ふと目を覚まして。
雨の音に気づいた。
アタシからは見えない外界の何かを柔らかく叩く雨、もしかしたら雨などではないかもしれない雨。
そんな音。
ぶつかる音。
ぶつかってそのまま溶けて行ってしまうような音。
外を見たら何もかもが溶けてしまっていて、自分の回りを緩やかに流れて行くようなそんな気がして。
怖くなったのか、
それとも期待していたのか。
アタシの腕は勝手に身体を起こそうと力を振り絞っていて
だからアタシはそれにまかせて暗闇の中に目線をあげました。

ふぅわり、と
身体が浮きあがって
想像以上に自分の身体が軽くて
いや、想像以上に重くて
もう一度眠ってしまいたくなる
もう一度
身体が軽くなったのは
アタシは今雨に濡れている訳じゃないと気づいたから。
アタシの羽はまだ乾いていて柔らかく広げることが出来ると
そんな気持ちで
布切れを破ってアタシは羽化でもするように。

そうして、一人ぼっちだったことに気づきました。

「……」

名前を呼ぼうとして、
誰もいないことに気づいて


「…」


声を出そうとして
なにを言っていいのか分からずに、
この暗闇の静けさに、音を混ぜたら曇ってしまう気がして。
だから、黙って。
雨の音だけでいい、そんな気になって。
でも、どうでもいいだなんて、そんな気になっちゃいけない気がしたから。

そっと、そう、まるで抜け出すようにしてアタシは…
窓をするりと抜けて、そう、まるで溶けこむように雨の中へ

「……」

その音の束の中に
その音を阻むように
掻き消されてしまう小さな呟きのように
立っていたアンタを見つけてアタシは

と言う言葉を思い出しました。

「ジョージさン…濡れやすよ…?」

掻き消されてしまう程度のアタシの呟きに、
掻き消されそうなアンタが項垂れる。
返事はなく。

「ねぇ…」
「…アシハナ」
「…どうしやした…?」
「…アシハナ…どうしてだろう。雨が、私を避けるんだ」

ぐ、と
胸が苦しくなって
アタシは知らずのウチに歯を食いしばっていて
開こうとしても口が開かなくて、息までもが詰まって
ようやく開いた口からやっと出たのは酸素を欲する息の音だけでした。

駄目ですよ…
そぉンな…顔を、しちゃぁ…駄目ですよ

アタシはなんにも言わないのに
本当に掻き消されそうなアンタから聞こえてくるのは
聞いた事もないような小さな声で、呟くんです、アタシの胸をもっと締め付けたいが如くに、
呟くんですよ。
声が…

「叩かれたかったのに、打ちのめされてしまいたかったのに、
 この雨は私を優しく撫でるだけで…」

誰の、どこからの、何故、こンな言葉がアタシに聞こえるんですか。

「どうせなら、突き刺されてバラバラになってしまいたかった」

本音なんて、言いっこなしだったでしょうに…
どうして、そんな言葉、突然…

「優しいだなんて、反則だとは、思わないか…」

…思いますよ…

一時だけでもアンタをその雨の中に残すのはやたらとためらわれたけど、
アタシは音も立てずに部屋に戻って。
外に出て、雨の音を酷くうるさいモノに変えちまう傘を。
アンタに差し掛けました。

「バラバラに、なりたかったんですかぃ?」
「…なんの、話だ」
「…アタシは溶けたいと思いましたよ」
「…そうか」

雨を浴びていないアンタが不意に我に返っちまった様になって、
いつも通りのつまらなさそうな顔をするから。
傘なんて、要らなかったですかねぇ、なんても思ってしまったり。

だから、
傘を捨てました。

でしょう?だって、アンタ、雨に溶けてたじゃ無いですか。
傘なんてモンよりも
アタシのこの手、触ってみてくださいよ。
体温感じます?
あ、またつまんなさそーな顔して。ああ、いっつもアンタそんな顔でしたっけねぇ。
傘なんて不粋なモンより
アタシを触ってくださいよ。
雨なんて悲しいモンより
近くにいてくだせぇよ。

寂しいんじゃァないですよ
きっと…アタシもアンタもきっと、寂しくなんかねぇンです



雨の音が揺らいでゆらゆら。
雨の温度が変わってアタシ等をつつむ頃には、
多分月が見えてくる筈でしょうから
アタシもアンタもわざわざ打たれなくったって何かに包まれてたってぇこと、
月の光で感じてみましょうか。
それともその指で感じてみましょうか。

溶け残ってポツリと地表に残されて二人。
溶けなかったのはアタシ等の意思でしょう?

「傘…拾ってくだせぇよ」
「なんで私が…」
「要らないと言ったのはアンタでしょ」
「私はそう言ったか?」
「言いましたよ、多分」
「…傘が、必要か?君には。」
「いいえ」
「私には必要か?」
「拾って、くだせえって」

ジョージさンがヒョイと手を伸ばして
アタシの手を掴んで

「……」

ドキリとしたのは内緒

…もう片方の手で傘を拾ってアタシの手に握らせました。
アタシはその傘を開かずに。
アンタも何故か部屋には戻らずに。
そう、雨に証明してもらう為に。
ココに、います、アタシ達は。
ココにいます…。
その証明の為だけに雨に打たれて。
もう騙せやしません。傘なんかで騙したりは、もう、もう出来ませんねェ。

柔らかい雨がこの身体を撫でるのを
証明されてしまう痛みを
いなくなってしまいたかった自分を証明するこの柔らかい雨の残酷さを
お互いの指先だけで緩和…、出来るでしょうか。

そうして、一人ぼっちじゃなかったことに、気づけるでしょうか。

誤魔化して、くだせェ。
その、なにもなかったような顔で…
そう、コレは通り雨、だから月が出るまでの一時だけでも。


そうしてこのまま眠ってしまえたら気持ちが良いかもしれませんねェ…





「…アシハナ」
「…」
「…アシハナ、いい加減にしろ」
「…?」

ふと目を覚ますと
月がこうこうと照っているふうで
雨はやんでいて
アタシに傘を差し掛けたアンタ。

「傘、さしたんですか」
「…ああ。」
「雨、やんでますでしょ」
「月が降っている」


なにも流されることが出来ずに残ったアタシ達を
せめて月から隠そうと
アンタがしたことはいくらなんでも寂しすぎ。
こんなトコロに小さな隠れ家作って、安心しちゃって寝ちゃったアタシって。
今夜はお月さんの出番は無し…
ゴメンナサイよぉ、お月さん。

「…そういやァ…月が本降りですねェ…」

月の降る音はあまりにも静か過ぎたから。
だから、アタシ達はもう、お家に帰りましょう。
次の雨まで待ちましょう。
次の雨まで。待ちましょう…ねェ。

もう一度アンタの指先に触れるが為だけにでも
雨は降る筈ですから。


そのときまで…まァ…なんとか…
ねぇ…?