ人だかりがわんさわんさと手を伸ばし。
はいよいくらだ、1000円だい、ほれご祝儀だ、そりゃアンタ、只の支払いだぃ
積むならもっと恩恵豊かに積みなさいなぁ。
こっちも金がネェあっちも金がネェ、ホレ恩恵だやれ御布施だ。
わいのわいのや、やいのやいの。

「そう、全部人の過去でさ、」
「…ならば、私には燃やせるような過去は無いな、ここは不要だ」
「…言いますね」

…アタシにゃ、下手すりゃ燃やしてもカタチが残るような過去ばかりで。
消えねぇンですよ。
どんなに、もがいたって。
これを否定したら自分を全部否定することになると分かっていても。
消してェなぁ。

炎に燃えるバッテン達磨。
それに、ヒョイと手を伸ばして掴もうと。

「やめないか!」
「アチ」
「…ここを離れよう」
「イヤでさぁ」
「離れろ」
「ヤダってンですよ」
「離れろと言っているのが分からないか!」

ぐい、と、首元を引っ張られて。
あァ、アタシの手が炎の中から飛び出しちまった。
これじゃぁ、なぁンも消せネェ。


ぽぉん、ぽぉん、ざくり。
灰に突き刺さった御札は燃え尽きて。
アタシはまた置いてけ堀。




そんな時、地面にぽつねんと落ちていたから、拾い上げた。


コロぉン。


「何だ?それは」
「こりゃぁ、鈴ってもんですよ」
「鈴、ああ、ベルか」
「…ベルってアンタァ」

そんな呼び方したら、風流もへったくれもありゃしネェでしょ…
鈴。
すーず。
「鈴。」
「そうそう、鈴。ハイもう一度」
「…何故復唱せねばならん」
「ハイもう一度」
「…鈴」
「よぉくできましたァ!ハイ、ゴホウビ」

ひょい、とその手を取って。
黒皮に包まれた遠い掌に、コロォン。

カラァン、カラァン。
境内のでっかい鈴が中身の無い音を立てて悶えてらぁ。
ありゃね、苦しんでるんですよ。ああやって人様が神さんを呼ぶのに使う呼び鈴でしょ、ありゃぁ。
それを飽きもせずにガラガラふりやがって。ああやって鈴が苦しむ声を聞いて、神さんがなんだなんだ、と降りてくるわけですよ。
そのついでに、人様の願いを聞いて。
御優しいこって。
でもね、あの鈴はなにも願わねぇ。
なんにも。
なんにも。

願ったって、解放、されネェ

「…これは君が持っていろ」
「アタシがですかい?猫じゃァあるめぇし、アタシァイイですよ」
「では聞くが、私がこれを鳴らしたところで、君は来ないだろう」
「…」

そりゃ、どういう意味で?
差し出す手を避けて、境内に背を向け砂利を踏む。
階段を3,4段下りると、また砂利。歩きにくいったらありゃしネェ。
こうやって、人を阻んで。
だぁれも、誰かの願い事なんか、聞きたかねぇって。

「頼む」
「…え?」

なれネェ台詞につい、振り向いた。

「これは君が持っていろ」

…頼みゴトなんかァ…

「持っていろ」

…そりゃ、依頼ですか?
それなら、いくらでかでお受けしても、いいんですがね。
アタシは、金で動く殺し屋でして。知ってますでしょ。ああ、さっきの炎見てたら思い出しちまいやしたんで。
アタシァ、殺し屋だ。
人形を繰って人を殺した殺し屋だ。
消せネェ、きえねぇ。消したくもねえ。アタシは自分を否定したくネェ。
だから、アタシは殺し屋なんだ。
…アンタ、否定もしなけりゃ肯定もしてくれねぇンですね。
足元の砂利、踏みつけて殺しちまおう。ほぅら、アタシぁこんな場所まで来て殺し屋だぁ。

「落とすな?」
「…ふぇっ?!」

ポオン、と飛んだ鈴の玉。
慌ててそれをキャッチして。あ、しまった

指がズイと目前にせまりゃァ、アタシャァ驚くことしか、出来な
身体が引きずられて、顔見ようとして上向いた

…耳元に当たる、兄さンの髪の毛、やらけぇ
後ろ頭掴んでんの、兄さンの手?
…。あったけぇよ。
あったけぇ、よぅ。
「アシハナ」
「…へぇ」
「それを離すな。その音はお前の声だ、間違いなくお前の声だ。だから、離すな。」
アタシの、声。
コロォン。
カラン。

…りぃ、ん

アタシ、こんなに泣き虫ですか。


りぃん。


こんな高い声で誰かを呼んで泣きますか?


「莫迦ァ、言いなさんなよぉ…」


ひょい、と離れた兄さンの顔、ちょっと直視できネェでしょ。
だって、通行人、物珍しそうにアタシ達見てる。
まぁ、外人さんってのは、本当に開放的なのネェ、いや馬鹿お前、そりゃグローバルとかいうんだよ、はぁそうですか、お父さんは物知りですネェ
…顔、あげらんね…

アタシの頭にぽんぽん、と。
「?」
目だけで上を見ると、ジョージさンのそらした顔。
呼ぶなら、こっち見てよびなせぇよ。
アタシが見ているのに気づいてないのか、もう一度、ぽんぽん。
「…なぁんですかぃ」
「…」
「兄さン?」

「今夜は、さ、酒でも飲もう」

はぁ。
へぇ?
ほぉ????
珍しい。
「こりゃぁ珍しい!」
「お、大きな声を出すな!」
「だぁって珍しい、兄さンがアタシを誘うなんて、こりゃまたえらく、へぇ、珍しいこともあるもんで!」


アタシは大きく顔を上げて。
掌に、鈴の音、チリン。

やけに涼しげに音を立て。


そういや、猫に鈴をつけさせるの、アレって確か居場所をわかりやすくするためなんですってぇね?


精々、見失わねぇようにしてくだせぇよ。
アタシは、そん所そこらの猫よりよっぽど気まぐれですから。

鈴を鳴らして砂利坂を、下り下るも又、好いもんで。
だってぇ、その先に、


背中がありゃ、


ねェ……




コロン、コロンカランコロンチリンコロリン

鈴の音たかぁく、ほぅれ全てを焼き尽くせ、尽くして消えりゃぁアンタだけ…





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コメント
鈴の音、って、実はかなり好きでして。
あの音が、いろんなものに聞こえるんですよね。
でも、一番感じるのは、ああ、誰かを呼んでるな、と。
泣いてるな、と。
涙を流しているわけじゃない。鳴いている訳でもない。
声が聞こえるわけじゃない、だから、鳴いてる訳じゃない。
でも悲しいわけじゃない。
ただ、何かを求めてるだけ。そんな音。
あれは、自分がここにいるって言うそれを誰かに教えるための。
そんな、道具だと思うのです。
お守りのような、一過性のものでもないのです。

それを持つ人の、弱弱しい存在意義。

鈴とは、そんなものだと、私は思います。



補足ですが、タイトルの左義長とは、どんど焼き、すなわち
小正月に行われる火祭りのことです。
竹を組み、火を放ち、燃え盛る炎の中へ年始に使った松飾やしめ縄、かきぞめなどを焼いて、
その火でもちを焼いて食べ、今年の幸福を願うというものです。
寺や、神社には御札の収めどころがありますが、左義長をやる地域では、
御札や達磨なども、其処で焼いてしまうようですね。
ウチの方では、神社に常に燃えている火がありまして、そこにくべるのが主流でした。
左義長も昔はやってたんだけどネェ…場所がなくなっちまって、出来なくなっちまったぁ。

達磨サンの行き場所は、もう、処理場で灰にされる他、行き場がネェのかね…