ここは那須。
アタシはジョージさンを連れて、湯冶なんかに来てたり。
夜も更けたってぇのに、風呂には人がちらりほらり。
一体、何時まで営業してるつもりでしょうね。
硫黄の香りをまとって、ほこほこと湯気を上げながら旅館への帰り道。

ふぅ、っと風が吹いて、見上げると、真っ黒な。真っ黒な世界が聳え立っていたって言う寸法でさァ。

なだらかな斜面に不釣合いな石がごろごろ、
其処に渡されたるは木の通路。
靴音が、ぽくんぽくんと、ふたぁつ。

「ねぇ、ココってなんでしょうねェ?」
「…私は知らない。君が行って見たいと言ったんじゃないのか?」
「ヘェ。だって、なんか昼間にゃァ人がたくさんいたし、こりゃ観光地かなぁ、と思ったら行きたくなりやすでしょ?」
「…私は君が行きたいといったからついてきた、それだけのことだ」

…へーえ。
ちょっと、意外な台詞じゃありやせんかぃ。
アンタがアタシに付き合ってくれてるだなんて、自分から言ったこと無かったでしょ。

「風呂で身体が熱い、だから風に当たりたくなった、それだけで付き合っているのだ、
 勘違いをするな、キミの興味に興味があるわけではない」

…ちぇ。

いっつも、そんなコト言って。

わざわざ、それを口にするこたァ、ねぇでしょうに。ねェ?

「兄さン、一言余分」
「…本当のことを言って何が悪い」

むっか。

「じゃァアタシも言いましょうか」

トントントン、と先へ進んで、振り向いて。
下に見えるジョージさン、その向こうに見える山間の町並みの灯。
ポォン、と、持っていたタバコを放り投げて。

「本当のトコってヤツを」

赤い線を描いた其れを、片手で受け止めて、握りこんだら、其れって熱くねぇンですかい?
ジ、とこちらを見て、何か言いかけたから、其れを両手で制して。
言葉の暴力。食らっちまいな。兄さン。


「別に」

言っちまいやすよ。

「別にアタシは付き合ってもらいたくァねぇンでさ、自分の好きなようになさったらいいでしょ」

「…」

「そーれともなんですかい、アタシがいねぇと寂しくて夜も寝られねぇ身体になっちまいやしたか」

「…言葉が過ぎる」

「そりゃお互い様」


…言っちまったよ。
アタシにだって、堪忍袋ってやつがありやしてね。
其れの尾だってそんなに強度があるもんじゃァねぇンでさァ。
アタシの興味に興味がねぇって?
そりゃぁ、
ずいぶんなお言葉でさぁね!!!


カッコばっかり付けやがって。


アンタ、文句以外に本当のことを人に言ったことあるんですかい。


ジョージさンは、其処で止まっちまったまま、壊れた人形みてぇに動かなくなっちまって。
だから、アタシは業を煮やして。
其処まで、歩いて。
わざわざ。アタシがですよ、わざわざ歩いてやってんですよ、アンタのために。

靴音がウルセェ。


ンのぉ。ちったぁ、人のこと、考えなせぇ!!!


こりゃ、アタシのわがままですか。


アタシだって、ねぇ


たまには、優しくして貰いてぇじゃねぇですか…


莫迦野郎。



突っ立ったままのジョージさんの横を通り過ぎて。
そのまま、道路まで出た。
車に乗り込んで、エンジンをかける。
追いかけてきなせぇよ。
「すまなかった」とか
そんなコトを、小さい声で言ったりとか。
しなせぇよ。
ハンドルに突っ伏して、少しだけ待ちやした。
でも。


誰も。


…もゥ、イイですよ



アクセルを踏み、車を発進させちまえば、アンタ置いてけ堀ですよ。


くそう、


踏んじまえ。


車は、アタシの言うことを素直に聞きやがって、道路の方へボクンと段差を越えて、
行き

アレ?

車、動かね…


「ひぃえええええ!!!!」


ボンネットに手のひらを押し付けて、アタシをじっと見てる真っ赤な目
口元が、ニタリ、と、笑って、
「????!」
車が押し返されて、エンジンがストップしちまって、慌ててかけなおして、顔を上げ…
「あ、っ」
フロントガラスの向こうに。
ジョージさンが突っ立ってた。

窓を開けて、…アタシってば口が尖っちまってますね。
「…何ですか」
「逃げるのか、アシハナ」
「に、逃げてなんかいやせんよ」
「じゃぁ行け。私のことはかまわずにそのアクセルを踏むがいい」

そんな。
だって、
アンタ、アタシがアクセル踏んだら…

アンタァ、轢いちまいやすよ!

「いいから、行けばいいだろう。」

だぁって

「私を殺すがいい、気に入らないのなら、私はいなくてもいい」



車を降りて。
その身体を、ドン、と押した。

対向車がやってきていたから。

アタシゃ殺す気は毛頭ねぇ。

シニタイなら、勝手に、勝手に死ねばァ、いいじゃァないですかぃ!!!

アタシの手のひらをよけもせずに受けて。

「…!ジョージさン!!!」

突き飛ばしたのは自分なのに、慌てて、手を差し伸べたけど
あ、もう遅

「!!!」

瞬間、強く目を閉じた。

バム

「!」

音に目を開く



目の前を過ぎ去っていった車は、そのまま当たりまえみてぇに、その先のカーブを曲がっていくところで。
アタシの目の錯覚?いや、そんなンじゃァありやせん。
アタシの手は、確かに。確かに、ジョージさんの身体を押しやした。
確かに。
アタシは、あン人を殺そうと…

「…穢れたもんで」
己の、手のひら。
この手は、すでに血に染まってる。
「君なら普通の行動だ」

…ジョージさン

「アンタ、なにやったんです?」
「君に殺されただけだ。他にどうということも無い」
「…ンな、」
「私がキミのそばにいる理由が出来たぞ」

…へ?

「私なら何度でも殺されることが出来る。良い捌け口が近くにいて良かったな、アシハナ?」

…確かに、これほど刺激的なおもちゃは、ありやせんね…

飽きねぇ、だから、捨てられねぇ。

「…今度はどんな風に殺されてみてぇンですかぃ、兄さン」
首に手を絡めて。
キスをすると見せかけて、そのまま首筋を軽く噛みやした。
食らっちまいたい。
アタシに、惜しげもなく、際限なく刺激を与え続ける、最高の人形。

離せなくなってんのは、アタシの方で…

でもねぇ。

「アタシに、興味がおありで?」
「…」
「言いなせぇよ、言っちまいなせぇ。」
首筋を、もう一噛み。

「っ」
「ネェ、ジョージさン…」

言ってくだせぇよ、嘘で、いいですから。


「わ、私は…」

ねぇ。

「…私は」

…ん?
首元から、顔をあげると、星空を見上げてうなってるジョージさンの姿。

「アラァ?もしかして、照れてやす?」
「…そ、そんなコトは無い!いいか、私はキミのすることに興味は無い!いいか、わかったな!」

へぇ?
そうですかい。

変わった、嘘つきでさぁね、この人は。
アタシが察してやらなきゃ、何も言えない。
何も、伝えらんねぇ、ほんっと不器用。
以外に、癖になるもんでして。
どうか、離れねぇでくだせぇよ。アンタ、アタシァまだ殺したりねぇンですからね。



さァて、そろそろ、アッチの方昇りましょうか。付き合ってくれるんですよね、ジョージさン?




理由…有り難く…、いただいときやすよ…


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コメント
ウチの阿紫花は、よくジョージを殺そうとしますねー(汗)
もう、玩具なんでしょうね。
でもたまにそういう自分について反省してみたりはするものの、
やっぱりまたやってしまう、と。
まぁ、人間ですから。漫画みたいにそう簡単に成長したりは…
なんか、アタシってば妙なこと言ってませんか?(苦笑)