とおりゃんせとおりゃんせ
ここはどこの細道か
ちぃっと通してくだしゃんせ…?

「ジョージさン?」


うだるような暑さ


「なんだ?」


あらゆる喧騒から逃れて祭りを後にした


「好きですか。こう言うトコ」
「いいや」
「おっとお嫌いでしたか」
「いいや。特に感慨はない」
「でしょうね…こんなに闇が深くて暗いのに、にいさンの目は遠くを見てやすもんねェ」


ざわめく闇にカラスを見出したり
一筋の月の光をサーチライトに見紛うたり
そうしてそれから逃れるべくアンタの足は闇へと歩を馳せる


「ジョージさンは知ってやすか?」
「何をだ」
「月は人を狂わせるってよぅく言いまさぁねェ…」
「ああ。違いない」
「違いありませんか?」
「さぁな…」


スルリと闇に身を隠して
アタシはアンタの姿を見失いました
いくら目を凝らしても見えるのは闇ばかり
いっそ祭りの喧騒に戻ろうかと振り返っては見たものの
そのまま戻っていく足は動きませんでした。
だってアンタそのままいなくなっちまうんじゃないかと。
そう、思うでしょ


「ジョージさン?」



返事が無くその声はこだまするばかり



「ちょっと、…どこに行っちまったんですか?」


これ以上呼んではいけない
なんだかそんな気持ちにふッとなっちまって
その気持ちを打ち消しながら何度か呼びかけました
なんで呼んじゃいけないと思ったんでしょうアタシは。
あの人を自由にしてあげたくてここに来たんでしょうかアタシは。
だとしたらなんで呼び戻そうとするんでしょうか。
人間離れしたアンタを。
誰の目にも付かない野に放って野生に戻してあげられたら

 動物園に行きましたよ。
 昔の話ですがね。
 その時に見た豹が虎が大鷲が。
 遠くを見てたんですよ。
 目の前にいるアタシをずっと通り越してもっと向こう側を。
 檻に入っているのは自分じゃないかと錯覚して
 怖くなって石を投げたんです。
 そんな感情でアタシはアンタを見ています。
 だってアンタの目がいつも遠くを見てたから。

とんとんからりとんからり。
ここはどこの細道じゃ?

「あの…ジョージさン…?」

ざわめく木々は風に揺らされたのかそれとも何かの手による物か。
目の前を素早く走り去るものを見たような気がしてその方向を追い

「いるなら返事をして下さいよ!」

歩こうとして
自分が通せんぼされているコトに気づいた。
足元のくらがりに、細いしめ縄が幾重にも垂れ下がっていて
目の前に続く道が一本しか無いのをアタシは知っていて
先にいくにはこの通せんぼを越さなければならない
この封印を解いてまでアタシは先に進まねばならない?

振り返ると遠くに祭囃子が微かに聞こえ…
其処にも行きたい先にも行きたい

さくさくさくさく。

足音に目を凝らして。

近づいてきた人影がアタシを通り越して先へ歩いて行く。
しめ縄を切り捨てて、踏みつけて。
先へ先へと。
そんな、そんな無謀な。

何人も何人もの人がアタシを追い越してアタシを置いて。
アタシはまた置いてけ堀?
なぜそうも簡単に封印をといて先へ進めるんですか。
この先に行っても良いのですか?
それはアタシが決めていいんですか。でもアタシは本当はどうしたいんでしょうか。

歩いてくる人影の中に

「ジョージさン…!!」

紛れた一人の影。

同じように歩いてアタシの横に来て
アタシを見下ろして馬鹿にしたように笑う。
アタシが迷うこの封印のしめ縄を
アンタの足はヒョイと飛び越えて。

ジョージさンのしめ縄はそのまんま其処で垂れ下がって風に揺られていました。

そのまま歩いていこうとしたアンタが
不意に隣を歩いていた男に背中を刺されて
その男を振り返るのを見る

「ちょ…!!にいさン大丈夫ですかい!?」

走り出そうとして縄に引っかかりかけて。
ああ、面倒だとばかりに飛び越えてにいさンの元へ。

「大丈夫ですか?あんの野郎、どこいっちまった…」
「気にするな、ここではよくあるコトだ」
「え?」
「ここではよくあるコトだから。阿紫花。
 お前も知っているはずだろう?ここではよくあるコトだろう?」

辺りを見まわして。
倒れていく人影と歩きつづけて疲れて座りこむ人々と
その中を気丈にも笑いながら進んでいく数人の人間。

ぽてんぽてんと雨が降り始め。

「ああ、雨が降ってきやした」
「どうせすぐに止んでしまうさ」
「でしょうねェ…」

歩きつづける人たちを見送って
ジョージさんがアタシの手を引いてしめ縄をもう一度飛び越えて。

「こう言うのも、ありですかね?」
「知らん」
「アタシ達が越えたものは何ですかね?
 知ってるんですか、この縄の向こうがなんなのか、にいさンは…」
「知りたいか?」

野生の目が暗闇のサングラスの奥に光っていて
その目がアタシと同じモノだと気づくのに数秒。

ああ、そうか


あっちも
こっちも

同じでしたか。


祭りの喧騒に押し流されて
またアタシ達も戦場の夜の中へ
殺し殺され
愛し愛され
潰し潰され
蕩ける野生の夜の中で

いつか見た大鷲が見ていた物とアンタが見ているものは一緒で
アタシが見ていた物も実はいっしょで

「まぁいいか」

の一言で片がつく。


さぁ、戻りましょう野生のあの街の祭りの中へ
アンタもアタシも実は自由だったなんてことは言葉にしないで
知らなかったフリして当たり前の顔して融け込んでいきやしょう。


とおりゃんせとおりゃんせ
もどりゃんせもどりゃんせ
どっちにいこうが細道じゃ
ただし縄は大事にしてなぁ
いつか気っと戻れるように
境目の縄は大事になぁ。