★ユキドケノアトデ★

「あたっ」
車の扉を閉める音と共に、そんな小さな悲鳴が聞こえた。
助手席から振り向くと、眉をしかめるkenちゃんの顔があった。
「なん?どしたん?」
「指挟んだわ」
ぴろぴろと右手をかったるそうに振りながら、俺のほうを見てしかめっ面をする。
その顔に笑いそうになって、そんで気づいた。
「指?!」
「なんやテッちゃん突然でかい声出すないな!心臓とまってまう」
あからさまに驚いて見せるkenちゃんの顔よりも俺の顔のほうが断然驚いてる。
確かだ完全だきわめつけだ!驚くに決まってん!
「指ヤったんかいな!」
「何度も聞くなや」
「見せて!」
なんやなんやと不可解そうに俺のほうを見るkenちゃんはほっといて、とにかく指の様子を見る。
なんでってそりゃそうだろ、kenちゃんはギタリスト。
指なんか怪我されたら本当にこっちの寿命が縮こまる…

「イテ」
「どの指?」
「真ん中ん指」
「中指か」
「ん」
背の高さに比例した長い指をそっと手にとって顔を近づけてみると
かすかに赤く腫れている指がそこにあった。
恐る恐るそこを指で触ると、掴んだ手がきゅっと縮こまった。
「痛いん?」
「こんなんどうでもエエよ別に、ほっとけば」
良くないから心配してんの。
本当に自分のことに責任もたないんだから…
いつまでも眺めている俺に飽きたのか、腕がちょっと引いた。
「駄目」
「見てても治らんて」
「アノな、一つ注意しとくけどね?」
「ギタリストは指を大事にしろって?」
なんだ、わかってんじゃないか。阿呆。
そっと放した指をかばうように手のひらの中に丸めこむのが見えた。

中指が気になるけど、kenちゃんが突然アクセルを踏んで発車しちゃったんで
止めるに止められなかった。
運転なんかしたら、もっと腫れたりしない?
俺の心配もよそにkenちゃんの鼻歌が聞こえる。
「……なぁkenちゃん」
「んー?」
「オナカすかない?」
「すいた」
どうだ見たかと言わんばかりに俺が笑うとkenちゃんも笑った。
こう言う空間がスゴク好きで、いつもその笑顔に惚れ惚れする。
何でこんな楽しそうな顔して笑うんやろなぁ…
ごそごそと自分のバッグから食べられそうなものをほじくりだす。
多分こんな状況が発生するだろうと見込んでた俺のこの用意周到さ。
どうよ、とばかりに取り出したるのはトマトプリッツ。
kenちゃんの運転する車でドライブ。
なんか本当に二人でどっか出かけるのって久しぶりだ。
見ると、プリッツを煙草みたいにくわえたまま運転する姿。
あー、こういうの幸せって言うんだろうなぁ、なんてプリッツを噛み締めてみたり。
片手でハンドルを持ったその中指がハンドルに付くのを拒むように立てられている。
痛いのかな。やっぱり…
だからあんなに注意したのに。
そう思いながら3本まとめてプリッツを差し出すと器用に一本だけ口で持って行かれた。

山道を登る。
かすかに雪の残った山道はなんだかわびしい。
枯れ木みたいになっている広葉樹林の中を駆け抜ける。逃げるように。
プリッツに飽きたのか、煙草をくわえたkenちゃんがちらりと俺を見た。
「火、持ってへん?」
「ないの?」
「んー、持ってんけど出てこん」
左手にハンドルを持ち替えて、右のポケットを探ろうとしている様子がわかった。
「そっちのポケットにあるの?」
「そう」
しょうがないな、まったくもう。
本当に言わないんだから。
なにも言わずにkenちゃんの右ポケットに手を伸ばす。
「あ、あぶなっ!」
無論助手席から手を伸ばしてんだから、
まるで抱きつくような格好で前から覆い被さってるわけ。
慌てて路肩に車を止めるのにも構わずに。
「なにすんねん、取ってくれなんて一言も…」
「痛いんやろ?」
「……なにが」
つい、と俺から目をそらして。
俺はというと、kenちゃんの上に乗っかったまんま。
俺の左手はその右ポケットの中に入ってて。
その状態のまま、kenちゃんの顔を見上げる。
「痛いんやろ、右手」
「……。痛くないって」
「嘘吐きぃな」

「!」
kenちゃんが眉をしかめた。
痛いんでしょ?だって俺が掴んだだけでそんな顔するんじゃない。
「絶対無理しちゃ駄目なんだぞ。」
「うっせぇ」
むっつりしたまんま、俺を睨み付ける瞳。
唇がかすかに尖って不満を示す。
「だって指、かばってるやないか」
「大事にしとかな後でなんかあったら困るやろ、だから、自分でちょっと大事にしてただけや」
「ふぅん?」
咥えた煙草を俺の指がハズしてしまう…のを勿体無さそうに見てる。
サイドブレーキを引いて固定して安定させた後、
窓から煙草を投げ捨ててもういちどkenちゃんに向き直る。
「勿体無いやないか…」
「煙草はまた後で」
「違うわ」
「え?」
「勿体無いやん、こんなん、本当に…」
そう言ってまた俺から目をそらす。
そらさないで欲しいんだけどな。
こっち見て。こっち。
なにが違うのか、教えて。
目をそらしたままこっちを見てくれない瞳にじれったくなる。
ちょっと赤くなってる中指。痛いのか、痛くないのか、別にどうと言う顔もしてないけど。
そっと、伺いながら口に含む。
「って、テッちゃんなにしとん…」
慌てて指を抜こうとするのをもう片方の手で制する。
「痛くないんや、て、本当に…」
「本当に?」
舌を出してちろちろとその部分を舐めながら問う。
困ったように何度も頷く。
「本当なんだよね?」
「…ちょっと…ちょっとだけや」
「ちょっと痛いの?」
口から指をハズして首もとで囁く。
なにしてんだろう、俺はこんなところで。山道の途中で突然こんなことしてるなんて、
でもここで本当のことを知っておかなければならない気がして。
あのね…無理しないでいいんだよ?
無理されると痛いんだよ…。俺が…
「…ん」
そっと唇を塞ぐと、煙草の味がした。
それを自分の匂いで消してしまいたくなってもっと深く口付ける。
痛めた指をかばう腕を自分の腕でねじ伏せながら。
そっと離した口元で。
一番言いたかったことを言えずにいる。

「テツ」
不意に呼ばれて顔を上げる。
kenちゃんのにが笑いがそこにあった。
な、なんで笑ってるの?
「オレなぁ。せっかくだから絶対不意にしたくなかったんや」
「え?」
「指なんか簡単に直るやろ、そんなん心配して今日のドライブ不意になったらなぁ」
「……勿体無いって…?」
にぱ、とkenちゃんが笑った。
「言うてるやん、さっきから。」

嬉しかったんで、とりあえずkenちゃんの髪の毛をぐちゃぐちゃにした。
kenちゃんは慌てて怒ってたけど、でも笑ってた。
そうか、勿体無いんや。
絶対勿体無いんや。
こんなん不意にしたら絶対死んでも死にきれん。
こんなkenちゃん不意にしたら、勿体無さすぎる。
右ポケットからライター出して、左のポッケに移して。
そんでまた走り出す。
勿体無いから無論、今日は完走することに決めた。

左手で、2本咥えた煙草に火をつけて。
一本は俺、一本はkenちゃんの。
煙と共に走り出して、湖に行こう。


本当、勿体無いもんね。こんな気持ちイイこと不意にできんて!

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