ホテルの15階で横になる。
ジョージ?隣の部屋。なんででしょうね。
どうもアタシを避けてるらしくて一緒の部屋をいやがるんですよね。
アタシのお喋りが過ぎるんでしょうかね…
そうならそうと言えば幾らでも口なんかつぐむものを。
……5分くらい、は…つぐめますかね多分。

今日も昨日もそのまた前も。
アタシの周りには危険がいっぱい。
ジョージさンだってそうでしょ、上手くすりゃぁアタシの敵になる。
敵に回したら厄介でしょうね。撃っても撃っても死なねぇんですから。
…それも、魅力的な殺し合いではあるような気がしますが。
敵を作って暇つぶし。
今は?
ジョージさンがアタシの退屈を紛らわせるらしいから、
待つ身に甘んじて。
アタシの知らない世界ってのは、どれほど刺激的なんでしょうかね。
どうも兄さンを見ている分には、ゲームを見ているようですよ。
リセットの利く、殺し合いの気分を法律に縛られずに楽しめる、
あの、神経を麻痺させるドラッグのようなゲームをね。
ソレに興じることをどうと思えとは言いませんがね。
アタシ等の賭けた命と兄さン…いや、ゲームの命が同等と思われてしまいそうでね
なんだか、腹が立つと言えば立つんでさ。

腐っても殺し屋。
腐っても黒賀、ふ抜けていようとこの阿紫花英良。ナメてもらっちゃァ困ります。

真っ白なベッドにねッ転がったまま。
天井に向かって握りこぶしで威嚇をして、ふと我に返って、
あーーーーー。何してんですかアタシ。
天井威嚇してどうすんですか。本当にもうもう。
いわばこれは誰に言ったらイイ言葉だったんですかね?
ジョージさん?いいや、あん人に言ってもなんの意味もありやせんねぇ…
ナメられた相手に言うべき言葉でしょうしね。
誰か、ナメてくれませんかねぇ、ちょっと言ってみたかったんですが。
「腐ってもなんたらうんぬんかんぬん」とか言うヤツ。

コンコン。

ん?
軽い音を立てた扉に目を向ける。
…ベッドから顔を向ければ見える程度の部屋ですから。
仰向けのまま、ベッドサイドのテーブルに手を這わせ。
指にズシリと感じるソレを持ち上げ、身体を起こす。

…気、のせい、ですかね?
シンと静まった部屋と、特に動く気配の無いドアの向こうにそんな事を思った瞬間。

コンコン。

「どちらさんで?」

コンコン。

コンコンさんですかい。
まったく、不精にも程がありやすぜ。
ジョージさんでは無いようですね。
あん人だったらノックなどしないで飛びこんでくるでしょうから。
いや、前がそうだったから、なんとなくそう言うイメージが…。
ベッドから身体を落として、扉の見えない場所に移動して。
もし扉ごしに撃たれても、怪我しないですみますでしょ。
焦らないで冷静になれれば、殺し屋なんざ誰にでも勤まる仕事なんですヨ。
っと、こんなところで弁を打(ぶ)ったってしょうがねぇですよね。
羽佐間には何度も言った言葉ですが。

コンコン。
何度もノックするだけで、入ってくる気配も無い。

「どちらさんですか、と聞いてるんですよ」

コン。

…。

コン………カチ…

扉に当たる金属音に、ああ、まぁたなんか来たなァ、と、そんな事を思っただけ。
カチ、カチ、と小さな音が響きつづける。
この音は、ピッキング。
ああ、そうですか。
開かないのなら、開けてしまおうとか言うヤツですかね。
ここは15階、退路は相手側だけ。
ベランダ?そんな粋な物、付いちゃいませんよ。安ホテルですから。

カチリと音がした、
途端。
普通に扉が開いて、普通に人が入って来ました。
そして、鍵を閉めて。

「…?」

扉の見えない壁越しの音に、さすがのアタシもハテナマーク。
知り合いにしちゃオカシイ、
しかしアタシを狙ってる人間にしちゃまたこの妙な動きは…
…一体、なんですかい?
絨毯を踏む音が、普通にアタシに迫ってくる。
アタシの見える位置までもう少し。
恐らくアタシのいる場所くらい、もう気づいてるんでしょうが。
こっちだってもう既に迎撃準備完了してまさ。

壁にぴったり貼り付いて
迎え撃とうと銃を構えたアタシの手が
バン、と
骨の音を壁にたたきつかせられて

「っ…」

壁の曲がり角の際から出たのは相手の手だけで
面食らったソレにアタシの反応が少し遅れた。
掴まれた手の先で、引鉄にかけた指が動かない。
手首の筋に爪を立てられて、指が…
チ、と舌打ちだけして置いて、掴まれた手をもう片方で掴み上げ、
引いた勢いで身体をひねる。
背中に1度相手の身体を受けて床に引き落とし
それを狙った銃を両足で蹴り上げられ痛みにのけぞったアタシの顎に硬いものが当たった。

アタシを見る男の目。
中国語で何やらアタシに向かって呟いて。
動かないアタシに満足そうに笑う。









ベッドの上に転がされて、アタシの腰骨を両足で挟んだ男が、そう、丁度馬乗りってヤツですかね。
ニヤニヤと好色そうに笑って。
…男色、ってヤツですか、なんて、アタシが言ったら脇腹に当てたままの拳銃を強く押しつけられました。
よほど自分の腕に自信があるんでしょうねェ。
アタシもヤキが回りましたかね、ソレとも繰りがなければこの程度、って事ですか。
シャツをグイグイと引っ張られて、ボタンがいくつか勝手に飛んでいきました。
アタシが思うのは、参ったなぁ、と言う事だけで。
やっぱり、ジョージさんに助けでも求めるべきだったのかしらん、などと。
今更思っても無駄ですがね。
だって両腕は高く掲げられてベッドのパイプに固定されちゃってますし。
アタシが何か言おうとするたびに、腹に捩じ込まれる拳銃の感触は痛いですし。
どうせツマラナイし。
このまま、何かされたとして、アタシはそのまま殺されるんでしょうか。
どうやら、そっちのほうが気になっているアタシは、死にたく無いと言うことでしょうか。

「…っん…」

冷静になってる場合じゃぁ無いんでしょうが。

「ふ…あ…っ」

ズボンの中を探る指にちょいと気を取られて。
足を大きく割られて、それを閉じようとしなかったのは何故でしょうね。
されるがまま、なんてェ、それこそカッコワルイじゃ無いですか…
反応を示してるアタシの其処から手を外して、根元の肌を爪でなぞられ、
脚の付け根から腿に線を引かれてゾクリと背中が波打つ。
「ン…ッ、はぁ…」
首元に沈みこんだ男の舌がそっとアタシの身体をなぞります。
なんだか、このまま抱かれてしまったら、ちょっとは紛れる気がして。
多分、だから…

カタン。
窓が軽い音を立て。
びくッとした男がアタシの身体から身を起こしました。
ソレに気づいてアタシの薄目がその方向を捉え…
……。
窓に、影。
なんで?
ベランダとか無いし。
アソコ空中でしょうが。
ッて言うか、アンタジョージさんでしょうが。影見りゃ誰にだってわかるそのシルエットったら。
…。
なに、しに来たんですか?

鍵が勝手に開いて。
カラカラと窓が開いて。

「…アシハナ?何をしている」

あいも変わらず無表情に、アタシを遠目に見るその人、ジョージさンの棒立ち姿。
っていうか、こっちが聞きたいですよ、アンタ何してんですか。
男がなにやらアタシに言いました。
付きつけた物はシーツで隠れて、
コリャアタシの情事の現場単に見られただけって感じですネェ。
ゴリ、と骨に当たる鉄の感触に。
「…別に…アンタには関係無いでしょう」
「その男は?」
男がアタシを睨みつけます。
なんででしょうか、アタシ冷や汗が。
どうしてですか。なんででしょうか。アタシ冷静なはずですよね。
アタシ、今、冷静ですよね。なんとか、ここで状況を脱することも可能ですか?
もしかしたら殺されるかもしれない、なんて思わずに済みますか?
「……ジョージさ…」
「余計な事を言うな」
耳元に男の小声。
片言の日本語。

「邪魔ぁ、しないでくださいよ…」

アタシの言葉に、首をパキンと鳴らしてジョージさんが背を向ける。
ちょっと、待ってください、なんて声は出なくて。
って言うか、其処から出ていくんですか窓から。とも言いたかったけど
もう一つ咽喉の奥につっかえて出てこない言葉。
気づいちゃァ、くれませんか…?万事休すとも言えるんです今のアタシ。

「アシハナ」
「…はい?」
「…こっちの部屋の水道が壊れている…水を一杯くれないか」

ジョージの言葉に、男がゴソリと動いた。
このまま、拳銃の標的がジョージさんに変わってくれりゃぁなんとか…
って。
アタシ。
これじゃ、アタシもゲームプレイヤーと一緒じゃ無いですか。
撃たれても死なないんでしょう?
リセット可能なんでしょうジョージさんは。
だから、アタシはソレでいいんですか。

「どう、しやしょう…水くらい…」
男に問うと、コクンと頷かれた。
ベッドサイドにある水差しを顎で示す。
それをちらりと見たジョージさんがアタシの近くに寄って来る。
鼓動が早くなる。
アタシのはだけた胸に、かかげた腕の内側に一瞥をくれて。
ギシリ、とベッドの脇に腰を下ろして男を覗きこんだ。
「ちょ、ジョージさ…」
慌てたアタシに目もくれず、男の腕を掴む。
「楽しそうだな」
ガァン。
引かれた腕に男が弾を放った。
ジョージさんの首を貫いた銃弾がその勢いで壁に穴をあける。
ふ、と息が詰まる。
ああ、遊びが。始まってしまった。
ヒュウ、と息の音。
ミシリと骨の音、そしてソレが砕けて行く音と男の絶叫。

こんなのは、アタシの範疇じゃぁ無かった筈…。

「アシハナ」
男の身体を軽がると持ち上げてゴポゴポと鳴るような声がアタシに向けられる。
これは、怖がってイイのか。
ソレとも、慣れるべき物なのか。
アタシの、範疇じゃぁなかった…筈だ。

「…慣れろ。私は構わない」

範疇じゃぁ…

「退屈凌ぎにはなるだろう」

…楽しいじゃぁ、無いですか…

ジョージさんの上で男がもがく。
両腕をその細い指に掴みとられて、足だけがバタバタとその背中を蹴る。
滑稽といえば、滑稽、でもアタシもそれ見て笑ってたらソレも滑稽ですかね。
こんな格好で。

自分の背中で喚き散らす男に
何やらよくわからない言葉を返すと、男が静かになった。
「何を…」
「落としてやろうか、と言ったら静かになった。やはり怖い物なのだろうな普通は」
「ええ?ど、どこからですかい…」
「窓からだ。私は怖くない、しろがねOはその程度では怖がらない。人間をも超えている」

アタシの目の前で、その身体が黒い鉄球に変わり。

「ジョージ…さン?」
「1度してみたかったのだ、この際試してみようじゃないか?なァアシハナ」

アタシに向かって球の中からニタリと笑うジョージさんは楽しそうに見えたんで
アタシも片眉を持ち上げて軽く両目を閉じて見せました。
たまぁにね、楽しそうなんですよコノ人は。
いつも笑わないくせに、たまにね、楽しそうなんですよ。
いいのかな、なんてそんな気になるじゃぁないですか。
笑顔は相変わらず迫力満点の怖い笑顔ですがね。

いいんですか、ゲームなん…

「私の人生その物はゲームのような物だ。観客くらいいてもいい」

ちょっと、アンタ…。言いますネェ…

ふわりと、球が宙に浮いて。
トン、と絨毯を蹴る軽い音と共に。
男の叫び声。
開いた大きな窓から、黒いカタマリが飛び出す。

「…!?!?!ちょ、ちょ…ジョージさぁン?!!」

慌ててもがくと、両手が案外簡単に自由になって。
なんだこんなツマラナイ拘束に自分は命ゆだねてたのか、と思ったら
ちょいとムッと来ましたね。
って言うより、ジョージさん?
飛び出しちまったけど、どう…

窓から覗くと男の叫び声が小さくなっていく瞬間で。
暗闇に回転する球が見えて、ソレがスゥ、と地面に吸いこまれ…
い、いくら怖く無いといったって、そんなこと試してみるもんじゃぁ無いですよ!
これじゃあまるであの…あの坊やと一緒じゃないですか。
怖がらない、一体全体自分の命をなんだと思ってるのかわからないあの気迫と根性。
死なないと信じるその強さ。
それと似たような物を感じて、恐らく違うとは思うんですがちょっと憧れちまいました。
でも。
「…兄さぁン…大丈夫で…」
恐る恐る声をかけようとしたその瞬間、
ガァン!!!!
と物凄い音がして。
さすがに焦って、部屋を飛び出しました。

エレベーターが異常に遅く感じて、
一つ一つ光るランプ、そんなもの一気に通り越しちゃって下さいよ!
一回にたどり着いたアタシはロビーを走り抜け、
ふと気づいて照れて前を合わせながら。
丁度アタシの部屋の窓の真下。駐車場。
そのコンクリートの上にひょろりと立ったままの姿。

「ジョージさン?!」

近寄ると、片手にぶら下げた男。

「生きて、るんですかい?こんなところで殺しなんざ目立って…」
「生きたまま自殺体験と言うのもなかなか味わえ無いだろう?
 どうだアシハナ、やってみるか?」

冗談じゃぁありませんよ。
恐怖で漏らしちまってる男はそこに捨てて置いて。
二人でまたロビーを歩いて通って
一つ一つ昇っていくランプを見て
部屋に戻って窓を閉めて。

「気持ちの、イイもんですか、落下ってのは」
「…あまり好きでは無い」
「好きじゃねぇのにやったんですか?!アンタ本当に奇怪なお人ですネェ」
「気晴らしだ、だからやってみるか、と聞いているのだ」
「冗談じゃないですよ。アタシは落ちるより昇るほうがどっちかッてぇと…」
「?」
「聞かないでも気がついて欲しいもんでさァねェ…ネェ?兄さン…?」

鈍感で奇怪で化物じみてて。
そうですね、面白がってイイと言うなら、ソレに甘んじましょうかねこのゲーム。
ベッドに倒れこませたら、やっと理解していただけたようで。
慌てて身体を起こそうとするのをオデコを叩いて大人しくさせました。
今度はアタシが馬乗りになって、ちょっと思い出して含み笑い。
「何だ?面白いかこれが」
「いいえ、兄さンってばそう言えば落ちる時は颯爽と落ちていったくせに…」
「……」
「ねぇ?昇る時はノコノコ歩いてここまで戻ってきたんだと思ったらァねえ…」

ひとしきり笑ったあとに呆れ顔のアンタ。
まァイイじゃねぇですか。
アタシが楽しかったんだから、
その為の人身御供ってことにしやしょうよ。兄さンの価値はさ。

ねぇ、そんなに慌てるって事は、胸高鳴っちゃってくれてたりするんですかね?
点けられた火の処理くらいして下せぇよ。
さっきくらい、潔く、ネェ?
ちょっと触れてみた下半身に全部理解して。
あーあ、こン人、こう言う理由でもしかして部屋別にとってたんですかねぇ。
…アタシがこうやって保ってられるのは、もしかして。
イイエ、別に、なんでもありゃぁしませんよ。
そうですね、部屋代も浮くし、イイじゃありませんか。

ゲームはねぇ
プレイヤーを楽しませられなきゃァ、イイゲームじゃぁないんですよ。

アンタが許したんですからね。
責任、とってくだせぇよ?
アタシは、すぐ終わるゲームなんざ、手にしたりしませんからね。

……頼みましたよ。ネェ?